nuhsnuhの日記

2018-07-16 Dash or Prime

[] Dash or Prime, Which Is the Correct Reading of the Mark " ' "?

本屋さんで、出たばかりの

を手に取り、中を見てみると、

という記事を見かける。ちょっと興味を覚えました。拝見させていただくと、「えっ、それは知らなかったな」というようなことが書かれていました。


論理学数学の文献で「a'」や「a''」のような表現を目にすることがあります。この「a'」における「a」の右肩の点「 ' 」は、何と読めばよいでしょうか? それは「ダッシュ」と読まれることがありますが、正しくは「プライム」と読むのだろうと、私は思っておりました。(日本では) 「プライム」が正しく、「ダッシュ」は間違っていると思っていました。しかしこれは、上記文献、田野村先生調査によると、正しくないようです。先生は英語で書かれた数学の文献で、問題の点「 ' 」が、歴史上、いつ出てくるのか、さかのぼって調査されています。

先生によると、問題の点が英語の数学文献に現れるのは、先生が確認できた限りでは、19世紀半ばだそうです (『数セミ』、55ページ)。

先生が見つけられた19世紀半ばのある数学文献には、問題の点は「ダッシュと読む」と (英語で) 記されていました (同ページ)。また同じ頃の別の数学文献では「プライムと読む」と (英語で) 記されていました (同ページ)。

つまり、もしもこれらの文献が問題の点の出現初期の事例だとするならば、問題の点が世に現われた当初、その点を英語で「ダッシュ」とも「プライム」とも読んでいた、ということです。

しかし、それでも「従来アメリカでは、その点は専ら「プライム」と呼ばれていたのではないか」と思われるかもしれません。ですが、先生の調査によると、しばらく前のアメリカの数学文献 (1936年) にも、その点は「ダッシュと読む」と記されていました (56ページ)*1

しかし、それでも「最近では、問題の点を、英語では専らプライムと読むはずだ」と思われるかもしれません。ですが、ここでも先生の調査によると、2000年代に入ってからの英語理工系文献でも、その点を「ダッシュと読む」と書かれている事例があります (57-58ページ)。


以上の実証的な調査により、問題の点「 ' 」は、昔から今に至るまで、英語の数学文献で「ダッシュ」とも「プライム」とも読まれてきたのであって、その点はどちらで読んでもよい、ということです。「プライム」が正しく、「ダッシュ」と読むのは間違っている、というのは間違っている、ということです。これは知りませんでした。私は何となく、点「 ' 」は「プライム」と読むのが正式で、「ダッシュ」と読むのは間違い、または通俗的な読み方に過ぎないとばかり思っておりましたが、歴史的事実からすると、どちらの読み方でも OK だ、ということみたいです。確かに大切なのは、誤解なく相手に伝わる読み方であることです。そうすると、誤解なく内容の伝わる読み方であれば、ことさら「ダッシュ」を間違いとする理由はない、ということになりそうです。

先生のこの調査に対しては、数学史家による検証があるといいですね (先生は言語学者のようです)。先生の調査が正しいものとして追認されるかもしれませんし、あるいはひょっとすると反例のようなものが見つかって、さらに深い研究の展開が見られるかもしれません。


本日の話に関し、私による記述に間違いが含まれていてはいけませんので、詳細、正確には、上記の田野村先生の文献をご覧ください。含まれているかもしれない私の間違いに、ここでお詫び申し上げます。先生の貴重な調査に感謝致します。

*1アメリカで出たという文献について一言。元々イギリスで出た本が、アメリカで出版し直されるということがあります。この場合、アメリカで出てはいても内容はイギリス版と同じということもあり得ます。そこで、先生が確認された「しばらく前のアメリカの数学文献 (1936年)」も、もしかすると元々イギリスで出ていたもので、それと同じ文献がアメリカで焼き直しされただけなのかもしれない、と推測することもできます。この推測が当たっているならば、その1936年の「アメリカ」の文献で、問題の点を「ダッシュと読む」と記されていても、そう読んでいたのはイギリスでのことであって、アメリカでその点を「ダッシュ」と読んでいた証拠にはならない、と主張することもできます。しかし先生のその1936年の文献は、アメリカ科学アカデミーの Proceedings ですので、イギリス版の焼き直しという可能性はないと思われます。

2018-06-17 Philosophy Is Useful Because We CAN Prove It.

[] Philosophy Is Useful Because We CAN Prove It.


うちには小犬の nuhsnuh くんと、そしてたぶん犬だと思うのですが、小犬の Lisa がいます

先日、この2頭が話をしているのが聞こえました。何とはなしに聞いていると、Lisa が「哲学なんて役に立たない」と言っています。それに対し nuhsnuh くんが「そんなことないよ。哲学は役に立たないとよく言われるけど、哲学は役に立つよ。だってその証明があるもん」と言っています。そして淡々とその証明を述べていました。とても簡単で短いものでしたから、ここにその証明を私の言葉再現してみましょう。


証明 「哲学は役に立つ」

哲学は役に立たないと仮定してみよう (背理法の仮定)。

ならば、その根拠を上げて、哲学は役に立たないことを論証せねばならぬ*1

今、そのことを根拠を上げて論証したとしよう。

ところで、そのような論証を行なっている時、人は哲学していることになる*2。この時、哲学は役に立たないということを主張するのに哲学は役に立っている。

さて、振り返ると、哲学は役に立たないと仮定したことから、今、哲学は役に立つということが帰結した。これは矛盾である。故に、哲学は役に立たないという仮定は否定されねばならない。よって、哲学は役に立たないことはない。すなわち、哲学は役に立つ。

こうして、哲学が役に立つことが証明された。Q.E.D.


なるほど、う~む。

その後、nuhsnuh くんと Lisa は、上の証明について、直観主義者がどうだの、古典主義者がああだの、構成主義者がこうだのと、何か難しいことを言いあっている。私には何だか難解すぎてわからないので、話の筋を追うことができない。

しかし、う~む。それにしても、う~む。

本日はこれで終わります。nuhsnuh くんの証明が間違っておりましたら大変すみません。私の方から代わりにお詫び申し上げます。


PS 上の「哲学なんて役に立たない」という意見類似した意見に、「哲学なんてする必要がない」というものがあります。この後者見解に対しても、その反対に、「哲学はする必要がある」ということを、非常に簡単かつ手短に証明することができる論証もあるようです。この日記2016年1月2日のページに記されています。その日の日記項目 ''Is Consequentia Mirabilis a Basic Form of Reductio ad Absurdum?'' 第2節「Consequentia mirabilis とは何か?」における William Kneale 先生論文 ''Aristotle and the Consequentia Mirabilis'' からの引用文、およびその引用文に付した引用者の註をご覧ください。

*1:さもないと、無責任な言い放しになる。

*2そもそも、そのような営み、活動を、哲学と言うのである

2018-05-06 Either Agnosticism or Idealism is Valid.

[] Either Agnosticism or Idealism is Valid Because We Have a Proof of it.

本日は、ある証明を載せます。あるいは、証明なるものを載せます。以下の話については、半ば真剣に取っていただき、半ば真剣には取らないでください。なお、本日の日記original な主張は何もございません。それではさっそく本論に入ります。


不可知論は正しい。なぜならそれが正しいことを証明できるから。あるいは観念論は正しい。なぜならそれが正しいことを証明できるから。

不可知論とは大抵の場合「神の存在を知ることは原理的にできない」とする考えですが、これを一般化して、「原理的に知ることのできないようなことがある」と主張する立場をも、不可知論の一種とするならば、このような不可知論が正しいことを簡単に証明できます。

あるいは、「私たちの知らないことは、そのことを私たちが単に知らないのではなく、そもそも知らないとされているそのこと自身、存在していない、成立していないのである」という考えを支持するのが観念論の一種だとするならば、このような観念論が正しいことを簡単に証明できます。


証明

何かが生じていれば、様々な障害に阻まれることはあっても、原理的にはその生じていることを私たちは知ることができると考えられます。大洋海溝の最深部で何が起こっているのか、円周率 π の小数点以下の桁で、無限の彼方の数はどのように並んでいるのか、これらのことは私たちの能力限界があるため、直ちにはわからないとしても、何か事実が現に成立していれば、その事実が成立している現場access しさえすれば、それを私たちは原理的には知ることができると思われます。そこで今述べた考えを手短に表せば、


  •  何であれ事実が成立していれば、私たちはそれを知ることは可能である、

というようにでもなるでしょう。これは正しいと思われます。そしてこの考えは、次のように記号化できるでしょう*1


(KP)  ∀p( p → ◇Kp ).


これは Knowability Principle と呼ばれているので、(KP) という略称が与えられています。式中の ∀ は普遍量化子、p は事実を表す変項、→ は material conditional, ◇ は可能性を表す operator, K は認識を表す operator です。


上のことに加えて、この世に起こっていることで、まだ私たちには知られていないことがあると思われます。つまり、ある事実が成立しているのですが、その事実について私たちは知らないという、そのような事実があるように思われます。この考えを手短に述べれば、


  •  私たちの知らない、ある事実が存在する。

これも正しいでしょう。これを記号化すれば、


(NonO)  ∃p( p ∧ ¬Kp )


とできるでしょう。これは私たちが全知ではない (non-omniscient) ことを言っていますので、(NonO) という略称が与えられています。式中の ∃ は存在量化子、∧ は連言記号、¬ は否定記号です。


さて、(NonO) が正しいなら、それを例化した次の式も正しいはずです。


(1)  p ∧ ¬Kp.


(KP) の p には任意の式が入りますから、その p に (1) の式を入れて例化してやってもよく、そのようにすると、


(2)  ( p ∧ ¬Kp ) → ◇K( p ∧ ¬Kp )


です。(1) と (2) とで、Modus Ponens により、


(3)  ◇K( p ∧ ¬Kp )


です。正しいと考えられる (KP), (NonO) から、正しい推論を通って (3) が導かれましたので、(3) は正しいと考えられます。

ここで一旦、話を変えます。(3) の式については、またあとで登場してもらいます。


私たちは、富士山日本一高い山で、なおかつ休火山でもあることを知っています。すると、富士山は日本一高い山であることを私たちは知っており、なおかつ富士山は休火山でもあることを私たちは知っていると言えます。つまり一般的に、二つの文を合わせた連言文を知っていれば、各連言肢も知っている、ということです。これを記号化すると、


(A)  K( p ∧ q ) ⊢ Kp ∧ Kq


です。⊢ は導出の記号で、「したがって」と読まれます。


次に、たとえば「富士山は日本一高い山である」というのは一つの知識を述べており、事実を表しています。一般的に言って、知識というものは事実に適ったものです。事実に反する知識、事実にそぐわない知識というのは、そもそも知識ではありません。間違った正解というものが、そもそも正解ではないのと同様に。(なお、ここで言っている知識とは、いわゆる命題知のことであって、技能知のことではありません。) 何かが知識であれば、それは事実を表していること、あるいは何かを知っていれば、事実、知っているとおりであるということ、このことを記号化すれば、次のようになります。


(B)  Kp ⊢ p.


「p を知っている。故に p である」、「p という知識を持っている。故に p である」と読まれます。


続いて、数学や論理学で、定理を証明したならば、確かに間違いなくその定理の言っているとおりのことが成立しています。つまり、定理として証明されたことは、必然的に成り立つ、ということです。初等幾何学で、三角形内角の和は二直角である、ということを定理として証明し得たならば、これはその幾何学で必ず成り立ちます。その幾何学でこの定理を証明しておきながら、「でも、この幾何学においては、三角形の内角の和は二直角ではない、ということもあり得る」などとは言えません。こうして、定理として証明されたことは、必然的に成り立つ、ということを、


(C)  ⊢ p ⇒ ⊢ □p


と記号化します。ここでの ⊢ は、その右の式が定理であることを表しています。⇒ は「ならば」と読まれます。□ は必然性の operator です。


最後に、何かが成り立たないことが必然的ならば、その何かが成り立つことは不可能です。何かが丸い形をしており、かつ四角い形でもある、ということは成り立ちません。このことが必然的であるならば、そのことが成立することは不可能です。これを記号化すると、


(D)  □¬p ⊢ ¬◇p


となります。これは「p でないことは必然的である。したがって、p が可能であることはない」と読まれます。


(A), (B), (C), (D) はすべて正しいと思われます。これらを用意して、ある定理を証明します。


(4)     K( p ∧ ¬Kp )   (背理法の) 仮定

(5)     Kp ∧ K¬Kp     (A) による。

(5.1)    Kp         (5) による。

(5.2)    K¬Kp        (5) による。

(5.3)    ¬Kp        (5.2) に (B).

(6)     Kp ∧ ¬Kp     (5.1) と (5.3).

(7)     ¬K( p ∧ ¬Kp )  (6) は矛盾なので、仮定の (4) を否定。

(8)     □¬K( p ∧ ¬Kp )  (7) は定理なので、(C) により。

(9)    ¬◇K( p ∧ ¬Kp )  (8) に (D).


こうして (9) ¬◇K( p ∧ ¬Kp ) が証明できました。これは証明されましたから (9) は定理です。

ところで私たちはしばらく前に (3) ◇K( p ∧ ¬Kp ) を導き出していました。しかし (3) と、今証明したばかりの (9) は矛盾しています。したがって、どちらかが間違っているはずです。(3) に対して、(9) は、れっきとした定理です。よって (9) が間違っているはずはありません。間違っているのは (3) の方です。そうすると、間違った (3) が出てきたということは、(3) が引き出された前提のうち、どれかが間違っているということです。そこで (3) からその前提へとさかのぼると、突き当るのは (KP) と (NonO) です。故に、(KP), (NonO) のどちらかが、あるいはどちらともが、間違っているはずです。どちらかを、あるいは両方ともを、否定せねばなりません。


もしも (KP) の方が間違っているとするならば、これを否定することです。そうしてみましょう。


(N-KP)  ¬∀p( p → ◇Kp ).


これを同値変形すると、


  ∃p ¬( p → ◇Kp )


となり、さら


(AG)  ∃p ( p ∧ ¬◇Kp )


となります。これは「知ることが不可能なことがある」、「原理的に知ることのできないようなことがある」と言っています。つまり不可知論 (agnosticism) の宣言です。ここに不可知論が正しいことが証明されました。


あるいは、もしも (NonO) の方が間違っているとするならば、こちらの方を否定することです。やはりそうしてみましょう。


(N-NonO)  ¬∃p( p ∧ ¬Kp ).


これを同値変形すると、


  ∀p ¬( p ∧ ¬Kp )


となり、さらに


  ∀p ( ¬p ∨ ¬¬Kp )


となります。∨ は選言記号です。さらに変形すると、


  ∀p ( ¬p ∨ Kp )


です。この丸カッコ内は条件法記号に書き換えられますので、そうすると、


(OP)  ∀p ( p → Kp )


となります。これは全知原理 (Omniscience Principle) と呼ばれていますので*2、(OP) という名が与えられています。これが述べているのは「何であれ事実はすべて知られている」、「この世に起っていることであれば、何でも知っている」ということです。つまり、ある種の観念論の宣言です。(OP) の対偶を取れば、それが観念論的な原理だと一層よくわかります。


(Cont-OP)  ∀p ( ¬Kp → ¬p ).


これは「知られていないことは、成立していない」と読むことができます。もっとあからさまには「知られていないならば、それはないことなのだ」、「私たちの知らないことは、そのことを私たちが単に知らないのではなく、そもそもそのこと自身、存在していない、成立していないのである」と解することができるかもしれません。私たちの知らないことは、単に知らないのではなく、そもそも存在しないのである。ここに観念論が正しいことが証明されました。


以上により、不可知論、または観念論の正しさが証明されましたので、どちらかは、あるいはどちらとも、絶対に正しいです。絶対に。なぜなら証明されたのだから。


種明かし

本日の話は次の文献

  • Berit Brogaard and Joe Salerno  ''Fitch's Paradox of Knowability,'' in: The Stanford Encyclopedia of Philosophy, Winter 2013 Edition*3,

の、Section 2: The Paradox of Knowability をそのままなぞりながら、当方で色々補足を加えたものに過ぎません。その箇所で Brogaard and Salerno 先生は、不可知論や観念論の話はしておられません。先生方がこの種の話に軽く触れておられるのは、たとえば、註に上げた Salerno 先生の ''Introduction to Knowability and Beyond,'' pp. 1-3 と、同先生の ''Knowability Noir: 1945-1963,'' June 8, 2007, pp. 1-2 です*4


さらに言うと、そもそも the Paradox of Knowability を、観念論などに対する反駁として取り上げた最初論文は、次の論文でした。

  • W. D. Hart and Colin McGinn  ''Knowledge and Necessity,'' in: Journal of Philosophical Logic, vol. 5, 1976,
  • W. D. Hart  ''The Epistemology of Abstract Objects: Access and Inference,'' in: Proceedings of the Arstotelian Society, Supplementary Volume, vol. 53, 1979, revised edition in W. D. Hart ed., The Philosophy of Mathematics, Oxford University Press, Oxford Readings in Philosophy Series, 1996.

1963年の有名な Fitch 論文そのものを除けば、これら二つの論文が、the Paradox of Knowability への注意を多くの研究者喚起し、なおかつ同時に、これら論文では、この paradox が観念論などに対する反証となっていると主張されていました。とりわけ二つの論文の著者 Hart 先生が、そのように主張されました。これらの論文で先生は、何らかの検証主義 (verficationism) または観念論 (idealism) の反証として、the Paradox of Knowability を紹介されておられます*5。また、上掲前者の論文では、反証される (はずの) 観念論の担い手として Kant の名を上げておられます*6。今回の日記では the Paradox of Knowability を、不可知論または観念論の証明として上げているわけですが、この paradox が耳目を集めた最初は、検証主義あるいは観念論の反駁として、提示されていたわけです。その後、おそらくは、the Paradox of Knowability が (Dummett-Prawitz 的な) 検証主義の反駁になっているのか否かをめぐり反論引き起こし*7、たぶんですが、今に至るもこの論点を論じ合うということが研究者間で続いているものと推測されます。(一言、注意を差し上げますと、私は the Paradox of Knowability に詳しいわけではございませんので、念のため。)

なお、一般に Fitch's Paradox of Knowability で「真理 (truth)」と呼んでいるものを、この日記では「事実」と呼んで来ました。わかりやすさを優先するとともに、私たちの素朴な実在感覚に合わせるためにです。

また、この日記で「不可知論」と呼んできたものは、the Paradox of Knowability を論ずる専門家の間で「実在論 (realism)」と呼ばれています。上記の式 (AG) ∃p ( p ∧ ¬◇Kp ) を露骨解釈すれば、それは不可知論の一種を述べているものと解釈できるかもしれないと思い、わざと「不可知論」という剣呑表現を選びました。どうかお許しください。


最後に。言うまでもないですが、私は特に不可知論を支持しているわけでも、観念論を支持しているわけでもありません。The Paradox of Knowability が不可知論、観念論を立証していると素朴に考える人はいないと思います。私も、上に私が提示したような証明なるもので、不可知論または観念論の正しさが証明されたとは思っていません。(ですから、今回の日記冒頭で、本日の話を半ば真剣に取っていただき、半ば真剣には取らないでください、と述べました。) 本気で上の証明なるものを本物の証明にしようとすれば、相当細かな詰めが必要となります。加えて山のような反論にも答えなければならないでしょう。

しかしながら、まだまだ極度に粗い論証とはいえ*8、上のような手短で比較的わかりやすい論証を提示し、その細部を腑分けしていくことで、哲学上の様々な主義、理論信憑性をかなりな精度で算定できることは、種々の論理学に依拠し、各種論理を駆使する哲学にとっては、大変有利、有望、有力な試みだと言えると思います。深遠、深刻で、難解な哲学も時には必要だと思いますが、(特に私のような) 誤りやすく、理解の遅い人間には、つかみどころのない長大高遠で茫漠とした、秘教的な哲学よりも、簡潔で旗幟鮮明な論証の方が、着実に遠くまで進んで行くことのできる vehicle だと思います。


本日の記述に間違いが含まれていましたらすみません。誤解や勘違い無理解がありましたら、お詫び申し上げます。

*1蛇足を一つ。今 indent して上げた簡単な日本語文を、下の (KP) のような簡単な論理式に書き直していますが、平易な日本語文を平易な論理式に書き直すことに対し、立腹される方がおられるかもしれません。「簡単な日本語文を簡単な論理式にわざわざ直すことなど余計だ、衒学的であって要らないことだ」というようにです。そこで、わざわざ簡単な日本語文を簡単な論理式に直している理由を、極々手短に述べておきます。その理由としては、論理記号に慣れている人にとっては、日本語だけの記述よりも、論理式のほうがわかりやすく、誤解が少ない、という点が上げられます。特に、込み入った内容を正確に記述し、正確に理解し、正確に式を変形して証明の結論を導くことは、すべてを日本語だけで記述した場合よりも、論理式を交えたほうが圧倒的にわかりやすく正確です。数学の複雑な計算問題を、アラビア数字プラス記号もマイナス記号も根号の記号も、その種の記号を一切使わずに理解し計算しようとすると、極めてややこしく難しく、容易に誤りに陥ってしまうことは、想像しやすいと思います。「二足す二は四である」を「2 + 2 = 4」と書き直す程度では、このような書き換えのありがたみは感じられませんが、高校2~3年生以上で学ぶ数学の複雑な問題を、一切数学の記号を使用せずに理解し計算しようとすると、相当な苦痛であることは予想できると思います。というわけで、わざわざ数式や論理式に書き直すことの有用性は、扱う問題が複雑、精妙になってくればくるほど、実感できるものであり、今回の日記の内容に見られるような、平易な問題では書き換えのありがたみは感じにくいですが、簡単に「2 + 2 = 4」と書けるところを、それこそわざわざ「二足す二は四である」と書いて押し通すことは得策ではないと考え、一読すればわかる論理式を本文中で提示しています。普段「2 + 2 = 4」と書いても、たぶん誰からも文句は出ないと思いますが、それはほとんどの人がこの数式に慣れているからだろうと思います。今回の日記本文中の論理式も、慣れれば反感は湧いてこないと思います。そのようなわけで、論理式に直すことに対しては、どうかご了承ください。

*2Joe Salerno, ''Introduction to Knowability and Beyond,'' in: Synthese, vol.173, no. 1, 2010, p. 2.

*3:<https://plato.stanford.edu/archives/win2013/entries/fitch-paradox/>.

*4:<https://sites.google.com/site/knowability/KnowNoir.pdf>.

*5:Hart and McGinn, p. 206, Hart [1979], p. 156, Hart [1996], pp. 154-156.

*6:Hart and McGinn, p. 206.

*7:たとえば、Hart [1979] 刊行直後に出た J. L. Mackie, ''Truth and Knowability,'' in: Analysis, vol. 40, no. 2, 1980, p. 91 を参照。

*8:念のため、上の論証の、どのような点が極度に粗いのか、そのわかりやすい例を一つだけ記してみます。上記論証中では、たびたび「知っている」とか「知識を持っている」というような言葉使いが見られます。そのような言葉を使っている際、誰が知るのかは、その論証中では記していません。しかし知るということは、もちろん誰かが知るのであって、誰でもない者が知るということはありません。知る者が誰なのかを論証中で本当は明示しなければなりません。さもないと矛盾に陥ります。たとえば、富士山が日本一高い山であることは「おおかたの日本人に」知られています。しかし富士山が日本一高い山であることは「おおかたの日本人以外の人に」知られていません。ここで左記のカッコ「 」内の表現を二つとも省いてしまうと、矛盾になります。このように、何かを知っていたり知らなかったりすることを述べる際には、正確を期すため、誰が知るのか、誰が知らないのか、そのことを特定し、かつ記しておかなければなりません。しかし、本文中の上の論証では、これらのことをまったく特定せず、記してもいません。以上の他にも、上の論証の粗い点や疑問点が考えられます。それらの点を追究して行くならば、本格的に哲学することを求められることになります。余裕のあるかたは、どうぞそのままお進みください。私は他に勉強をしなければならないので、何気なく寄り道した the Paradox of Knowability については、また気になったら戻ってきます。実際、この paradox に関しては、さらに考えてみたいことがあるのです。

2018-04-01 Frege’s Basic Law V is Inconsistent with Cantor’s Theorem

[] Frege's Basic Law V is Inconsistent with Cantor's Theorem: A Proof Phrased in Terms of Injection.

本日は、Frege の基本法則 V が Cantor's Theorem と矛盾することの証明を与えます

Cantor's Theorem の証明は、しばしば全射写像を使い矛盾を導くことでなされますが、基本法則 V が Cantor's Theorem と矛盾することの証明には、単射の写像を使い矛盾を導くことで証明する方が適当です。しかし単射を使った Cantor's Theorem の証明はあまり見かけないので、ここで単射による Cantor's Theorem の証明を与え、その証明を Frege の言葉翻訳することによって、基本法則 V が Cantor's Theorem と確かに矛盾することを見てみます。これがどなたかの参考になれば幸いです。なお、Frege の基本法則 V が Cantor's Theorem と矛盾するという話は昔から言われていることですので、本日の日記original な主張は何もございません。前もってお伝えしておきます。


目次

  1. Frege の基本法則 V と Cantor's Theorem が矛盾するという従来からの話

  2. Cantor's Theorem 証明への準備: 濃度の大小と、単射の写像との関係

  3. Cantor's Theorem とその証明

  4. Frege の基本法則 V が Cantor's Theorem と矛盾するという証明の詳細

  補足 Cantorian Predicate F の具体例: 対角化による図表


1. Frege の基本法則 V と Cantor's Theorem が矛盾するという従来からの話

Gottlob Frege の Grundgesetze der Arithmetik における基本法則 V が、Russell Paradox により、矛盾をもたらすことはよく知られています。そもそも基本法則 V は Cantor's Theorem (Cantor's Power Set Theorem) と整合しないので、基本法則 V に問題が含まれていることは、Frege にとって、場合によっては予知できたはずであると言われています*1。基本法則 V を現代記法で書けば、一つには、次のようになります*2


   (V)  'εFε = 'εGε ⇔ ∀x( Fx ⇔ Gx ).


この式は次の二つの式の連言と同値です。


   (Va)  ∀x( Fx ⇔ Gx ) → 'εFε = 'εGε,

   (Vb)  'εFε = 'εGε → ∀x( Fx ⇔ Gx ).


これら二つの式のうち、(Va) は、集合論で言えば外延性の公理に相当しますので、問題ないものと考えられています*3。問題があるのは (Vb) の方で、Frege も Grundgesetze の第2巻あとがきで述べているように*4、こちらから矛盾が生じます。(Vb) 左辺の ε という記号の左肩にある Abstraction Operator ( ' ) を、概念から概念の外延への写像と考えると、この写像は単射であり、このことは Cantor's Theorem と矛盾するので、(Vb) は問題を抱えているのであると、主として海外研究者たちによってしばしば指摘されてきました*5。では実際どのように (Vb) は Cantor's Theorem と不整合なのでしょうか。(Vb) の Abstraction Operator が単射の写像を表している場合、Cantor's Theorem と矛盾する様を具体的に見てみたいと思います。


ところで Cantor's Theorem の証明についてですが、素朴集合論の日本語で書かれている教科書で、昔から定番の本を開いてみると、その定理の証明では「任意の集合からその巾集合へ、全射の写像があるとすると矛盾が生じる」という事実から、その定理がしばしば証明されています。たとえば以下の書籍がそうです。

また、これらのような定番の教科書とまでは言えないものの啓発的な副読本であって、図を多用し、わかりやすく丁寧な解説を心掛けることにより読者の多いと思われる次の本でも、全射を使った証明がなされています。

他方、前に述べたように、海外の研究者たちは「(Vb) と Cantor's Theorem が矛盾するのは、Abstraction Operator が単射を表すからだ」と指摘してきました。つまり、日本評価の高い定番の教科書では、集合間に全射の写像があると仮定し矛盾を導くことで Cantor's Theorem を証明しているのに対し、海外の研究者の指摘では、Abstraction Operator に関し、集合間に単射があるとすると矛盾が生じるので (Vb) と Cantor's Theorem は不整合なのだと言っています。前者の教科書では Cantor's Theorem を全射を仮定し証明するのに対し、後者はその定理を単射を使い証明しているのです。そして国内の定番の教科書にある全射を仮定した証明を Frege の言葉で言い直すことによって、(Vb) が Cantor's Theorem と矛盾することを実際に私自身確かめようとしたことがあるのですが、どうもうまくいきません。私のやり方がまずかったのかもしれませんが、全射による証明を、できるだけ Frege の言葉に沿って翻訳し直そうとしても齟齬が出てきてうまくはまらないのです*7

そこで国内の教科書ではたぶんあまり目にしない、単射を仮定することで Cantor's Theorem を証明する証明法を以下に記してみます。そしてそのあとに、それを Frege の言葉に言い直してみます。そうしますと、すんなりとうまくいきます。


2. Cantor's Theorem 証明への準備: 濃度の大小と、単射の写像との関係

Cantor's Theorem を証明する前に準備をします。下に出てくる濃度の大小と、単射の写像との関係を述べた (i) - (v) がそれです。これら (i) - (v) のあとに Cantor's Theorem が記され、その下にその定理の証明を提示します。

以降、記号 | | を、集合の濃度を表すものとします*8。また、このあとの (i) - (v) に見られる論証は、常識直観に訴えてなされています*9。厳密にやろうとすると話が大規模になってくるので (選択公理が絡んでくるので)、素朴な論証に留めています。これらは粗描の一つとお考えください。


(i) B を一つの集合、B1 をその部分集合とします。このとき、B1 の濃度は B の濃度以下であるということを、|B1| ≦ |B| と定めます。

ただし B1 が B の部分集合ならば、特に B1 が B の真部分集合ならば、B1 の方が B よりも、いわば「小さい」ので、|B1| ≦ |B| と定めるのではなく、|B1| < |B| と定めるべきであると一見思われるかもしれません。しかし真部分集合である B1 が、それを含んでいる集合 B と濃度が等しくなること (|B1| = |B|) があり得ます。たとえば、偶数の集合は自然数の集合の真部分集合ですが、両者の数を一つずつ組みにしてみると余りが出ることはないので、それら二つの集合は対等であり、よって濃度は等しくなります。このように無限集合を考慮すれば、部分集合とそれを含む集合の濃度が等しくなることがあるので、両者の間では濃度の大きさを |B1| < |B| と定めるのではなく、|B1| ≦ |B| と定めるのが適切です。


(ii) A と B を二つの集合とする時、A が B の部分集合 B1 と対等であるならば、A と B との濃度は |A| ≦ |B| と定めます。

なぜこのようにするのがよいのかというと、 A と B1 が対等ならば |A| = |B1| であり、上の (i) の |B1| ≦ |B| によって、|A| ≦ |B| だからです。


(iii) A から B へ、単射の写像があるならば、A と B との濃度は |A| ≦ |B| と定めます。

これは (ii) の前半「A が B の部分集合 B1 と対等であるならば」の部分を、(iii) の前半「A から B へ、単射の写像があるならば」に入れ換えたものです。ということは、これら (ii) の前半と (iii) の前半は同値だということです。同値であることの証明を略述します。


証明概略

(ii) 前半 → (iii) 前半

(ii) の前半「A が B の部分集合 B1 と対等である」としてみます。すると A と B1 は対等なので、 A から B1 へ、全単射の写像 f があります。この時、f の値域 B1 を B へと、いわば拡大してやると、一般には f は全射ではなくなります。しかし A から B への写像 f は単射であり続けます。よって (iii) の前半「A から B へ、単射の写像がある」と言うことができます。


(iii) 前半 → (ii) 前半

逆に (iii) の前半「A から B へ、単射の写像がある」としてみます。この写像を f とし、その値域を B1 ⊆ B とすると、この B を B1 へと、いわば縮小した写像 f は、A から B1 への全単射となります。すると、A は B1 と対等であるということですから、(ii) の前半「A は B の部分集合 B1 と対等である」と言うことができます。


(iv) |A| ≦ |B|、かつ |B| ≦ |A| でないならば、|A| < |B|。記号で書くと [|A| ≦ |B| ∧ ¬(|B| ≦ |A|)] → |A| < |B|。

背理法で証明します。

|A| < |B| でないとしてみます。ならば、|B| < |A| または |A| = |B| だ、ということです。ところで |B| ≦ |A| ではありません。ということは「|B| < |A| または |A| = |B|」ではない、ということです。これは矛盾です。故に、|A| < |B| です。


(v) A から B への単射はあるが、B から A への単射がないならば、|A| < |B|。

これは (iv) の前半を、(iii) により、単射の言葉に言い換えたものです。

以下ではこの (v) を使って Cantor's Theorem を証明します。(v) における A を任意の集合 X、B を X の巾集合 𝔓(X) とし、X から 𝔓(X) への単射はあるが、𝔓(X) から X への単射はないことにより、|X| < |𝔓(X)| を結論します。これが Cantor's Theorem です。


3. Cantor's Theorem とその証明

Cantor's Theorem  X を任意の集合とすると、X の濃度よりも、その巾集合 𝔓(X) の濃度の方が大きい。すなわち、|X| < |𝔓(X)|。

この定理を証明するために、上に掲げた (iv) により、|X| ≦ |𝔓(X)| ではあるものの、しかし |𝔓(X)| ≦ |X| ではないことを示して証明します。その際、(v) を使って、X から 𝔓(X) には単射があるものの、𝔓(X) から X には単射がないことを明らかにします。単射がないというこの結論は、背理法により、それがあるとすると矛盾が出ることで、示されます。


証明

|X| ≦ |𝔓(X)|:

X から 𝔓(X) へ単射があることを示せばよい。任意の集合 X の各元 a を、この a だけが属する集合 {a} に写す写像を考えることができて、この写像は明らかに単射です。


|𝔓(X)| ≦ |X| ではない:

𝔓(X) から X には単射がないことにより、|𝔓(X)| ≦ |X| ではないことを証明します。そこで、次の文献の記述を参考にします*10

  • Peter Milne  ''Frege's Folly: Bearerless Names and Basic Law V,'' in M. Potter and T. Ricketts eds., The Cambridge Companion to Frege, Cambridge University Press, 2010, pp. 492-494,
  • J. Barkley Rosser  Logic for Mathematicians, 2nd ed., Dover Publications, 2008, p. 346. This book was first published in 1978.

以下ではこの Milne 先生の記述を参考にして当方で取捨、選択、追加などの arrange を大幅に行い、証明を記すことにします。その際、証明の流れの大枠については、この Milne 論文と上記 Rosser 先生の本の記述を参考にしています*11。なお、下記の証明は、よく言えば丁寧、悪く言えばかなりくどいものとなっております。証明の gap をある程度減らして、論証の推移をできるだけわかりやすくするために、わざとそのようにしております。どうかご了承ください。


さて、X を任意の集合、𝔓(X) をその巾集合とし、𝔓(X) から X への写像を g とします。そして X の元から成る部分集合の一つを、次のように定義します。


   Cantorian Set:  Y =def. { x ∈ X | ∃Z ⊆ X [ x = g(Z) ∧ x ∉ Z ] }.


この集合の内容を説明する前に、基本的なことを確認しておきますと、𝔓(X) に含まれている部分集合は、X の元 x から成りますので、𝔓(X) に含まれているある部分集合に X のある元は属しているか、属していないかのどちらかです。たとえば、 X = { a, b, c, ... } とし、𝔓(X) = { {a}, ..., { a, c }, ..., { b, c }, ... } とします。g は 𝔓(X) に含まれる部分集合を取って、X の元を返す写像ですので、仮に a = g({ b, c }) とすると、a ∉ { b, c } です。X の元 a は、𝔓(X) に含まれている部分集合 { b, c } に属しているか否かといえば、今見たように属していないということです。また仮に c = g({ a, c }) とすると、c ∈ { a, c } です。X の元 c は、𝔓(X) に含まれている部分集合 { a, c } に属しているか否かといえば、属しているということです。このように、𝔓(X) に含まれている部分集合各々に対して、X の元 x は属しているか、属していないか、どちらか一方に決まっているというわけです。

以上を理解した上で Cantorian Set Y の中身を見てみますと、これは X の元 x から成る集合です (x ∈ X)。この Y は、次のような条件を満たした x から成ります。まず、Z は X の元 x から成る部分集合なので (∃Z ⊆ X)、写像 g はこれを取って、その像として X の元 x を返しています (x = g(Z))。そして Z は X の元から成る部分集合ですから、x = g(Z) の x は Z に属するか否かのどちらかです。それがどちらなのかというと、x は Z に属していません (x ∉ Z)。こうして Y という集合は、写像 g が input として取る Z には属さないような、そのような output としての x をすべて集めてできている、ということになります。Cantorian Set Y についての説明はこれぐらいにしておきます。

そして、Y は X の元 x から成る部分集合なので、g はこれを取り、像 y を返すとします。つまり、


   (*)  y = g(Y)


とします。(もちろん y ∈ X です。)


以下、証明の本文に入って行きますが、ここで写像 g を単射であると仮定します。


さて、Y は X の元から成る部分集合であり、y は X の元なので、y は Y に属するか (y ∈ Y)、属さないか (y ∉ Y)、これらどちらか一方だけが必ず成り立つはずです。そこで y は Y に属するとしてみましょう。


y ∈ Y:

今、y ∈ Y と仮定します。すると y は Y に属しているので、y は Cantorian Set Y に属する条件を満たしており、∃Z ⊆ X [ y = g(Z) ∧ y ∉ Z ] です。つまりある部分集合 Z について、y = g(Z) かつ y ∉ Z である、ということです。そして (*) により y = g(Y) でした。こうして y = g(Z) でもあり、y = g(Y) でもある、ということです。ところで g は単射であると仮定しています。単射とは、たとえば写像 f を単射とすると、f が a を c に写し (f(a) = c)、f が b を同じ c に写すなら (f(b) = c)、a = b であるとする写像です。したがって、g が単射なら、y = g(Z) でもあり、y = g(Y) でもあるとすると、g は同じ y に Z と Y を写しているので、Z = Y です。ところで少し振り返ると y ∉ Z でした。よって Z = Y ですので、y ∉ Y です。こうして y ∈ Y と仮定して y ∉ Y が出ましたので、y ∈ Y かつ y ∉ Y です。これは矛盾です。故に背理法によって*12最初の仮定 y ∈ Y は否定されねばならず、y ∉ Y が正しいと言えます。つまり y ∉ Y が証明されました。

今、y ∉ Y が証明されましたので、y ∉ Y は定理です。ところで (*) により y = g(Y) です。すると、y = g(Y) ∧ y ∉ Y ですので、∃Y ⊆ X [ y = g(Y) ∧ y ∉ Y ] と言うことができて、これは Cantorian Set Y に y が属する条件を満たしていますから、y ∈ Y ということになります。今、定理 y ∉ Y から y ∈ Y が出ましたので、y ∉ Y かつ y ∈ Y です。これは矛盾です。行き止まりに突き当りました。


振り出しに戻ります。y は Y に属するか (y ∈ Y)、または属さないか (y ∉ Y) のどちらか一方だけが必ず成り立つはずでした。このうち、前者の y ∈ Y からは矛盾に行き当たって y ∈ Y が成り立たないことが、すぐ上でわかりました。そこで今度は「y ∈ Y または y ∉ Y」のうち、後者の y は Y に属さないという選択肢を取ってみましょう。


y ∉ Y:

y は Y に属さないと仮定してみます (y ∉ Y)。そして (*) により y = g(Y) です。すると、先ほどの繰り返しですが、y = g(Y) ∧ y ∉ Y ですので、∃Y ⊆ X [ y = g(Y) ∧ y ∉ Y ] と言うことができて、これは Cantorian Set Y に y が属する条件を満たしていますから、y ∈ Y ということになります。今、y ∉ Y と仮定して y ∈ Y が出ましたので、y ∉ Y かつ y ∈ Y です。これは矛盾です。よって背理法により*13、仮定 y ∉ Y は否定されねばならず、¬(y ∉ Y), すなわち y ∈ Y が正しいと言えます。つまり y ∈ Y が証明されました。

さて今、 y ∈ Y が証明されましたから、y ∈ Y は定理です。ところで y ∈ Y ということは、やはり先ほどの繰り返しになりますが、y は Y に属しているということですので、y は Cantorian Set Y に属する条件を満たしており、∃Z ⊆ X [ y = g(Z) ∧ y ∉ Z ] です。つまりある部分集合 Z について、y = g(Z) かつ y ∉ Z である、ということです。そして (*) により y = g(Y) でした。こうして y = g(Z) でもあり、y = g(Y) でもある、ということです。ところで g は単射であると仮定しています。したがって g が単射なら、y = g(Z) でもあり、y = g(Y) でもあるとすると、Z = Y です。ところで振り返ると y ∉ Z でした。よって y ∉ Y です。こうして定理 y ∈ Y から y ∉ Y が出ましたので、y ∈ Y かつ y ∉ Y です。これは矛盾です。また行き止まりに突き当ってしまいました。本当の袋小路です。


こうして y ∈ Y としても y ∉ Y としても、いずれからも矛盾が生じます。故に、g は単射ではないと結論されます。以上により、𝔓(X) から X には単射はありません。

これで、上述の (v) により、|X| < |𝔓(X)| です。証明終わり。


4. Frege の基本法則 V が Cantor's Theorem と矛盾するという証明の詳細

今度は、上の証明を Frege の言葉でほとんどそのまま言い直すことにより、基本法則 V の Abstraction Operator が、その法則の難点になっていることを確認してみます。

基本法則 V の (Vb) をもう一度見てみますと、


   (Vb)  'εFε = 'εGε → ∀x( Fx ⇔ Gx )


でした。記号 ε の左肩の点のような印 ' が Abstraction Operator です。これは概念を取って概念の外延を返す写像です*14

概念とは、簡単には、日本人であることや、偶数であることや、自動車であることなどです。太郎が日本人であるならば、太郎は日本人であるという概念に当てはまる、と言われます。Mary が日本人でないならば、Mary は日本人であるという概念には当てはまらない、と言われます。

概念の外延とは何であるかについては、いささかややこしい問題がありますので説明を控えます (概念についても本当はあるのですが ... )。それが何であれ、他と区別ができて数えることのできるようなもののことと考えておいていただければ結構です。ということは、さしあたり集合に属する元のようなものと解しておいてくださいましたら構いません。そうしておくだけで、以下の論証には支障を来たしません。


(Vb) の Abstraction Operator ですが、これは単射の写像を表しています。(Vb) の対偶を取ってみますと、


   (Vb-Cont. 1)  ¬∀x( Fx ⇔ Gx ) → 'εFε ≠ 'εGε


であり、これを同値変形すると、


   (Vb-Cont. 2)  ∃¬x( Fx ⇔ Gx ) → 'εFε ≠ 'εGε


となります。この式の内容を簡単に言うと、「異なる概念同士 F ≠ G について、Abstraction Operator が F, G を取ると、各々異なった概念の外延 'εFε ≠ 'εGε を返す」となります。これは単射の定義に適っています。単射とは、異なる元を取れば、異なる像を返す写像だからです。



さて、概念の集合から概念の外延の集合へ、Abstraction Operator により、単射があるとし、ここから矛盾を引き出すという論証を、上の Cantor's Theorem の証明にならって記してみます*15


|M| ≦ |N| ではない:

M を概念の集合、N を概念の外延の集合とし、M から N への写像を g とします。そして M の概念の一つを、次のように定義します。


   Cantorian Predicate:  F =def. ( x ∈ N ∧ ∃G ∈ M [ x = g(G) ∧ ¬Gx ] ).


この概念の内容を説明する前に、基本的なことを確認しておきますと、私たちは概念というものを、何であれ何かが当てはまったり、当てはまらなかったりすることが、はっきりしているものだけに限ることにしますので、M に含まれている概念は、N に属する何らかのものが当てはまるか、当てはまらないかのどちらかです。たとえば、M = { H, I, J, ... } とし、N = { a, b, c, ... } とし、成り立つ式の集合を { Ha, Hc, Ib, Jc } とすると、a は H に当てはまりますが、I には当てはまりません。b は I には当てはまりますが、H には当てはまりません。c については、もうおわかりと思います。

ところで、g は M に含まれる概念を取って、N の元を返す写像ですので、たとえば、b = g(H) とすると、¬Hb です。N の元 b は、M に含まれている概念 H に当てはまるか否かといえば、今見たように当てはまらないということです。またたとえば、c = g(J) とすると、Jc です。N の元 c は、M に含まれている概念 J に当てはまるか否かといえば、当てはまるということです。このように、M に含まれている概念各々に対して、N の元は当てはまるか、当てはまらないか、どちらか一方に決まっているというわけです。

以上を理解した上で Cantorian Predicate F の中身を見てみますと、F は概念の外延の集合に属している (x ∈ N) もの x に関する概念です。この F には、次のような条件を満たした x が当てはまります。まず G は M に属する概念なので (∃G ∈ M)、写像 g はこれを取って、その像として N の元 x を返しています (x = g(G))。そして G は概念ですから、x = g(G) の x は G に当てはまるか否かのどちらかです。そしてそのどちらなのかというと、x は G に当てはまりません (¬Gx)。こうして F という概念は、写像 g が input として取る G には当てはまらないような、そのような output としての x すべてに当てはまる概念である、ということになります。Cantorian Predicate F についての説明はこれぐらいにしておきます。

そして、F は M に属する概念なので、g はこれを取り、像 d を返すとします。つまり、


   (#)  d = g(F)


とします。(もちろん d ∈ N です。)


以下、証明の本文に入って行きますが、ここで写像 g を、Abstraction Operator が表す単射であると仮定します。

さて、F は M に属する概念の一つであり、d は N の元なので、d は F に当てはまるか (Fd)、当てはまらないか (¬Fd)、これらどちらか一方だけが必ず成り立つはずです。そこで d は F に当てはまるとしてみましょう。


Fd:

今、Fd と仮定します。すると d は F に当てはまっているので、d は Cantorian Predecate F に当てはまる条件を満たしており、∃G ∈ M [ d = g(G) ∧ ¬Gd ] です。つまりある概念 G について、d = g(G) かつ ¬Gd である、ということです。そして (#) により d = g(F) でした。こうして d = g(G) でもあり、d = g(F) でもある、ということです。ところで g は単射であると仮定しています。単射とは、たとえば写像 f を単射とすると、f が a を c に写し (f(a) = c)、f が b を同じ c に写すなら (f(b) = c)、a = b であるとする写像です。したがって、g が単射なら、 d = g(G) でもあり、d = g(F) でもあるとすると、g は同じ d に G と F を写しているので、G = F です。ところで少し振り返ると ¬Gd でした。よって G = F ですので、¬Fd です。こうして Fd と仮定して ¬Fd が出ましたので、Fd かつ ¬Fd です。これは矛盾です。故に背理法によって*16、最初の仮定 Fd は否定されねばならず、¬Fd が正しいと言えます。つまり ¬Fd が証明されました。

今、¬Fd が証明されましたので、¬Fd は定理です。ところで (#) により d = g(F) です。すると、d = g(F) ∧ ¬Fd ですので、∃F ∈ M [ d = g(F) ∧ ¬Fd ] と言うことができて、これは Cantorian Predicate F に d が当てはまる条件を満たしていますから、Fd ということになります。今、定理 ¬Fd から Fd が出ましたので、¬Fd かつ Fd です。これは矛盾です。行き止まりに突き当りました。


振り出しに戻ります。d は F に当てはまるか (Fd)、当てはまらないか (¬Fd)、これらどちらか一方だけが必ず成り立つはずです。このうち、前者の Fd からは矛盾に行き当たって Fd が成り立たないことが、すぐ上でわかりました。そこで今度は「Fd または ¬Fd」のうち、後者の d は F に当てはまらないという選択肢を取ってみましょう。


¬Fd:

d は F に当てはまらないと仮定してみます (¬Fd)。そして (#) により d = g(F) です。すると、d = g(F) ∧ ¬Fd ですので、∃F ∈ M [ d = g(F) ∧ ¬Fd ] と言うことができて、これは Cantorian Predicate F に d が当てはまる条件を満たしていますから、Fd ということになります。今、¬Fd と仮定して Fd が出ましたので、¬Fd かつ Fd です。これは矛盾です。よって背理法により*17、仮定 ¬Fd は否定されねばならず、¬¬Fd, すなわち Fd が正しいと言えます。つまり Fd が証明されました。

さて今、 Fd が証明されましたから、Fd は定理です。ところで Fd ということは、やはり先ほどの繰り返しになりますが、d は F に当てはまるということですので、d は Cantorian Predicate F に当てはまる条件を満たしており、∃G ∈ M [ d = g(G) ∧ ¬Gd ] です。つまりある概念 G について、d = g(G) かつ ¬Gd である、ということです。そして (#) により d = g(F) でした。こうして d = g(G) でもあり、d = g(F) でもある、ということです。ところで g は単射であると仮定しています。したがって g が単射なら、d = g(G) でもあり、d = g(F) でもあるとすると、G = F です。ところで振り返ると ¬Gd でした。よって ¬Fd です。こうして定理 Fd から ¬Fd が出ましたので、Fd かつ ¬Fd です。これは矛盾です。また行き止まりに突き当ってしまいました。本当の袋小路です。


こうして Fd としても ¬Fd としても、いずれからも矛盾が生じます。故に、g は単射ではないと結論されます。以上により、M から N には単射はありません。証明終わり。


これで Frege の (Vb) が Cantor's Theorem と矛盾してしまうことが実際に確かめられました。全射を使った Cantor's Theorem の証明を Frege の言葉にできるだけ忠実に言い直して (Vb) が Cantor's Theorem と矛盾することを、かつて私は確かめようと試みたことがあったのですが、うまくいきませんでした。しかし今回のように、単射を使った Cantor's Theorem の証明なら Frege の言葉にあっさりと翻訳できて (Vb) と Cantor's Theorem が矛盾する様を簡単に見ることができました。これらに目新しい主張は何もございませんが、どなたかのお役に立てればと思います。


補足 Cantorian Predicate F の具体例: 対角化による図表

ここで、

   Cantorian Predicate:  F =def. ( x ∈ N ∧ ∃G ∈ M [ x = g(G) ∧ ¬Gx ] )

をより理解するために、この概念の内容をもう少し具体的に構成してみましょう。

概念の集合 M の元 Gn から ( n = 0, 1, 2, … )、概念の外延の集合 N の元 x = g(Gn) への、ある一つの写像を g とします。そこで次の表を見てください*18

f:id:nuhsnuh:20180326022741p:image

この表は写像 g に関して、どの概念 Gn に、どの概念の外延 g(Gn) が当てはまるのかを表したものです。

表の左端、縦の欄には概念が下に向かって G0, G1, G2, ..., と並んでおり、表の一番上、横の行には概念の外延が左から右へ g(G0), g(G1), g(G2), ..., と並んでいます。

そして g は単射であるとします。g が単射であるということは、異なる概念 Gi ≠ Gj それぞれが、同じ一つの概念の外延 g(Gn) に g によって写される (g(Gi) = g(Gj)) ことはない、ということです。Gi ≠ Gj ならば、いつでも g(Gi) ≠ g(Gj) になる、ということです。

また、この表の〇と×は random に配されています。たまたまこのように配しただけであって、別の並びに配置し直しても構いません。〇と×の並びが random でよいということは、g が任意の単射であることを意味しています。

表の中身を詳しく見てみましょう。たとえば G1 の g による像 g(G1) が G0 に当てはまる場合、そのことを G0 の横の行と g(G1) の縦の欄が交わるマス目において〇印で表しています。他方 G2 の g による像 g(G2) が G0 に当てはまらないことを G0 の横の行と g(G2) の縦の欄が交わるマス目において×印で表しています。

すると、たとえば表の g(G0) から下の縦の欄を見れば、g(G0) という概念の外延が当てはまる概念は、G0, G3, G5, …, であり、g(G1) が当てはまるのは、G0, G2, G3, …, であることがわかります。

また、たとえば表の G0 から横の行を見れば、G0 に当てはまる概念の外延は、g(G0), g(G1), g(G4) …, であり、G1 に当てはまるのは、g(G3), g(G5), …, であることがわかります。

さてここで、ある概念 F を考えてみます。 これは次のようにして作られます。表の対角線に沿って、斜めにマス目を見てみましょう。対角線の矢印に沿って進みながら○印に出会えば、そのマスの欄の g(Gn) が F には当てはまらず、×印に出会えば、そのマスの欄の g(Gn) が F に当てはまる、とします。注意すべきは、〇に出会えばその g(Gn) は F に「当てはまらない」、ということであり、×に出会えばその g(Gn) は F に「当てはまる」、ということです。

そこで改めて表を見てみると、対角線上、左斜め一番上のマスでは、G0 の行と g(G0) の欄が交わっており、そこには○印があるので、F には g(G0) は当てはまらない、ということです。次に対角線を右下へと一つ進むと、G1 の行と g(G1) の欄が交わっており、この対角線上のマス目には×印があるので、F には g(G1) が当てはまる、ということです。以下、右斜め下に対角線を進んで行けば、F に当てはまる概念の外延と当てはまらない概念の外延が明らかになります。

対角線 (diagonal) 上の〇×を拾い上げて表にすれば、次のようになります。

f:id:nuhsnuh:20180326022738p:image

G0 の横の行を見ると○印がありますが、これは概念 G0 に、その横の行、右端に記された概念の外延 g(G0) が当てはまることを表しており、また G1 の横の行を見ると×印がありますが、これは G1 に、その右端に記された g(G1) が当てはまらないことを表しています。

今のことを別に言い換えれば、G0 の行の○印は、G0 に右端の自らの像 g(G0) が当てはまることを表しており、G1 の行の×印は、G1 に右端の自らの像 g(G1) が当てはまらないことを表しています。つまり対角線の○×は、Gn(g(Gn)) かまたは ¬Gn(g(Gn)) であることを表しています。

次にこの表に対して、F に当てはまる概念の外延と当てはまらない概念の外延を、○×で表した欄を追加してみるならば、以下のようになります。

f:id:nuhsnuh:20180326022733p:image

Diagonal の縦欄で○とある行は、F の縦欄で×となっており、Diagonal の縦欄で×とある行は、F の縦欄で〇となっています。

たとえば G0 の横の行を見てみると、その端に g(G0) が記されていて、Diagonal の縦欄では〇であり、F の縦欄では×となっています。これは概念の外延 g(G0) が概念 G0 には当てはまっているが、F には当てはまっていないことを表しています。

ここからわかることの一つは、G0 は g(G0) が当てはまる点で、g(G0) が当てはまらない F と異なっている、ということです。もう一つの例でこのことを確認しておくと、表の G1 の横を見てみるならば、その端に g(G1) とあって、Diagonal では×となっており、F では〇となっています。これは g(G1) が G1 には当てはまらないが、F には当てはまっていることを表しており、G1 は g(G1) が当てはまらない点で、g(G1) が当てはまる F と異なっている、ということを意味しています。G2 以下もすべて同様に F と必ず異なっていることは、これでわかると思います。こうして F は、表に出てくるいかなる Gn とも異なっています。そして F は、Gn の像が Gn 自らに当てはまらないような、そのような像 (= 概念の外延) が、それらのみが当てはまる概念だ、ということです。

さてそこで、最初の表を再度掲げますので見てください。

f:id:nuhsnuh:20180327004900p:image

この表の対角線、矢印の先の大きな丸印のところに注目してください。ここは対角線上のマス目で、g(F) の欄と F の行とが交差するところです。他のマス目と同様に、ここにも〇か×のどちらか一つだけがくるはずです。ではここには〇がくるでしょうか。それとも×がくるでしょうか。

〇がくると仮定してみましょう。するとここは対角線上なので、そこに〇があるということは、g(F) が F に当てはまらないということになりますから、g(F) の縦の欄と F の横の行が交差するマスには×と記されねばなりません。ですが、そのマスとは大きな丸印のマスで、そこには既に〇が記されています! つまりそのマスには〇と同時に×が記されねばならないということです。しかしこれは矛盾です。

今、大きな丸印のマス目のところに〇がくるとした結果、矛盾が出てきました。それならば、そこに×がくると仮定したらどうでしょうか。しかし×がきても、〇がきた場合と同様に矛盾が生じることはすぐにわかります。

こうして、概念 F の像である概念の外延 g(F) が F に当てはまるのか否かといえば、それは今の結果からわかるように、当てはまるとすれば当てはまらず、当てはまらないとすれば当てはまる、ということになって矛盾が生じるということです。

写像 g が単射であり、今の表にあるように、概念 Gn と概念の外延 g(Gn) を順番に並べることができる場合、曖昧でもない概念 F を表に位置付けようとすると矛盾が出てくることがわかりました。この補足の section の前に、Cantor's Theorem にならって、概念から概念の外延へ、Frege の Abstraction Operator により単射があるとすると矛盾が出てくる様をみました。そこで矛盾が出てきた様子を図表で描いてみるならば、ここで見たように、図の対角線上のマス目の一つに○と×が同時にきて、かちあってしまうことで表されることになります*19


以上で終ります。もしも間違いが含まれていましたらすみません。また、誤字や脱字、衍字や衍文、不明瞭、不正確な表現などがありましたら申し訳ございません。今後、精度を高めていく努力をすることに致します。

*1:John P. Burgess, ''Frege and Arbitrary Functions,'' in W. Demopoulos ed., Frege's Philosophy of Mathematics, Harvard University Press, 1995, 2nd printing 1997, pp. 101-102. This paper was first published in 1993.

*2:これは基本法則 V の正確な翻訳ではありません。そのため「一つには」と本文中で断っています。実際にはこの式の中央にある必要十分条件記号 ⇔ は、正しくは等号 = でなければならず、等号であることが本質的なのですが、この点については今回は置いておき、一般に行われているように、必要十分条件の記号で記しておきます。

*3:Michael D. Resnik, Frege and the Philosophy of Mathematics, Cornell University Press, 1980, p. 214.

*4:Gottlob Frege, Grundgesetze der Arithmetik I/II, mit Ergaenzungen zum Nachdruck von Christian Thiel, Georg Olms Verlag, 1998, Band II, SS. 256-257, 邦訳、G. フレーゲ、『算術の基本法則』、野本和幸編、フレーゲ著作集 3, 勁草書房2000年、407-409ページ。

*5:Resnik, loc.cit. Also see, e.g., John P. Burgess, ''Introduction to Part II, Frege Studies,'' in George Boolos, Logic Logic, and Logic, Harvard University Press, 1998, pp. 137-138, Michael Potter, Reason's Nearest Kin, Oxford University Press, 2000, p. 114, Kevin C. Klement, ''Russell, His Paradoxes, and Cantor's Theorem: Part I,'' in: Philosophy Compass, vol. 5, no. 1, 2010, pp. 18-19, and Gregory Landini, Frege's Notations, Palgrave Macmillan, 2012, pp. 172-173.

*6:なお、松坂先生によるここでの Cantor's Theorem の証明と本質的に同じ証明は、次にもあります。松坂和夫、『現代数学序説 集合と代数』、ちくま学芸文庫、筑摩書房、2017年、176-178ページ。ちなみにこの文庫本は、先生の『数学序説 集合と代数』、実教出版1978年刊行を改題、文庫化したものです。

*7:Abstraction Operator の表す写像が、「概念から概念の外延への」単射である、ということが neck となっていると思われます。

*8:以降の素朴集合論の言葉使いは、松坂和夫、『集合・位相入門』、岩波書店、1968年におおむね沿います。もしも自分に取って見慣れない言葉使いが出てきましたら、この松坂先生の本をご覧ください。

*9:ここでの (i) - (iv) にある論証は、松坂、『集合・位相入門』、67-69, 63-64ページにある記述にならったものです。(v) を含めた同種の記述は、藤田博司、『「集合と位相」をなぜ学ぶのか』、技術評論社2018年、93-95ページにもあります。

*10:直前の註で言及した藤田先生の『「集合と位相」をなぜ学ぶのか』、100-101ページでも、日本語の書籍には珍しく、単射がないことで Cantor's Theorem を証明されています。私は個人的には次の Milne 論文がわかりやすかったので、この論文の証明を参考にします。簡潔な証明を望まれるかたは藤田先生の本をご覧ください。なお先生は、全射がないことによっても件の定理が証明できることを、その概略を通して説明されておられます。

*11:ちなみに Milne 論文では単射による Cantor's Theorem の証明が述べられていますが、Rosser 先生の本の該当ページでなされているその定理の証明は、単射ではなく、全射を使ってなされています。

*12:この背理法は直観主義者も許容する、いわば広義の背理法で、肯定文 p を仮定し、矛盾が出れば仮定 p を落として ¬p を結論するものです。

*13:この背理法は直観主義者が許容しない、いわば狭義の背理法で、肯定文 p を証明したい場合、p の否定文 ¬p を仮定し、矛盾が出れば仮定 ¬p を落としてその否定を引き出し ¬¬p、最後にこの二重否定を解いて p を結論するものです。

*14:なお、ここでの概念と概念の外延を、関数などに一般化して語ることも可能ですが、話が長くなるので概念および概念の外延に限定して話を進めます。

*15:概念の外延の集合 N から概念の集合 M へ、単射があるとする証明、すなわち |N| ≦ |M| の証明は省きます。というのも、この証明では、概念の外延が Frege にとって何であったのか、ということを明らかにせねばならず、その用意が私には今ないからです。概念の外延を差し当たり集合 (set) かクラス (class) と見なすの妥当ですが、それは概念の外延を便宜的に集合またはクラスと同一視するだけであって、本当のところ、概念の外延が何であったのかという問いには答えたことになっていません。それが何であったのかを正確に突き止めなければなりません。しかしそのような探究は結構な仕事になりますので、今は脇に置いておかざるを得ません。いずれにしても、概念の外延の集合 N から概念の集合 M へ、単射があるとする証明の概略は、おそらく次のような感じるなるのではないかと、現在の私は推測しています。天下りにその概略を記します。まず、いかなる概念の外延も概念からできます。故にいかなる概念の外延にも概念が対応します。(Va) の対偶により概念の外延が異なれば、その概念も異なるのであって、概念の外延が異なるのに、その概念が等しくなるということはありません。つまり (Va) の対偶は、概念の外延から概念への写像が単射であることを表しています。よって N から M への単射があります。以上。ただし、この証明概略は間違っているかもしれません。この概略は、詰めて考えた結果ではありません。何となく思ったことを書き留めただけです。ですので、鵜呑みにしないでください。そもそも考え方によっては、概念の外延が何であるかということとは別に、概念の外延から概念へ、単射が存在することを証明することもできるかもしれません。これらの正確な究明は後日に期したいと思います。

*16:前の註でも述べましたが、この背理法は直観主義者も許容する広義の背理法で、p を仮定し、矛盾が出れば仮定 p を落として ¬p を結論するものです。

*17:前の註でも述べましたが、この背理法は直観主義者が許容しない狭義の背理法で、p を証明したい場合、その否定文 ¬p を仮定し、矛盾が出れば仮定 ¬p を落とし、¬¬p を引き出して、この二重否定を解き、p を結論するものです。

*18:この表は、Klement, ''Russell, His Paradoxes, and Cantor's Theorem: Part I,'' pp. 17-19 にある記述と、特にその p. 17 にある表を参考にして作成させてもらいました。

*19:ちなみに今、写像 g は単射であるとしています。もしもそれが単射でないならば、異なる概念 Gi ≠ Gj それぞれが、同じ一つの概念の外延 g(Gn) に g によって写される (g(Gi) = g(Gj) ことを許します。つまり Gi ≠ Gj ならば、g(Gi) = g(Gj) であることも許します。すると、問題の F について、F ≠ Gi でありながら、g(F) = g(Gi) であるような Gi、および g(Gi) があってもよい、ということです。ならば、たとえば F ≠ G5 でありながら g(F) = g(G5) である場合、g(F) 欄と F 行が交わる大きな丸印のマス目には、×を、かつ×だけを記せばすむことになります。なぜなら、g(F) = g(G5) であって、g(G5) 欄と G5 行の交差する対角線上のマス目には○とあるのだから、g(G5) 欄と F 行の交差するマス目、すなわち g(F) 欄とF 行の交差する対角線上の大きな丸印のマス目には、×と記せばよく、これで矛盾は生じません。

2018-01-21 2017年読書アンケート

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2017年は散々な年でした。非常にきつい一年でした。これほどきついのは、私の人生ではほとんどなかったと思います。それぐらい stressful な一年でした。この状態はまだ続いています。今後もしばらく続きそうです。

また、最近祖母が亡くなり、非常に残念です。ここ何年も会っていなかったので、心残りなところがあります。時々思い出していました。祖母の笑顔を忘れません。会わずにごめんなさい。

このようなため、この一年はほとんど文献も入手しておりません。2017年の前半はまったく勉強が手につかず、後半は語学だけを細々とやっていただけです。

ひどい一年でしたが、そんな中で読んだ文献のうち、特に心に残ったものを以下に記してみます。


まず、哲学関係で非常に興味深く、重要だと感じたのは、

  • Lionel Shapiro and Jc Beall  ''Curry's Paradox,'' in: The Stanford Encyclopedia of Philosophy, Winter 2017 Edition*1,

です*2。これは読んでみて、とても勉強になりました。


Curry's Paradox というのは、次のようなものです。

今、'p' を任意の文とする時、以下の条件文を真と認めると、


   もしもこの文が真ならば、p.


この文の後件、


   p,


が証明できてしまうという論証です。この証明は非常に簡単です。その証明は当日記、2017年11月12日、日記項目名 'Curry's Paradox: An Intuitive Argument' にありますので、興味のある方はご覧ください。

2017年11月12日の日記以外でも、私は時々 Curry's Paradox に日記中で言及していますので、Curry's Paradox とは詳しくは何であり、どのように重要なのかについては、私の日記内を 'Curry's Paradox' という言葉検索していただくか、あるいは「記事一覧」ページにある 'Carry's Paradox' という名の付いた category を click していただければ、その Paradox についての記事がまとめて出てきますので、そちらを参照してください。


ところで、上記 Shapiro and Beall 先生の文献 ''Curry's Paradox'' では、この Paradox を回避するため、従来の伝統的な方法 (Russell, Tarski) とは違って、substructural rules を制限する方法を採っています。その際に採られる option に何があるのか、その点をわかりやすく先生方は提示しておられます。その option を、先生方の文を読んで、私のほうで図にしてまとめてみました。以下がそれです。参考までにどうぞ。


f:id:nuhsnuh:20180120010424p:image


これは小さい画像ですが、大きい画像を見るには、次のようにしてください。まずこの画像を click してください。すると新しいタブで写真が開きますので、開きましたらその写真の下にある「オリジナルサイズを表示」を click してください。そうしましたら、大きい画像を見ることができます。

この図に書き込まれていることについては、Shapiro and Beall 先生の文献 ''Curry's Paradox'' をご覧ください。この図だけを見ても、わけがわからないと思いますので。


そして哲学ではないのですが、2017年にとても興味を持ち、考えさせられた事柄がありました。それは次の疑問です。

先の大戦において、時局に流されないよう抵抗の根拠となった考え方があったとするならば、それはどのようなものだったのでしょうか。

このことに関し、次の文献を読んで、

教えられ、考えさせられました。ここでは当時を生きた丸山さんによって、抵抗のいくつかの考えが示唆されています。

そこで、その考えを Hardcover の2006年版からたくさん引用してみます。カッコ「[ ]」は引用者によるもの、「〔 〕」は原文にあるもので、編者の松沢先生、植手先生が挿入されたものです。そして思うところを若干だけ記してみます。


 松沢 […] そこでお尋ねしたいのですが、[尾崎] 咢堂の話をお聞きになって、[丸山] 先生はそれまでマルクス主義の影響下で、ブルジョワ自由主義というのを、ネガティブな評価をなさっていた。それがブルジョワ自由主義のポジティブ価値に開眼なさったというふうにうけとめたのですが。

 丸山 そうなんですけれども、そのとき [咢堂の講演を聞いたとき]、なぜショックだったかというか、ある意味では、目からウロコが落ちる思いがしたというのは、難しく言えば、[近代的] 自然権としての私有財産権、つまり国家以前の権利。そういうことがらはマルクス主義のなかには出てこないのです。すべて歴史主義的思考で、ブルジョワ自由主義も歴史のなかに生まれたものとして見る。自然権という考え方はない。[近代的] 自然法という考え方もないから。咢堂の講演から受けたショックはそこなのです。私有財産は自然権だから、天皇陛下であろうと、だれであろうと、一指も触れられないという。

 歴史主義的に捉えますと、天皇陛下以前の権利みたいなものは、天皇陛下と言ったらおかしいけれど、そういうものは考えられないです。私有財産権のようなものは、国家の発達とともにできてきたものとして考えるので、自然権なんていう発想がないわけです。そこが日本の自由主義の弱さだと思うのです。自然法を持たなかったことが、したがって、自然権という考え方がずっとなかったことが。一種の日本的な歴史主義の上に、マルクス主義の歴史主義がそのまま続いてしまって、一切のもの歴史的だという見方。ぼく自身がそうでした。

 咢堂の講演については、そんなに学問反省をしたわけではないのです。学問的に反省させられたのは南原 〔繁〕 先生です。これは自然権ではないけれども、新カント派でしょ。新カント派というのは非歴史的なのです。非歴史的なものの持っている強みというのかな。時代がどうだからというのではなくて、絶対的なある価値に照らして正しいかどうかということが、まず来るわけです。非常にはっきり、時代のほうが間違っているのだ、時代は間違った方向に歩みつつあるということを、当たり前のこととして言えるわけです。圧倒的に、時代がある方向に向いていますと、歴史主義だと、これが歴史の動向なんだという主張にかなわないのです。その意味では、南原先生を通してうけたのは、歴史主義に対する反省でしょうね。

 咢堂についても、ブルジョワ自由主義を価値として再認識したということでは必ずしもないのです。[私が影響を受けていた] マルクス主義の立場に立っても、限界はあるとするけれども、価値としては認識しているわけですから。*3

当時、丸山さんのもとで、時代に抗する考え方としてあったのは、(1) 近代的な自然法、近代的な自然権、そして (2) 南原繁先生の考え方、(3) 南原先生に影響を与えた新カント派でした。これらがそのとき、時代に抗し得る考え方であった、ということです。これらに対し、人間が依って立つ諸理念は、すべて歴史的な産物であり、時代に相対的であり、時代が進むにつれてそれらの諸理念も古びて価値を失って行くのであって、新しい時代には新しい理念が現れて、先の時代の理念を乗り越えて行くのであるというような、いわゆる歴史主義的な考え方は、時局に逆らえず飲み込まれてしまったようです。


 松沢 […] それでうかがいたいのですが、咢堂の講演のショック、南原先生との出会い。学問的に南原先生にぶつかり、あるいは先生の人格に触れたということもあるかもしれませんが、他にはそれと同じ意味をもつ経験をなさったことはありますか。

 丸山 積極的な意味では、ちょっといま思い当たりません。消極的な意味で言いますと、前にも言ったけれども、高等学校時代に捕まったときに、留置場というのは絶対な孤独世界です。ぎっしり詰め込まれているんですけれども、精神的には全く孤独でしょ。国家権力自分しかいないという。そういうときに、オーバーに言えば、絶体絶命の危機に臨んだときに、学問とか知識とかいうものが、自分を支えるのに足りないという経験です。消極的に言うと、高等学校のときに学んでいるわけです。

 河合 〔栄治郎〕 さんが自由主義の世界観ということをさかんに言っていたのです。そういうのをぼくらは馬鹿にしていました。河合さんの世界観というのは、明らかにマルクス主義コンプレックスです。清沢洌が、自由主義というのは心構えであって、特定の世界観ではないのだと言った、そっちのほうがぼくにはよくわかったわけです。ぼくが自分の経験を通して学んだのは、経験的な科学を超えた、なにものかへのコミットメントがないと、時代に対する抵抗もできないし、たんなる経験的学問では自分を支える精神的支柱にもならないのではないかということです。その頃はそれ以上には出ませんでした。

 重臣自由主義というものに、親父も広く言えばぼく自身も含めて、深くコミットしていたことに対する反省が、戦後の一つの出発点になっています。反ファッショ一本槍で続いていたのではなくて、ぼく自身が重臣自由主義にコミットしていた。なぜそこが問題かというと、さらにつき詰めると、尾崎咢堂の演説に関連して触れた自然権の問題に行きつくと思うのです。重臣リベラリズムは、自由とか人権の原則に立ってはいない。立憲主義的配慮というのは、天皇責任が及ばないようにするための配慮なのです。なるほど、彼らの考え方を徹底すれば、統帥権もぜんぶ内閣管理事項にするというところまでは行くと思うのです。天皇主権は絶対であって動かさない。ただ内閣が明治憲法では憲法上の制度ではない。「国務各大臣」 〔第五十五条〕 以上のものではない。重臣リベラリズムは内閣という制度を認めて、いっさいを内閣の責任にして、天皇を無答責にするというところまでは行く。そうすれば、完全に天皇に責任が及ばない体制になるわけです。明治憲法だと、天皇に責任が行くようになっている。天皇に責任が行かないようにするというのが、一つの最大の動機になっていて、国民の自由なり、人権の保障というのが原則になっていない。だからこそ、天皇にどうしたら責任が行かないようにするかという配慮のために、現実には状況にずるずる引きずられていく状況追随主義になってしまうと思うのです。ぼくは、親父も含めて、重臣リベラリズムの本当の限界は、敗北とともに学んだのです。*4

圧倒的に迫ってくる国の力や時局の流れに対し逆らって泳ぐには、「学問とか知識とかいうもの」や「たんなる経験的学問では自分を支える精神的支柱にもならない」ことを丸山さんは体験的に学んだそうです。また戦前では「国民の自由なり、人権の保障というのが原則になっていない」状況だったので、つまり近代的な自然権を死守するという信念を持ち合わせていなかったので、時局に「ずるずる引きずられていく」結果となってしまったみたいです。これに対し、逆らって泳ぐ際の抵抗の芯となるのに最も強力なのは、おそらく宗教だったと思われます。なかでもキリスト教、特に Protestant 系のキリスト教だとか無教会派、異端扱いされていた group (灯台社の方々) だったと思われます。もちろんキリスト教を信奉している人がみな時局に迎合せず抵抗していたかというと、必ずしもそうではありませんでしたが…。日本のキリスト教徒のうち、大戦中に時局に抗した人と迎合した人がいたことについては、たとえば次の本の後半部分を参照ください。宮田光雄、『国家と宗教 ローマ十三解釈史=影響史の研究』、岩波書店、2010年


 丸山 […] 咢堂のは文字通りオーソドックスな自由主義です。自由民権から直接きたような、社会主義的な内包を少しも持たない自由主義でしょう。ぼくはまさに、そこに感銘したわけです。

 南原先生から受けたものは多様ですから、いまから想像するのは、ある困難を伴うし、あまり大きすぎて、影響という言葉を使えば、影響が大きすぎて一言では言えないのです。 ウル・カント 〔原カント〕 というのか、新カント派ではなくて、カントそのもの。つまり人格の自立ということ。それは自由主義の一つの要素でもあるかもしれない。河合 〔栄治郎〕 さんなんかは、さかんにそれを言っていたわけです。だけど、南原先生は、もっと内面的な人格の自立ということで、レッセフェールとは関係ないのはもちろん、原子論的個人主義とも異なり、啓蒙的個人主義とも啓蒙的な理性とも異なる、ある意味では原プロテスタンティズムと言ってもいい。つまり、神と直結したような個人の良心の問題です。ぼくはもちろん信仰はないけれども、ぼくが圧倒的な影響を受けたものを、しいて概念化すれば、そういうものの持っている強さということです。強さというのは、周辺の状勢、自分の周りから、日本のあるいは世界の状勢や動向というものに左右されない内面的な確信です。それは、いろいろな表れ方をしたと思うのです。*5

この引用文からは、時局に抵抗し得る考えとして、南原先生が学んでいた (4) Kant が上げられるようです。

そして、ここには名前が上がっていませんが、南原先生のキリスト教と言えば、もちろん内村鑑三系統が上げられます。内村さんが日清戦争では義戦論、日露戦争とそのあとは非戦論を唱えていたことは、とても有名です。南原先生はその流れにあると言えるのだろうと思います。こうして当時時局に抵抗する根としてありえた考え方の一つに (5) 内村鑑三の考えを上げることができると思います。

(とはいえ、よく知られているように、内村さんの非戦論は理論と実践の間で齟齬を来たしているとも考えられ、彼の非戦論は不徹底だとも思われます。このような評は彼には酷かもしれませんが、感情を排して省察してみるに、やはり不徹底との判断を下さざるを得ないように思われます。次を参照ください。内村鑑三、「非戦主義者の戦死」、『内村鑑三選集 第二巻』、岩波書店、1990年。このように書いた後で、刊行されたばかりの次の本の該当ページを見ると、内村さんの非戦論は理論と実践の間で齟齬を来たしてはいないことが指摘されています。若松英輔、『内村鑑三 悲しみの使徒』、岩波新書 新赤版 1697, 岩波書店、2018年、141-142ページ。内村さんの非戦論が、この点に関し、齟齬を来たしているのか否かについては判断を保留し、後日可能ならば調べて検討し直してみたいと思います。)


 丸山 […] [戦後西ドイツで、ナチに対する抵抗の根として自然法に依拠する必要性が叫ばれるようになったことは] もちろん戦後になって知ったのですけれど、戦争中の直接見聞をもってしても、自然法が持っている超歴史性というものの強さをぼくは感じました。それは裏返しにすれば、マルクス主義者の雪崩を打った総転向です。マルクス主義によれば、自然法なんていう歴史的・時代的制約を超えたような規範はないのだ。すべての規範は社会的・歴史的に制約されている。しかも、歴史は一定の方向に、世界史的な必然に従って動いている。それを超越した理念というようなものはないと。そういう考え方を持っているマルクス主義者が、雪崩を打って自由主義から全体主義へという世界史の動向を肯定していった。

 これは、さきほど言われた新体制と関係するのですけれども、マルクス主義の教養を受けた最も良質な分子、たとえば尾崎秀実とか、そういう人も含めて、世界史の流れが滔々として自由主義から全体主義へという方向に向かっていると考える、それに抵抗する自分は何なんだということになって、それを肯定してしまう。*6

非転向を貫いた共産主義者は一部当時おられましたが、大局的に見て時局に抗する力はマルクス主義にはなく、ここでもその力があり得たのは (1) 自然法だと述べられています。

なお、この引用文ではマルクス主義者の話がなされていますが、このマルクス主義者の話は、京都学派に対しても言えるように感じます。京都学派の多くはマルクス主義や共産主義否定的だったと思いますが、京都学派の考え方は、ここでもマルクス主義者の考え方に似ていると思います。つまりどちらの人たちも大まかに言って「歴史的・時代的制約を超えたような規範はないのだ。すべての規範は社会的・歴史的に制約されている。しかも、歴史は一定の方向に、世界史的な必然に従って動いている。それを超越した理念というようなものはない」と考えていたように思います。


 丸山 […] 田中 [耕太郎] 先生に戻って言うならば、田中先生のカトリック自然法という考え方は、南原先生と非常に違いながらも、時代の状況というものに流されない強さを持っている。あらゆる時代を超えて普遍的に妥当する規範ですから、自然法の立場では、全体の世界史の動向がこっちへ行っているからこうでなければいかん、という考え方が出てこないのです。*7

 丸山 […] [戦争直後に近衛文麿に、田中耕太郎先生、高坂正顕さん、高橋禎二さん、そしてぼくの四人で会いに行ったことがありましたが*8] その帰り道に、田中先生が「日本人は自然法を知らないからだめだ。それで、みんな時局に流されてしまった」と言ったのです。英語でロー・オブ・ネイチャーと。そうしたら、高坂さんが「ロー・オブ・ヒストリーと言ってはいけませんか」と言った。高坂さんは「世界史の哲学」なんだな。そうしたら、田中先生は「いや、ロー・オブ・ネイチャーじゃなければだめだ」と言う。帰りの立ち話ですから、そんなに立ち入った議論ではないのですが、それがいまでもぼくの頭に残っているのです。*9

やはり、時局に抵抗する力があったのは (1) 自然法です。田中先生の自然法はカトリックの自然法で、近代的な自然法ではなかったようですが、どちらの自然法にしても自然法的な規範は歴史や現実を超えていると見なしていると思われますので、その点ではどちらの自然法も時局に抵抗する力を持っていたと言えるのかもしれません。


 丸山 尾崎咢堂の演説を聞いて愕然として考えたのは、自然権ということです。前国家的権利、実定法以前の権利としての私有財産権、個人の自由権というもの、いわゆる天賦人権論です。ホッブスから、ロックスピノザルソーにずっと伝わってくる自然法の考え方。カトリック自然法や中世スコラ的自然法と違った近代自然法ですが、咢堂は、そういうものの直接的な系譜として、非常に新鮮だった。自然権とか自然法というものはないのだというのが、エンゲルスが『アンティ・デューリング』に書いているようにマルクス主義の立場です。歴史的に形成されたものであって、したがって、現実の自由は階級的に制約されている。歴史的現実を超えた超歴史的な権利とか法とかいうものはないのだと。ぼくも、そういう考え方のなかで学生時代は育ってきたから、咢堂の演説は全く思いがけなかった。さりとてぼくは、南原先生なり田中先生なりから、自然権という言葉は一度も聞いていないのです。田中先生の場合にはカトリック自然法ですから、よけい自然権ということは言わない。個人の自然権という思想は全く近代の自然法で、カトリック自然法とは違う。まさにギールケが『ヨハネス・アルトジウスと自然法的国家理論の発展』のなかで書いているとおりで、アルトジウスからはじまっている個人の自然権という考え方です。これは近代の啓蒙自然法の特色です。

 咢堂の演説だけで、そんなにびっくりするというのはおかしいのですけれども、それが頭にあったということなしには、軍隊ポツダム宣言を読んだときの背筋を走った電撃というのは、理解できない。「基本的人権の尊重は、確立せらるべし」。ファンダメンタルヒューマンライツという言葉は英語では読んでいましたけれども、ほとんど日本語で言わなかった。自由主義の立場に立つ人も、個人の侵すべからざる権利とか言っていたけれども、基本的人権という言葉は言わなかった。ぼくにポツダム宣言の基本的人権がすぐピンときたのは、咢堂の講演が背景にあったからではないかと思う。それが、ポツダム宣言では「言論、宗教及思想の自由」に続くのです。*10

ここでも (1) 近代的な自然法、近代的な自然権です。要するに、現代私たちが言う個人の基本的人権を何よりも大切にするという姿勢が、大戦時の時流に抗する考え方であったと推測されます。


話は飛びますが、Quine 流の哲学的自然主義 (philosophical naturalism) が隆盛を極めている今日、このような自然主義を受け入れつつ自然権の存在を保証することは可能でしょうか。哲学的自然主義がかまびすしく唱えられていますが、あるいは大勢に暗に受け入れられていますが、おそらく、この自然主義の支配下において、自然権の存在を確保することは、大げさに言えば焦眉の急であると思います。それは基本的人権を確保することだからです。もしも基本的人権を確保できないとすれば、私たちは力のある者たちの軍門に屈し、何ら抗することを得ず、わが命を差し出すことに至り着くでしょう。それは大変悲惨な結末です。(それをどのように確保すべきか、そもそも確保の仕方によっては、無意味な確保の仕方もあるかもしれません。次を参照。リチャード・ローティ、「人権、理性、感情」、 『人権について』、スティーヴン・シュートスーザン・ハーリー編、みすず書房1998年。)


個人の権利はとても大切だと思います。個人の権利を軽視する考えは、遅かれ早かれ、個人の権利を無いものとして、無視してしまうことになるでしょう。「政府が悪くて民衆がよいということを前提にしないあらゆる政治形態不正である」*11というセリフに似て、個人の権利を最大限に確保しないようでは、不正義がまかり通ることを許すことになると私は思います。


本日の日記で間違いがありましたら謝ります。すみません。勉強に精進致します。

*1:<https://plato.stanford.edu/archives/win2017/entries/curry-paradox/>

*2:2017年9月に公開されたこの文献ですが、3ヶ月かそこらで早くも改訂版が出ました。次がそれです。Lionel Shapiro and Jc Beall, ''Curry's Paradox,'' in: The Stanford Encyclopedia of Philosophy, Substantive Revision Jan. 19, 2018, <https://plato.stanford.edu/entries/curry-paradox/>. ちょっと改訂版が出るのが早すぎますね。最新情報に接することができるのでありがたいですが、百科事典の項目としては少しせわしない感じがします。ただしこれは Shapiro and Beall 先生について悪く言っているわけではございません。Net の情報は、よかれあしかれ、このようなものでしょうし。なお、私はまだこの2018年版は読んでおりません。Net に up されたのは、昨日今日のことですから。また後日、全文を読んでみて2017年版とどのように違うのか、個人的に確認してみたいと思います。

*3:『回顧談』、199-201ページ、『定本』、208-210ページ。

*4:『回顧談』、201-203ページ、『定本』、210-212ページ。

*5:『回顧談』、246-247ページ、『定本』、257-258ページ。

*6:『回顧談』、250ページ、『定本』、261-262ページ。

*7:『回顧談』、249ページ、『定本』、260ページ。

*8:引用者の理解では、丸山さんが近衛に会いに行ったのは、今述べた四人だと解したため、その四人の名をここに上げました。

*9:『回顧談』、251ページ、『定本』、263ページ。

*10:『回顧談』、253-254ページ、『定本』、265-266ページ。

*11:Thomas Paine の言葉だそうです。丸山眞男、「民主主義の歴史的背景」、 『丸山眞男集』、第八巻、岩波書店、1996年 (初出1959年)、89ページ。