題詠100首選歌集(その63)

        選歌集・その63


014:泉(240〜264)
(吹原あやめ)黄泉路ではなにを祈ろう 眠れずに夜の水面をただよう海月
(夏椿)噴泉のしぶきは空に弧をえがき影は地表に直線をかく
015:アジア(242〜266)
(寒竹茄子夫) アジアの岸辺を航(ゆ)く船のあり海霧(ガス)深く溶け入る時に愁ひ凪ぎたる
(佐山みはる)楼蘭に有翼天使の絵はありきアジアに紅き砂嵐起つ
(夏椿)アジアより渡りくる鳥みづからをしろき墓標と空に捧げて
(Re:)あの人の部屋の香りを思い出すアジアン雑貨の店の真ん中
(みち。) アジアとかヨーロッパとかとりあえず一旦やめて地球にもどる
024:岸(205〜229) 
(お気楽堂) 岸壁をいともたやすく蟹歩む歯を食いしばることのむなしさ
(夏椿)銀杏の実のごと岸に散らばりて老ら無心に陽を集めゐつ
(太田ハマル) ほんとうの恋は知らない深淵の岸辺の水に足だけ浸す...
(佐山みはる)ほむらなす彼岸花野に見て過ぎて花ひと盛りこころにうつす
(つばめ) 霧笛鳴り続ける岸辺に口ずさむ旅立てぬ身のかくまで愛し
055:乾燥(126〜150)
(夏椿) 団栗のまぎれ込みたる乾燥機 響きかろらに秋を回せり
(村上きわみ) カレーズを流れる水のやわらかな時間を啜る乾燥地帯
(冬鳥)あたらしきニスの香へやに満ちており 乾燥待つ間のポルトガル、春
(寒竹茄子夫)砂時計の砂乾燥の極まりてくちびる恋ふる南(みんなみ)の魚(うを)
056:悩(126〜151) 
(夏椿)夏の陽にうぶ毛光れる悩ましき桃の丸みを陽射しごと剥く
(佐藤紀子) 宵越の悩みは持たぬらしき夫雪積もる夜を深く眠れり
(村上きわみ) くぐもりを帯びた異称もふさわしく煩悩鷺は沼田をあゆむ
071:メール(106〜130)
(睡蓮。) 封切れば異国の香りエアメール君住む町の空は何色
(原 梓) フェルメールの一枚の絵を見て居りぬ触れ得ざるひと見つむるごとく
佐藤紀子)友よりのメールに添えて送られてわがパソコンに彼岸花咲く
(泉)天国よりメール届かば父の彼の無骨な指は何と打つらむ
074:銀行(103〜128) 
(夏椿) 満期との知らせもらひし銀行にわれより先に影入りゆけり
八百長鑑定団) 銀行に貰った茶屋の枡席で四人は焼き鳥(とり)のタレこぼし合う 
(村上きわみ) 某地方銀行勤続六年のあかがねいろのネクタイが来る
075:量(102〜126)
(大辻隆弘)歳月の量(かさ)などというてみたものの杳(えう)として遠しわが若き日は
ひぐらしひなつ) 語られる量子力学わからないまま三月の水辺に憩う
佐藤紀子) 推量で悩むなとだけ窘めて診断結果を待つ母に沿ふ
(勺 禰子) 「極楽の荘厳」と訳されるらしい無量寿経に黙(もだ)されて夜半
087:天使(78〜102)
(帯一鐘信)  雪の降る街で天使の夢をみる日焼けサロンの文字が眩しい
(佐原みつる) 転居先不明の判の赤い文字 切手の中に天使が笑う
佐藤紀子) 「天使にはまだ逢はないでいられさう」九十六歳につこり笑ふ
(萱野芙蓉) みだらなる天使がひそむ蔵書票、票主美貌のをのこなるべし
089:減(78〜103)
(桑原憂太郎)喫煙の指導も減りぬ校内でタバコくはへて採点をせり
(大辻隆弘) 陽のひかりゆふべ減りくる森影にあけびは白き実を垂らしたり
(萱野芙蓉) 冴えてゆく白磁の月よ辛口の酒が減つたとおもふこの頃