『ホロコースト』

 
あんまりちゃんと観てないので軽くレビューです。
この作品で、マイケル・モリアーティは準主役の一人、親衛隊将校のエリック・ドルフを演じています。

生活のため奥さんに言われてしぶしぶSSに入ったエリックは、ラインハルト・ハイドリヒに気に入られて腹心となり、状況に押し流されるように「ユダヤ人問題の最終的解決」の責任者となっていきます。(エリック・ドルフは架空の人物ですが、他のナチス将校キャラクターは実在の人物を基にしています。)

この作品でのモリアーティは30代後半のはず。役柄は24歳から34歳くらいまで。ところが、鷲と髑髏の制帽を目深にかぶっているところがアップになると、童顔のせいで10代の少年にしか見えません。そんな顔をして恐ろしい事業を進めるところが、役のインパクトを強くしています。長身に黒い制服は怖いくらい似合うけれど、顔の印象が幼すぎてアンバランス。

口許には、あの独特な半笑いがみられます。目は無邪気にぱっちりと青く、どこか中空を見ている。新しい収容所の計画を練るとき、ハイドリヒの威光を暈に他の高官を脅すとき、無垢な表情と冷酷な言葉とのギャップが怖い。

この見た目が、エリック・ドルフというキャラクターの不安定さ、ひいては帝国の基盤のあやうさそのものを象徴しているように思えます。

モリアーティならではの多重性が表現されていると思ったシーン。
ウクライナのバビヤール*1で、処刑作業の視察から帰る途中のエリックは、民間人の叔父、クルトとたまたま出会って車に乗せます。仕事のことを訊かれ、「ユダヤ人の再定住」*2と答えるエリック。「処刑もやっているのか?」「少数の犯罪者だけですよ」車がユダヤ人の長い列を横切ります。「それにしても大勢だな。これが全部ここへ移住?」叔父は次々と疑問を口にする。

重ねて質問されると、エリックはすうっと消えてしまいます。肉体はまだシートに座って相手の方を向いているのに、そこからいなくなってしまうのです。そして「早く家族に会いたいですよ、叔父さん」と言う。カメラが横からのショットに切り替わると、違和感がはっきりする。背筋を伸ばし、やや前に傾けて相手を威圧するような姿勢のまま固まっているのです。家族の話をするなら、普通は後ろにもたれかかってくつろいだ姿勢をとるでしょう。

この時、車の中に座っていたのは何者か。エリックは消えてしまった、残っているのは誰?名前のない、感情のない、ただ命令に従うだけの機械。こんなことが表現できるなんて、本当にすごい役者さんです。

本来のエリック、ひ弱なもと法学生はずっと奥に隠れています。たまに夜、出てきて泣きじゃくったりするけれど、朝になれば冷たい機械のドルフ少佐が戻ってくる。エリック最後のシーン、連合軍のアメリカ人将校による尋問中、隙をついて青酸塩のカプセルを噛み割るときも、やっぱり機械のまま。

このシリーズで、モリアーティはエミー賞ゴールデングローブ賞の両方を受賞。抽象的になりがちな「悪」に顔を与えるという、すごい仕事でしたね。
 

*1:キエフ郊外にある谷で、10万人が虐殺の犠牲になったと言われる

*2:公式にはそういうことになっていた