Hatena::ブログ(Diary)

it’s a small market このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2012-02-05

外国へ行くときはちゃんと事前に確認しましょうね(恥)


アメリカ合衆国に渡航するときは、緑色のI-94Wっていう緑色の縦長の用紙に機内でいろいろ記入して入国審査の時に渡すってのがぼくの記憶にある渡米時のプロセスだったんですけど、今は違うみたいですね。かれこれ4年以上渡米してなかったので、制度変更に気付いていませんでした(恥)


てことで、事前にESTAってやつを申請しなくちゃいけないということを知ったのは渡米当日(つまり今日)の朝。行き先の空港のこととか調べるためにウェブをプラプラしてるときにたまたま発見しました。「なんじゃこれ! "渡航の72時間前までに申請することを推奨" って、もう半日もないぞ!」 そりゃもう心臓が止まるくらいびっくりしました。


いろいろ見ていくと、どうやら直前の申請でも問題ないようで、空港のチェックイン時に指摘されてあわてて空港内のネットカフェで申請する方も多いとのことでひと安心。これって、アメリカ初体験の人ももちろんだけど、何度も渡米しているけどここ数年行ってない、って人は完全にひっかかり(笑)ますね。日本の旅行代理店を通して旅券買ってれば気をまわしてくれるのでこの「事故」は未然に防げたのかもしれませんが、今回は会社の米国本社による一括手配だったのでうっかりしてました。


でだ。直前申請でも大丈夫と知って安心しおもむろにESTAサイトへアクセスしたところ、なんとサイトがメンテナンス中ではないか!! どうして、よりによって今日なんだ!(以下がその時表示されたメッセージ。まさに日本時間の本日である)

Performing routine maintenance on Saturday, February 4th. ESTA may be unavailable between 6:00 PM and 8:00PM EDT. Please check back later.


ここから再度慌てふためくことになります。えーと、時差はどれくらいだったっけ、冬時間とかあったっけ…。しかもアメリカさんのやることだから、この時間に終わりますとか言いながら時間守ってくれるかわかんないし、むこうは土曜から日曜へ向かってるんだよな、大丈夫か?!などなど…。(こういうときは彼ら必ず "may" を使うんだよな、ずるいw)


とかなんとか、いろいろありましたが、最終的にさきほど無事アクセスができ申請も滞りなく完了いたしましたので、機内で酔って暴れたりしない限りはおそらくアメリカ合衆国さんは私を温かく迎えてくれることでしょう。


それではラスベガス行ってきます。

2012-02-04

サラダバーは進化する(さば味噌煮編)


今日、ランチを近所のファミレスでいただいたのですが、その店のサラダバーで驚きの体験をしました。


…なんと、サラダバーにさば味噌煮が!!

f:id:saitokoichi:20120204140828j:image


はじめは他のお客がいたずらで置いたのかと思ったのですが、お皿の設置方法などをよく観察すると、どう考えても最初からここに置かれていたようにしか見えません。サラダバーだけに "" ラダ "" ー、なんてダジャレを決めてるんじゃないかとも考えたのですが、やっぱり本気で置いてあります。


で、早速店員さんに理由などを確認しました。

  • 毎日というわけではないが、たしかにさば味噌煮は置いている。
  • 時々違うものを並べるときもある。
  • 他の店舗でも同様に置いている(ちなみにお店はしゃぶしゃぶファミレスの『どん亭』です)

ということでした。どん亭さんの通常メニューにはさば味噌煮なんてないのでそこを突っ込んだところ、関連店で惣菜を扱っているところがあってそのルートで手に入る、というようなことをおっしゃってました。


でもこれ、サラダバーにあるってことは取り放題なわけで、ご飯をつければさば味噌煮定食(さばお代わり自由)となるわけですね、すごいことです。


こんな感じでサラダバーがどんどん進化していくと、そのうち「ファミレス内オリジン弁当」状態になっていくのかな、などと思ったり。

2012-02-01

ソーシャルネットワークと沈黙


ローマ法王が「沈黙の大切さ」に言及したとか。検索エンジンソーシャルネットワークを多用する現代人に向けて "安易に答えを求める現代の風潮をいさめ、黙考の大切さを説いた" そうだ。


法王「沈黙を大切に」 検索サイトやSNS依存に警鐘朝日新聞デジタル

インターネットで答えを探したり、自ら発信したりするばかりでなく、より深く理解し合うために「沈黙」を大切にしよう――。ローマ法王ベネディクト16世が、安易に答えを求める現代の風潮をいさめ、黙考の大切さを説いた。――


記事によれば、ソーシャルネットワークなどの「うわべだけの意見交換」に人間同士のコミュニケーションが寄ってしまうことに警鐘を鳴らす法王の発言とのことですが、わかる気もするしわからん気もするし、という印象を持ちました。


たしかに、いつでもどこでも友人と気軽につながることができるソーシャルネットワークの存在によって日常的なコミュニケーションの質が薄まったという側面があることは事実です。ソーシャルネットワークで他者とつながることは、「実際に会って会話すること」や「(紙の)手紙を書くこと」などと比べて圧倒的に手軽ですから、"ソーシャルネット以前" のコミュニケーションのありようを大切に思う気持ちが日常会話の中では薄れていくことを否定はできません。(もちろん、こういった問題はソーシャルネットワークがはじめてもたらしたものではなく、ネットやメールの普及によって徐々に顕在化し、広がってきたものではありますが。)


でも、そういった「うわべだけの意見交換」が日常化すればするほど、逆に、言葉以外のコミュニケーションやそれこそ法王のおっしゃる「沈黙による意思伝達」の意味を再発見できるのが人間じゃないのかな、とぼくは勝手に思っています。軽いコミュニケーションと太いコミュニケーションがどちらも発達していくというか。


さしたる根拠もなく、ただ感覚的な意見を述べているにすぎませんが、決して悲観すべき時代じゃないとぼくは考えています。