SSM2164 応用回路 (2) --- GSS 回路 (1)

SSM2164 (V2164) の別の応用例として、以前の記事 (→こちら) で触れた、ギルバート・サイン・シェーパー (Gilbert Sine Shaper) を取り上げます。
Gilbert Sine Shaper (以下「GSS 回路」) では、複数の tanh(・) 特性を合成してサイン特性を近似しています。

tanh(・) 特性は差動ペアのベース間電圧とコレクタ電流の関係そのものですが、SSM2018 や SSM2164 などでも実現できます。
トランジスタ・アレイなどを使って簡単に作れる機能に対して SSM2164 を持ち出すのは「牛刀」な感じがしますが、VCA 4 ch 入りの SSM2164 を使う利点としては、

  • 1チップで tanh(・) 3項分までを実現できる
  • 残りの 1 ch で PTAT 電圧源を作れば温度補償も可能

なことがあげられます。
やはり、このような用途には「Element」である SSM2018 の方が適していて、データシートに記載されているふたつの主要な構成の VCA、VCP のうち VCP の方を使います。
VCP とは「Voltage Controlled Panner」(電圧制御ステレオ・パンポット) の略で、SSM2018 には V_{\fs\rm G} 側出力と、V_{\fs1\rm (1-G)} 側出力の2系統があるので、1チップでそれぞれステレオの L ch / R ch 出力をまかなうことができます。
データシートに載っている回路シンボルを使用した図で、VCA 構成と VCP 構成の違いを下に示します。

VCA 構成では、V_{\fs1\rm (1-G)} 出力は入力側に 100 % 負帰還されていて、入力と V_{\fs1\rm (1-G)} 出力が常に等しくなるように作用し、V_{\fs\rm G} 出力のレベルだけが V_{\fs1\rm C} 入力に応じて変化します。
VCP 構成では、V_{\fs1\rm (1-G)} 出力側、V_{\fs\rm G} 出力側、ともに 18 kΩ の抵抗を介して入力側にフィードバックされており、ふたつの出力の和が入力のレベルと等しくなるように作用します。
この特性が tanh(・) の形になります。
具体的には、V_{\fs1\rm C} = 0 で両方の出力のゲインは 0.5 (-6 dB) となり、V_{\fs1\rm C} を正側に振っていくと V_{\fs\rm G} 出力側のゲインは減って 0 に近づき、V_{\fs1\rm (1-G)} 出力側のゲインは増えて 1 に近づきます。
逆に、V_{\fs1\rm C} を負側に振っていくと V_{\fs\rm G} 出力側のゲインは増えて 1 に近づき、V_{\fs1\rm (1-G)} 出力側のゲインは減って 0 に近づきます。
「中点」でのゲインが両チャンネルとも -6 dB という事で分かる通り、一般的に使われている、中点で -3 dB になるステレオ・パンポット回路とは違っています。
ちなみに、一般的な回路での具体的な値を、General MIDI Level 2 (RP024) でコントロール・チェンジ 10 (PAN) に対する推奨動作として記載されている式を引用すると、

L ch [dB] = 20*log(cos(π/2*max(0,cc#10-1)/126))
R ch [dB] = 20*log(sin(π/2*max(0,cc#10-1)/126))

となっています。
SSM2164 は VCA 専用ですが、SSM2018 と同様な VCP 動作をさせることもできます。
ただし、出力は1系統しかないので、ステレオ・パンポットにするには 2 ch 分使うか、あるいは追加の回路が必要です。
GSS 回路に使うためには2系統出力は必要ないので、1 ch で十分です。
VCP 構成にした回路図を下に示します。

点線で囲った抵抗 (R3) を追加するだけで、あとは VCA 構成で必要な周辺回路そのままです。
SSM2164 内部で (1-G) 側のフィードバックの接続がされているので、I-V 変換の OP アンプ出力から R3 を介して (G) 側のフィードバックを入力端子にかけてやります。
ここで R2 = R3 に選ぶことが大切で、値が違っているとバランスが崩れ、tanh(・) の形になりません。
この tanh(・) 要素を使い、次回以降の記事で GSS 回路を構成します。