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脇川飛鳥さんの歌集『ラストイヤー』(短歌研究社)の帯にコメントを書きました
帯はこんな感じです。
phaさん
「平易なようでときどき、どうにでもなれ、というような勢いのよさが発生するのがすごい魅力の作風」 (2024/6/15X)
枡野浩一さん
「ずっと大ファンです。」
コメントを書いたというか、ツイートが使用されたという感じですね。まさか載るとは思わなかった。
自主制作のときから好きな歌集だったので、うれしいです。
長年待望されてきた歌集、脇川飛鳥さんの『ラストイヤー』が入荷しました!
— 蟹ブックス (@kanibooksclub) 2024年6月15日
平易なようでときどき、どうにでもなれ、というような勢いのよさが発生するのがすごい魅力の作風🦀
ふたりでただビールを飲んで脳みそがあったかかったあれはよかったhttps://t.co/wDUbZ4tK39
以下、好きな歌の感想です。
信号が青になっても気づかずにこんなところで決心をした
他人から見ると、ごくありふれた風景の中での、ありふれた決心なのだろうけれど、それが自分にとってはとても重大なことだ、という、平凡さと特別さが同時に存在する瞬間の感じが、「こんなところで」というフレーズにこめられているような気がしました。
人間は別れて生きていくのです それではルールを説明します
淡々とした口調が怖い。でも、人生はそういうものだから、そのルールに従わなくてはいけない、ということもひしひしと伝わってくる。
ふたりでただビールを飲んで脳みそがあったかかったあれはよかった
最後の「あれはよかった」がいい。簡単なようで、なかなかここで「あれはよかった」は出てこないな、と思う。風景とか、もっと他の要素をつけてしまいがち。
ひとりぶんのホットケーキがやたらうまく焼けてしまってぶち壊したい
「ぶち壊したい」が勢いがあっていいですね。わかる。
一回だけ折り目がついて伸ばしてももう戻らないたいしたもんだ
「たいしたもんだ」と、精一杯平然を装ってる感じがいいですね。
全体として、一見平易で呑気そうな言葉遣いなのだけど、諦めや喪失のムードが漂っているのがとても好きです。
鳥トマトさんと対談しました
『SPA!』で、中年や老いをテーマにした連載を始めるとのことで、中年としてお話ししてきました。
鳥トマトさんの『東京最低最悪最高!』は、この生きづらい社会の中の人間たちのもがきと諦めときらめきを描いててすごく好きなんですよね。鳥トマト先生は人間がウワーッとなって打ち上げる花火を観察するプロだな、と思いました。
『東京最低最悪最高!』の2巻の蜷川さんがいいキャラで好き、と言ったら、意外、と言われたのだけど、なんで好きなんだろ。ああいう巨大な組織の中で生存している妖怪みたいな人が、自分の生き方と正反対すぎてよくわからないから面白かったのかもしれない。
僕はもう会社員の知り合いとかが周りにいなくなってしまったので、マンガに出てくるギラギラしたオッサンみたいなのは本当にフィクションにしか思えないんですが、社会には結構いるんですかね……。
『東京最低最悪最高!』はおっさんおばさんの話が多いのも好きなんですよね。若者の話はもういい。夢が破れたあと、やる気が無くなったあとの人生の話をもっと読みたい。中年や老いの話を書き続けて、令和の『黄昏流星群』を目指してほしいです。
『おでかけアンソロジー ひとり旅 いつもの私を、少し離れて』(だいわ文庫)にエッセイが収録されました
いろんな作家の旅エッセイのアンソロジーです。
『どこでもいいからどこかへ行きたい』に入っている、「青春18きっぷでだらだら旅をするのが好きだ」が収録されました。
2024年は忙しかった
2024年のphaの活動のまとめです。
蟹ブックス
2023年から引き続き東京・高円寺の書店、蟹ブックスで書店員をやっています。
今は書店員が一番楽しいですね。店番をしているだけではなく、自分で本を仕入れたり、展示やイベントを企画したりもしています。
出版社から本を出す、自主制作で本を作る、文学フリマなどの即売会で本を売る、書店員として本を仕入れて売る、書店に本を卸す、などを全部シームレスにやりたい。著者・出版社・取次・書店の全てを、少しずつ。それぞれをやっている人はたくさんいるけど、全部やっている人はあまりいないんじゃないかと思う。
書店員をやりながら考えたことを綴った『蟹ブ店番日記』というZINEも作りました。
『パーティーが終わって、中年が始まる』
2024年は『パーティーが終わって、中年が始まる』を出版したことが一番大きかったですね。
予想以上に話題になって、たくさん取材を受けたり対談をしたりしました。今まで10冊くらい本を出したけど、一番反響が大きかった本だと思う(売上的には『しないことリスト』のほうが多いけど、これは逆に全くバズったり取材が来たりすることがなく、サイレントに書店で売れ続けているタイプの本なので)。
書評もいろいろ書いていただきましたが一つだけリンクを貼っておきます。
6月に出版してから、5ヶ月くらいはずっと忙しくて、10月にNHKのクローズアップ現代のミッドライフクライシス特集に出たのがピークでした。
その反動で、11月以降はやる気が全くない……。8年くらい前にハマっていた工場構築ゲーム、FactorioのDLCが出たので、11月は月200時間くらいやっていました。
その他の本
『どこでもいいからどこかへ行きたい』
『どこでもいいからどこかへ行きたい』がエキナカ書店大賞という、JRのエキナカ書店が選ぶ賞を受賞しました。
#エキナカ書店大賞 大賞発表!
— エキナカ書店大賞事務局2024 (@ekinakashoten) 2024年10月22日
受賞作は・・・
『どこでもいいからどこかへ行きたい』(pha著・幻冬舎文庫)
に決定しました!!
幻冬舎さんはなんと二連覇!
おめでとうございます!
受賞作品は
BOOK COMPASS、BOOK EXPRESS
bookstudio、Books Kiosk
にて大型展開中です! pic.twitter.com/qM7BWbRk8z
旅をしながら読むのにちょうどいい文庫本が対象の賞で、この本が出たのは2020年なのだけど、最新刊じゃなくてもエントリーできるらしい。大賞は期間内の書店での売り上げによって決まったとのこと。
高速バスや青春18きっぷでゆっくり旅をしたり、スーパー銭湯やビジネスホテルに泊まったりする、ゆるい旅エッセイなので、よかったら読んでみてください。
しかし最近はホテルの異常な値上げやデフレ文化の終焉で、ここに書いたことも既にノスタルジー的な感じになっているかもしれないけど……。
『できないことは、がんばらない』
以前出した『がんばらない練習』が、『できないことは、がんばらない』とタイトルを変えて文庫化されました。
「できることよりもできないことのほうが自分らしさを作っている」というテーマで、「会話がわからない」とか「飲み会が苦手」とか、そういう「できないこと」をたくさん集めたエッセイ集です。解説は点滅社の屋良朝哉くんに書いてもらいました。
『やる気のない読書日記』
自主制作の本としては、『やる気のない読書日記』というのを作りました。これは2021年の日記をまとめたもので、コロナ禍の記録にもなっています。
参加した本いろいろ
インタビューで寄稿や参加した本もいくつか出ました。
『こじらせ男子とお茶をする』
島田潤一郎、pha、佐々木典士、ファビアン、田中 弦、下平尾 直という、普通とは違う生き方をしている男性5人にインタビューする、というテーマの本です。十代の頃こういう本を読んできて、こういうふうに育ってきてこうなった、みたいな話をしています。
『みんなどうやって書いてるの? 10代からの文章レッスン (14歳の世渡り術)』
文章の書き方について書きました。この本はランジャタイの国崎さんの文章がすごくよかったので、それだけでも読んでほしい。
『究極の学び場 京大吉田寮』
京大吉田寮についていろんな人が語っている本です。僕は吉田寮出身ではないのですが、寮出身者として「自治寮とシェアハウス」という文章を書きました。
日記本
あと、みんなの日記サークルという、自分がファシリテーターをやった日記のワークショップから派生したサークルで、交換日記の本と旅日記の本を作りました。
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イベントレポート
今年は『パーおわ』関連でトークイベントなどに出演することがかなり多かったです。動画やレポートが残っているものを貼っておきます。記録が残ってないものとしては、ネルノダイスキさん、金川晋吾さん、桜林直子さん(サクちゃん)、遠井大輔さん(透明書店)、佐々木典士さん、藤井佳之さん(なタ書)、よしたにさん(これはレポートが後から出そう)と対談しました(抜けてるのがあったらすみません…!)。
宇野常寛さん、箕輪厚介さんと
宇野さんは同い年でインターネット育ちということで、やっていることは違うけどなんか親近感を持って見ています。書き方は全然違うけど、同じようなことを書いていると感じることがあります。
箕輪さんは自分とは全然違う界隈の人だと思っていたけど、『パーおわ』に興味を持ってくれたのが意外でした。若い頃は全然違う感じで活動していた人でも、ガンガンやってた時期を終えてちょっと立ち止まるようになる中年になると、話したりするようになるのはいいですね。
吉田豪さんと
「サブカルは中年で鬱になる」という吉田豪さんの『サブカル・スーパースター鬱伝』が昔好きだった本だったので、『パーおわ』が出たのでそのつながりで。中年になると権威を持ってしまうので、軽く生きていくのが本当に難しくなるなと思います。
藤谷千明さんと
藤谷さんは同世代・インターネット育ち・シェアハウス、といろいろ共通点が多く、共感する部分が多いですね。
なんかよくわからん生き方をしている人でも生きていけるような気がしていたのがあの頃のインターネットだったし、わしらはもうそういうふうにしか生きられへんのや、という感じでこれからもやっていきたい。同世代の仲間で協力しながら。
www.gentosha.jp
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「あの頃のインターネット」について僕と藤谷さんがそれぞれ書いた『文學界2024年10月号』も読んでほしいです。
品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)さんと
ダ・ヴィンチ・恐山さんのウロマガを以前から購読して毎日楽しみに読んでいる。
こういう若い才能のある人を見ると、もう自分たちの世代はなんもしなくてもいいよな、という気にさせられる。僕はわりと、若い世代に乗り越えられて、自分なんか時代遅れになってしまいたい、という気持ちがある。そのほうが時代が進化しているということなので。今までと違う景色が見たい。
【品田遊×pha】異色の二人が異色の対談!なぜ日記を書き続けられるのか、なぜ日付がないのか、謎に迫る|朝日新聞出版さんぽ
飯田朔くんと
飯田くんとは以前和歌山の熊野に通っていたときに一緒に床張りなどをやっていました。10歳くらい下で、あまり働かず社会に流されずにやっていくみたいなことを書いている人がいるのは頼もしいです。流れがつながっている感じがある。
短歌
去年刊行した『おやすみ短歌』(実生社)の流れで、短歌の活動がいろいろありました。NHK短歌にも出ました。
短歌作品としては
- 『ねむらない樹 vol.11』に「春休み」7首とエッセイ
- 『短歌研究5+6月号』に「伸びていく」5首
- 『胎動短歌Collective vol.5』に「なめらかさ」8首
を寄稿しました。それと、以前に作った歌を一首、左右社の短歌アンソロジー『海のうた』に収録してもらいました。
以前作ったストックがあったので今年はいろいろ出したけど、最近は短歌を作ってないので今後はあまり出ないと思う。短歌はプレイヤーではなく、外部から応援していくというのでいいかなと思っています。
あと、明治生まれの自由律短歌の歌人、小関茂の歌集が『歌集 宇宙時刻』として復刊されて発行されたので、栞に解説文のようなものを書きました。小関茂の、社会のことがよくわからず生きるのが苦手そうなところにとても共感した歌集でした。
こんなことが、こんなことが、生きていることだったんだ。こんなことが
2025年は
2025年にやりたいこと、本当に何もないな。
今は本当にやる気がなくなってしまっている。ゲームしかしていない。
前は一年に一冊くらい本を出してたけど、もう今は三年に一冊くらいしか出せないんじゃないか、と不安になる。
まあそれでもいいのかもしれないけど。
今週のお題「2024こんな年だった・2025こんな年にしたい」
『こじらせ男子とお茶をする』(月と文社)にインタビューが載っています
いろいろ生い立ちなどについて語っています。
島田潤一郎、pha、佐々木典士、ファビアン、田中弦、下平尾直の6人へのインタビュー。
島田さんが、なんか本を読んだ人から仏みたいに思われてるけど実際はそんなことないよ、と言ってるのが面白かったです。
中年以降の人生を考えるための5冊
今までずっと、ひたすらラクなことや楽しいことだけをやって生きていきたいと思っていたのだけど、40歳を過ぎた頃から、今までのやり方ではいろいろと行き詰まってくるようになってきました。何をやってもそんなに楽しくない。これからの人生はずっと下り坂が続いていくのだろうか。人生、長過ぎるな……。
そんな感じの中年で思ったあれこれについて書いた新刊が6月5日に出ます。僕の今までの人生を総括するような本になったと思います。

本の発売にともなって、「中年以降の人生を考えるための選書フェア」として、僕が好きな本を5冊を選んでみました。初めての中年や老年を、先人たちの知恵を参照しながらなんとか生き抜いていきたいと思っています。
この選書は、僕がスタッフをやっている東京・高円寺の蟹ブックスという書店で展示する予定です。この内容(選書・コメント)はオープンソースなので、よかったら他の書店の方も使ってください。好きな本を付け加えてもらっても構いません。展示用のポップやペーパーのデータは今月末までに用意します。
↓展示用パネルです。自由に使ってください
https://drive.google.com/file/d/18M6s1CQCGZ-YA-kae2NU2n8EjEJgjSEu/view?usp=drive_link
『パーティーが終わって、中年が始まる』で中年の衰えについて書いたphaが選ぶ、中年以降の人生を考えるための5冊です。加齢の友にどうぞ……!
荻原魚雷『中年の本棚』(紀伊國屋書店)
40代の一冊
中年の入り口に立った著者が、中年はどう生きていくべきかを学ぶために、世の中にたくさんある「中年本」を紹介していく書評集。自分自身の話をしつつも自分を出し過ぎず、本に寄り添う紹介が上手い(僕はもっと自分の話をしてしまう)。四十は「不惑」じゃなくて「初惑」らしい……。
松本大洋『東京ヒゴロ』全3巻(小学館)
東京ヒゴロ - 松本大洋 | ビッコミ(ビッグコミックス)50代の一冊
50代くらいの漫画編集者と漫画家たちの話。かつて輝いていたこともあるけれど、それはもう遠い過去のことで、若さはもう全くない。でも、まだ何かやってみたい、という気持ちはある。そんな男たちが集まってもう一度何かをやろうとする。年をとってもこんな感じの仲間がいれば大丈夫なんじゃないだろうか。
小田嶋隆『諦念後 男の老後の大問題』(亜紀書房)
60代の一冊
定年後、つまり60歳以降の過ごし方について書いたコラム集。小田嶋さんの本は時事コラムが多かったけど、この本は自分がそば打ちとか盆栽とか終活とかをやってみた体験談がメインなのがいい。文章は相変わらず読ませる。「麻雀はネトウヨとでも打てる」という話が好き。
齋藤なずな『ぼっち死の館』(小学館)
【新シリーズ】齋藤なずな『ぼっち死の館』、第1話の無料試し読み! | ビッグコミックBROS.NET(ビッグコミックブロス)|小学館70代の一冊
団地に住む独居老人を描いた短編集。作者も一人で団地に住む70代らしい。タイトル通り孤独死したりもするのだけど、そんなに暗い話ではなく、かといって単純にいい話でもなく、どちらともいえない複雑なのが人生だよな……という気持ちになる作品。
一般的に、年をとると若い頃の切れ味はなくなるものだ。しかし、この作品みたいな、なんとも言いがたいけどなんかいいよな、というものを書けるのは、年をとってからしかできない気がする。そういうものを自分も目指せばいいのだろうか。
山田風太郎『人間臨終図巻(上)』(KADOKAWA)
年をとるたびに読み返す一冊
古今東西の有名人の死に様を享年順に並べた本。誕生日が来るたびにその年齡の部分を読むのが習慣になっています。ちなみに自分の今の年齡、45歳で死んだ人は、井伊直弼、ラスプーチン、三島由紀夫など。大物揃いだな……。
サイン本は蟹ブックスで販売します。他より一週間くらい先行発売するので早く読みたい人はどうぞ。
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面白かった本2023
今年もなんとか年末までたどり着きましたね。毎年書いている今年面白かった本を紹介する記事です。
今年は本屋(蟹ブックス)で働き始めたということもあって、今までよりも幅広い本を手に取った一年だったように思います。あと、去年はなぜか短歌くらいしか読めなくなっていたけど、今年はエッセイとかをまた楽しく読めるようになってきました。うれしい。エッセイを書く気力もわりと戻ってきたので、2024年はまたエッセイ本を出したいなと思っています。まあ、できる範囲でやっていきたいですね。無理せず、死なないように。
マンガ
鶴崎いづみ『私のアルバイト放浪記』(観察と編集)
「私にとってアルバイトは、ふだん垣間見ることのない社会のいろんな側面を見学する、フィールドワークのような意味をもっていた。」
リペアスタッフ、頭部モデル、お掃除スタッフ、水道検針員など、美大を卒業後、作者が十五以上のさまざまなアルバイトを転々とした話を描いたエッセイマンガ。シンプルで淡々とした絵だけど、つい読みふけってしまう魅力がある。
読み味としては、マンガというよりも、文章のエッセイに絵がついていて読みやすくなっている、という感じのほうが近いかも。
大山海『令和元年のえずくろしい』(リイド社)
「地獄のシェアハウスで起きる最悪の群像劇」というキャッチコピーの通り、盗難が起きたり、そこらへんでセックスしていたり、という最悪のシェアハウスの話。起こる事件のひどさや、家賃などのシステムがリアルで、かなり実在のシェアハウスに取材をして描いたのだろうと思う。
生きづらさと過剰なエネルギーを抱えた若者たちが一つの空間に集まって、鬱屈や鬱憤の発散場所がないまま、内部でぐちゃぐちゃになっていく閉塞感がとてもよく描けていて、読後感の悪さも含めて、よかった。
大白小蟹『うみべのストーブ』(リイド社)
ストーブが喋ったり、体が透明になったり、日常の中で少し不思議な現象が起きる短編集。
生きていく中で、何かを失ってしまったり、失う予感を感じたりして、どうしようもなく感情が高まって涙が溢れ出すような、そんな一瞬を伝えるのがとても上手くて、ぐっと感情を揺さぶられてしまう。一篇ごとに最後に付けられている短歌もいい。
坂上暁仁『神田ごくら町職人ばなし』(リイド社)
桶職人、刀鍛冶、紺屋、畳刺し、左官など、江戸の職人が仕事をしている様子を書くマンガ。とにかく画力がすごくて、絵に見入ってしまう。綿密に描かれた桶や刀や畳などを見ているだけで気持ちよくて、ページをめくるのが心地よい。まるで読むドラッグのようだ。
物をひたすら丁寧に描いているマンガ好きなんですよね。古くは鉄工所マンガの『ナッちゃん』とか。
岩波れんじ『コーポ・ア・コーポ』(ジーオーティー)
全6巻完結。大阪の安アパートに住んでいる人たちの群像劇、人間模様、という感じの話。住んでいる人は全員訳ありな感じで、それぞれディープな過去を背負っていたりするのだけど、しんどい境遇を悲劇的に描いたり浸ったりするのではなく、人生とか社会というのはそんなものだから、なんとかできるだけニコニコしながらやっていこう、というタフさを軽い感じで描いているのがとてもいい。アングラ漫画的な泥臭さがありつつ、今っぽい軽さもある作風。
出てくる人たちのリアルさ、会話や境遇や生活感の生々しさを描くのが異常に上手い。登場人物がそれぞれ人生を持って生きている感じがある。
新井英樹『SPUNK - スパンク!』(KADOKAWA)
SMの女王様が主人公のマンガなのだけど、なんだか光に溢れていてまぶしかった。生の肯定だった。
同じ作者の作品では『SUGAR』の石川凛なんかもまぶしかったけど、彼は孤独だった。『SPUNK』の世界は光に溢れつつ、人との繋がりや信頼がある。新井英樹作品では、暴力や殺人やセックスが出てくることが多かったけれど、『SPUNK』ではSMをテーマとすることで、殺伐とした暴力やセックスなどを出さずに、物語の強度を出すことに成功しているように思う。
住吉九『ハイパーインフレーション』(集英社)
全6巻完結。キャラ、ギャグ、博学、頭脳戦、それらの要素の全部盛り感とスピード感がすごくて、この楽しいジェットコースターにずっと乗り続けていたい、と思わされる読書体験だった。他の作家ならこの2倍か3倍の長さをかけてやるであろう頭脳戦を、ぎゅっと圧縮してやっている感じ。全6巻だけど15巻くらいを読んだ気分になれてお得。いろんな要素が全部盛りという点では、読み味は『ゴールデンカムイ』に近いと思った。
改めて最初から読み返して思ったのは、最初の数話で主要キャラが出揃ってキャラも固まっているのがすごい。ラストに到るまで話があまりぶれていないので、かなり準備してから始めて、この長さで終わるということも決めていたんじゃないだろうか。
金の亡者で「大きな赤ちゃん」と呼ばれる悪徳商人のグレシャムが本当にいいキャラなんだよなあ。
『ハイパーインフレーション』が「このマンガがすごい!」オトコ編14位に選ばれました!昨年の11位から連続ランクインです!https://t.co/54lcwFmToW
— 『ハイパーインフレーション』/住吉九 (@sumiyosikyu) 2023年12月11日
今年の3月に連載終了したにも関わらず、ありがとうございます!アニメ化オファー待ってます! pic.twitter.com/AY8kB6HEXl
エッセイなど
古賀及子『ちょっと踊ったりすぐにかけ出す』(素粒社)
子どもたちとの暮らしを描いた日記本なのだけど、やたらと面白い。
面白さが濃い、というか退屈な文章がなくて、次々とテンポよく面白が繰り出されていく。これはデイリーポータルZという面白の激戦区で鍛えられてきた古賀さんならではなのだろうか。ネットだとすぐに読者が離脱するから、これくらいの面白さの密度を求められるのか、と思うとちょっと恐怖を感じるほど。紙の本からは出て来ない文章な気がした。
去年、日記祭というイベントで古賀さんと対談したのだけど、古賀さんは日記を「天に捧げるもの」として書いている、という話が面白かった。「神さま見てますか! 人間はこんなに楽しく生きていますよ! どうぞお納めください!」という感じらしい。
ひらいめぐみ『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)
20代で転職を6回経験したという著者によるエッセイ本。現代社会で生きていくことの大変さや切実さも感じつつも、そこまでシリアスにならずに、最終的にはなんだか楽しい印象が残る書きっぷりがいい。文章がなんだか異常に読みやすくてスムーズに頭に入ってくる。
「体調が悪くなるような会社は辞める」という健全さが頼もしい。仕事の内容よりも、会社の近くに川があると昼休みにのびのびできるのでとてもいい、ということを書いた文章のほうがいきいきとしているのがよかった。倉庫の仕事は空間が広いから気持ちよくて、川のそばにある倉庫で働いているときが最高だった、というくだりを読んで、川のそばの倉庫で働いてみたくなった。
絶対に終電を逃さない女『シティガール未満』(柏書房)
地方から上京してきた著者が、東京のいろんな街について書いていくエッセイ。全体的にテンションが低くて、そんなに大きな夢などもなく、キラキラしたところが全くないのが読んでいて落ち着く。体温が低めではあるけれど、一歩一歩前に進んでいく前向きさはあって、読後感もいい。
坂口恭平『まとまらない人 坂口恭平が語る坂口恭平』(リトル・モア)
同い年というせいもあるのだろうか、坂口恭平のことはなんとなくずっと気になっている。
本もたくさん出しているけれど、ギターを弾いて歌も歌うし、絵も描きまくっている。なんだか好きなように好きなことだけやっている感じがして、うらやましく思うのだけど、その一方でひどい躁鬱に悩まされたりもしているらしい。
そんな坂口恭平が、自分自身について語った本。思考がドライブする感じが伝わってくる。坂口恭平は生きることや考えることが、すべて歌になっているな、と感じた。「やりたくないことをやっていると鬱になる。だから健康のためにやりたいことだけをやっている」という記述を読んで、やっぱりそうだよな、と思った。
川井俊夫『金は払う、冒険は愉快だ』(素粒社)
「俺はこの町で一番頭が悪く、なんのコネやツテもなく、やる気も金もないクソみたいな道具屋だ」
古道具屋をやっている著者による私小説とのことで、とにかく口が悪いのだけど、その荒っぽい口調が気持ちいい。舞城王太郎の『煙か土か食い物』とかを思い出す文体。曖昧な爺さんや婆さんがゴミに埋もれて住んでいて、そういうゴミ屋敷を片付けてずっと「クソが」とか言いながら、かろうじて買い取れるものを拾い出してなんとかしてやる、みたいな日々の話が集められている。
大崎清夏『目をあけてごらん、離陸するから』(リトル・モア)
詩人の大崎清夏さんが書いた、エッセイ、小説、旅行記などが集められている。
とにかく美しい文章を読みたい人にすすめたい。文章のすみずみまで細やかな神経が張りめぐらされていて、張り詰めた感じもあるのだけど、それでいて包み込むような優しさもあって、いつまでもこの文章の中に沈んでいたくなる。
詩集の『踊る自由』も読んだけどそっちもよかった。
小説
川上未映子『黄色い家』(中央公論新社)
普通に生きていた少女が家出をして、ヤバいシェアハウスに住んで、組織的犯罪に手を染めていくというクライムノベル的な話。そういったエンタメ的な話を、純文学的な感性を書ける作家が書いているので、話の展開が面白いのはもちろんのこと、ちょっとした本筋以外のエピソードの描写などもぐっときていい。90年代が舞台。スナックでX JAPANを歌うシーンとか好き。
シェアハウスのリーダー的な役目をやる主人公に共感した。他のメンバーはあまり行動力がない感じで、状況がやばくても自分自身で道を切り開いていくことができない。だから、自分がみんなのためになんとかしないといけない、と思って、主人公はみんながうまくいくようにいろいろがんばる。だけど、自分はみんなのためにいろいろやっているにも関わらず、他の人たちはぼーっとテレビとかを見て笑っていたりして、そういうのに苛ついたりする、というシーンがある。
僕もシェアハウスをやっているときそういう気持ちだったことがあった。みんながちょっとずつこれをこうやってくれればいい感じになるのに、なんで誰もやってくれないんだろう、とか。でもそういうのも自分が勝手にひとりで暴走しているだけなんだよな。
著者のトークイベントを聴いたのだけど、貧困や犯罪を書いているんだけど、社会問題を書きたいわけじゃなくて、世の中にはこういう人がいて、生きている、ということをただ書きたかった、という話がよかった。あと、物語を書くときにイノセンスを最も重要な衝動にしている、という話が印象に残った。『黄色い家』の主人公の花もそうだし、『すべて真夜中の恋人たち』の主人公もそうだったな。
杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』(新潮社)
「電子書籍化不可能」という売り文句がついていて、読む前から内容をなんとなく想像していたのだけど、その想像を超えてくる仕掛けがあってすごかった。確かにこれは、今までにないやつかも。文庫オリジナルで20万部売れているらしい。すごい。
読む前に僕が思い浮かべていたのは、Aというミステリ作家の『S』という作品で、おそらくこの作者もその影響を受けているのだけど、『S』よりもさらに徹底していて、「ここまでやるか」という感じだった。『S』ではたしかそんなに大したことなかった、トリックと動機と物語がうまく関連しているのもいい。
小谷野敦『蛍日和』(幻戯書房)
妻のことを書いた私小説「蛍日和」を含む全4篇。淡々と日常の出来事や考えたことを綴っていくだけで、何か大きな事件が起こるわけでもなく、日常エッセイのようにも思える内容なのだけど、なんだか面白くてするする読んでしまう。だけど、なぜ面白いか説明しにくい。ちゃんと事件が起こったりストーリーがあったりする、いかにも小説らしいものが好きな人とは相性が悪そう。小説とエッセイの違いとはなんだろう、ということを考えてしまう。普段、小説とはこういうものだ、とわれわれが考えているものの幅は、必要以上に狭くなっているんじゃないだろうか。
昨今は文学フリマとかで、特に事件が起こるわけではない、日常を書いたエッセイとか日記のZINEが流行っている。純文学でハードカバーの本、というパッケージではなく、そういうZINEの文脈とパッケージに持ってきたら意外としっくりくるのでは、と思ったりもする。
歌集
平出奔『了解』(短歌研究社)
地を這うような歌集だ。人目を気にしてカッコつけたりを全くせず、主観的に「本当に感じたこと」だけに徹底的に寄り添っていて、作者の荒い息遣いが感じ取れそうな歌ばかりが並んでいる、と感じた。この凄みは何なんだろう。
台風がしばらくこない 台風がこなくても思い出せるな 出せる
今やってるこれが恋愛だとしたら、あれもそうだったってなっちゃう
笑うから笑っていてよ、あの頃の、病んでんね(笑)、みたいな言い方で
佐クマサトシ『標準時』(左右社)
不思議な歌集。面白いけれど、何度か読み返さないとうまく理解できない。短歌というゲームにはこんな解法もありますよ、という実験をいろいろ見せられているような気分になる。
クリスマス・ソングが好きだ クリスマス・ソングが好きというのは嘘だ
AならばBでありかつBならばAであるとき あれは彗星?
晩年は神秘主義へと陥った僕のほうから伝えておくね
枡野浩一・pha・佐藤文香『おやすみ短歌』(実生社)
自分が書いた本だけど、いい本の自信があるので紹介させてください。現代短歌の中から眠りに関する短歌を百首集めて、歌人の枡野浩一、僕、俳人の佐藤文香が、短歌の横に鑑賞文をつけた本です。
短歌って、読み慣れてない人にはどう読んだらいいかわからないことが多いと思うので、「こういうふうに鑑賞すればいいんだ」という文章が添えられているといいな、と昔から思っていました。この本なら、慣れてない人でも読みやすいんじゃないかと思います。
ぱらぱらとどこから読んでも、どこでやめてもいいので、眠る前に読んでほしい本です。装丁は名久井直子さんで、角丸のハードカバーがやさしい手ざわりです。表紙には僕の描いた絵を使ってもらいました。
ノンフィクション
荻上チキ『もう一人、誰かを好きになったとき:ポリアモリーのリアル』(新潮社)
一対一ではなく、複数の人と恋愛関係を持つポリアモリーについて扱った本。荻上チキさんがいろんなポリアモリーの人にインタビューをして、ポリアモリーのさまざまなパターンや、抱えている問題などがまとめられている。
ポリアモリーは、単に「ふしだらだ」とか「不誠実だ」とか扱われてしまいがちだけど、そうではなく、もともとそういう性質を持つ人がいるだけなのだ、ということをきっちりと説明していく。
この本を読んでかなり楽になった気がした。今まで自分自身とポリアモリーをそんなに結びつけて考えたことはなかったのだけど、一対一の関係は閉じた感じがして苦手だ、ということは昔から感じていた。自分は他人に対して独占欲がほとんどないし、独占欲を向けられるのも苦手だった。でもそれは、自分がダメな人間だからそうなのだ、と思っていた。
それでもなんとか頑張って一対一の関係をやってみよう、と思って試したことは何度かある。しかし、大体いつもうまくできなくて相手のことを傷つけてしまって罪悪感を持つだけだった。結局、自分はひとりでいるのが一番合っているのだろう、と最近はずっと諦めていた。
でもこの本を読んで、自分はダメではなく、単に性質が違っただけなのかもしれない、と思った。同性愛の人が異性愛がうまくできないのと同じようなものだったのかもしれない。
ポリアモリーの人は複数の人と特別な親密な関係を持つ、というイメージがあって、僕はそもそも一人とも複数とも特別な親密な関係を持つのが苦手な感じがあって、だからポリアモリーとは違うかも、と思っていたのだけど、でも広義ではポリアモリーの中に入るのかもしれない。
一般的な関係はうまく結べなくても、それでも人となにかの関係を持つことを諦めないでいいのかもしれない、と前向きな気持ちになれる本だった。
鈴木大介『ネット右翼になった父』(講談社)
鈴木大介さんの亡くなった父は、YouTubeのヘイト動画ばかり見るようなネット右翼になってしまっていた。しかし、亡くなったあと丁寧に振り返っていくと、父はそんなに簡単にくくれるものではない複雑さを持ったひとりの人間だった、と気づいていく話。
自分と同世代なので、自分の親世代はこんな感じのところがあるよな、という共感を持って読めた。親としてのロールモデルがないけれど、親としてふるまわなければいけないというプレッシャーはあって、それで不器用に強権的にふるまってしてしまう、みたいな。もっと下の世代だと友達みたいな親子が多いんだろうなと思う。
渡辺努『世界インフレの謎』 (講談社)
今の物価高の原因は、ウクライナの戦争のせいではなく、コロナの頃から始まっていたらしい。コロナにより生産状況などが変化したことによって起こったもののようだ。
日本は90年代なかばから30年くらいずっとデフレだったけど、それは異常で不健全なことで、本当は健全な経済成長を伴う若干のインフレを目指すべきなのだ。
しかしそんなことを言われても、僕の世代はずっとデフレ環境で育ってきたので、そこに最適化してしまって、新しい状況に適応できない気がする。シェアハウスに住んで安いチェーン店でだらだらする、とか、そういう生き方にあまりにも適応しすぎてしまった。新しい時代についていける気がしない……。
『おやすみ短歌』という本を作りました
人気歌人・作家・俳人がコラボし、安眠がテーマの短歌を百首集め、見開きで紹介する現代版「百人一首」。
短い文章付きなので、短歌の読み方がわからなくても楽しめます。
この本のページをパラパラとめくるうち、ここちよい眠りの世界に誘われることでしょう。
僕は短歌が好きなんですが、短歌ってやっぱりちょっととっつきにくいところがあると、ずっと思っていました。どんなふうに解釈したらいいのか、慣れていないとよくわからないところがあります。
そこでこの本では、短歌初心者でも楽しめるように、短歌の横に解説文のような、ミニエッセイのような文章を添えてみました。
僕の書いた文章は、短歌の解説ぽくもあるしい、phaのエッセイぽさもあるような文章になっていると思います。読むと気持ちがラクになって、ゆっくり眠れるような感じを目指しました。
ここからちょっとだけためし読みができます。
あと、『おやすみ短歌』の発売を記念して、僕がスタッフをやっている東京・高円寺の蟹ブックスでは「安眠短歌フェア」を行います。『おやすみ短歌』の内容をポップとして展示するほか、『おやすみ短歌』で紹介している歌集を中心に、一般流通していないレアな歌集も含めて、たくさんの歌集を揃えました。ちょっと短歌に興味あるなーくらいの人も来てくれたらいいなと思っています。
11月12日(日)の14時から16時には、枡野浩一、佐藤文香、phaの三人が蟹ブックスに在店します。サインなどもしますのでぜひ遊びに来てください。
こちらからサイン本の通販も受け付けています。ステッカーもついています。
あと、これはついでなのですが、僕の短歌五十首をまとめた冊子も作りました。
『おやすみ短歌』『少しだけ遠くの店へ』は、11月11日(土)の文学フリマ東京でも販売します。ブース番号はU-27,28(実生社)です。文フリに来る方はぜひー。