Paul McCartney/Memory Almost Full
★★★★★
音楽とは「アーティスティックな(お高くとまった)表現」ではなく、あくまでも「生活に密着したもの(生活の一部)」であるべき。ポール・マッカートニーという人は一貫してそこに拘り続けている。たとえば『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』が当時としては異例だった歌詞カード付きで発売されたのは、「レコードを買ってから家に帰るまでの電車やバスの中でも楽しめるように」という彼の配慮からだった。元祖宅録アルバムである『McCartney』は、そんな彼の姿勢が端的に表れた作品といえるだろう。だから、今作を出すにあたって、EMIからの「アルバム4枚で57億円」というオファーを蹴って(人々の生活に密着している)スターバックスのレーベルと契約したのは当然の成り行きであるとおいらは考える。
また、ビートルズ時代の『Beatles For Sale』→『Help!』、『Rubber Soul』→『Revolver』という流れや、ウイングス時代の『London Town』→『Back To The Egg』といいう流れの例を挙げるまでもなく、ポール・マッカートニーは内省的な作品の次には決まってエッジの効いた作品を出す傾向がある。前作『Chaos And Creation In The Backyard』の感想の中で、おいらは同作を「『London Town』と同様の英国回帰」と位置付けていたのだが、今作はまさに『Back To The Egg』を彷彿とさせるロック・アルバムに仕上がっているのであった。先行シングル「Dance Tonight」のアコースティックな味わいは「We're Open Tonight」を、「Only Mama Knows」のロッキンなサウンドは「Getting Closer」を、アルバム後半のメドレーは「After The Ball〜Million Miles」「Winter Rose〜Love Awake」のメドレーを彷彿させるではないか(で、さらにアンコール・ナンバーで締め括られるところまで同じという)。
もちろん、ただ過去を模倣しているだけではない。サンプリングを駆使して作り上げた「Vintage Clothes」のような新機軸のナンバーもある。今作のプロデューサーであるデヴィッド・カーンは『Driving Rain』を手掛けたせいで大味なアメリカン・ロック寄りの人だとポール・ファンからは思われているようだが、レジーナ・スペクターの『Begin To Hope』(傑作!)を聴けば明らかなように、実はビートルズ的な緻密なサウンドもお手の物なのだよ。この作品が人々の耳に届くことによってそんな誤解も解けていくはず。それにしても、昔からのファンに対しての仁義をきちんと守りながら新しいことにも果敢に挑戦していくポールはマジでミュージシャンの鏡であると改めて思ったことだった。こんなベテラン・ロックンローラーはそれこそポール・マッカートニーか矢沢永吉ぐらいなものだ。大好き! 全13曲41分。
Paul McCartney - Dance Tonight