忘れもの

昨日のブログで何が書きたかったのだろうか
彼女が帰って来て頼まれてた洗濯を忘れていたので
今コインランドリーにいる


今から10年くらい前の気分は
自分も周りもみんなクソで
でも開き直って生きるにはしのびない
みたいな情けないものだった
和而不同という言葉を座右の銘にして
違うことしてれば何とかなるだろうと思っていた
でもみんな違ってき過ぎてから
和するって全然出来ねえぞと悩んだりしていた


今は違うという事が書きたかったのだろう
みんなクソだな、じゃあどうしようか考えようと
ようやく思えるようになった気がする
もちろん今の若者に言いたい事などない
クソで嫌になる気分はちょっとくらい重なるかもしれないが
同じ経験をする人などこの世にはいない


ブログ書いたりカレー作ったりは
エゴだけど人は死なない
でもエゴを満足させるために
仕事を放棄したら誰かの命に関わる人はいる
その人がどんなに品性下劣で低脳であっても
構わない。でもそういう立場にある人が
エゴを優先させたら人が死ぬ
洗濯し忘れどころじゃない


自然に沿った行動をするか
エゴにこだわって現実をみないか
そういう意味では
同じレベルの話だからしっかりしようとか
本絞り美味しい


いや、クソでもエゴ出してもいいから
みんな仕事しようぜという
仕事してくれないと困るなあという
そういう感じかもしれない
帰ろう