『火村英生に捧げる犯罪』(有栖川有栖/文春文庫)

火村英生に捧げる犯罪 (文春文庫)

火村英生に捧げる犯罪 (文春文庫)

「犯罪を捧げられても困るわな」
(本書p184より)

 有栖川有栖には「学生アリス」シリーズと「作家アリス」の2大シリーズがありますが、本書は火村英生が探偵役として活躍する「作家アリス」シリーズの注短編集です。「学生アリス」シリーズとは異なり「作家アリス」シリーズはどの本から読んでも大丈夫なのでご安心を。
 本書には、「長い影」「鸚鵡返し」*1「あるいは四風荘殺人事件」「殺意と善意の顛末」「偽りのペア」「火村英生に捧げる犯罪」「殺風景な部屋」「雷雨の庭で」の8編が収録されています。ショートショートから百枚程度の中編までと長さはまちまちです。また、あとがきによれば、「鸚鵡返し」「偽りのペア」「殺意と善意の顛末」「殺風景な部屋」は携帯電話の有料サイト向けに書かれたものとのことです。そうした発表媒体や字数の制約からか、本書収録作は事件の語り口・視点が少々異なります。
 「作家アリス」シリーズというだけあって、このシリーズは本来、作家である有栖が語り手を務めることが基本です。ですが、探偵役とワトソン役の掛け合いというオーソドックスな進め方は字数をそれなりに要します。ということで、本書収録作は単刀直入に火村が語り手になってたり、あるいは火村がなかなか登場せず最後になってやっと出てきたりというようにといったイレギュラーな展開を見せる作品がいくつかあります。「作品を圧縮するため」とはあとがきでの作者の弁ですが、結果として「見せ方」という意味でバリエーションに富んだ作品集となっています。
 本格ミステリの体裁を保ちながらショートショートを書くのもなかなかに大変だと思いますが、実体験をネタにしつつ小粒ながらもそれなりの作品に仕上がっています。とはいえ、やはりそれなりの紙数を費やした作品の方が読み応えがあるのは否めません。そんなこともあって、収録作での私の好みは「あるいは四風荘殺人事件」「雷雨の庭」です。「あるいは四風荘殺人事件」は未完成な本格ミステリのプロットから真相を読み解くというメタな趣向の作品ですが、メタ小説にありがちな斜に構えたシニカルな内容ではなくて、本格ミステリを書きたいという初期衝動・形容しがたい遊び心といったものを洒脱に描き出しています。「雷雨の庭」は犯人に思わず同情してしまいたくなります。そうした行動を犯人にとらせた設定にもリアリティがあって胸が詰まります。総じてバラエティに富みながらも安心安定の一冊です。

*1:初出時の題名は「オウム返し」。