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西野神社 社務日誌

3000-00-03 [表紙]

西野神社 拝殿

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2012-02-07 解決に向けての進展がほぼ全く見られない北方領土問題

今年もまた、問題解決に向けての良き進展が何ら見られないまま、とても歯痒い思いでこの日を迎える事になりました…。今日は、私達北海道民のみならず、日本人全員にとって特別な意味を持つ「北方領土の日」です。

北方四島

北方領土の早期返還は日本国民全員の悲願であり、北方領土返還運動戦後一貫して日本国民の総意として進められ、今日まで全国の多くの人々が積極的に返還運動に関わってきました。特に北方領土の日」の今日は、全国各地で北方領土返還運動が積極的に推進されており、今日は札幌でも、高橋はるみ北海道知事や元島民など約170人が、北方領土の早期返還を訴えながら市内中心部を行進するなどしました。

以下は、『北方領土 ロシアに甘い幻想は禁物』というタイトル産経新聞に掲載されたコラムの全文です。返還に向けて一向に事態が進展しない北方領土問題の現状が、的確・簡潔にまとめられています。


野田佳彦首相は「北方領土の日」の7日、北方領土返還要求全国大会で「北方領土問題の解決が極めて重要」と語り、ロシアとの交渉を「粘り強く続ける」との決意を表明した。

日本固有の領土である北方四島は戦後66年以上もソ連・ロシアの不法支配が続き、最近はその恒久化が進んでいる。北方領土返還が日本外交の最重要課題の一つであることは言うまでもない。問題は政府がそのための実効性ある方策を示していないことだ。

玄葉光一郎外相は先月28日の日露外相会談で、ラブロフ露外相と「静かな議論を続ける約束」をしたと述べ、「世論が割れないことが何より重要だ」と強調した。しかし、双方が対立する問題で「静かな議論」とは「決着の先送り」にほかなるまい。北方領土の共同経済開発では、日本は主権を侵害されない条件下で認めようとしているが、ロシア側は日本に配慮すると言いつつ自国の法制を適用する構えだ。これでは、不法占拠の正当化になりかねない。

さらに懸念されるのは四島返還を求める国民の期待に水を差すような言動があったことだ。全国大会でも、北方四島の一括返還に対し、「日本政府の方針ではない」「現実的な解決を主張していく」などの意見が紹介された。世論分断を狙うロシアの思うつぼだ。

一部の専門家や政治家は、プーチン露首相が来月4日の大統領選で返り咲けば、問題が前進するとみる。だが、プーチン氏は北方領土が「第二次大戦の結果、ソ連・ロシア領となった」と断言し、その意を受けたメドベージェフ大統領らは北方領土の恒久支配化を進めてきた。大統領復帰後に対日譲歩が得られる根拠は何もない。

甘い幻想の下に問題を先送りする融和的外交では、同じ過ちを繰り返すだけだ。日本にいま必要なのは、法と正義の下に四島返還の主張を国民と政府が団結して貫いていくことである。そのためには首相自ら「北方領土問題の解決こそ地域の安定と発展につながる」と世界に根気強く発信していくことだ。

今年はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が初めてロシアのウラジオストクで開かれる。5月には主要国首脳会議(G8)もある。北方領土問題を世界に訴える好機だ。国を挙げて生かしたい。


以下は、私が過去にこのブログで書いた、北方領土に関する記事の一覧です。かなり古い記事も含まれていますが、興味のある方は是非御一読下さい。

▼ 北方領土の概要 (各島の紹介など)

http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20080207

▼ 北方領土の歴史 (松前藩の記録から、ポーツマス条約締結まで)

http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070206

▼ 北方領土の歴史 (大正時代の北方四島の様子から、サンフランシスコ講和条約締結まで)

http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070207

▼ 根室の納沙布岬から望む北方領土

http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070729

▼ 本土から北方領土に行く方法

http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070906

▼ かつて北方領土に鎮座していた神社

http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060207

▼ 北方領土から根室への神様の御動座

http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060208


前出の産経新聞のコラムにも書かれているように、ロシアによる不法支配の恒久化は進む一方で、日本政府は、この問題打開に向けての実効性ある方策をほぼ何ら示せずにいます。戦後66年以上もロシアによる占拠が続くと、いくらそれが不法支配とはいえ、ロシア人の現・島民達にとっても北方領土は故郷であり先祖伝来の土地であるという感覚が、当然芽生えていると思います。北方領土のロシア領有が既成事実として年々定着しつつある、こういった憂うべき現状からは、本当に四島が日本に返還される日は来るのだろうか、という焦りや苛立ちを感じずにはいられません…。


(田頭)

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2012-02-05 お正月に巫女として奉仕した感想(2)

平成24年正月 助勤巫女

私が西野神社巫女さんとして御奉仕させて頂くのは今年で2年目だったので、去年よりも落ちついて行動することができました。

始めの頃は言葉遣いに悩んだり、人前でハキハキとしゃべるのが恥ずかしかったですが、経験を積んでいくうちに恥ずかしさもなくなり、様々な年代の人と話すのが楽しくなっていきました。

また、宮司さんたちにはいつも助けて頂き、他の巫女さんとも協力して御奉仕することができたので、忙しくてもやりがいがあって毎日がとても楽しかったです。これからも一生懸命頑張りたいと思います。


(廣瀬)

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田頭田頭 2012/02/06 02:36 昨日の記事に続き、今日も、年末年始に当社に助勤に来てくれた巫女さんの感想文を掲載しました。

理寛寺さん、廣瀬さん、感想文を書いてくれてどうもありがとう!

2012-02-04 お正月に巫女として奉仕した感想(1)

平成24年正月 助勤巫女

私は、去年にひきつづき、巫女さんとして、御奉仕させていただきました。2年目でしたが、自分がしっかりとできるか不安でした。

ですが、御奉仕させていただくうちに、楽しくなり、また、自分のためになることばかりでした。言葉遣いも、慣れるまでぎこちなかったですが、自然と話せるようになりました。今回、貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。


(理寛寺)

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田頭田頭 2012/02/05 15:02 昨年の年末から今年の年始にかけて当社で奉仕してくれた助勤の巫女さん2人に、奉仕の感想文をそれぞれ書いて貰い、本人達の承諾を得た上で、その感想文と本人の写真をこのブログに掲載する事にしました。

今回の記事は、そのうちの一人の感想文です。
もう一人の巫女さんの感想文は、明日の記事に掲載させて頂きます。

2012-02-03 節分祭・豆撒き

節分

節分の日の今日、当社では、午後3時から節分祭」が斎行され、3時半からは、第二駐車場にて毎年恒例の「豆撒き・餅撒き」(豆打ちの儀)が行われました。

節分は、二十四節気立春(暦の上で春が始まる日)の前日に当る日の事で、かつては立春が一年最初の日とされていた事から、その前日の節分は一年の最後の日とされ、つまり、節分の行事は、大晦日と同じ性格を持った年迎えの行事とも言う事ができます日本のお正月は、元々は立春だったのですが、1月望(もち)の日から1月朔(ついたち)へと変わっていき、やがてこの3つが混在するようになったため、元は同じ正月行事が大正月(1月1日)、小正月(1月15日)、節分(2月3日)と分かれて行われるようになったのです。

下の写真3枚は、「豆撒き・餅撒き」に先立って社殿で斎行された節分祭の様子で、今年「年男」「年女」に当っている方々や、当社の関係者恵比須様・大黒様獅子赤鬼の各所役奉仕者中川副総代長、萬燈保存会の理寛寺会長神力會佐藤会長など)、来賓として来て下さった「ミスさっぽろ」の磯田さん達が参列して下さいました。なお、ミスさっぽろは、毎年当社の節分祭に参列して下さっているのですが、ミスさっぽろという制度自体が今年度限りで廃止となるため、ミスさっぽろが当社の節分祭に来て下さるのは、残念ながら今回が最後となります。

平成24年 節分祭

平成24年 節分祭

平成24年 節分祭


下の写真は、節分祭の後に行われた豆撒き・餅撒きの様子で、恵比須様所役が舞台上から矢を放ったり、大黒様所役が舞台上から小槌で舞台前の参列者達のお祓いをするなどの一連の所作が行われた後、舞台の上から豆やお餅などが一斉に撒かれました。節分で豆を撒くのは、農耕が生活の中心だった時代には、五穀の一つである大豆には穀物の霊が宿っておりその霊力によって悪霊や災難を退散させる事ができる、と考えられていたからです。

平成24年 豆撒き・餅撒き

平成24年 豆撒き・餅撒き

平成24年 豆撒き・餅撒き

今年も、萬燈保存会の方々が奏するお囃子と共に、豆撒き・餅撒きが賑々しく執り行われ、舞台から撒かれる豆やお餅を直接受け取ろうとする人々や、地面に落ちた豆やお餅を拾おうとする人々の歓声で会場は大いに盛り上がりました。

なお、豆撒き・餅撒きの舞台は、例年同様、今年も第二駐車場全体を南北二つに分断するような配置で会場の中央に組み立てられ、舞台の南側は大人専用の会場、舞台の北側は子供専用の会場とし、大人と子供はそれぞれの会場に分かれて豆やお餅を拾って戴きました。これは、大人と子供が同一会場に混在すると、特に背の小さなお子さんが、上を見ながら手を広げて豆を取る事に夢中になっている大人の目に入らず押し倒されたり踏まれたりする危険があるので、そういった不測の事故を避けるための安全管理上の対策でもあります。

平成24年 豆撒き・餅撒き

平成24年 豆撒き・餅撒き

舞台上から撒かれた豆やが入っている袋には、神力會の会員さん達によりそれぞれ番号が記されており、豆撒きの後は、それぞれの番号に応じた副賞が神楽殿にて、豆撒きに参加された皆さん方に授与されました。そしてその後は、何日も前から今日の豆撒き・餅撒きの準備をして下さった神力會の会員さん達により、参集殿直会が開かれました。神力會の会員さん方、各種諸準備(餅撒き舞台の組立、その他)や後片付け等をして下さり、どうもありがとうございました。


今日の節分祭や豆撒きの様子を写した写真は、「西野神社アルバム」の「平成24年2月 節分祭・豆撒き 」のページ(下記URL)にも多数アップさせて頂きましたので、宜しければこちらも是非御覧下さい。

http://f.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/240203%20%E7%AF%80%E5%88%86%E7%A5%AD/?sort=old


以下は、今日の豆撒き・餅撒きの様子を撮影した動画です(動画投稿サイトYouTubeアップロードさせて頂きました)。短い動画ですが、当社の豆撒き・餅撒きの様子や雰囲気がお分かり戴けると思うので、こちらも是非御覧下さい。

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(田頭)

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2012-02-02 神社本庁設立六十五周年記念大会に於ける統理告辞

まり知られてはおりませんが(神職同士でも話題になる事は少ないのですが)、節分の日である明日(2月3日)は、「神社本庁設立記念日」という記念日でもあります

全国の大多数の神社(約8万社)を包括している神社本庁(当社も神社本庁の包括下にあります)は、終戦間もない昭和21年2月3日に、「神宮本宗として、神社神道を宣布し、祭祀を執行し、斯の道を信奉する者を教化育成し、神宮の奉賛及び大麻の頒布をし、神職を養成し、図書を発行頒布し、その他神社の興隆を図るため、並びに神宮及び神社(宗教法人たる神社庁を含む)を包括するために必要な業務を行ふ」ことを目的として、全国各地に鎮座する大多数の神社の総意として設立され、これにより、2月3日が神社本庁設立記念日とされたのです。ちなみに、前出の鉤括弧内(紫色の文字)は、宗教法人「神社本庁」庁規第三条から引用です。

一昨年2月4日付の記事では、神社本庁設立50周年の年に当る平成8年、55周年の年に当る平成13年、60周年の年に当る平成18年に、当時の神社本庁統理からそれぞれ発表された告辞を紹介させて頂きましたが、今回は、明日が神社本庁設立記念日である事に因み、神社本庁設立65周年の年に当る昨年発表された統理告辞を、以下に紹介させて頂きます。


統理告辞

常陸宮同妃両殿下の台臨を仰ぎ、池田厚子総裁御臨席の下、神社本庁設立六十五周年記念大会が挙行されましたことは、誠に御同慶の至りに存じます。

神社本庁は、敗戦といふ国史未曾有の難局に直面した先賢の総意により、昭和二十一年二月三日に設立されました。設立以来の年月を振り返るとき、幾多の苦難を克服して、神社護持と斯道発展のため諸施策を推進した先人の深い叡智や行動力に、心からの敬意と感謝を表したく存じます。

私どもの祖先は、悠久の歴史に培はれた民族の伝統精神を常に尊重し、その歩みを重ねてきました。殊に、明治維新の後は、近代国家の建設を目指して多くの難事業を遂行しましたが、その根底に君民が共に栄えるよき国風があったことを忘れてはなりません。

去る三月十一日に発生した東日本大震災に際し、天皇陛下には被災者をはじめ全ての国民に対するお言葉を述べられ、両陛下には被災地に行幸啓遊ばされました。多くの人々が、そのお言葉とお姿を拝し、将来への希望と力を得たと伺ってをります。私ども神社関係者は、被災地の復興と祭祀の伝統の継承を祈り、力を尽くしてゆかなければならないものと存じます。

そのやうな中にあっても、第六十二回神宮式年遷宮は、平成二十五年の斎行に向けて諸事順調に執り進められてゐる旨承ってをります。今次の御遷宮が、天皇陛下の大御心を体した多くの国民の奉賛をもって麗しく斎行され、さらにはその伝統が次の世代に正しく継承されることを願って已みません。

神社本庁設立六十五周年にあたり、関係各位の益々の発展と奮起を願ひ、所懐の一端を申上げ告辞と致します。

平成二十三年五月二十五日 神社本庁統理 久邇邦昭


(田頭)

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2012-01-31 地域新聞ウォークで当社のどんど焼きが紹介されました

今月15日に行われた当社のどんど焼きの様子が、『正月飾り焼納して無病息災を祈る 西野神社で「どんど焼き」』というタイトルの記事で、西区ローカル新聞ウォーク」の第320号(平成24年1月25日号)に掲載されました。

「ウォーク」第320号

「ウォーク」は、毎月25日に発行され、西野平和福井・小別沢・発寒新発寒前田宮の沢・西宮の沢の各家庭に配布さている、発行部数30,500部の新聞です。以下に、当社のどんど焼きが紹介されたその記事の全文を転載させて頂きます。

正月の伝統行事である「どんど焼き」が今月15日、西野神社で行われた。どんど焼きは、各家庭や会社に飾られたしめ縄、しめ飾り、門松などを焼納し、無病息災を願う行事。同神社ではしめ縄としめ飾りを今月7日からこの日までに、お札・お守りは通年預かってきた。

当日は早朝から氏子総代が準備を進め、午前10時から須浪和弘宮司により、まず古神札焼納祭が執り行われた。会場の第2駐車場には約200人が集まって祭事に参加した。

焼納祭を終えた後、御神火を受け取った中川信雄副総代長が、しめ縄で囲んだ中に積み上げられたしめ飾りや門松などに点火火は勢い良くあがり、参拝者は煙を体に浴びせて今年の健康を祈っていた。また神殿に参拝して家内安全や健康を願ったり、会場で振る舞われた甘酒を味わったりして正月の行事を体験していた。

その後も次々と参拝者が訪れて、持参した正月飾りを火に投じていた。どんど焼きは午後4時半まで行われた。また同神社による古神札焼納祭は、西野福祉会館でも行われた

(田頭)

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