ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

トラウマ

 パソコンの話を書いていたら、あの3年半のことを想い出してしまった。あの頃のことはまさにトラウマになっていて、想い出すと、次々に腹が立ったことを想い出して来ちゃうのには参る。あれからもう10数年も経っているというのに、なんで今更想い出すと腹が立つのか、不思議なものだなぁと思う。
 人間の価値観なんてものは本当に人によって全然違うから、「普通」という言葉をたやすく使うのは如何なものかと思うなぁ。ある人にとってはそれが当然だとしても、他の人にはそれは異常だとはいわないまでも、普通じゃないと映ることというのはその辺にコロコロ転がっている。だから、自分だってどこでどんな具合に気がつかないうちに人を傷つけていないとも限らない。
 赴任に際して4-5点、麻雀用のゴムマット、生八つ橋、ワープロ用のインクリボン・・・なんてものを手持ちしてきてくれと(当時のことだから)ファックスが入った。持って行って、領収書をずらっと渡したら、「ひとつくらい僕にくれても良いだろう!」と大声を上げたのが第一日目だったのだから、驚いた驚いた。あとは推して知るべしだ。
 今でも腹が立つ。
 新人が赴任してきたときは挨拶代わりに持ってきてもらったものはただで提供されるべきなんだと思っていたのは、彼の独自の論理なのだろう。
 そうそう、昨日友人がある人のことを称して、「こういう具合に人から言われたら普通こう思うのに、あいつはわかってない」としきりに文句をいうんだけれど、こういわれたらこう感じるっていうのは彼の尺度であって、それは誰にも当てはまる論理じゃないのだよ。

朋あり

 37年前に行き始めてからずっと繋がっていたジャズがかかっているバーがあった。いや、正確にはまだあるんだけれど、もはややっている方もお客の方も歳がいっちゃって、なかなか難しくなってきた。若い客が増えるわけではない。その上常連のお客は歳がいっちゃってどんどん外に出なくなる。だから、来ない。
 今年正月にお店が再開してから三回しかいっていない。20年前に一緒に働いていた会社の同僚からメールが来て、逢いませんかというのでその店で合流した。彼ももう55歳だという。当時の新入社員もくっついてきた。大笑いだった。
 当時、私が配属されたその職場は親会社の印象から考えたらまったく色の異なる職場で、親会社を含めたグループ会社を主たるクライアントとするデザインハウスだった。勿論私がコピーを考えたり、グラフィックのデザインをするわけじゃなくて、親会社から派遣されていたので、親会社の各部門を相手に営業をしていた。自分よりも後輩だった奴が発注者だったりして、積年の恨みを晴らされたりしたもんだ。情けは人のためならずってぇますからねぇ。日々、吞まなきゃやってられなかった。
 デザインの仕事をやっていた彼らが当時マッキントッシュのパソコンを導入して欲しいんだけれど、会社の上部に提案しても暖簾に腕押しで困ってますっていう。自分でも当時、これなら仕事に必須だなと思っていたから、よしっ!任せておけと胸板を叩いて、交渉にいったんだけれど、なんせ自分で作業をしたことがない人たちにはなかなか理解して貰えない。「そんな高いもの(当時は高かったのだ!)入手しても、すぐに埃がたかっちゃうんだろ!?」と鼻先で笑われたものだった。それでも懇願、懇願。とうとうLC-475を導入。入ったら便利だから、順番待ちになる。翌年にあっという間に広がった。
 そこから今度は外国の子会社にいったら、そこの上司がどう見てもパソコンの必要度を理解できるおっさんじゃなかったからノートとデスクトップを両方とも持ち込んだ。ところが自分が理解できないものを自費で持ち込んで使っている部下なんてのが可愛いわけがないな。ムキになってたもんな。

2015年12月11日のツイート