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2008-04-28

『還暦ルーキー 60歳でプロゴルファー』平山譲


古市忠夫君」

 係員が名前を呼んだ。ティーショットの順番がまわってきたのであった。忠夫は「はい」と応え、ゆっくりと打席へ向かった。烈風と豪雨に蹌(よろ)めきながら、これから打ち下ろす方向に正対し、直立した。

 そのときであった。突然彼は、雨合羽の頭巾(フード)をとり、コースに向かって頭を下げた。剥(む)き出しになった頭や顔を風雨にたたかれた。ずぶ濡れになりながらもなお、頭を下げ続けた。ティーグラウンド上の3選手が、係員が、そしてティーグラウンド下で待機している大勢の選手が、彼の奇行に眼を瞠(みは)った。彼の姿はまるで、祈りを捧げるもののようであった。

 彼は静かに頭を上げた。そして黙然と、暗がりの中の見えないグリーンを見つめた。その面持は、数秒前とは別人のようであった。眼は鋭い光を帯び、唇は固く結ばれ、頬は精悍(せいかん)にひき締まっていた。


 60歳でプロゴルファーになった古市忠夫氏を描いたノンフィクション。私はゴルフというスポーツに全く興味はないが、それでもこの本は堪能できた。生涯青春を絵に描いたような生きざまが清々(すがすが)しい。


 震災後に忠夫は、「三つの顔」を見た。茫然自失して動かずにいる人の顔。他人のことはかえりみず、自分のためだけに動く人の顔。そして自分のことはかえりみず、他人のためだけに動く人の顔。どれも人間らしい、自然の顔なのだと思った。けれども、彼が、心を揺さぶられ、衝き動かされ、励まされ、奮わせられたのは、動かずにいる人の顔や、自分のためだけに動く人の顔ではなかった。ボランティアとして名簿作成に尽力した松原芳雄は、自宅が倒壊し、一緒に暮らしていた父と母、そして中学3年生の息子と小学6年生の娘の4人を亡くしていた。松原はしかし、笑っていた。公会堂へ配給の弁当を受け取りに訪れる被災者に、笑って応対していた。

「おばあちゃん、夜寒くないか」

「見舞いに来た人と会えたか、それはよかったなあ」

「あまり思い出して泣かんほうがええよ、辛くなるばかりやから」

 自分が誰よりも辛い思いをしているはずであるのに、松原はいつも、人を思い遣り、優しく笑っていた。忠夫は、松原の人間としての力強さに出会うたび、ものもいえなくなるほど感動した。そして、自分もそうありたいと思った。


 町の消防団だった古市氏は、飲まず食わずで救援に当たり、震災後は町づくりに尽力する。ありとあらゆる困難を乗り越えて、遂に「地震に負けない街」が実現する。「あとがき」で紹介されている「天国への手紙」には涙を禁じ得なかった。


あとがき


 老いとは、たとえば、失望であり、断念であり、悲嘆であり、不安であり、疑(こぎ)であるなら、この物語の主人公は、老いない。――これは、阪神淡路大震災で全焼したある街において、すべてのものを失ったある男の「復興」を追ったノンフィクションである。


 いやはや、学校の教科書に載せてもらいたいほどの人物である。

還暦ルーキー―60歳でプロゴルファー (The New Fifties) ありがとう (講談社文庫)

【左が単行本、右が文庫本】

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