とりあえず殴ってみようか?/黒沢清『ビューティフル・ニュー・ベイエリア・プロジェクト』感想

クリーピー』の公開が近いし、黒沢清でも再見しようかなーと思いつつ、『東京藝術大学大学院映像研究科映画選考第七期生修了作品集2013』(タイトル長)に収録されている黒沢清の短編『ビューティフル・ニュー・ベイエリア・プロジェクト』を見ていなかったなーと思い再生したところ面白かったので、ついブログUPの流れに。(ネタ=物語展開にも触れています)

最近の黒沢清というと『岸辺の旅』や『リアル』は、いいシーンはあれど完全には頷くことができなく、正直あまり好きではなかった。ただ前田敦子主演の『Seventh Code』は突然始まる暴力に思わずガッツポーズをしてしまい、商業的な世界から離れたところで、攻めた作品を作ることから「やっぱり、アクションをやりたいのではないか?」と睨んでいたわけである。『Seventh Code』は突発的なアクションで観客をハッとさせたわけだが、この『ビューティフル・ニュー・ベイエリア・プロジェクト』は、殴る、蹴る、刺す、投げる、絞める、ガラスを突き破る、鈍器使う、警棒使う…で、黒沢清フィルモグラフィーを見ても、ここまでアクションに徹している作品はなかなかないだろう、と思うほどアクションのテンコ盛りである。では30分の短いランタイムの中どういった物語が展開されるかというと…

湾岸地帯の再開発を目論む都市設計会社社長の天野(柄本佑)は、視察に訪れた埠頭で美しい港湾労働者の高子(三田真央)と出会う。以来、一目惚れした彼女に執心の天野だったが、高子は彼に全く目もくれない。そのつれない態度に業を煮やした天野はある日、高子の私物を奪って逃走。後を追う高子の前に、次々と天野の部下が立ち塞がる。だが、高子はその屈強な男たちを次々となぎ倒して進む。-Movie Walkerより

このあらすじのままといってもいい。強いて言うならば「私物」ではなくて、おそらく会社のシフト確認とか誰が入っているかわかるようにする為のものだと思うんだけど、「名札」が奪われる。ようは会社の備品が取られて取り返しにいく物語。そんなもの取られてしまっても新しく作ればいいじゃんって思うし、会社には「変態に名札取られました」っていえばいいからね。ただこの映画の場合は、人間を動かす為に、物を取り返すといった理由が欲しい。理由なんてどうでもいいじゃんってのがある。だから名札でも奪われればいい。じゃあなんで三田真央が強いのか?っていったら…

「わたしは海の底で生まれた。そこは弱肉強食の世界…」

といった台詞が一応の理由付けになっている。「ああ、弱肉強食の世界で生きてきたから強いんだ」って納得してしまえばいい。納得しなくても面白ければいい。「行き当たりばったり」な映画に見えるかもしれないけど、全てに意味があるように表現されている。シネスコの横長画面を活かすように、高い建物はほとんど主体として映さず、カメラも横移動したり、人間も横から横へ逃げていく。横長だから海はあるけど、海に落ちることはない。柄本佑が三田真央に「海の向こう側にいこう。アメリカに…」といった台詞をいうのも、そういった意味合いからなのかな?と思わなくもない。

「とりあえず人動かせば面白いじゃん」と黒沢清が言っているような気がしないでもないが、そのくらいシンプルなアクション映画として仕上がっている。先日、ジェームズ・マンゴールドの『ウルヴァリン:SAMURAI』(2013)を見直していて、「理由がどうあれ人が右往左往動きまくるのは面白い」と感じていたところだったので、妙にこの映画との親近感(全然違う映画だけど)を感じてしまった。やっぱり映画はハッタリが見たいし、デタラメでもいいから面白ければいいじゃんってシンプルな感覚が必要なのかねと。黒沢清の短編といえばテレビだけど『よろこびの渦巻き』なんかもデタラメだけど面白い。逆に『ビューティフル〜』のようにわかりやすい物語ではなくて本当に意味わからない。だけど映画原理主義的な面白さを追求していてとてもすばらしい。もう嘘だろ?と思うくらいのロングショットも決まっていて、意味わかんないけど見入ってしまうすごい作品。

ただちょっと気になったのが、”名札”がとられるといった背景。もし三田真央がもう少し空虚なキャラクターであればなんとなく「名前」が奪われた者として物語が浮かび上がってくるのかなと思ったのだけど、家族と電話しているシーンがあるんですよね。変な動機付けで動くキャラクターの割には結構人間味のあるような気がした。まあ、そんなこと抜きにしも面白いのでとにかくアクションをしっかりみたいといった人なら頷ける作品だと思う。ホント「とりあえず殴ってみよか?」的な映画。傑作です。

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