吾妻ひでお『失踪日記2 アル中病棟』

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

もう40年も前に死んだ祖父はそれこそアル中で、銭湯で倒れて入院、退院したら今度は自宅で倒れて本格的に精神病院に入院し、ほどなく帰らぬ人となった。入院していた期間はたぶん合わせて2年くらいだったと思う。
そのときはオレもまだ子供で事情がよくわからなかったけれども、「中毒」なのになぜ内科じゃなくて精神病院なのだろうと不思議に思ったものだが、この漫画にあるようにアルコール依存症という精神の病の治療が目的ではなく、すでに身体も脳もボロボロで譫妄状態だったからじゃないかと思う。寝たきりで言葉も明瞭ではなく記憶も曖昧だったようだし、糖尿病も患っていて、断酒してももうとっくに手遅れだったはず。たぶんあのとき周囲の大人たちは、正直なところ「早く逝ってくれ」と思ってたんじゃないかな。葬式の後は、祖母も含めて皆肩の荷が降りたような表情だった。
見舞いには何度か行ったが、院内には患者たち(当時の言葉でいう「精神分裂病」などの精神疾患の患者も大勢いた)が描いた絵が展示されていて、なかなかインパクトのある作品が多く、衝撃を受けたというよりはむしろ感動した。学校の図工の時間で教わるような絵の技法とはかけ離れていて、大胆な構図や色使いにそれこそ精神の自由を感じたから。具象的なものよりも抽象芸術を好むという傾向はそのときの経験が多少影響しているのかもしれない。
などということを思い出しながらこの漫画を読んだ。まあこの「アル中病棟」は上述のような精神疾患の治療ではなく、アルコール依存症からの回復、は不可能だそうなので、断酒とこれ以上悪化させないことを目的としているので事情はかなり異なるが。
この半ば閉鎖された状況というのは花輪和一の『刑務所の中』を思わせるが、群像劇としてみると山本直樹の『レッド』に近いような気がする。依存の対象は大きく異なるものの、集団内に序列があるところとか(「アル中病棟」は組織化されたそれではないけれども)、後半になるにつれ患者たちが感情をモロにぶつけ合うようになるところとか。
オレ自身酒は全く飲まないが、一度だけ学生のころに吐くまで無理矢理飲まされたことがある(飲酒者に告ぐ。もういい加減このような愚かなことは止めよ。同級生は急性アルコール中毒で死んだが、それほど仲がよかったわけではないものの、葬儀のときの打ちひしがれた彼の両親の顔が今でも忘れられない)。そのときでも、気持ちが悪いだけで全く酔わなかった。なので、未だに酩酊感というものがわからない。ましてや幻覚や幻聴など想像もできないのだが、イントロダクションにおける幻覚の描写よりも、鬱状態の描写や「タバコおばけ」など吾妻ひでお作品によく出てくるマジックリアリズム的な表現のほうがよほど「幻覚」的で面白い。アルコールや薬物によって酩酊した状態で経験するものよりも、真の芸術家ならば素面で知性と想像力を駆使して描いたもののほうが勝っているのではないか。まあその結果、アルコールや薬物に走ってしまうのかもしれないけれども。