山猫梁山泊−大航海時代オンラインの章− このページをアンテナに追加 RSSフィード

★ただいま、地中海近辺にて…

2006-06-06

『冒険を終えたので』

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商人さんと出会ってからは(この事をご存じなかったかもしれません。

どなたと何を話して何を話さなかったのかよく覚えていないのです)、

早く回復量の大きな料理の作れるR10にしたくて、

ほぼ誰とも交流せず、調理材料の買出し以外では

殆ど海に出なくなっていった私をEXILLIONさんは

心配してくださったのでしょう

(彼は毎日のように、私が延々と繰り出す質問への返答や

他愛のない呑気な会話をご自分が落ちるまでして下さっていました)、


「ちょっと外行くぞ、をら、元気出せ! 前向け!」と

(決してこんな言い方や誘い方ではありませんが、このような雰囲気で)

背中をぱん、と叩いて一歩を踏み出させて、

海へ連れ出してくださっていました。


そのうちの一つがアクセルさんと滝さんとの新港巡りです。

「いいのかな、何も分からないのにご一緒していいのかな」

見知らぬ方にまた迷惑をかけてしまう。

そんな不安はお二人のおっとりした雰囲気の中ですぐに消えました。

アフリカ方面はあの日以降、一切近寄っていませんでしたが、

和気藹々とした穏やかな空気の中で本当に楽しい航海が出来ました。


お2人が今回の経緯をご存知かどうかも知らなかったのですが、

アクセルさんが「普通の口調なんですね」と言われたので

あ、ご存知の方なんだと分かりました。

私も最初は魯智深口調でやろうとしていたんです。

が、操作にあっぷあっぷすぎて無理でした(苦笑)

操作に相当の余裕がないとロールプレイングはできませんね。


MANZANAミ☆さんやジュリア=ルーナさん、リーファさんとも

幾度か冒険に行きました。

大勢の女性に囲まれることは少なかったので、

非常に華やかで勢いのあるプレイに目を白黒させたのもいい思い出です。

シェリーの支援を頂いたおかげで、交易ランクが一気に上がり、

遠すぎて目標にすらしていなかったL20になれ、副官を雇えました。


フライデー


お分かりだと思いますが、ロビンソンクルーソーの冒険に出てくる彼です。

夫はこの話の

「今日は金曜日だな。…よし、今日からお前の名前はフライデーだ!」

このクルーソーの台詞に子供心にとても驚いたのでしょう。

実生活で何かに命名するときには、しょっちゅうこの台詞を呟いていました。

なので、ホルフィーナにはフライデーになってもらいました。


ここで思い出話も終了することにします。


名前のあがっていない沢山の方にも

「頑張れ」「なにかあれば言って」と声を掛けていただきました。

そういう皆様の暖かい心遣いで、一日一日を乗り越えてこられました。

皆様と、痛みを乗り越えるための道筋を私に残してくれた夫に感謝します。


昨日で夫が亡くなって丁度半年になりました。

まだきちんと向き合えていませんが、

少しずつ前に進んで行こうと思っています。


本当にありがとうございました。

2006-06-05

『冒険を終えたので』

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長いこと間を空けてしまいました。

思い出す作業が辛くてしかたありません。


現実での法事や事務処理をするために、

フレの方たちの「追悼でケープまで行くけれど一緒に行かない?」という

お誘いを断らざるを得ず(本当にすみませんでした)、

リアル友達のtakamackyさんとうちゅーさんが宅に来てくださった時に

ケープを目指すことにしました。


対人戦闘をしたことは勿論なく、バーバリアンガレーに乗って

アフリカ沿岸沿いを背後を気にせず進みました。


後になって思えば、なんて無茶な事をしてるんだという話です。

あっさりとPKさんにやられました。

撤収の鐘なんて思いつきもしませんでした。


今ではそれもいい思い出ですが、

「船の耐久が半分以下になることはない」という事を知らず

彼が造った船でケープに行きたかったので、

「船が壊れてしまったんじゃ」と眩暈がしました。

あの時、家に1人じゃなくて良かったです。


その時のtakamackyさんの他のプレイヤーさんとの交渉を見て、

こういう風にお願いすればいいのかと分かり、

後日、通りすがりのPさんにお願いしてケープへ連れて行っていただきました。


南に進むにつれ動揺が激しくなったので、

フレの方と行かなくて良かったと思いました。

偶々、初めてご一緒したPさんだったから緊張していて

自制できたのだと思います。

欧州へ戻ってからは二度と喜望峰へ行きたいと思いませんでした。


彼と一緒に遊んだ北海で、入院後には何も口に出来なかった彼に

美味しいものを食べさせられるような気がして、

この世界で一つの区切りである、殆どの調理が可能になる

R10を目指して黙々と調理をはじめました。

リアルでもゲームでも彼も調理が好きでしたし。


彼が発病し亡くなるまでの1ヶ月は看病等で1日1時間未満の睡眠時間。

それに体が慣れてしまったからなのか、その後は不眠症に掛かり

眠くても、薬を飲んでも2時間と眠れない夜が何ヶ月か続いている私には、

インすれば起きている人が誰かしらいるという

この世界がとても助けになりました。


疲れていても朦朧としても離席の状態でバザで座って

じっとしている分には誰の迷惑にもなりません。

なので、ゲーム内では日課のようにヘルデルで羊と鶏を、

ベルゲンで塩を買い込んで、

人の沢山いるロンドンの広場出向所が見える場所に

陣取って料理をしたりバザをしたり、

リアルでは本を読んだり家事をしながら朝が来るのを待っていました。


ある深夜、1人の高レベル商人のVさんが目の前に立ちました。

調理7か8レベルだったので内心

『お客様のお口にあうもの(高回復料理)はないがのう』と

呟いていましたが、その人はいきなり売っている料理の

2種類を買い占めました。びっくりしました。


その日以降、ヘルデルやアムスで調理して満タンにして持っていっても、

座ると直ぐにVさんがやってきて2種類を買占めます。

どこまで買い続けるのか、なぜこんなに料理が必要なのか。

高レベルだと沢山料理が必要なのかな?


疑問がわくとちょっと面白くなりました。

深夜に銀行の貸金庫とヘルデルとベルゲンを往復です。

各400皿作って一瞬で売ったところで好奇心に負けて話しかけ、

ごくごく浅い内容ですがお話をしました。

「料理人に会えなかった時のために大量に溜めている」

という内容の返事を頂いて思わず笑ってしまいました。

大量すぎます。その日一晩で私は600近くずつ売っていました。


その日以降、挨拶とモーション、時々のTELL程度ですが、

その方とのささやかな交流は続きました。

調理レベルが10に上がった時に気づいて褒めてくださったり、

最後の日に「引退します」とご挨拶をしたら

「お疲れさん。その気になったら戻っておいで」と言われました。


経緯を何もご存じなく大変お世話になったのはこの商人の方です。

誰かに必要とされていて、自分の力でそれに応えていける状態は

R10に向かう間のとても大きな励みになりました。ありがとうございました。

2006-04-23

『冒険を終えたので』

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まだ好きなSSは残っていますが、

それをアップしながら最後の心の整理をして、

そろそろ魯智深という彼の作ったキャラクターと、

交代した中の人の私との旅を終了しようと思います。


以降は現実の話になります。

そういう話題は勘弁という方もいらっしゃると思いますので、

ご注意下さいませ。


フレの方や、一部のお話した方には説明しましたが

私は魯智深の中の人の妻です。


いつも陽気で元気だった彼が原因不明の病気で入院。

二週間後、ようやく病名が特定できた、治療が開始された

その日に彼は逝ってしまいました。


こんな事になるなんて二人とも思わず、

入院したその日に個室のベッドの上から親友のtakamackyさんに

ブログを更新しておいて』と微笑みながら

携帯からメールを送っていた事を覚えています。

そんな時にもこのブログの事を考えるくらい

大航海時代オンラインというゲームが好きな人でした。


二人並んで大航海時代をやっているとき、彼は時々ふっと

「僕は本当はこの辺(欧州)よりも喜望峰から東が好きなんだ。

早く海事が強くなってたどり着けるといいなぁ」と呟いていました。


なので、せめて魯智深には喜望峰を見せてやりたい。

そんな事を思って、人がプレイするゲームを見るのは大好きだけれど

自分では殆ど、オンラインはおろかオフラインゲームすら

まともに最後までやったのは一本きりという

おぼつかない腕前の私が中の人を引き継ぐことにしました。


そう決めたものの、彼はPCに大変明るく、私は大変疎く、

自宅のPC絡みの事は全部彼に任せていたので、

彼のPCのログインパスワードも、大航海時代のIDもパスも不明。

大航海時代オフラインゲームのようにソフトが存在するのか否かも、

数ヶ月の放置で利用料がどうなっているかも(どういう支払い方法かも)、

私がキャラクターを引き継いでプレイしていいのかも分からず

検索しまくるも頭が働いていないのか中々見つからず、

見つかっても文章の意味が飲み込めず(苦笑)。


そんなこんなで各種IDとパスを探ること数週間、

ノートンの強固な回線切断を乗り越えて接続でき、

ようやく魯智深の姿を見た時には力が抜けました。


その後の様子が、1/15のブログ内容です。


ブログを書いたのは操作になれて来た頃なので、

とぼけた書き方をしていますが、

実際はヘルデル〜アムステルダムを彼は0日航海をしていたのに、

私はガイドを片手にしていても、マウスの使い方がよく分からない、

分からないから視点の切り替えも街の歩き方も船の進め方も怪しい。

5日経って、何をどう操作したか分からない状態で

半泣きボロボロでアムスにたどり着いています。


いつまで大航海時代に繋いでいられるか分からないのに

アカウントの支払い切り替えの方法がこの時点で

分かっていなかったので、

彼のクレジットカードの失効=終了かもしれないと思っていました)

こんな調子で喜望峰へたどり着けるのか。

なんとか到着したアムステルダムで茫然としていると

TELLが届きました。のちのちさんでした。


事情はよく分からないが魯智深がインしている。


インに気づいた彼女はTELLの後、

即座にアムスへ駆けつけてくださったのです。

私は慌ててガイドブックをひっくり返してTELLの返し方を調べ、

延々と長文で事情を捲し立てました。今思うと動揺しすぎです。

のちのちさんは冷静にあちこちのフレへ連絡してくださっていました。

後から後から多くのフレの方からTELLが届き、

セルゲイ・ヤナポンスキーさんと

EXILLIONさんもアムスまで来てくださいました。


そして皆様からの本当に親切で丁寧なレクチャーが始まりました。

夫はSSを撮る時に色んな機械とソフトを立ち上げていたので、

それを起動しないとSSは撮れないと思っていた誤解がとかれ、

今後の指針やチャットの方法、視点の動かし方、街の歩き方、

モーションのやりかたなどなどを教えていただきました。


その日、最後に皆で乾杯して、落ち込んでいた私は

再び「頑張ろう」と思えるところまで引っ張りあげていただいたのでした。


(続く)

2006-04-11

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『そんなこんなでの巻〜3』


最後の冒険はあれじゃな、MANZANAミ☆さんにお目にかかって、

サリオンさん、ジュリア・ルーナさんと合流して、

そのまま連れて行っていただいた三角山ことピラミッド


翌日に東の国へむけて出発することになっとったので、

猛スピードで観光地めぐりと洒落こんだんじゃ。


その前に、小奇麗な副官のお陰か、ちょっとお洒落に目覚め、

バザールで服だの装備品だのを買い漁り、

わしセンス全開、渾身のトータルコーディネイトじゃ!


「何人か分からない☆」

「張子の貯金箱牛(角帽子を被っておった)」

イスラム圏の交易所に立ってそう♪」と会う人会う人に賞賛の嵐。


毎度のように、軽やかに走るお嬢さんとお坊ちゃんに先導して頂いたんじゃな。

若いサリオン殿が容赦なく女王さま方に犠牲の供物として捧げらr…、

おっと違うた。

お嬢様方のナイトとして前面にでて謎男と戦うてくれている間に

お嬢さんとわしはピラミッド発見!

…いつか、頂上まで登ってみたいもんじゃの…。


わし、交易修業と超調理特化のために、

不要と思われる全ての陸戦・陸地旅行道具を

通りすがりの陸戦修業へ向かうお客さんに押し付けておったのを

忘れておったので、赤いリボンをそこらに巻くことも忘れ、

危うくピラミッド付近で迷ったしもうたが、

両手に花状態で手を引っ張っていただいて砂漠地帯を走った走った。

採集ダイエットもかくやと思うようなダイエットじゃった……。


最後の最後で大きな冒険に連れて行ってくださってありがとうですじゃ!

2006-04-03

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『酒場のお嬢さん方とわしの巻』


フライデー君も随分わしの船に慣れたようで

子分を振り回しつつ、時に奇声を発して頑張っとるわい。


それを横目で眺めつつ、酒を飲み飲み……、

正確に言うと、むさい子分を片目で監視しつつ

酒を飲み飲み飲み飲みしていると、

思い出すのは酒場の妖艶なお嬢さん方じゃな。


基本的にわしは欧州での修行中、お嬢さん方に目もくれず

料理修業をしとったわけじゃが、

たまのお使いへ出かけ、請け負った国に引き返さずに

任務官僚の報告をして他の依頼を受けるためには、

酒場のお嬢さん方と仲良くならねばならんでの。

なぜならこの世界は『酒場のお姉ちゃん情報網』という光よりも速く

正確無比かつ縦横無尽なネットワークが発達しておっての。


お嬢さんに付け届けをして依頼の報告をすると、

どこからともなく報酬の金だの発注書だのが現れて話が早いんじゃ。

じゃが、請け負った依頼が込入ったものであるほど

付け届けもそれなりの物でなくてはならんのじゃ。

まっこと、シラクサの役人といい、議長といい、お嬢さん方といい、

浮世の渡り方をしっかり教えてくれるもんじゃな。


わし、なーんも考えず、お嬢さん方へのプレゼントは

素敵なブツでなければいかんと、ハンカチだのブローチだの

宝石細工だの銀細工だの手鏡だの置時計だのをバザールで見かけては

とり置いて、いざというときに渡しておったのじゃが、

ある日、あれはMANZANAミ☆さんか、ジュリア・ルーナさんに

「ペチコートでいいんですよ☆」と。


ペチコート……婦女子の下着じゃしのう……。

わしが買うのはさすがに抵抗あるわい。


というわけで、相変わらずバザールで適当なものを見繕っとったら、

SSのようなことを各地の酒場のお嬢さん方に言われるようになったんじゃな。


ちょっともてもてじゃな。