IEAに政策変更を勧告されたドイツの太陽光発電

2011年4月25日
IEAに政策変更を勧告されたドイツの太陽光発電
両立しない固定価格買い取り制度とキャップ&トレード
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20110420/106392/?P=1
 
 前回「太陽光発電 スペインの教訓―固定価格買い取り制度の光と陰」は、スペインでの太陽光発電促進策の迷走ぶりを基に、今後の日本の再生可能エネルギー論議でもただ量的拡大を求めるのではなく、コストや環境効果、エネルギー安定供給、雇用、電力料金値上げによる国民生活や企業の国際競争力への影響、技術革新効果など総合的な観点からの冷静な判断の必要性を訴えた。
 
 今回はドイツを取り上げる。ドイツは1998年の総選挙の結果、社会民主党緑の党による“赤緑連立政権”が発足。両党の政策協定で脱原発の方針が明記された。
 
 2002年には法律改正により原発の新規建設の禁止と既存発電所のフェーズアウト(発電所ごとにほぼ32年経過時点で廃止)が決まった。原子力代替の選択肢は化石燃料再生可能エネルギーであるが、前者については温暖化対策の観点から難しかった。必然的に再生可能エネルギーの促進が重要な課題となり、00年に固定価格高値買い取り制度(FIT:フィードインタリフ)を導入し、再生可能エネルギー促進で世界の最先端を走ってきた。
 
 しかし、電力料金引き上げに対する批判が高まったこと、それにエネルギー安定供給確保やさらなる温暖化対策の必要性も相まってメルケル首相は昨年、ほぼ32年で廃止としていた原発の稼働年数の延長を決めた。だが、福島第1原発事故の影響で、本年3月稼働延長の3カ月間凍結と1980年までに建設された原発の一時停止に踏み切らざるを得なくなり、4月には稼働時間短縮の方向も打ち出した。これからドイツのエネルギー政策がどうなるのかは予断を許さない状況だ。
 
 今回は、ドイツの有力シンクタンク、ライン・ウェストファーレン経済研究所(RWI)の環境・資源部門の責任者であるフロンデル教授らのグループの研究(以下、Frondel他)を中心に、ドイツで太陽光発電の普及に大きな役割を果たしたFITについて、コストと環境効果の両面から効果を検討する。なお、雇用への影響については別途まとめる。
 
太陽光の量的拡大を推進したFIT
 
 ドイツで再生可能エネルギーの電力会社による買い取り制度が導入されたのは1991年であったが、本格的な導入が進んだのは2000年の再生可能エネルギー源法(EEG)以降である。
 
 この法律は電力会社(配電会社)に再生可能エネルギーの固定価格による20年間の長期買い取りを義務づけた(FIT、ただし水力は規模により15あるいは30年)。この結果、発電電力量に占める再生可能エネルギー割合は00年の6.6%から09年には16%にまで上昇した。
 
 ここで太陽光と風力についてFITの水準を確認しておく。09年の固定買い取り価格は太陽光が43.0ユーロセント/kWh、風力(陸上)9.2ユーロセント/kWhと、太陽光の水準が圧倒的に高い。当然のことながらFIT買い取り価格と電力卸売価格との差(これが補助金に相当する)も同様である(表1)。
 

 
 この結果、太陽光は発電量が6.2%にすぎないにも関わらず、FITによる電力会社の買い取り金額90億ユーロのうち24.6%を占めている(08年)。このように太陽光への手厚い補助によりドイツの太陽光発電容量は増加の一途をたどり、08年には世界の太陽光市場の42%を占めるに至った。量的拡大という観点からはFITは明らかに成功であった。では、経済的にはどうなのか。
 
巨額な太陽光発電のコスト
 
 まずコストの定義を述べておく。ここでコストとは太陽光発電促進のコストのことで、補助金の総額を指す(太陽光発電設備建設コストではない)。
 
太陽光発電コスト=補助金総額=(FIT価格−電力卸売価格)×発電電力量(*1)
 
 将来の予測についてFrondelらは、卸売価格については他の研究者の文献の数値、FIT価格については屋根設置型小型発電設備の実績(10年については大幅改訂を踏まえた数値)を用いている(*2)。
 
 コストについて注意すべき点がある。FIT制度ではいったん契約するとその後、技術進歩によって太陽光の発電原価が大幅に下落しても、20年間にわたって1kWh当たり同額の補助金が続くということである。11年現在ドイツのFITは続いているが、仮に12年にこの制度をやめてもその影響は2030年まで残る。こうした直接コスト以外にも電力価格上昇に起因する家計や企業の実質購買力の減少という間接コストもある。しかし、ここでは間接コストは無視して考える。
 
 太陽光発電促進のコスト(補助金総額)は次表右欄の通りである。なお、下記は2011年にFITが打ち切られた場合の計算であるが、実際には買い取り価格は低減するもののFITが続くので、この額はさらに増加することに注意が必要である。
 

 
 表の見方を00年の数字を例に説明する。年間増加量6400万kWhは00年に新規に増加した太陽光発電量である。その右の初年度の「FIT−卸売価格」47.99ユーロセント/kWhは00年のFIT価格から同年の卸売価格を控除した正味のコスト(補助金)、その右の最終年度の「FIT−卸売価格」42.49ユーロセント/kWhは同一年度のFITから20年目の卸売価格を控除した正味のコスト(卸売価格の上昇と共に、正味コストが低減する)だ。その右の「名目コスト」5億8100万ユーロは00年の純増発電量6400万kWhに同年以降2019年までの正味コストを乗じた額の合計、その右欄「実質コスト」はこれを07年価格にした数字である。(略)
  
 05年以降、太陽光発電導入促進が進み、累計コストが急増している様が読み取れる。10年の発電量増加は買い取り価格の引き下げ(インセンティブの低下)もあり前年同水準と仮定されているが、買い取り価格下落による補助金の低下で累計コストは減少している。
 
 上記の通り仮に10年でFIT制度を打ち切りにしても、累計コストは実質で655億ユーロ(7.2兆円)という巨大な金額になる。実際には11年以後もこの制度が続けられており、この額はさらに増加する。日照時間の短い北国のドイツで、なぜこのように太陽光を優遇するのか、理解に苦しむところである。
 
CO2 1t削減に716ユーロ
 
 再生可能エネルギー促進の大きな目的の一つに温暖化対策(CO2排出削減)がある。果たしてこの面で効果があったのだろうか。また、太陽光のFITは費用効果的だったのか。
 
 ここでFrondel他は重要な指摘をしている。それはEU ETS(EU排出権取引制度)とFITは両立しないということである。EU ETSはエネルギー・産業部門を対象に総量規制を行い、これを個別主体に何らかの基準で割り当て、主体間での取引を認める典型的なキャップ&トレード制度である。
 
 この制度の特徴は効率性である。取引を通してすべての主体の(限界)削減費用が均等化することで、対象部門全体としての削減コストが最小となる。他方、FITによって太陽光が増えて化石燃料による発電が減少すれば、当然、CO2排出量は削減される。ここで、CO2削減費用とは太陽光導入のコスト(補助金)である。
 
 Frondel論文では、太陽光発電はガスと石炭(褐炭は除く)の火力発電に代替すると仮定し、この場合、CO2排出量は1kWh当たり0.584kgであるとの他の論文の数字から、太陽光への代替によるCO2削減の限界削減費用を計算している。それによると、1t当たり削減費用が716ユーロと驚くほど高い。
 
 IEA(国際エネルギー機関)では、ドイツでガスを太陽光発電で代替する場合の1t当たりの削減費用は1000ユーロと計算している。ドイツの場合、00年のFIT導入以来、シェアを減らしたのは原子力と石炭であり、太陽光はこの分を代替したと考えられる。ガスは増えているので、「ガス代替」との仮定は信憑性が薄い。もともとCO2排出がゼロの原子力を太陽光で代替する場合、理論的にはCO2削減コストは無限大となる(代替による削減効果はない)。石炭を代替するのであればCO2削減効果は大きいので716ユーロより安くなる。こうしてみると1t当たり716ユーロという金額もある程度妥当性があるものと思われる。
 
 ここで再びEU ETSにもどる。周知の通りこの制度の下でのこれまでのCO2の最高値は1t当たり30ユーロ程度である。もし発電部門が1t当たり716ユーロもかけてCO2を減らしたとしても(総排出量は不変なので)、その分、ほかの部門で30ユーロ以下の排出削減が行われなくなるだけである。
 
キャップ&トレードと両立しないFIT
 
 つまりFITを進めれば進めるほど、EU ETS全体の削減量は不変なまま、削減コストが増大する(日本はキャップ&トレードを導入していないが、自主的手法で削減絶対量を決めれば同じ状況となる)。この結果は電気料金の上昇となって企業の国際競争力や家計に影響を与える。FITは環境効果がないだけでなく、EU ETSが本来目指している「所期の目標の最小費用での達成」という効率性を損なうのである。
 
 この点はEU委員会内部でもしばしば指摘されていたところで、筆者もブラッセルでこの種の論議を何度も交わした経験がある。これに対する反論としては初期配分の際にFITによる発電部門での排出削減をあらかじめ考慮のうえ、さらに厳しいキャップ(排出上限)を設定すれば、環境効果はあるという議論がある。しかし、実際には初期配分に際してこうした配慮が行われた形跡はない。もしそうしたことがあったとしても、同じキャップをEU ETSのみで実現するのに比べ、削減コストははるかに高くなる。
 
 こうしたことから、IEAは07年のドイツに関する国別レビューの中で、特に太陽光に関して「高値のFITは費用効果的ではないので、これ以外の政策の採用」を勧告している程である(同じレビューで原子力発電のフェーズアウトの見直しも勧告している点は興味深い)。
 
 もちろん、FIT導入にはエネルギー安全保障、雇用、技術進歩など別の観点からの総合的検討が必要である。従って本稿でドイツのFITのすべてを否定するつもりは毛頭無いが、少なくとも太陽光に関しては賢明な政策とは言い難い。
 
 実際、ドイツではIEAの勧告や電気料金引き上げに対する国民や企業からの批判を受けて、太陽光については10年の1年間だけで3度も買い取り価格を引き下げ、以降も継続的に引き下げの方向である。これまでの議論から明らかな通り、ドイツの最大の問題点は高い買い取り価格を20年間固定することで極めて巨額な補助金が累積することである。
 
 日本で現在検討されている太陽光発電の固定価格買い取り制度案は、買い取り期間を住宅用で10年、その他を15〜20年とする方向で進んでおり、補助金が膨らみすぎるリスクを軽減している。また、買い取り価格も当初は高めに設定するものの、その後は技術進歩の状況を勘案の上段階的に引き下げる。住宅など小規模な太陽光発電については全量ではなく、余剰分だけを買い取り対象とするなど随所に補助金の垂れ流しを防ぐ工夫が見られる。
 
 日本は原発事故などの結果、エネルギー供給量の絶対的不足に直面している。当面は火力発電の増加と電力需要抑制で乗り切るしかないが、中長期には原子力、火力、再生可能エネルギーを含めた将来のエネルギーベストミックスについての冷静な検討が必要であることをドイツの事例は示している。