Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

乙一『天帝妖狐』

天帝妖狐 (集英社文庫)

天帝妖狐 (集英社文庫)

自分にとって、乙一は、決して期待を裏切らない、という意味で「鉄板」の作家だ。(単勝倍率1.0倍)
しかも、文章にくどさがなくスルッと読めるので、「読書に疲れた、でも、面白いものを読みたい」という矛盾した気分になったときにピッタリの作家だ。したがって、絶好調のときには敢えて読まずに買い置いておく。今回、久々に読書疲れに陥り、「ついに読むときが来た」と積んであった一冊を読んでみたが、やはり満足できる読書ができ、リフレッシュできた。
〜〜〜
本書は、「A MASKED BALL」「天帝妖狐」の二編からなり、どちらも乙一らしい味がある。
「A MASKED BALL」は、高校のトイレの落書きのやりとりを題材にした作品。
インターネット掲示板を敢えてリアルな落書きのやり取りに置き換えることで、匿名でのやり取りの怖い部分が映し出される。解説で、我孫子武丸も絶賛している通り、確かに上手い小説であるが、その分、オチも常識的で、まとまりすぎの感がある。しかし、「犯人」以外に、最後まで正体が明かされることの無い人物がおり、これには解説で指摘されるまで気づかずにいた。しっかり読み通せばわかるのだが、こちらの仕掛けにはさすがに参った。
「天帝妖狐」は、異形のものである「夜木」と、普通の高校生「杏子」の、哀しい物語。二人の視点からの描写が交互に登場しながら話が展開する構成は、さすが乙一、と手に汗握る。「A MASKED BALL」とは異なり、こちらは、オチというよりは、夜木の苦しみと、杏子の優しさに触れてホロリとするのが中心の話。
もう一つのポイントは、人間ではない夜木の描写であり、これも巧みに表現されている。しかし、その書き方は、上のエントリでも挙げた夢枕獏の名作「キマイラ・吼 」シリーズのキマイラの描写に直接的に影響されていると言われても仕方のないものだったのが残念だった。しかも、キマイラは異形なだけでなく、美しい声で啼く。似ているのはいいのだが、キマイラに似ているのに、キマイラよりもインパクトが少ない、と言う意味では、もう一ひねりほしかった。