Hatena::ブログ(Diary)

it’s a small market このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-04-28

ダイエー碑文谷店、閉店!


ダイエーの碑文谷店がこどもの日に閉店すると聞いて、びっくりとショックで声を上げてしまいました。


「ダイエー碑文谷店」営業終了へ 旗艦店41年の歴史に幕 | 自由が丘経済新聞

http://jiyugaoka.keizai.biz/phone/headline.php?id=1414


ダイエー碑文谷店がオープンした時、近くに住んでいた小学生のぼくは、まーこりゃすんごいスーパー?デパート?ができたもんだなあ、と心踊ったことを覚えています。外の景色を見ながらト上り下りできるガラス張りのエレベーター、ハンバーガーという名のハイカラな食べ物を出してくれるドムドムバーガー、とてつもなく広く感じたフロア面積、どれもが未体験ゾーンのモダンな建物で、週末ともなると意味もなく通っていた気がします。ぼくにとってはちょっとした遊園地みたいなものだったんですね、きっと。たった40年とちょっと前のお話です。


小学校6年の時に引っ越してからは足を運ぶことはありませんでしたが、時折使う東横線の車窓から見えるそのお姿をいつも懐かしい心持ちで眺めておりました。


41年間、お疲れ様でした。

2016-04-15

あらためて、とんかつ丸五について語ろう

f:id:saitokoichi:20160414195923j:image


ぼくが最も愛する秋葉原の『とんかつ丸五』が今年の食べログアワード(JAPAN RESTAURANT AWARD)のとんかつ部門で見事第3位を受賞していました。栄光の記念盾(上の写真)は、食べログから頼まれたので仕方なく…とでも言わんばかりの扱いでレジ横にワインやビールの瓶の後ろにひっそり立てかけられていたものだから、今年に入って4度目の訪店でしたが今まで気づきませんでした。(上の写真は、それらの瓶をわざわざどかしていただいて撮影したものです)


第1位が高田馬場の『とん太』、第2位が同じく高田馬場の『成蔵』、に続く第3位ってことで、個人的には丸五が最高位ではありますが、とん太も成蔵もすばらしいとんかつを出すお店だと思います。奇しくもこの3店は衣が金色で味わい優しいロースが特長の「じんわりまろやか系」のとんかつ屋さんです。

過去の関連エントリー:

高田馬場にはとんかつの名店が多い! 〜 『とん太』(高田馬場)

極上とは何かを問うとんかつ、『成蔵』(高田馬場)


さて、ぼくの中での第1位、丸五についてあらためて書いておくことにします。


もうこの店に何十回通ったか覚えていませんが、ここのとんかつの最もすばらしいところは、「見事なまでに軽く儚げな黄金(こがね)色の衣」と「芸術的にみずみずしく麗しいロース」です。

f:id:saitokoichi:20160415200114j:image


おいしい肉というと「ジューシー」な「肉汁」を思い浮かべる方も多いと思いますが、ぼくの感覚では、ジューシーな肉というものは脂(あるいはジューシーさを演出する何か別なもの)が過剰で、自身の味を強く主張する肉、なのであります。良し悪しではなくて、個人の好みとして、ぼくはジューシーな肉にあまり魅力を感じません。ときに丸五のロースかつは、肉繊維の隅々にほんのりとした甘みが絶妙な分量でしみわたっていて、包丁を入れてもそれが漏れることがありません。口の中に運んで噛み続けることによって徐々に、控えめに、その味わいが広がり、舌の上で甘みを保ちながらゆっくりと肉が溶けていくのです。決して急がず、主張もせず、かといってあっさりしているわけでもなく、じんわりと、ひたすら丁寧に、まろやかさが伝わってくる、そんな仕上がりです。


がっつりとした「トンカツ」を好む方は満足感を得ることは難しいと思いますが、やさしい「とんかつ」を楽しみたい方には至高のロースと断言できます。丸五には上位メニューの『特ロース』がありますが、ぼくはいつも標準の『ロース』です。一度食べただけだとちょっと物足りないと感じるかもしれませんが、何度も足を運ぶとその味わいの奥ゆかしさがだんだんと見えてきます。本物です。


そしてそんな神業的なバランスを持ったロースをやさしく包むのが、ひたすら存在感を消して脇役に徹する衣。丸五のロースをいただいていると衣のことをすっかり忘れてしまうのですが、この衣に包まれて揚げられることによってあのロースが完成するのだろうな、と後からじわじわ感じ入る、ふかふかでさらさらでフェザータッチな衣です。


和食のすばらしさ、奥ゆかしさは、素材のおいしさを究極的に引き出す極意にある、だと思っています。素材が本来持っているおいしさに到達するために、余分なものを取り除いたり、磨きをかけたり、温めたり、冷やしたり、他の食材と会話させたり、、、。そんな過程を通じて浮かび上がってくる和食の神秘をとんかつという料理を通じて楽しませてくださるのが丸五さんです。

2016-03-20

クルマとデジタルの相性

f:id:saitokoichi:20160316185027j:image

自律走行車が街をうろつく時代となり、自動車はもはや(人間が)ソフトで制御するメカですらなく、ソフトがタイヤ履いて走ってるようなものだな、とは13年ぶりに車を買い換えた自分の率直な感想です。


運転している最中も、自分がクルマを操っているというよりはこちらが出した指示通りにクルマが勝手に走っている感覚に近いです。手足がステアリングやブレーキを通じて地面とつながっていると感じていた以前のクルマと違い、自分と外界とがその間にある「何か」を通じてコンタクトしているかのようです。その「何か」はコンピュータとその上で走るソフトウエア、てなことになるのでしょうが、世界は変化し続けていますねえ、なんて実感。

f:id:saitokoichi:20160319095602j:image


センサーとソフトが主役の安全装備系は新しい技術が次々と登場してはオプションではなく標準装備化(衝突回避システムなどが良い例)されるスピードが早く、スマホと走行データを同期したり検索結果を転送したりリモートからいろいろ操作できたりと、デジタル化待ったなしの様相。

f:id:saitokoichi:20160319142710j:image

f:id:saitokoichi:20160319123650j:image


いうまでもなくクルマには「運転するもの」と「乗って移動するもの」という両側面があるわけですが、世界はゆっくりと、いやここに来て急激に、これらの要素をはっきりと分離する方向へ動いているように思います。前者は徐々に肩身の狭い思いをしついにはサーキットのような専用スペースに追いやられてしまうのかもしれません。

f:id:saitokoichi:20160319154132j:image


コンピュータ仕掛けともうひとつ、新しいクルマに感じたことがあります。それは、LED。いまやクルマはコンピュータとLEDでできている、と言ってもいいかもしれません。とにかく、中も外もそこらじゅうがLED。LEDの光を「点の集合」として扱うか、はたまた線や面として変化を与えるかに、デザイナーのセンスや考え方の違いが表れます。

f:id:saitokoichi:20160319152934j:image


前のクルマを購入した2003年、ぼくはひそかに「これが自分が最後に買う純粋なガソリンエンジン車になるかな」と思っていたのですが、今回もガソリン車の購入となりました。ハイブリッドや電気自動車がどれほど売れても内燃機関はまだ健在のようですが、「乗って移動するもの」には表情豊かなエンジンよりも実直なモーターの方が似合います。ぼくはまだ「運転するもの」としてのクルマに愛着があるようです。