2018年 第65回日本生態学会大会(札幌) 植物生理生態自由集会のお知らせ

2018年3月14日(水)18:15-20:15 --G会場
植物生理生態学の“見える化
企画者:吉村謙一(山形大・農)、南野亮子(岐阜大・流域セ)、上原歩(東電大・理工)、東若菜(京大・農)

近年の測定技術の進歩により、従来の方法では測定が困難だった植物の生理生態学的現象を捉えることが可能になってきた。特に、イメージング技術のめざましい発展にともなう植物内部の可視化による貢献は大きい。たとえば、植物体内の水や同化産物等の輸送は葉、枝、幹、根などの器官間での垂直的な動きや分布として把握されてきた。しかし、近赤外などの電磁波エネルギーの視覚化技術や(コンパクトMRIによる)樹液流速の面的な可視化技術により、組織や細胞レベルでの観察が可能になったことで、器官内部の水平的な動きや分布を捉えることができるようになった。また、ノイズ除去など従来からの解剖学的観察技術が発展してきていることに加えて、これまで瞬間を切り取ることによってしか捉えることのできなかった植物体内の現象を、植物が生きたままのリアルタイムで観察することも可能となってきた。
このように、従来の課題であった時空間的スケールの壁を克服するような植物体内の“見える化”の技術の進歩により、植物の水分通導や光合成といった生理生態学的現象の局所的なメカニズムから各器官間の時空間的な物質移動といった個体レベルまで、新しい植物の生理機能や生態特性が“見える化”してくることが期待される。本集会では、いくつかの新しい手法を用いて植物の生理生態学的現象の可視化に取り組んでいる研究者の方に講演いただき、これらの測定技術が生理生態学研究にもたらす発展の可能性について議論していきたい。
1. 趣旨説明−企画者
2. コンパクトMRIを用いた樹幹の樹液流速分布の可視化−平川雅文(東大・新領域)
3. 顕微赤外分光法によるスギ高木の針葉における水分保持メカニズムの解明−東若菜(京大・農)
4. 植物の蛍光イメージング:タイムゲート法で葉緑体自家蛍光を消す−児玉豊(宇都宮大・バイオセンター)
5. コメンテーター−三木直子(岡山大院・環境生命)
6. 総合討論


-懇親会のご案内-
集会後、懇親会を予定しています。集会の始めに参加人数の確認をします。
みなさまのご参加、お待ちしています!
日時:集会終了後、20:45〜 場所:はなの舞 東札幌駅前店 飲み放題付きコース3000円


コンパクトMRIを用いた樹幹の樹液流速分布の可視化 平川雅文(東大・新領域)
樹木の成長や生命維持には木部組織による水輸送が不可欠であり、森林の蒸発散は地球温暖化問題を考える上でも重要であることから、木部の樹液流速の測定や通水性に関する研究が盛んに行われている。従来の樹液流速測定手法では、センサー周囲の平均流速しか測定できなかったが、樹木の樹幹横断面には一次木部、二次木部、形成層、髄等、様々な組織が含まれる上に、道管や仮道管の直径は多様であるため、断面中の樹液流速分布は均一ではなく、実際の道管の通水状態を直接表すことはできなかった。このような従来の手法の限界に対するブレイクスルーとして非破壊測定手法の適用が試みられている。非破壊測定手法の一つであるMRI(核磁気共鳴画像法)は、水素原子核の発する信号を可視化することによって、樹幹横断面における各ピクセル内に存在する水分子の平均流速を非侵襲的に画像化することが可能である。MRIを用いた流速可視化手法の一つに位相シフト法がある。位相シフト法とは、MRIにおいて磁場勾配に沿った水分子の移動距離に応じて生じるMR信号の位相の変化から流速を算出する手法である。
本発表では、1.0 T 樹木用コンパクトMRIによる位相シフト法を用いて行った以下の実験の結果について報告する。まず、任意の流速でチューブに通水できる装置(フローファントム)の流速画像を作成し、位相シフト法により測定された流速を検証した。次に、2017年5月から約1か月毎に、環孔材樹種であるケヤキ(Zelkova serrata)と散孔材樹種であるシラカンバ(Betula platyphylla)の苗木について、位相シフト法を用いて1時間に1回の頻度で流速画像の作成を3日間ずつ行い、同時に光合成蒸散測定装置(Li-6400,LiCor)を用いて蒸散速度を測定した。


顕微赤外分光法によるスギ高木の針葉における水分保持メカニズムの解明 東若菜(京大・農)
樹木は高木になるほど光合成に有利な光環境を獲得できる一方で、そのような梢端の水分環境は根からの水分供給が物理的に困難となることから(水ストレス)、成長の制限要因と考えられてきた。近年、樹高50mのスギ(Cryptomeria japonica)や樹高100mのセコイアメスギ(Sequoia sempervirens)やセコイアオスギ(Sequoiadendron giganteum) といった高木種において、梢端の葉の貯水能が高くなることが明らかとなり、高さにともなう水ストレスが補償されることが示唆されている。しかし、葉内の水分がどのようなメカニズムで保持されているかについての理解は、未だ不十分である。これには葉内の水分状態を把握することが技術的に難しいことが要因の一つであると考えられる。
本発表では、これまで主に無機物を対象に用いられてきた顕微赤外分光法をスギの葉横断切片に適用することで、葉横断面上の水や糖類などの分布と定量情報を可視化した研究について紹介する。顕微赤外分光法により得られたスペクトル情報をもとに、高さにともなう組織ごとの葉の水分・化学成分の変化を抽出することで、維管束周辺に水分や糖類が多く保持されていることや、高所ほど葉肉組織へと分布が拡大していることが確認された。また、これらのスペクトル情報は生理学的測定値とも相関していた。さらに、赤外スペクトルは水素結合間距離の異なる水クラスターや多糖類に結合する水の成分へと分解することができ、新しい側面から葉の水分保持機構について考察することが可能である。梢端の葉では多糖類が水分保持に寄与しているとの作業仮説が考えられたが、今後の研究によってさらに発展していくことが期待される。


植物の蛍光イメージング:タイムゲート法で葉緑体自家蛍光を消す 児玉豊(宇都宮大・バイオセンター)蛍光タンパク質などを使ったイメージング技術は、分子細胞生物学における必須の実験ツールである。植物科学分野でも、新規タンパク質の細胞内局在性などを知るため、多くの研究で利用されている。しかし、植物細胞内には、高輝度な自家蛍光を発する葉緑体があるため、これが明瞭な蛍光イメージングの妨げとなり、これまで自由な解析が難しかった。これを解決する方法として、最近、私の研究室では、時間分解法(タイムゲート法)を用いて、蛍光イメージング像から、葉緑体の自家蛍光を完全に除去することに成功した(Kodama 2016 PLoS ONE, e0152484)。これまでに、タイムゲート法を用いることで、葉緑体内部や周辺に局在するタンパク質と融合した蛍光タンパク質(ストロマ局在タンパク質、葉緑体外包膜局在タンパク質、細胞骨格局在タンパク質など)を明瞭に可視化することに成功している(Kodama 2016 PLoS ONE, e0152484; Kimura & Kodama 2016 PeerJ,e2413; Tanaka et al. 2017 J Plant Res 130:1061-1070; Osaki & Kodama 2017 PeerJ,e3779)。また、ゼニゴケ、シロイヌナズナ、タバコ、イネなどの陸上植物だけでなく、微細藻類などにおいても自家蛍光の除去に成功しているため、タイムゲート法は、多くの光合成生物の蛍光イメージング解析に利用できると思われる。
 本発表では、ライカ社のWLL (White Light Laser) とHyD (Hybrid Detector) を用いたタイムゲート法で行った幾つかの実験結果について紹介する。タイムゲート法は、今後の植物蛍光イメージング研究を発展させる基盤技術になると思われる。