戸川書店

戸川書店閉店

恵比寿の叔母を訪ねた。JR恵比寿駅の西口を出て左手に折れるとすぐに駒澤通りにぶつかる。ここで信号待ちするひとは必ず前方の古本屋「戸川書店」の大きな筆書きの文字に目を走らせるだろう。お世辞にもうまい字とはいえない。曲がっていることも多い。文法的にいびつであったりする。だが僕が恵比寿を訪れるたびに章句は書き換えられていて、店主の持続する叫びのようなものだと僕は感じてきたものだ。ところが今日駒澤通りに立ってみるとなんだか"らしからぬ"文句が書き付けられていた。

《ありがとうございました この場所から移ります 古本屋はずっと続けます》


 さみしい話である。大学時代には何を買うというのでもなくよく立ち寄ったものである。小さな小さな店だ。しかも宗教や考古学のかなり専門的な書籍を置いていて、どうやって経営が成り立つのかいつも不思議だった。僕ですら店の前のワゴンに積まれた廉価本以外買ったことがないし、あまり安くもなかった。店主は本の整理をしているか、読書をしているかのどちらかだった。これからは恵比寿の東口に移動し、インターネットと目録による古書営業を行なうのだそうだ。僕は良く知らないが古本屋の仕事というのは、ただ店に本を並べて客に買ってもらうといった単純なものではないらしい。営業の形は変わっても、警句を投げかけ続けてほしいものだ。
 
 昭和29年から50年以上にわたって続いた店であるらしい。眼下の交差点を渡る若者たちをずっと見続けてきたわけだ。人々の復興・情熱・ひたむきさ・連帯・興奮・成長・重厚・挫折・しらけ・軽薄・無気力・不寛容・・・すべてを見てきたわけだ。子供が青年になりやがて親になる。そして子供を産み、新たな大人を作り出す。同じことが繰り返される。だが僕たちは何も成長していないようですらある。そんなふがいなさを警告するために店主は叫んできたのではないだろうか。やはり貴重な風景がなくなるのはさみしい。

ネットで検索すると、戸川書店に刺激を受けた人が多いことに気づかされる。みんなあそこをどんな思いで通過したのだろうか。ブログなどに記録された「戸川書店のメッセージ」を以下にいくつか。(本来は3行の分かち書きである)

お父さん読んでますか。お母さん読んであげてますか。倅(せがれ)読め

毒ニモ薬ニモナラナヰ本ヨリモ 毒カ薬ニナル本ヲ 読ンデミマセウ

好き嫌ひそれだけで 決めるのですか 眞實を知らずに

テロリストになり損ねた小泉さん 日本を冥土 in Japan にするな

嫌らしい本はありませんが 些(いささか)とも判らない本は在ります

愛してる本を 本を読んでいる君の 後ろ姿が好きだ

義務は為政者のために 権利は民のために 憲法は平和のために

今の児も昔の児も ずっと昔しの児の書いた 本も読みませう

超高速の電脳社会 短絡したら無脳社会 端からゆっくりでは

本を目で齧(かじ)り 本を頭で咀嚼(そしゃく)し こころの糧と為す