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2010-04-28

スーザン・ソンタグの遺言/『良心の領界』スーザン・ソンタグ


 スーザン・ソンタグの名前は知っていた。初めてを見た時は「インディアンの血が混じっているのか?」と思った。


 高橋源一郎は授業でこのテキストを紹介した後で、「窓の外を見てください。風景が変わって見えませんか?」と語った。自分の内側に向かって強烈な力が働く。魂の核、心の芯といったものが意識させられる。スーザン・ソンタグは掘削機だ。固定概念という大地に鉄の爪を立てる。


 彼女はこの序文を書いた10ヶ月後に亡くなった──


 序


 若い読者へのアドバイス……

(これは、ずっと自分自身に言いきかせているアドバイスでもある)


 人の生き方はその人の心の傾注(アテンション)がいかに形成され、また歪められてきたかの軌跡です。注意力(アテンション)の形成は教育の、また文化そのもののまごうかたなきあらわれです。人はつねに成長します。注意力を増大させ高めるものは、人が異質なものごとに対して示す礼節です。新しい刺激を受けとめること、挑戦を受けることに一生懸命になってください。

 検閲を警戒すること。しかし忘れないこと──社会においても個々人の生活においてももっとも強力で深層にひそむ検閲は、【自己】検閲です。

 本をたくさん読んでください。本には何か大きなもの、歓喜を呼び起こすもの、あるいは自分を深めてくれるものが詰まっています。その期待を持続すること。二度読む価値のない本は、読む価値はありません(ちなみに、これは映画についても言えることです)。

 言語のスラム街に沈み込まないよう気をつけること。

 言葉が指し示す具体的な、生きられた現実を想像するよう努力してください。たとえば、「戦争」というような言葉。

 自分自身について、あるいは自分が欲すること、必要とすること、失望していることについて考えるのは、なるべくしないこと。自分についてはまったく、または、少なくとももてる時間のうち半分は、考えないこと。

 動き回ってください。旅をすること。しばらくのあいだ、よその国に住むこと。けっして旅することをやめないこと。もしはるか遠くまで行くことができないなら、その場合は、自分自身を脱却できる場所により深く入り込んでいくこと。時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。場所が時間の埋めあわせをしてくれます。たとえば、庭は、過去はもはや重荷ではないという感情を呼び覚ましてくれます。

 この社会では商業が支配的な活動に、金儲けが支配的な基準になっています。商業に対抗する、あるいは商業を意に介さない思想と実践的な行動のための場所を維持するようにしてください。みずから欲するなら、私たちひとりひとりは、小さなかたちではあれ、この社会の浅薄で心が欠如したものごとに対して拮抗する力になることができます。

 暴力を嫌悪すること。国家の虚飾と自己愛を嫌悪すること。

 少なくとも一日一回は、もし自分が、旅券を【もたず】、冷蔵庫と電話のある住居を【もたない】でこの地球上に生き、飛行機に一度も乗ったことの【ない】、膨大で圧倒的な数の人々の一員だったら、と想像してみてください。

 自国の政府のあらゆる主張にきわめて懐疑的であるべきです。ほかの諸国の政府に対しても、同じように懐疑的であること。

 恐れないことは難しいことです。ならば、いまよりは恐れを軽減すること。

 自分の感情を押し殺すためでないかぎりは、おおいに笑うのは良いことです。

 他者に庇護されたり、見下されたりする、そういう関係を許してはなりません──女性の場合は、いまも今後も一生をつうじてそういうことがあり得ます。屈辱をはねのけること。卑劣な男は叱りつけてやりなさい。

 傾注すること。注意を向ける、それがすべての核心です。眼前にあることをできるかぎり自分のなかに取り込むこと。そして、自分に課された何らかの義務のしんどさに負け、みずからの生を狭めてはなりません。

 傾注は生命力です。それはあなたと他者をつなぐものです。それはあなたを生き生きとさせます。いつまでも生き生きとしてください。

 良心の領界を守ってください……。


 2004年2月


  スーザン・ソンタグ


【『良心の領界』スーザン・ソンタグ/木幡和枝〈こばた・かずえ〉訳(NTT出版、2004年)】


 若い女性であれば暗誦(あんしょう)できるまで読んでもらいたい。このテキストは数十冊分の書籍に匹敵するほどの代物だ。孫子に言い伝えるほどの価値がある。


 冒頭で「注意力」の重要性を指摘している。集中力ではない。ここにクリシュナムルティと同じ視点が窺える。集中は力を一点に集約することであり、周囲が見えなくなる。何かを覚えておこうとすると我々は集中する。記憶力を総動員している時、「疑う力」は退けられている。そこで「善悪の吟味」がなされることはない。


 彼女は意気地のない折衷(せっちゅう)主義者ではなかった。しなやかなリアリストであった。限定的にではあるが武力行使も認めていた。国家同士の戦闘状態にあっても正当防衛という局面はあるに違いない。


 リベラルな立場で政治的メッセージを発信し続けたが、ソンタグは運動家ではなかった。一人の作家として、一人の女性として、一人の人間として自分の思いを綴り、語ってきた。その柔軟さは「党の方針」といったものと正反対に位置していた。


 おかしなことに対して「おかしい!」と言い切る強さが彼女にはあった。多くの人々は煮え湯を飲まされるような思いをしながらも声を上げることはない。それどころか、自分が得をするとなると「おかしなこと」を支える側に回ることも決して珍しくない。「社会とはそういものだ」と。


 社会の秩序に唯々諾々(いいだくだく)と従う時、内なる秩序が崩壊する。内なる秩序に則(のっと)るのがクリシュナムルティが説く「反逆」である。


 世界に暴力と貧困がある限り、我々を取り巻く外部秩序は腐敗していると言ってよいだろう。つまり、反逆こそが最も正しい生き方となるのだ。


 殆どのビジネス書が胡散臭いのは、体制に迎合することで成功を収めている人が多いためだ。彼等の人生の目的は「競争に勝つこと」であり、自分の成功のために社会を利用しているだけであろう。資本主義とは、人間が資本の奴隷になることを意味している。


 この世界に反逆できる人こそが、真に自由な人である。

良心の領界

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