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2016-09-24

やっぱいいわ、『インターステラー』

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大ヒット中のあの映画を劇場で見てからというもの、無性に2年前の『インターステラー』を見返したくなり、レンタルして3回も見てしまいました。いろんな意味で傑作ですねー。ノーラン監督天才。圧倒的な完成度。


SFものは筋書きや各シーンの作りに対して「科学的根拠の納得感」がどの程度かでその作品へのめりこめるか興ざめしちゃうかが分かれます。これ、あくまで「納得感」という感覚的なものなので、正確性・厳密性とか専門家が見てどう評価するかなんてことはさほど重要ではなくて、作品で描かれる「現実離れした描写」についてある程度「大衆離れしない説明」を試みてさえいればいいのです。肝心な点についてまともな説明がなかったために最後まであの作品にのめり込めなかった堅物のぼくから見ると、それなりにつじつまの合う説明があった『インターステラー』のSF的描写はただでさえ隙のない緻密で重厚なシナリオをまったくスポイルすることなく最大完成度のSF大作に仕上げていました。


<以下ネタバレ要素あり、です>


ハードなタッチで2時間以上も理系攻めを続けておきながら最後の最後で「でもやっぱ愛が最強だぜ!」と大声で叫んで終わるという科学もへったくれもないどんでん返しには、そう来るかー、主要登場人物がみな満ち足りて幕を閉じるなんてもしかしてハリウッドの大人の事情?などと一瞬唖然とするものの、そんな展開であるのに、それでもなお、「もしかしたら幽霊って本当にいるのかもなー」と思わせてしまうほど素晴らしい映画になっているのは、ノーラン監督しか成し得なかった偉業だからってことなんでしょうね。


2016-09-20

シェアする心と『治る前提でがんになった』(読後感)

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この本は、「がん」をめぐる闘病記(個人的な記録)であり患者学(がんに打ち勝つ術)であり、そして、著者・高山さんが悪性脳腫瘍、白血病・悪性リンパ腫というふたつのがんと向き合うことによって本当の意味で見えてきたことを「がんになることの意味」としてまとめた、生へのエネルギーに満ち溢れる貴重な書です。がんに関わりのない(なかった)方も、大病とは縁のない(なかった)方も、すべての人が読む価値のある、最低でも「家庭に一冊」置いておくべき本だと思います。


本書前半の「闘病記」と「患者学」は、がんという病に関する高山さんの経験をシェアするもので、いわば「情報の共有」です。ぼくは病前から高山さんとは面識があり彼が日々書き記しているブログの愛読者でもありましたので、経験した者でなければ発信できない情報の共有を書籍という形で実現したことは彼にとってごくごく自然な流れだな、と感じることができます。そこに書かれている情報は、ひとつひとつが明解で実用的である一方、リアルであるがために闘病の苦しさがじわじわと伝わってくるのですが、不思議と重苦しさはないんですよね。その理由はたぶん、ふたつのがんを克服した経験を振り返った高山さんに見えた「病気に勝った」という感覚とも違う「この病気になった意味」に根差した入魂の文章にあったのではないでしょうか。高山さんがこの本を通じて伝えたかったのは、「闘病記」「患者学」による情報の共有ももちろんなのですが、おそらく、それと同じかそれ以上に「感謝の共有」だったのではないかと思うのです。


高山さんが最初の入院をご自身のブログに書かれた時、驚いたぼくは励ましの声を届けるべく高山さんへFacebookでメッセージを送りました。この時はまだ病名は明かされていませんでしたが、長期の入院になりそうとのことで、ただならぬ空気を感じていました。


その後しばらく彼のブログは更新が途絶えることになりますが、入院宣言から2ヶ月少々経ったころ、同じブログを通じて今度は退院報告が発信されました。と同時に、彼が侵されていたのは脳腫瘍、つまりがんであるということも同じ投稿で明かされることになります。この時ぼくは、無事でよかった!という安堵とともに、幼い頃から親戚を何人もがんで亡くすという自分の経験などから何かが胸の中から噴き出して来て、Facebookで送るにはかなり長めのメッセージを彼へ送ってしまったことをよく覚えています。(この時のメッセージでぼくが書いたのは実は親戚のがんとは直接関係ない話だったのですが、プライベートなことなのでこの場では伏せさせていただきます)


そして翌々年、再び長期入院の知らせがやはりブログから発信され、またもやブログは休止…。


そんな二度にわたる闘病を経て、そして見事がんを克服され、高山さんは感謝の共有を記した『治るという前提でがんになった』をリリースされました。ここでいう感謝とは、特定の誰かに対するものだけでなく、あらゆる物事への感謝であると言えるのですが、そこはぜひ、この本を通じて読み手それぞれに感ずるところが生まれてくることを身勝手ながら期待したいのです。


2016-09-02

自分がデジタル世代と言えない理由

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お気に入りの『とんかつ丸五』へ向かう途中、昌平橋交差点で信号待ちをしていると、ご老人から道を尋ねられました。とても柔らかな物腰で「ショーヘードームカンがどこかご存知でしょうか」とおっしゃっていたと思います。そこでぼくは、その場所が頭にすぐ浮かばず、「あー、すみません、ちょっとわからないです。ごめんなさい」と答えてしまったのです。


丸五に着き、順番を待つ列の一番後ろに立った時、気付きました。そして大きく大きく落ち込みました。あの時どうしてスマホで探さなかったのか、と!


デジタル世代なら、そして彼・彼女がそのお年寄りを助けてあげたいという気持ちがあったなら、あの時反射的にスマホを取り出してググっていただろうに。頭ではデジタルにそれなりに順応していると思っていても、指先はまだ対応しきれていないのだな、と思い知らされました。


地図アプリで「ショーヘードームカン」を検索すると、老人の足でも2、3分もあればたどり着ける場所に「昌平童夢館」があっさりと見つかりました。