DeSeanの日記 旦⊂(´-` )お茶ドゾー

2016-07-22

自立心を育てる

いろいろ見てると、諸外国に比べ、日本人の「自分の意見を持ち、言う」「自立する」みたいなのは、相当ダメというのがわかります。

別に若者だけじゃなく、大人もそう。人に流されるし、誰かがなんとかしてくれると思っているし。

で、大人はもう手遅れとして、子供―若者ならまだ間に合うと言うことで、教育で何とかしようとしている、のでしょう。大学で言えば、初年次教育ですね。

でも実際にやってると、これで自立的な若者が増えるのだろうかと、疑問です。増えないどころか、下手すると減るんじゃないかと。


上手なメンターなら若者を的確に「自立の道」へと導くことも、可能なのかもしれません。でもそんなの、普通の人には無理。うちにもその手の専門の先生、何人かいますが、見てる限りでは、そこまで劇的なスキルを持っているようにも思えない。私がやるよりはマシだろうけど、という感じ。

その手の授業は「放置型」と「介入型」に分かれます。放置型は、その名の通り、放っておく。これだと、自立心は減りはしないでしょうが、伸びもしません。今まで通り。

一方介入型は、たぶん減ります。そりゃそうです。「3分でプレゼンやれ」「5分で話し合え」「来週までに何字書け」と事細かに指図されて、自立心など伸びようがありません。でも、世間的にはどうやら介入型がモデルとなっている様子。

介入型授業できちんと作業できる学生は、企業なんかでは重宝するでしょう。でもそれは、別に自立心が評価されたからではなく、「言われたことをきちんとやる」からでしょう。それでいいのか? という。


自立心ってどうやれば育つんですかねえ。東南アジアのどこかに1万円渡して放置して「これで1ヶ月生き延びなさい」とやれば伸びるのか。わかりません。

ハーネスハーネス 2016/07/27 00:30 人に流れてたら死ぬし、誰もなんとかしてくれない社会になったら育つかもしれませんね。「東南アジア〜」っていうのもそういうことなんじゃないでしょうか。
ただ、そうじゃない社会でも育つ人はいますからねぇ…わけわかんないです。
とりあえず大人を教育するのも大事だと思います。都知事戦で、本人ならいざ知らず親類まで応援禁止をさせようとしたり、裁判官が白ブリーフをTwitterに載せただけで厳重注意になるようでは…。
ただその場合大人を教育するのは大学かカルチャーセンターで大学教員が、みたいなことになるでしょうから、Desean先生は大変ながらことになりそうですが…。

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2016-07-20

専門性の有無

今日はFD(研修)。3つのポリシー(DP、AP、CP。わからない方はググってみてください)に関するもの。

講師がなかなか明晰な方で、たいへんわかりやすく、勉強になりました。私が出たFDの中でもベスト3には入ります。

しかし聞いているうちに、複雑な気分にもなりました。


ポリシー云々とは、要は「それぞれの科目が何を教えるものかを明確にしろ」というものです。

教員それぞれが好き勝手に科目を作って教えるのではなく、きちんと体系化しろ。そして中身も一定の基準に沿ったものにしろ。

それは、ひとまずはわかります。


しかしそうなると、今度は「すべての科目に教科書を作れ」という風になるし、事実ゆっくりではありますが、そう動いています。オレみたいにテキスト使わず好きなように教えるのではなく、中国文学史であれば全国統一テキストを使え、という風に。

これもこれで、わかります。


でもそれは一方で、研究上の個性は殺しますよね。研究ってこれまでのモノを超えるからこそ意義があるのに、今までの研究を教えて、何の意味があるのか。特に私のように、既存の研究を鼻で笑うような芸風の人間にとっては、死活問題です。

もちろん、研究と教育は分ければいい、とはいえます。教育はとりあえず今までの通説を教え、研究は別に自分でやる。


でもそれは今度は、教員の個性を殺しますよね。せっかく尖がった研究者に習うのに、習う内容が今までの通説じゃ、あんまり意味がない。


などなどと思うのです。

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2016-07-18

アイデンティティ

研究会の合宿をしました。

長く生きているといろんなアイデンティティが生まれてきます。

職場のアイデンティティ、友人のアイデンティティ、家族のアイデンティティ、地域のアイデンティティ等々。友人や家族でも、もちろん細かく別れています。たとえば家族は「今一緒に住んでいる家族」や「実家」等々。

その中で、去る者は日々に疎し、研究者アイデンティティがどんどん薄れてます。

これは別に誰のせいでもなく、私が悪いんです。怠けているだけ。

でも一方で、必死で頑張らないと維持できないアイデンティティというのも、しんどいよなあと思うです。


今も、せっかく研究会で得た活力を元に頑張ろうと思いつつ、明日の会議や書類の準備中。

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2016-07-01

故郷

お隣の家が、ケーキ屋を始めました。

うちと同じ時期に建ったのですが、うちは建て売りで、お隣は注文住宅。最初からお店になるように造ってました。

これが、おおはやり。毎日のように、昼過ぎには売り切れになるくらい。

立地は、ある意味最悪なのです。狭い路地のどん詰まり。前の道路は歩行者専用なので、車で乗り付ける、ということは不可能。かといって人通りが多くもない。住むのには静かでいいのですが、商店としては最悪の部類だと思います。

ということは、口コミなんでしょうね。そもそも地元で顔の広い人で、という。

実はまだそれほど面識がなく、詳しい素性は不明なのですが、おそらく、地元で生まれ育った人、なんじゃないかと思います。親戚は近くに住んでいるみたい。


この歳になるとつくづく思いますが、「地元に住み続ける」ということのメリット、いろいろありますね。

東京や大阪みたいな大都市ならともかく、地方都市だと、やはり地元民が有利。社会がそういうシステムになっている。逆にいうと余所者が住むのはしんどい。


やっぱり田舎に帰るかな。カーチャン…

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2016-06-13

ノルマ論

今年受け持ってる中国人院生さんの修論、テーマは「中国の大学における学生の就職サポートの現状と問題点」。

理論というよりは実地調査モノ。中国人学生はもちろん、大学のキャリア担当教職員、そして企業へのインタビューがメイン。なかなか面白いものになりそうです。

詳しい内容は論文の完成を待つとして、中国の大学の就職サポートの問題点はというと、突き詰めれば、「大学に課せられた学生の就職率のノルマ」が元凶、ということになりそうです。

これがあるから、大学はとにかく学生をどこかに就職させなければならない。ちょっと前に日本でも話題になった「被就職(就職させられる)」が、まさにこれです。大学側は、本当にいろいろな「脅し」を使って、ちょっとでも早く学生を就職させようとする。学生はじっくり企業を見極めて、なんて余裕はない。とにかく目の前の餌に食いつくしかない。それを見越して安く買い叩こうとする企業。この三者の息詰まる攻防が論文の核心になりそうです。ああ私も早く読みたい。


中国のノルマというと、悪い予感しかしません。古くは、農作物のノルマを課された方がそれを達成するために虚偽の数字を報告し、結果国全体が飢餓に苦しむ、ということもありました。また昨今も、各地方から上がってくるさまざまな数値が果たして実態を反映しているのか、というのもよくいわれることです。


ノルマというもの自体がよくないのだ、とは思いませんが(もしかしたらそうなのかもしれませんが)、とはいえ使い方によっては、完全な逆効果、ということにもなりかねない。

とくに、公的な機関・組織と、ノルマって、組み合わせ悪いんじゃないか、と思うです。そもそも公務員に、必要以上に頑張るインセンティブって、どう考えてもないんですよ。与えられた仕事をこなすだけ。それ以上は端的に持ち出し。公務員って、そもそもそういうものです。

それにノルマが課せられたら、「ノルマを数値的にクリアすること」だけに全精力を集中させることになる。それによって物事がよくなってるか悪くなってるかなど、どうでもいい。まさに数字だけを一人歩きさせるのです。


なのでノルマなどない方がいいのかそれでもあった方がまだマシなのか、この辺もわかりません。ちょっと調べようかと思ったら、「ノルマ論」的な研究書、出てないみたいですね。論文はあるだろうから、いろいろ探してみます。


なお、昨今の日本の大学にもいろんなノルマが降ってきていますが、正直、意味があるとは思えません。私が知る限りでも、その数値をクリアするためにどうやって○○しようかと、そればかり考えられているような気がしますが、はたして。

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