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2012-02-05 キゴマ2
キゴマ2
タンザニア | |
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ばかりせがんでくるのに腹が立って、
「だいたいアフリカ人は目の前にあるチャンスも拾えないのに、
いけるわけないだろう」と言ったら、
「目の前のチャンスってなんだ?」「言ってみろ、この金持ち日本人」
と言われ、咄嗟に頭に浮かんだのが
「例えば、お前らはサツマ芋がとれるのに、
そのまま茹でるか焼くかしかしない。」
「その上、同じ焼き芋の店を何軒も並べて商売している。」
「頭をつかえよ、そんなの商売じゃないだろう。」
というと「その食べ物を一度食べてみたい」といい、
なぜかそれから毎日、大量の大学イモをタンザニア人の家で作っている。
なんか楽しいけど、なにやってるんだろう俺。
大学イモを店に並べて売っていても
客はけっこう無関心。
ジャッキー(今の相棒)が、なじみにどうやって作ったかを説明して
やっと買ってくれる。客は一口パクッと食べて
おいしいというのだけど、あまり感動した風でもなく、
向かいの露店に行き、もう人生で一万回食っているであろう、
焼き芋を注文する。
なんでかな〜、飽きないのかなぁ。
「なぁ、ジャッキー。
商売は、とにかく何かと何かのミックスなんだ。
今まで君らはサツマイモと火をミックスさせて、焼き芋を売っていた。
でも、それは簡単で誰でも思いつくだろう。
だからちょっと頭を切り替えて、
それに砂糖をさらにミックスさせたら、これができたわけ。」
「君らは車が欲しい、携帯電話がほしいというけれど、
あれもたくさんの何かと何かの組み合わせなんだ。
そのミックスの価値があの値段なんだ。わかるか、俺の言うこと?」
ジャッキーは人のいい笑顔を浮かべて、
わかるわかるというんだが。ほんまかなぁ、
まぁ彼もいっぱいいっぱい、みたいである。
アフリカ在30年、ニュートピアのカマウさん談
「一回ね、息子の寄宿寮にいったんですよ。
そしたら、毎日の食事は豆とウガリ、365日、豆とウガリ。
貧しいからそれしか出せないのじゃなくて、これは
ただ腹を満たせればいい、それなんですよ。」
あぁ、ただ今、実感中。
(焼きキャッサバ。この上なく素朴な味)
ジャッキー、今確実にお前は、
目の前で焼き芋食っているやつを超えたぞ。
一方で、これはとても重要なところだけど、
焼き芋とふかし芋だけで満足できる人生も
それならそれで、それでいいなら、それでいいような気もするんだな。
伊勢エビをおいしそうに調理していて、
おぉ、そろそろできあがるなと思っていたら、
あほか、と思った。
絶対にそのままのほうがおいしいのに、ソースにしてしまうフランス人。
それと同じように
サツマ芋はそのままでおいしいのに、どうしてさらにシロップをかけるんだ、
日本人あほか、と彼らの感覚ではそうかもしれん。
ちょっと話はそれるけれど、
僕もそういう風に日本を紹介してしまうけれど、
食料に関して言えば、ここアフリカの熱帯は、
放っておいても稲は育つし、魚は湧くし、果物は落ちてくるし、
よっぽど豊かだなぁと思う。
日本人が食べ物を発酵させたり、塩漬けしたり、あれこれ
いじくりまわして食べるのは単にそうして蓄える必要があったからで、
いつでもどこでも新鮮な食材を手に入れられるアフリカ人が
意識を食べ物に持っても仕方ないのかもな、と思う。
さて僕は大学イモもスィートポテトもある方がいいけれど、
でもやっぱ、皆が思っているほど当たり前には
大学イモのある生活がいいとは言えないのだと思い、
そのへんのところが実際は知りたいところでもあるので
だからもうすこし、ジャッキーの大学イモ屋を手伝おうと思う。
2012-01-28 キゴマ
キゴマ
タンザニア | |
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もう安全な道だけ行こうと決めたのに、
またいつのまにか、危険な道のその分岐点まできてしまい、
どうするかを迷った。
普通にそれて安全な道にいけばいいのに、
いったん迷いだすと、不思議なもんで
どんどん危ない方の道の魅力がましていく。
2ヶ月前にここを走ろうとしたところ、
その頃はどうも状況がわるかったらしく、現地警察から
メールで送ってきた。
結局は現地の警察に聞かないと最新の状況はわからない。
まぁ、バスが通るぐらいだからそれほど激烈な状況ではなさそう。
僕もそのキゴマに行くのだと
大きな機関銃を搭載したトラックがパトロールから帰ってきたところで、
「その方面に明日の朝出発するのなら、治安維持部隊がいるから安全。」
という。
安全といわれても微妙な返事なので、とりあえず
その日一晩考えることにした。
どうにも決心がつかなくて
早朝もう一度警察署にいくと、昨日と別の警官がいて
「安全。気にすることはない。」
と言われて、
やっと行ってみる気になった。
を出ようとするとやたら皆の視線が気になる。
「あ、あいつ自転車で行くんだ。」
見たいな目なのか、その目は。
「あっち、安全?」と聞くと
「安全、安全」という。
まぁ皆、片手に農作業用のパンガという刃渡り40cmぐらいの蛮刀をもっているので、
「金よこせ」と宣言すれば、誰でも強盗になれるのだけど。
なんでも使えて便利そうに見えるけれど、
いざ使ってみると意外に切れ味は悪く、
使い勝手がわからない。
エチオピアから見慣れて、今は何とも思わないけど、
時折パンガをブラブラさせた目つきの悪い人とすれ違ったりすると
やっぱ首の辺りが寒くなる。
車の通行量もめっきり少なくなり、
時折、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の車と長距離バスが
砂埃を巻き上げて通る程度。
で、しばらく坂を登ったところで、
ぱたりと人気がなくなり、少し気味悪がっていると、
進行方向から武装したパトロールカーが現れて停まった。
昨日話した警官が乗っていて、
「結局、自転車で来たのか。」
「もう通り過ぎた20kmが最も危ない区間、特にこの坂の辺りがね。
ここから先は安全だ。」
「おめでとう。」
という。
「いや、普通の農村だったよ。」と笑いながら話すと
警官はなぜか怒り気味に
「笑ってはいけない。神に感謝しなさい。」
と言って去っていった。
ミッチいわく、
バスも武装した警官が同乗するのは、最初の40kmだけで
残りの300kmは護衛なしで走るらしい。
緊張していたわりにあっけなかったな、とそれから
毎日90kmずつ町や村をつないで走っていたのだけれど、
3日目、マケレという町をすぎてしばらく行った
人気のない急な登り坂、
ふと、横のブッシュに目をやると
サッと人が隠れた。
いつものように恥ずかしがりやの子供だったのか、
それとも、別のなにかだったのか見分けられなかった。
もしや、と思うと
もう怖くて先に進みたくなくなった。
けれど、無意識に足は先へ先へと進み、
時速5kmで押して登っていた、そのとき
銃を持った男が前方のブッシュから現れて、
そのまた前方から現れたトラックを停車させた。
黒いベレー帽をかぶっているところから見ると警官だ。
ふーっ
なーんかきな臭いところには
こうやって警察が検問を張っている。
まぁ、安全である。
分岐を曲がってから4日後に無事キゴマに着いたけれど、
緊張と疲労が蓄積して、体調を崩した。
もう1週間ほど動く気力がなくなり、
こうやってネットカフェ通いをして、
つまらん文を書いているところ。
2012-01-15 ニュートピア
ニュートピア
ウガンダ | |
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そしてウガンダへ。タンザニア国境近くでNEWTOPIAと名付けられた
孤児院を開いている。
ここに墓をつくり、死のうとしている人である。
ただ1人の日本人が、人生をかけて取り組めば
今この瞬間20人以上のウガンダ人を養えている、という事実がそこにある。
いろいろ思うところがあって、そこで10日ほど滞在した。
20人のウガンダ人寄宿生たちは4歳〜16歳(うろ覚え)で、
次の日には服が別の子に着せられていて、なんやこのシャッフルゲームは!と、
けれど、名前を覚え、一人一人の個性を垣間見ると、
途端にどの子もが可愛く思えたのは、
ただ、孤児院にきていながらアフリカの子供云々より
心動かされたのは一日の生活どの場面でも徹底して行われていた
ここの「節約」生活だった。
度肝を抜かれたのは水の節約で、
遠くの井戸から汲んできた水はほんとうに「一滴」も無駄にしない。
鍋蓋を洗って干している、
その下には滴る水を受けるコップが置いてあって、
たまったその水をまた利用する。
食器を洗う水、服を洗う水、そこまで使うかというほど
ドロドロになるまで使われ、最後は畑に撒かれる。
火も無駄にしない。
料理を作っているとき、空いたカマドにまだ火がのこっていると、
すぐに水の入ったヤカンを載せる。
子供と一緒に作業をし、生活するとわかってきたのだけれど
これらの節約は単にお金・資源を節約するためではなくて、
水を節約すれば、水汲みが楽になるし、
火を節約すれば、薪拾いが楽になる。
そういう一つ一つの作業が他の作業につながり、さらに
自分の身に関係してくる、という考え方のクセを躾けることに役立っている。
そして、僕にとっては、この
自分のやる事が自分の衣食住にダイレクトに関わってくるというのは、
どう考えても気持ちのいいことだった。
蛇口をひねれば、限りなく水が出てくる日本に生まれ、
身にしみるようなその価値はわからない。
どのように作られて、どのように運ばれ、
今自分の手元にあるか実際は正体不明、価値不明で、
モノや食べ物がどういう風に自分に関係し、喜びを与えているか、
逆に何がどう邪魔をしているか、
というのをうやむやにせずにいることは難しい。
ここでは、
つぶして皆で食べたんだと、あぁあ羨ましい。
勤め人をしていた自分の半生を、無明の犬畜生の生活と呼んだ。
四と九のつく日しか体を洗えない雲水の生活、
結局、胸にカビを生やしてぶっ倒れたの懐かしんで、
贅沢な生活だったと言ったのを思い出す。
ほんま、帰っても飽きることのない贅沢な生活を送りたいなぁ。
どこでもなんでもなにしててもいいから
思いがけず身にしみるようなそのものの価値に
繊細でいることが僕を生き生きとさせてくれる予感がする。
2012-01-01 ジンジャ
2011-12-29 ロドワル
ロドワル
ケニア | |
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トルカナ湖畔を走ったときには
ミッションで入れてもらったり、
商店で買ったりと、水の補給はわりと楽だった。
だから、水のない苦しみは体験していない。
ただ、それを飲むときに
その場に人が居たりすると、
とても目の前で飲む気になれなかった。
ここにくる以前も、貧しい国を走っているときは
そういう感覚はあった。
気に留めることはなかったけれど。
そういう国では、日給100円の人なんてザラで、
日本人の感覚からすると1本、5000円ぐらいのもんであり、
買ってられるか、という超高級品。
そして、ここでは
ガイコツ同然の人が歩き、水を汲みに行っている。
老人と同じ木の下で休憩していると、
突然、その人が痰をプッと横に吐いた。
そんな水分がこの体のどこにあるんだろうと思った。
その傍では飲めない。
そうすると、人目につかないところで飲んでいても
なにかモヤモヤと決定的に後ろめたい感じがするようになった。
でも、もちろん飲むし、時には買った水を頭からかぶる。
神父に出会った。
砂場を押しているときに会った。
彼自身も痩せていて、
ガイコツのように頬骨が浮き出ている。
一緒に歩きながら、
メインロードから20km離れた村の惨状を訥々と語る。
「湖畔の人々はまだ恵まれている。
でも私の教会がある山の方は、何もない。
人々は草でカゴを結い、それを売って現金を得るけれど
微々たるものだ。」
「村人は飲み水を得るために、自力で地面に穴を掘り、
底に湧き出る水を飲んでいる。もちろん濁っている。
まっすぐ掘ると崩れるから、大きな大きな穴だ。」
「私財を売払って、村を助けてきたけれど
「人々はただ毎日神に祈っている。」
お金を渡さないことにしている。
でも、この時は、不思議と話に聞き入ってしまったし、
いくらかの寄付もしてしまった。
普段よりも遅いスピードで進んできたせいなのか、
暑さも虫の多さも身にしみて、俺も苦労していると思いたいが、
日本人に対するような同質同等の同情を持とうと思えば思うほど、
宇宙人かなにかのように決定的に異様な存在に思え、
それからは水を飲む後ろめたさが、ほんまに消えない。
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