挿絵画家・中一弥氏は、色を使うのが苦手だという。「僕は、色彩にあまり興味がない。というより、僕の挿絵には色彩がいらないんです。死んだ女房が、あなたは色音痴だって、よく言ってましたが、これは見事に僕の本質を言い当てていました。たしかに色音痴という部分はあります。画家でも、色彩の豊富な画家とそうでない画家がありますから。色は恐い。難しい。そして、奥が深い」(前掲『挿絵画家・中一弥』)と、謙遜もあるだろうが自らが苦手意識のあることを暴露している。



中一弥:画、池波正太郎『編笠十兵衛』(新潮社、昭和45年)



中一弥:画、池波正太郎剣客商売 勝負』(新潮社、昭和54年)



中一弥:画、池波正太郎剣客商売 十番斬り』(新潮社、昭和55年)



中一弥:画、池波正太郎剣客商売 二十番斬り』(新潮社、昭和62年)


そう言われてみると、表紙などのカラー印刷されているところでも、モノクローム(墨1色)で描いている。朝日新聞の連載小説でもカラーのページに掲載されたときは、落款だけが赤い。



中一弥:画、乙川優三郎「麗しき花実」(朝日新聞、2009年8月)


「ところが、墨こそがいちばん深い色なんだ、という人もいる。墨絵は色が排除されていますが、その一色の中に色彩の全てがある、という考え方もある。たくさん描いてきた画家が、最後には墨にいき着いた、ということも、よくあるようです。僕も墨の中にすべての色彩があると思っています。ただ、色をさんざん使ってきた人が、最後に墨絵を描くのはいいのですが、僕のように、色を知らないで、墨ばかりでやってきた人間が、墨の中の色彩について語るのは、正しくないかもしれません。ぼくの墨の中には、色彩がない、と言われても、仕方がないかもしれません。」(前掲『挿絵画家・中一弥』)と、やや弱気な発言をしている。



中一弥:画、池波正太郎剣客商売 狂乱』(新潮文庫、平成4年)
中一弥:画、池波正太郎剣客商売 勝負』(新潮文庫、平成6年)



中一弥:画、池波正太郎剣客商売 暗殺者』(新潮文庫、平成8年)
中一弥:画、池波正太郎剣客商売 天魔』(新潮文庫、昭和63年)


「ぼくにとっては、やはり、線がいちばん重要なんです。どんな画家でも、みんな、そこから入っていきますからね。本当は、色彩もやり、最後に墨に到達するのが絵の本道かもしれない。だけど、色彩を知らない絵もあってもいいとおもう。」(前掲『挿絵画家・中一弥』と、墨だけで描いているのは、一弥氏のこだわりであることを主張している。