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1998-06-13

生きざまで語るタフな探偵/『初秋』ロバート・B・パーカー

 教育の原風景ともいうべきドラマが描かれている。主人公スペンサーは少年ポールが自立するために、全人格でぶつかり、自らの武器とするもので勝負をかける。自分にできることを通して、人生に対する考え方・態度を教えるスペンサーの姿勢は、口先だけで自分ができなかったことまで押し付けようとする昨今の教育パパやママ連中とは大違いだ。


 まず気がつくことは、愚劣な両親に育てられ、判断力・感情を失いつつあるポールに対し、スペンサーが一個の人格として遇する姿勢を崩さない点だ。返事もせず肩をすぼめて見せるポールに苛立ちを覚えながらも、安直な評価は下さない。スペンサーの発言は、教える側からの教育的な効果を狙ったものではなく、強烈な自負心がそのまま饒舌な言葉となって吐き出されたものだ。根拠・理由・動機を、ある時はユーモアたっぷりと、またある時はロマンチックに表現する。豊かな言葉は精神性の現れであろう。


「物事に対する考え方の問題だ」(31p)


「正当性に関連した事柄だ」(43p)


「生命の神聖さに関係した事柄だ」(93p)


 圧倒的な自信に裏打ちされた豊かな表現は、哲学的な響きを伴って胸に刺さる。


 母親からポールを預かったスペンサーは、2人の力で家を建てようとする。大工仕事を教え、ジョギングを教え、ウェイト・リフティング、ボクシングを教える。ポールの若い肢体にしなやかな筋肉がつき始めるのと同時に、自立の心が芽生え出す。スペンサーによって、それまで歩んで来たのとは全く別のポールの人生が始まる。ポールはやっと自分の人生を取り戻したのだ。


 ある日、母親がやって来て身勝手にも別れた夫の手元にポールを追い遣ろうとする。


「帰りたいか」スペンサーの問いかけにポールは答える、「いやだ」と。ブラボー! 私は思わず快哉を叫んでしまった。その昔、白人にバスの座席を譲るよう強制され「ノー」と静かに、断固たる信念で答えたローザ・パークス女史を思い重ねた。主体的な生き方は、日常の中で自分を隷属させる権威に向かって「ノー」と叫んだ時から始まる。


 がんじがらめになった妥協の戒めを解き、拘束し続けた迎合の枷(かせ)を外し、締め付けていた無気力のヘルメットを脱いだポールは、「バレー」という夢に向かって走り出す。後のシリーズで柔軟にして逞しい青年となって度々登場するポールは本作品で蘇生の劇を開始する。


 スペンサーとホークの間柄は「絆」という言葉でしか表現でき得ない強靭さに満ちている。友情というよりは尊敬と信頼。独立自尊の孤なる魂の共振に、西洋のアイデンティティが垣間見える。


 ホークがハリイを撃ち殺すシーンなどは、三国志の玄徳と曹操さながらだ。理想と現実、寛容と冷徹、優柔と果断。この対照が双方の個性を際立つものとし、甲乙つけ難い魅力を放っている。近作では老いた感のあるスペンサーだが、ホークの方は相変わらず拳銃のように黒光りしている。


 自立の人生の旅立ちは正に「初秋」の季節を思わせる。冷たい風。やがて訪れるであろう吹雪に向かって、自分の足で一歩前に踏み出さねばならない。自分の意思と力で。それは孤独な行為だ。しかし、ポールの肩に回されたスペンサーの腕は温かい。

初秋

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