津波被災地で健康腹巻き

どう考えればいいのかうまく整理がつかないことがあるので書いておく。敢えて極端な表現をすると、「アチェで女性の津波被災者をターゲットにした催眠商法まがいのセラピー・ビジネスが活動していて、それが日本から来ていると言っている」という話。


2004年12月のスマトラ沖地震インド洋大津波で死者・行方不明者あわせて16万5000人を出し、津波の最大の被災地となったインドネシアアチェ州では、世界各地から緊急・復興支援のための人やカネやモノや思いが集まり、復興事業が進められてきた。被災から3年経って多くの支援団体が事業を終えてアチェから撤退していて、被災当初見られた国際色豊かな風景もだいぶ国際色が薄れてきた。そんななかで、最近、州都バンダアチェで「日本と言えば○○」と評判の団体がある。


話はちょっと遠回りになるけれど、私がバンダアチェを訪れるたびに顔を見に行くおじさんやおばさんの話から。そのうち何人かは、津波以降、行くたびに苦労話を聞かされる。津波で家も財産も家族も失った、支援団体が建ててくれた家は手抜き工事で住めない、仕事がないので生活が大変などなど。毎度毎度のことで、聞く方も気が滅入る思いだった。ところが、今回訪れた何人かは苦労話が一切出てこなくなり、がらっと明るくなった。どんな魔法があるのかと思って話を聞いてみると、日本から来た健康腹巻きを売る団体(仮にハラマキ会と呼ぶ)のメンバーに登録して、これまで半年の間に5回も通ったらしい。
ハラマキ会の概要はこんな感じ。はじめは日用品をただでくれるというので行ってみた。お客はいつも女性だけ。津波で夫を失った人が多い。毎日、朝昼夜と活動があって、どの時間帯に参加してもいい。ステージで若い男女が歌ったり踊ったりして、それにあわせて踊りだすお客もいて、2時間楽しく過ごす。そのあとで健康グッズの説明・即売会があって、腹巻きなど衣料品を中心に健康グッズが売られる。普通の衣料品よりもずいぶん高いけれど、健康にいいらしいし、それにお客の何人かが大金を出してたくさん買っているのを見て羨ましくなって、自分もつい靴下2足セットを買ってしまった。でも足にあわないので今は履いていない。
半年前までは口を開けば苦労話だったのに、そんな高額の靴下が買えたことにまずびっくり、そして、これまでいつも暗い顔をしていたおばさんが明るい顔をしているのにもびっくり。近所の家を何軒かまわったけれど、どこでも日本人だと見ると「ハラマキ!」と声がかかった。ハラマキ会はバンダアチェでずいぶん浸透しているらしい。


話を聞いているとどうもあやしいので、翌日ハラマキ会の会場に行ってみた。町なかの空きテナントを借りて日本語の看板を出していた。町を歩いていてたまたま日本語の看板を見かけたので寄ってみた観光客を装って訪れると、はじめは警戒していたけれど、とりあえず中に入れてくれた。
壁にはサムライや富士山の写真など日本をイメージさせるポスターがたくさん貼られていて、ところどころにマイナスイオンや太陽エネルギーなどの科学風の説明のポスターもある。お客の女性は何人か集まっていて、スタッフと世間話をしている。しじゅう陽気な音楽がかかっていて何となくわくわく感がある。
スタッフは若い男女数人で、にこにこしてお客の機嫌を取っている。ハラマキ会の説明書を見せてもらうと本社は大阪市になっている。支部がマレーシアのペナンにあるらしく、アチェに来ているのはマレーシアから。スタッフのうち取りまとめ役らしい女性は話し方から判断してマレーシア華人、それ以外はインドネシア人(たぶんアチェ人、おそらくマレーシアでの滞在経験あり)。新しいお客が入ってくるたびに「いらっしゃいませ、おはようございます」とスタッフが日本語で声をかける。
さて、開演時間になると、まずは全員立ち上がってエクササイズ。盛り上げ役のスタッフがお客を乗せようと過剰に明るく声を張り上げて手足をぶんぶん振り回して踊っているのが見ていて痛々しい。続いてショータイム。歌手が登場してカラオケの曲に合わせて歌い踊り、そのうちにお客の何人かがステージに上がっていっしょに踊りだす。これはお客だけれどどう見てもサクラ。楽しそうに踊っているけれど、やはり見ていて痛々しい。おそらくそれが2時間続いて、そのあとで健康グッズの即売会になるのだろう。おおよその様子がわかったので外に出た。なんともすっきりしない気持ちが残った。


単純に考えると、津波被災者を食い物にしてけしからんという感想が出てくる。見た感じは催眠商法そのもので、気持ちを高揚させて洗脳に近い状態で高額な商品を売りつけているわけだし、しかも復興中の被災地で被災者を食い物にしているとはけしからんということになる。ついでに言えば、日本とは関係なさそうなのに(もしかしたら関係あるのか?)日本の名前でお客を釣るとはけしからんと言う考え方もある。
その一方で、単純にこれをけしからんと言って終わりにできないような複雑な気持ちが残る。何をどう考えたらよいのか十分に整理がつかないのだけれど、まず、バンダアチェで会ったおばさんたちがみんな明るくなっていたのは確かだ。商品を売りつけられたといっても、昨日会ったおばさんは自分から5回もハラマキ会に参加して楽しかったと思って買い物したわけで、会への参加費用のようなものとしてある程度納得して買い物をしたわけだから、単純にだまされたという話ではない。確かにやや高齢の女性ばかり狙っているのはあくどい印象を与えるし、健康グッズといっても効果は疑わしいのだけれど、ホストクラブを例に挙げるまでもなく、日本にだって同じような仕組みはある。それに、ハラマキ会の善し悪しとは別に、もしハラマキ会に参加させたくないのならば、ハラマキ会にかわる楽しい場を提供しなければならない。それができずにハラマキ会に行くなと言うだけではお話にならない。年に何回か、1週間程度しかアチェに来ない自分にそんな場を作ることはとうてい無理な話で、そうだとすれば、おばさんが楽しんでいるというハラマキ会の活動の意義を、活動の意図とは別に認めないわけにはいかないではないか。


でも、おそらく、ハラマキ会を見て居心地が悪い一番の理由は、津波の被災地で活動しているさまざまな活動が多かれ少なかれハラマキ会と同じ要素を持っているということをわかりやすい形で突きつけられたためなのではないかと思う。人形を使ったり紙芝居を使ったり絵を描いたりと、これまで被災地でさまざまな種類の被災者支援の活動を見てきた。自分も何らかの形でその活動を手助けしたこともある。被災者から実施者にお金が動くかどうかという違いはあるけれど、被災者を交えたイベントを行い、参加者がそれに乗せられて一時的に楽しい思いをして、それによって実施者も満足するという仕組みは同じに見える。支援活動を行う側の人たちが明るくふるまっていたことも、ハラマキ会の妙に明るい若者スタッフと重なって見えてしまう。
誤解を招かないように強調しておくけれど、トラウマケアなどの支援活動がいい加減なものだと言いたいわけではない。ただし、そういった善意の支援活動とハラマキ会のような金儲けの活動で、どちらが「お客」を喜ばそうと真剣に取り組んでいるかと言えば、自分がお客になったつもりで考えれば、後者だと言わざるを得ない。ハラマキ会をどう考えてよいのかうまく整理がつかない。ただ、ハラマキ会のような活動が良いか悪いかとは別に、トラウマケアなどの支援活動はたいへんなライバルを相手にしなければならないということは確かだろう。