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西野神社 社務日誌

3000-00-03 [表紙]

西野神社

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2018-08-15 平成最後の終戦記念日

今日は、73回目の終戦記念日です。
戦争で亡くなられた英霊をお祀りする東京靖國神社全国の護国神社には、いつもにも増して多くの参拝者が訪れ、また、東京都千代田区日本武道館では、今年も例年通り、天皇皇后両陛下をお迎えして全国戦没者追悼式政府の主催により開催されました。
平成の御代としては最後の開催となった同追悼式には、安倍晋三内閣総理大臣や各界代表者、全国各地の遺族ら約7千人が参列し、正午には、参列者全員により、約310万人の大東亜戦争戦没者(軍人・軍属約230万人と民間人約80万人の御霊)に対して1分間の黙祷が捧げられました。

ちなみに、御即位以降毎年欠かさす事なく全国戦没者追悼式に御出席されてきた今上陛下は、来年4月30日に御譲位されるため今日開催された本年の同追悼式が、最後の出席となられました。来年の同追悼式には、初めて“戦後生まれの天皇”となられる皇太子殿下が、第126代の新天皇として御出席される事になります。

全国戦没者追悼式

全国戦没者追悼式

私も今日は、正午に合せて謹んで黙祷を捧げ、73年前の今日終結したあの戦争で戦場に斃れられた御霊(みたま)、戦禍によって命を落とされた御霊に、謹んで思いを致しました。


ところで、本日・8月15日が「終戦記念日」とされている事から、8月15日を以て戦争が終結したと理解している人が多いですが、その解釈は、実は必ずしも正確ではありません。
日本がポツダム宣言を受諾し終戦の詔書が出されたのが8月14日、玉音放送と共に帝国陸海軍に停戦命令が出されたのが8月15日、日本が降伏文書に調印(ポツダム宣言を締結)して法的に戦争が終結したのが9月2日なので、厳密には、8月15日は「停戦の日」もしくは「玉音放送の日」という事になります。
実際、ソ連軍の侵攻は9月まで続き、その侵攻により日本領満州国などでは多数の日本人が犠牲になっており、残念ながら現実には、8月15日を以て終戦という状況にはなっていません。
ちなみに、6年7ヶ月の占領期間を経てサンフランシスコ講和条約が発効され、日本が独立を回復したのは昭和27年4月28日なので、「終戦の日」といえるのは、むしろ4月28日のほうであるという解釈も出来ます。

とはいえ、私達日本人にとって、8月15日が終戦を象徴する特別な日である事は間違いありません。これは、昭和天皇の御存在が国民にとってそれだけ大きかったという事の現れでもあるのですが、やはり玉音放送があった事から、当時の日本人の心には特にこの日が強烈に印象付けられたのでしょう。
普段は、日々の仕事や家事等に追われて何かと忙しく、七十数年前の激動の時代(戦時中や終戦時など)を振り返る機会などはほとんど無いという方も、せめて8月15日というこの特別な日には、靖國神社・護国神社・最寄りの神社などの大前を通して、もしくは御家庭の神棚の御前を通して、過去の日本を振り返って先人達の尊い犠牲に哀悼の念を捧げ、そして、当時、使命を持って、命かを懸けて、我が国を守った人達がいたという事に、思いを馳せるべきかと思います。

西野神社の大前で拝礼する参拝者



今日が終戦記念日である事に因んで、以下に、過去にこのブログにアップした終戦関連び記事を紹介させて頂きます。

以下の記事では、昭和20年8月14〜16日までの3日間のおおまかな流れ(終戦期の事件・混乱など)についてまとめました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20050815

以下の記事では、終戦に伴い当時の人達によって命懸けで執り行われた、北方領土に鎮座していた各神社から本土への御遷座、満州に鎮座していた大連神社から本土への御遷座、熱田神宮で行われた御動座についてなどを、紹介させて頂きました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060208

以下の記事では、米英ソ3ヶ国による首脳会談「ヤルタ会談」への評価について書かせて頂きました。この会談での極東密約(ヤルタ協定)によってソ連の対日参戦が正式に決定し、ソ連は日本領の北方領土や樺太を侵略しました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060608

以下の記事では、昭和20年8月20日に樺太で起こった悲劇真岡郵便電信局事件」について紹介させて頂きました。なお、この悲劇の主人公となった9人の乙女達は、その後、公務殉職と認められて、昭和48年に勲八等宝冠章が授与され、靖國神社にも御祭神として合祀されました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060820

以下の記事では、昭和天皇から戦争の幕引きを託され、その大任を果たして昭和20年8月15日に内閣総辞職をして退陣した、日本史上最高齢の首相鈴木貫太郎について、詳しく紹介させて頂きました。鈴木内閣の足跡を辿ってみると、日本が終戦を迎えるに至った道程がよく分かります。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070815

以下の記事は、鈴木貫太郎について詳述した直ぐ上の記事の、事実上の続編となる内容で、鈴木貫太郎と、その鈴木内閣で陸軍大臣を務めた阿南惟幾について、改めて詳しく紹介させて頂きました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20170815



(田頭)

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2018-08-14 西野神社奥津城 夏季霊祭

当社から車で40分程の距離にある、南区藤野藤野聖山園には、故人の御霊(みたま)を無縁にする事なく永代に亘って神道式での祭祀を執行する事を目的に当社が平成13年に建立した奥津城(神式のお墓)があるのですが、今日は午前9時30分からその奥津城で、「西野神社奥津城夏季霊祭」が斎行されました。
この夏季霊祭は、お盆に於ける恒例の行事(霊祭)として、毎年この時期に行っております。

西野神社奥津城 標柱


下の写真2枚は、いずれも過去の奥津城夏季霊祭で撮影されたもので、本日撮られたものではありませんが、今日の夏季霊祭でも、奥津城にはこのような感じで各種のお供え物がお供えされました。

西野神社奥津城夏季霊祭

西野神社奥津城夏季霊祭


札幌で生まれ育ったものの、仕事やその他の都合で普段は札幌を離れているという方も、この時期だけはお盆休みを利用して札幌に帰省しているという方が多く、今日の西野神社奥津城夏季霊祭には、生憎の悪天候の中(ずっと小雨でした)、奥津城に鎮まっておられる御霊の御遺族の方々約20人が参列して下さり、どなたも心静かに故人を偲んでおられました。

ちなみに、今月は、6日が広島原爆忌、9日が長崎原爆忌、12日が航空安全の日(日航機が群馬県御巣鷹山に墜落し520名が死亡した、史上最大最悪の航空事故が起きた日)、13日が月遅れお盆迎え火、14日(本日)が西野神社奥津城夏季霊祭、15日が月遅れお盆・終戦記念日・全国戦没者追悼式、16日が月遅れお盆送り火・京都五山送り火松島灯籠流し、20日が真岡郵便電信局事件ソ連軍の襲撃を受ける中、9人の日本人女性が電話交換手としての仕事を全うして公務殉職した事件)の日、22日が三船殉難事件(北海道留萌沖で、樺太からの引揚者を乗せた日本の船3隻がソ連軍の潜水艦から攻撃を受け、1,708名以上が犠牲となった事件)の日であり、8月は、慰霊の日々が続きます…。


(田頭)

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2018-08-12 秋まつりに向けて各種の案内が発行されています

本年の西野神社秋まつりは、来月の15・16両日に行われます。
現在当社では、氏子・崇敬者・関係者をはじめとする皆様方の御協力を戴きながら、秋まつりに向けて各種の準備が着々と進められており、その案内なども発行・配布されています。

西野神社境内の掲示板



秋まつりの案内・広報を主目的に、毎年秋まつりの1ヶ月半程前に発行している当社の社報『神ながら』の本年号は、今月1日に発行されました。下の写真が、その『神ながら』最新号です。

平成30年版 西野神社社報「神ながら」 1ページ目

本年の『神ながら』は、例年通り、モノクロ・B5判・全8ページで、表紙でもある1ページ目には、昨年の秋まつりで初めて行われた「泣き相撲」の写真や、当社の責任役員総代さん達の名前一覧(平成30年8月現在)、宮司挨拶などが掲載されており、2〜6ページには、秋まつりの日程や各奉納行事の具体的な内容が、7ページ目には今年の「おみこし渡御順路図」が、8ページ目にはその他の情報等が、それぞれ掲載されております。
『神ながら』は、毎年、各地域担当の総代さんを通して、当社の氏子区域内の各御家庭に配布させて頂いておりますが、当社拝殿の向拝にも、どなたでもお持ち帰り戴けるようまとめて置いてありますので、興味のある方は、当社にお越し際是非お持ち帰り下さい。宜しくお願い致します。



下の写真は、お稚児さんに申し込まれる方の保護者にお渡ししている、お稚児さんの案内・申し込みの用紙です。

平成30年 西野神社秋まつり 「お稚児さん」案内

お稚児さん達は、秋まつりの2日目(本年の場合は9月16日)に、本神輿に供奉して御神輿と共に当社氏子区域内を巡行します。原則として、当社氏子区域にお住まいのお子さん達(特に年齢制限は設けておりませんが、大凡の目安として、小学校中学年くらいまでの男女児)に申し込んで戴いております。



下の写真は、子供神輿を担いでくれるお子さん達の保護者にお渡ししている、子供神輿の案内・申し込みの用紙です。

平成30年 西野神社秋まつり 「子供みこし」案内

子供神輿は、秋まつりの2日目(本年の場合は9月16日)に、昭和会館から西野神社まで渡御します。子供神輿は、渡御当日と、事前の練習(2回あります)に来て戴けるお子さん(特に年齢制限は設けておりませんが、大凡の目安として、小学校高学年くらいまでの男女児)であれば、どなたでも申し込んで戴く事が出来ます。



下の写真は、泣き相撲(赤ちゃん相撲)に出場してくれるお子さん達の保護者にお渡ししている、泣き相撲の案内用紙です。

平成30年 西野神社秋まつり 「泣き相撲」案内

泣き相撲は、秋まつりの2日目(本年の場合は9月16日)に、当社境内の土俵で行われます。当日、赤ちゃん力士として出場して戴けるお子さん(但し、首が座っている0歳から、2歳くらいまでの男女児)であれば、どなたでも申し込んで戴く事が出来ます。



下の写真は、秋まつりの寄付帳表紙です。恐れながら本年も、当社の総代さんや、当社から委託を受けた協力員の皆さん方が、氏子区域内の各お宅にお伺いし、秋まつりへの御奉賛をお願いさせて頂きます。御奉賛して戴いた方の御芳名は、こちらの寄付帳に記録致します。

平成30年 西野神社秋まつり 寄付帳表紙

本年の秋まつりへの皆様方の御理解・御協力、改めて、宜しくお願い申し上げます。



(田頭)

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2018-08-08 七夕まつり

七夕まつり

昨日は、一年を二十四等分した「二十四節気」でいうと、「立春」から丁度半年が過ぎた「立秋」に当たる日でした。
そのため、実態は兎も角、暦の上では、一昨日を以て夏は終わり、昨日から秋が始まった、という事になります。
友人・知人等の健康を気遣うお便りの挨拶も、立秋である昨日を境に「暑中見舞い」から「残暑見舞い」へと変わる事になります。

とはいえ、例年ですと、「この時期の立秋とは名ばかりで、まだ暑い日々が続いております」となるのが通例です。しかし、昨日の札幌最高気温は24℃で、2週間ぶりくらいに所謂“夏日”ではなくなり、しかも風も吹いていたためそれなりに涼しく感じられ、何だか久々に、本当に立秋らしい日だったような気がします。
その立秋の昨日、当社では午後3時半から、毎年恒例の「七夕まつり」が開催されました。


七夕は、本来は旧暦(太陰太陽暦)の7月7日なので、新暦(太陽暦)に換算すると本年(平成30年)は8月17日がその日に当たり、つまり、旧暦と新暦はずれていくため年によって日にちは変わりますが本年の場合だと、私達が普段使っているカレンダーの8月17日に合せて七夕の行事を行うのが最も正確なのですが、実際には、新暦の7月7日や、その一ヶ月遅れの8月7日、あるいはその前後の時期などに行われるのが一般的です。
但し、梅雨が無いとされる北海道では兎も角、道外に於いては、新暦の7月7日は丁度梅雨の時期に当たるため、7月7日に七夕の行事を行う場合、残念ながら“満天の綺麗な星空”というのはあまり期待出来ないのが実情です。

北海道では、函館室蘭登別根室など一部の地域では異なるため一概にそうとは言い切れないものの、おおよその傾向として、新暦の8月7日(昨日)に、七夕の行事が行われており、当社では、北海道でのその平均的な慣習に倣って、毎年8月7日に七夕まつりを開催しております。
もっとも、札幌市内の幼稚園や保育園などでは、7月7日に七夕の行事を行っている所もあるようですが。

ちなみに、「日本三大七夕祭り」のうち、仙台七夕まつりは毎年8月6日から8日にかけての3日間、湘南ひらつか七夕まつりは毎年7月7日を挟んだ前後数日に、安城七夕まつりは毎年8月第1週の週末の3日間、それぞれ開催されています。
なお、十数年前に私が神職実習生として神務実習をしていた、京都府八幡市に鎮座する石清水八幡宮では、毎年7月7日に七夕祭を斎行しております。但し、同じ京都府内でも、“祈り”や“願い”をテーマに京都市内各地で毎年開催されるイベント「京の七夕」は、各エリアによって具体的な開催期日は異なるものの、どのエリアも8月上旬に開催されています。

全国的にみると、神社によっては、7月7日に七夕祭、8月7日に七夕本祭というように、2回に分けて七夕の行事を行っている所もあるようです。
旧暦の7月7日は、前述のように今年は8月17日に当たるので、これはあくまでも私の勝手な推測ですが、もしかすると神社によっては、8月17日に旧七夕祭を斎行している所もあるかもしれませんね。

当社の授与所窓口前に飾られいる笹を見ながら、道外からの旅行者らしき参拝者さん達が「そういえば、北海道は8月7日が七夕なんだよね」と会話しているのを今月に入ってから何度か耳にしましたが、前出の具体例からも分かるように、実際には道外でも8月に七夕の行事を行う所があり、逆に、道内でも7月に七夕の行事を行う所もあるため、「全国的には七夕は7月7日が標準。但し北海道の七夕だけは8月7日」と言い切ってしまうのはやや性急過ぎ、結局の所、「七夕はいつなのか」については、全国各地・各所で見解がバラバラなのが実態です。

西野神社 七夕まつり看板


七夕は、日本では古来から祖霊祭りの日(お盆の祖霊祭に先行する招霊のための行事)とされてきましたが、夏の星座からつくられて奈良時代中国から伝わった、織姫おりひめ)と彦星ひこぼし)の伝説と、7月7日の夜にお供え物をして織女星(しょくじょせい)を祀り技巧・芸能手芸・裁縫等の上達を願う乞巧奠(きっこうでん)という行事、更に、日本に古くからある棚機つ女(たなばたつめ)という信仰などが習合し、現在の七夕の習慣が生まれたと云われています。

織姫と彦星の伝説というのは、簡潔にまとめると、おおよそ以下のような内容です。彦星と織姫の関係を恋人と誤解している人が多いですが、正確には、この二人は恋人ではなく夫婦で、七夕というのは織姫の事です。
星々の住む天の国に、彦星と織姫という若い夫婦がいました。この夫婦は二人共、元々は働き者だったのですが、仲が良過ぎて次第に仕事をしなくなってしまいました。そのため、天の神様は怒って、二人を天の川の両岸に別れさせて、彦星には牛飼いの仕事を、織姫には機織りの仕事をそれぞれ命じました。そして一年に一度、旧暦7月7日の夜にだけ、二人が会う事を許しました。この二人の幸せを祈る行事が七夕まつりです。

星座が描かれている下図でいうと、織姫はこと座ベガ、彦星はわし座アルタイルで、このふたつに、はくちょう座デネブを加えたものを、俗に「夏の大三角形」と云います。

織姫と彦星

なお、夏の風物詩にもなっている、五色の短冊に願い事を書いて竹などに飾り付けるという風習は、江戸時代に、手習い(習字)が上手になるようにとの願いから寺小屋などで盛んに行われるようになり、その後、学校などで学問や技芸の上達を願うため広く行われるようになって、全国に広がっていきました。


当社の七夕まつりは、夏休み期間中の子供(主に小学生くらいまでの子供達)向けのイベント(当社で行っている年間行事の中では唯一神事ではありません)として毎年開催しており、原則として、当社で初宮参り七五三参り等の御祈祷を受けたお子さん達を招待しております。

今年の七夕まつりでは、まず、当社の大坊総代長による巧みな腹話術が披露され、その後、プロのパフォーマーさんによる素晴らしいマジックジャグリングが披露されました。
神楽殿舞台でそれらが演じられている間、子供達からは何度も拍手や歓声が起き、七夕まつりは今年も子供達から大好評を得る事が出来ました。ちなみに、神楽殿は来月下旬に解体されるため、この神楽殿を使って行われる七夕まつりは、本年が最後となります(昨年10月9日付の記事で述べた通り、解体された神楽殿の跡地には儀式殿が建設されます)。

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


神楽殿で45分程に亘って披露された、それらの演芸が終わった後は、拝殿直ぐ前の石畳の参道上に仮設したテーブルで、子供達全員に色紙の短冊に願い事を書いて貰い、それらの短冊は全て、拝殿の向拝に立てている青竹の枝へ、子供達自身の手により飾り付けられました。

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


そしてその後は、この日来てくれた子供達全員に、授与所前に設置した水槽(小型プール)の中に浮かべている、金魚を模したマスコットのビニール風船を釣り具で釣って貰いました(釣り上げたビニール風船はお土産としてプレゼント)。
ちなみに、昨年の七夕まつりでは、都合によりこの「釣り」は行わなかったため、七夕まつりでの「釣り」は、2年ぶりの復活となりました。

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


そして、「釣り」を終えた子供達全員に、授与所前に仮設したテーブルでお土産を手渡し、七夕まつりは閉幕しました。幸いにして今年も、七夕まつりは盛況・成功裏に無事終える事が出来ました!

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


今年の七夕まつりでは初めて、七夕まつり仕様の、写真撮影用看板(顔出しパネル)を、授与所前に立てました。下の写真ではほとんど分からないと思いますが、この看板には電飾が施されており、看板表面に描かれている星はピカピカと点滅しています。この看板もお子さん達には大人気でした。

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


下の動画は、昨日の七夕まつりで撮影されたものです。丁度2分の短い動画なので、宜しければこちらも是非御覧下さい。当社の七夕まつりの雰囲気が伝わると思います。

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なお、昨日の七夕まつりの様子は、「西野神社アルバム」の、平成30年8月「七夕まつり」のページ(下記URL)にも写真を多数アップしておりますので、お時間のある方はこちらのページも是非御覧下さい。
http://f.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/300807%20%E4%B8%83%E5%A4%95%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%8A/?sort=old



(田頭)

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2018-08-06 当社の境内で咲き誇る紫陽花が話題になっております

当社の境内で見頃を迎えている紫陽花アジサイ)の景色については、先月15日付の記事でもお伝えしましたが、その紫陽花の綺麗な様子が、当社を参拝された方々がネット上にアップされたブログの記事やツイッターでのツイートなどで取り上げ荒れ、有り難い事に皆様方から好評を得ております。

以下に、それらの記事やツイートの一部を紹介させて頂きます。いずれも、先月もしくは今月アップされたものです。取り上げて戴き、ありがとうございます!


▼ 7月16日付のブログの記事より
 (https://ameblo.jp/mokakousako511/entry-12391206328.html

ブログで紹介されている西野神社の紫陽花


▼ 7月22日付のブログの記事より
 (https://ameblo.jp/nanae-w-28/entry-12392112936.html

ブログで紹介されている西野神社の紫陽花


▼ 7月24日付のブログの記事より
 (https://ameblo.jp/jona-3w/entry-12393012841.html

ブログで紹介されている西野神社の紫陽花


▼ 7月22日付のツイートより
 (https://twitter.com/hana_hdmd/status/1020934701911982081

ツイッターで紹介されている西野神社の紫陽花

ツイッターで紹介されている西野神社の紫陽花


▼ 7月26日付のツイートより
 (https://twitter.com/niji2231822/status/1022446448565137411

ツイッターで紹介されている西野神社の紫陽花

ツイッターで紹介されている西野神社の紫陽花


▼ 8月1日付のツイートより
 (https://twitter.com/kitakumagosyuin/status/1024480591486509056

ツイッターで紹介されている西野神社の紫陽花

ツイッターで紹介されている西野神社の紫陽花

ツイッターで紹介されている西野神社の紫陽花


(田頭)

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