さいだねブログ

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闇サイト犯罪

先日のNHKクローズアップ現代では、闇サイトの犯罪が続発している現状と背景について
取り上げられていました。


インターネットの掲示板に、怪しげな求人情報や仲間募集を呼びかける闇サイトが氾濫しているそうです。
闇サイトでつながった見知らぬ人たちが、詐欺や誘拐、殺人までも犯します。


見ていて気分が悪くなるほど、悲しさと怒りを感じました。



同時に、鶴見和子の『南方熊楠―地球志向の比較学』の中で紹介されていた
南方熊楠のある文章を思い出しました。以下、一部抜粋です。


もし道徳についていうならば、善も進化し、悪も進化する。
もし生計についていうならば、楽も進化し、苦も進化する。
影が形にしたがい、もう両(影の影)が影のあとを追うように、双方が並進するのであり、
それ以外にはない。


智識が高くなればなるほど、一方(善・楽)を取り、一方(悪・苦)を棄てようと思っても、
それは不可能だ。
昔の善・悪は小さかったが、今の善・悪は大きい。
昔の苦・楽は小さかったが、今の苦・楽は大きい。


そうだとすると、善・楽を求めることを目的とする者は、はたして進化を最も幸いだとするのか。
それとも最も不幸だとするのか。
進化が実際にあることは、否定できないが、進化の作用には採るべきものはない。
私の論に、自ら「倶分進化論」と標題をつける。


『民報』七号 1906年9月5日 より

100年前に書かれた南方熊楠の思想です。

現代にも当てはまります。
その象徴が、今氾濫している闇サイト犯罪と言えるでしょう。

100年前より、善と悪、苦と楽のあいだがはっきりしているのが現代ではないでしょうか。
溝がより深くなったとも言えますし、光と影の陰影がより濃くなったとも言えます。



人は誰しもその内面に、善と悪の両方を持ち合わせています。
私もそうです。
認めたくなくても、見たくない部分であっても、それが人間です。


悪が判るから善が判ります。
苦が判るから楽が判ります。


どんなにあがいても切り離せるものではないのです。


楽をしてお金儲けをしたい。
そんな気持ちが、怪しげな情報を引き寄せます。
私たちが持っている弱い気持ちに、巧妙に近寄ってくる悪がある。
そのことだけは肝に銘じて生きていきたいものです。


興味本位で、闇サイトを覗く。
ちょっと見るだけ・・・自分だけは絶対大丈夫と思っても、意識できない部分の潜在意識は
反応するかもしれません。
知らず知らずのうちに、何食わぬ顔をして、入り込んでいるかもしれないのです。


よりよく生きるために、自分の人生を生ききるために、私たちの中にあるさいだねを発揮したいものです。



鶴見和子は、こう言っています。
南方熊楠の思想を、今、日本に起こっている、そして地球に起こっている
人間の問題を解き放つ水路を開くために、尽きせぬ泉がそこ(南方の原典)にある”


人間の問題を解き放つ水路を開くのは、南方の思想はもちろん、
私たち一人ひとりが持っている多種多様なさいだねを開花させることです。


それが、私たち一人ひとりが担っている使命でもあります。