行動経済学の諸々

行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)
友野 典男
光文社
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前回のエントリーでは、従来の標準的経済学は不完全であることを具体的な例を踏まえて述べてきた。今回は、その標準的経済学を補完する形で現れた行動経済学について大まかではあるが、説明していくことにする。

まず、行動経済学を定義しておこう。本書によると、

行動経済学とは、人間行動の実際、その原因、経済社会に及ぼす影響および人々の行動をコントロールすることを目的とする政策に関して、体系的に究明することを目指す経済学である。

となっている。つまり、経済学に心理学を取り込んだものと言えるであろう。以降では、合理的ではない人間の行動を理論的に解明していく。

人は物事を解決したり、判断したりしようとする際、ヒューリスティックというものを使用する。これはアルゴリズムの対義語であり、アルゴリズムが完全解を得られるのに対し、ヒューリスティックは完全とは言えないが、それに近い解を素早く得られるというメリットがある。例えば、風が強く、雨が斜めに降ってくるときに傘をどのように差せば良いかについて、傘の差し方のあらゆるパターンにおける、傘を差している人間の濡れる程度を考え、最も程度の低い差し方を導き出すのがアルゴリズムであるのに対し、一般に皆がやっているように何となくこう差せば濡れないだろうと考え、差し方を決めるのがヒューリスティックである。

これから分かるようにヒューリスティックは経験則に基づいており、先入観と考えても差し支えないであろう。そして、ヒューリスティックは完全解を出すことができないため、大きく誤った結論を導き出すことがままある。それ故、人は合理的判断が不可能であるということなるわけだ。ちなみに、ヒューリスティック(heuristic)の由来は、アルキメデスがお風呂に入っていたときに有名な定理を発見し、裸のまま飛び出して、「発見した(heureka:エウレカ)!」と叫んだことによるそうだ。

ヒューリスティックは以下の三つに分類される。

では、各々について説明していく。

これは、ある事象が出現する頻度や確率を判断するときに、その事象が生じたと容易に分かる事例を思い出し、それに基づいて判断する方法である。例えば、

  1. 小説の4ページ分(約2000語)の中に7文字の単語で末尾が「ing」で終わるものはいくつあると思うか。
  2. 小説の4ページ分の中に7文字の単語で6番目が「n」のものはいくつあると思うか。

という問いに対する回答の平均は、?13.4個、?4.7個であったのだが、実際には?を満たしている単語は?も満たすので、?の単語数の方が多いに決まっている。これは、「ing」で終わる単語の方が連想しやすいがために起こる確率的誤りである。ちなみに、このような誤りを連言錯誤といい、確率的誤りの中で最も多いものだそうだ。

これは、ある集合に属する事象がその集合の特性をそのまま表しているという意味で「代表している」と考えて、頻度や確率を判断する方法である。例えば、

四面が緑、2面が赤のサイコロがある。このサイコロを何回か振った場合に、次の系列のうちどれが最も生じやすいと思うか。Gは緑色の面、Rは赤色の面を表す。

  1. RGRRR
  2. GRGRRR
  3. GRRRRR

という問いに対し、多くの人が?を選び、次に?、そして最後が?であった。しかし、?は?の前に「G」を加えたものであり、その分確率は低くなる。これは、?がサイコロの出現系列として「代表的」であると判断されたことによる連言錯誤である。このような例は多く、例えば、コイン投げで5回続けて表が出たら、次に表が出るか裏が出るかは等確率であるにも関わらず、次は裏が出る確率の方が高い気がしてしまう。ちなみに、このヒューリスティックには「ギャンブラーの誤謬」という名がついている。

これは、不確実な事象について予測をするとき、初めにある値を設定し、その後で調節を行って最終的な予測値を確定する方法である。しかし、調節の段階で、最終的な予測値が最初に設定する値に引きずられて、十分な調節ができないことからバイアスを生じる。アンカリング効果とも呼ばれるが、これは船が錨(アンカー)を降ろしていると、一定の範囲内のみしか漂えないことに由来する。例としては、「1×2×3×4×5×6×7×8」と「8×7×6×5×4×3×2×1」をそれぞれ別の被験者に即答するよう求めたところ、前者の回答平均値は512で、後者は2250であった。これは暗算をする際、始めのいくつかの項を計算してアンカーとし、残りの部分については適当に乗じて最終的な予測値とするのだが、アンカーを強く引きずっていることによる。


このように、人には様々なヒューリスティックがあり、今回書き上げなかったものも本書では多く取り上げられている。ちなみに、前回と今回のエントリーで書いた部分は9章あるうちの3章分にしか過ぎず、より深い認識を求める方は是非ご購入を。