日々の研究

2014-03-11 火曜日

研究を進めるとき、自分の喜ぶ結果がでたら、ほとんど確実にミスがある。これは、研究者にとって普遍的な現象だと思う。また、間違ってない発見をしても、冷静になるとつまらないことも多い。新しくて意味のあることを見つけるのは想像以上に困難であり、精神がすり減るようなことを繰り返し経験する。しかし、そういうことは本気で研究をしないと分からない。研究者になる前の僕が一人で研究を始めたとして、それを意識できたかどうかは分からない。真剣に科学にとりくむ環境があってこそ、そういう経験が「普通に」できたのだと思う。

 某細胞の件。日曜日には、意図的な捏造の可能性が高くなって呆然とした。しかし、そうする理由が全く理解できなかった。今日の学位論文のイントロには驚いたが、落ち着いてくると何となく分かってきた。要するに、O氏の周りには研究環境がなかったのだ。結果を出さないといけないプレッシャー云々とか、そういうのに駆動された捏造ならもっとうまくやるだろう。おそらく、そうでなくて、O氏にとっての「研究」とは、最初の最初から、切り貼りするようなものだったと想像する。夢の世界の住人のような感じだろうか。悲しくなるようなことだ。もちろんそれは科学ではないので科学の世界にいてはいけないが、そういう夢の世界の住人が科学の世界の真ん中にいたのはどうしてか。

 まず、問題なのは、大学院時代である。学位論文の(少なくとも)イントロを誰にも相談せず、かつ、完全コピペしても誰にも指摘されない。(どうもイントロだけでなさそうだ。)指導教員は院生の英語の癖を知っているし、文章の構成や文の配置からでる雰囲気だって知っている。指導した学生でなくても、イントロのトーンに感じることはあるはずだ。O氏の学位論文の審査員はおそらくD論を読んでいない。(もし読んだというなら、かなり恥ずかしい。)そもそも、指導教員は何を指導したのか、学位論文の審査はどうだったのか。大学は第3者機関の調査を受けなければいけないと思う。そして、その結果は公にされるべきだし、問題のあった教員や責任者は処分を受けるべきだと思う。

 次に問題なのは、巨大研究所である。O氏がユニットリーダーに採用される際に筆頭著書の出版論文は1報だけである。もちろん、論文数が全てではないので、しかるべき判断基準があれば構わない。しかし、このような「夢の世界の住人」をユニットリーダーとして採用してしまったからには、人事選考プロセスを詳細に説明する必要があると思う。そして、このような事態になったことの責任を負わないといけないと思う。非常に多くの優秀なpost doc が良質の論文をたくさん書いても職につけない一方で、こういう人事が行われた事実は重い。さらにいえば、巨大研究所のあり方を全面的に見直すべきように思える。日本の科学にとっての大失態(信用失墜行為)をしたのだから、それに応じた処置をとるべきだと思う。