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2008-12-23

ウィリアム・パウンドストーン、エリアス・カネッティ


 1冊挫折、1冊読了。


パラドックス大全 世にも不思議な逆説パズルウィリアム・パウンドストーン/どうもこの著者が苦手だ。80ページで挫ける。私が求めている内容なんだが、アプローチの仕方に違和感を覚える。こなれた文章でありながら、しっくりこない。しばらく、この著者の作品は読むことがなさそう。


蝿の苦しみ 断想エリアス・カネッティノーベル文学賞受賞者とは露知らず。友岡雅弥著『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』で本書のパラグラフが紹介されていた。言葉が自由に跳躍し、名状し難いアフォリズムを形成している。飛翔ではない。なぜなら、カネッティの脚力が生んだ断想であるからだ。今日一日で読み終えた。何も考えることなく読んだ。

なぜ私達は声が出ないのか/『ことばが劈かれるとき』竹内敏晴

 竹内敏晴は演出家である。若い頃、一時的に聴覚を失った経験があり、独自のボイストレーニングを行っている。言うなれば「声と身体」のプロ。理論をもてあそぶような姿勢がなく、経験に裏打ちされた論理は雄々しい説得力に富んでいる。


 竹内は嘆く。「現代人は声が出なくなった」と。建物がコンクリートで造られるようになってから、子供は騒ぐことを禁じられた。何せ、赤ん坊の泣き声を嫌悪する父親がいるご時世だ。


 こえの面から見たことばとは、本来からだの発する音、さらに主体とそのからだそのものに即して言えば、からだの動きに他ならぬことになる。こえを、そしてことばを発するとは、からだの内に発した動きを、もっとも敏感にからだ全体に拡大した時、呼吸器官の部分に現れる動きの一部である。だから、からだが充分に解放され、内なる情報に対して敏速に反応できるだけ柔軟である時、充分に豊かなこえが発せられるのは当然のこととなるだろう。こえの問題は、本来発声器官の問題ではなく、からだ全体の問題なのである。

 気がつき始めてみると、こえの状態が悪い人があまりに多いので、私は不安になってきた。

 なぜ私たちは、これほどこえが出ないのか。

 なぜ私たちは、こんなにからだが歪んでいるのだろう。


【『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴(思想の科学社、1975年/ちくま文庫、1988年)】


 発語と言葉の認識という観点からすれば、脳機能の働きが抜け落ちているが、それでも説得力は色褪せていない。我々は音の出なくなったスピーカーみたいな身体を抱えているのだ。


 飽食よりも、むしろ身体を動かさなくなった生活様式の方が問題なのだろう。文明の発達は、額に汗して働くことを人々から奪い去った。私が流す汗の多くは冷や汗だ。


 自分の声が反響しない身体は、他人の声に震えることもない。そして、共感は失われ、共鳴は途絶える。声の大小ではなく、相手に届いているかどうかが問われるのだ。


 ストレスが多くなると身体は硬直する。硬直した身体はコントロールしにくくなる。そして、精神は拘縮する一方となる。


 ポピュラーミュージックの多くが「泣き声」みたいに聞こえるのも、声が出なくなっている証拠なのだろう。


 声を解放するには、身体の姿勢と生きる姿勢を変える必要がある。

ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)

目撃された人々 23


 人当たりのよい男だった。(ただの八方美人だよ)


 年の頃は還暦を過ぎていた。(とっくの昔に死んでいたが)


 病気の妻を大切にしていた。(コミュニケーションはとってないが)


 常に微笑んでいた。(ニヤけた野郎だ)


 何でも正直に語った。(脚色された過去に過ぎない)


 それなりに立派な家に住んでいた。(金もないクセに)


 いつも自信に満ちていた。(中味は空っぽだ)


 おお、唾棄すべき人物よ、似非紳士よ、腐臭を放つ人よ。


 私はアンタの何もかもが嫌いだ。心の底から嫌悪する。

「冬が来た」/『高村光太郎詩集』


 奇しくも冬至の日に読んだ。私は道産子なのだが冬が嫌いだ。それは上京してからのことだ。東京には雪が積もらない。それだけで北海道の人々は、東京が南国だと思い込んでいる節がある。


 上京したのは21年前の2月14日だった。千歳空港は猛吹雪に覆われ、飛行機は予定時間を過ぎても飛べなかった。私はたった一人で、吹雪の向こう側に孤独を見据えた。東京に何かがあるとは考えていなかった。自分に見切りをつけた青年が、新天地を目指しただけのことだ。


 東京は雪がないにもかかわらず寒かった。頼る人もいない大都会が私を嘲笑していた。乾いた空気の中を塵芥(ちりあくた)が我が物顔で飛び交っていた。「お前なんぞの来るところではない」――東京は確かにそう言っていた。


冬が来た


 きつぱりと冬が来た

 八つ手の白い花も消え

 公孫樹(いてふ)の木も箒になつた


 きりきりともみ込むような冬が来た

 人にいやがられる冬

 草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た


 冬よ

 僕に来い、僕に来い

 僕は冬の力、冬は僕の餌食だ


 しみ透れ、つきぬけ

 火事を出せ、雪で埋めろ

 刃物のやうな冬が来た


【『高村光太郎詩集』高村光太郎(岩波文庫、1981年)】


 高村光太郎の第一詩集『道程』に収められたもの。32歳の彫刻家は、冬の厳しさを愛し、鑿(のみ)を振るった。寒さには季節の意志がある。そして、厳寒に耐えた者のみが春の温かさを知るのだ。


 20年前の孤独な私が点景となって見える。この詩を読んだ途端、その姿はどんどんと小さくなった。孤独を愛するならば、冬を愛せ。冬は平等だ。冬こそ私の味方だ。

高村光太郎詩集 (岩波文庫)