俳句 西川 徹郎

不眠症に落葉が魚になっている
海女が沖より引きずり上げる無灯艦隊
精神科よりさめざめと首泳ぎゆけり
さくら散って火夫らは耳を剃り落とす
いっしんに産婆とのぼる鬼神峠

耳裏の枯田にぐんぐん縮む馬
炎昼の船倉しんしん針が降る
冬の街どこかで鈴が鳴りて消ゆ
死んではならず金星耳の裏に生え
ひそやかに皿は配られてゆく月の館

階段で四、五日迷う春の寺
月夜の寺が谷間の寺のなかに在る
蕎麦の花マネキンはいま死にかかる
ゆうぐれは銀河も馬も溶けている
抽斗を出て来た父と月見している

まひるの岸を走れはしれと死者がいう
全植物の戦慄が見え寺が見え
ねむれぬから隣家の馬をなぐりに行く
食器持って集まれ脳髄の白い木
祭あと毛がわあわあと山に

少しずつピアノが腐爛春の家
尖塔のなかの死螢を掃いて下さい
抽斗の中の月山山系へ行きて帰らず
「絞メテクダサイ」桔梗ガ瓶カラ首ヲ出シ
地下癌院のエレベーターののっぺらぼうの他人

キャアキャアト図書館ヲ運ブ秋ノ蟻
バトミントンニ夜叉モ混ジッテ秋ノクレ
舌の国では舌が靴屋で靴探す
「私ハダレ、私ハダレナノ」ト叫ブ白菊


ウィキペディア 西川 徹郎
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