山の、おじさん

「ふみ、出かけるまで、ママがいろいろ用意するものがあるから、その間、ふみは宿題やってね」


「え?今日の分、昨日やったじゃん」

「水曜日の分。水曜日は柔道があるから」


ふみは素直に応じた。


9:15に出かける時、ふみはもう水曜日の宿題を完成した。


総武線に乗って、千葉の外房にいる知人のところへ。


錦糸町で快速に乗り換えて、千葉で外房線に乗り換えて、目的地の駅に降りたら、もう知人のお姉さんが待ってた。


お姉さんの車に乗って、さらに15分ぐらい、知人のおうちとお店に着いた。


さっそく、ふみとニワトリを見に行く。

ニワトリ小屋、ではないね、立派な鶏舎だわ。たくさんのニワトリさんがいて、鶏舎の外で、あちらこちら自由にお散歩しているのは、烏骨鶏がほとんど。


ニワトリたちは頭を傾けて、わたしたちを不思議そうに見る。


小さい頃ニワトリを飼ったことがある(こんな大規模ではないが)わたしは、目の前の風景を懐かしく思い、首をドアに突っ込んで「わ〜いっぱいいる、ふみ、おいでおいで」


ふみは大興奮かと思ったら、鶏舎の5メートル手前で足が止まって、妙な顔をする。

「どうしたの?おいで」

「え?…」ふみは眉を軽くひそめて、苦笑いを見せ、やはり前進しない。


ああ〜、この人、この匂いが苦手なんだ。

やっぱりね、町で生まれ暮らしてると、こうだもんね。なさけないわ。


「ふみ君、たまご。はい、手をだして」鶏舎から出た知人は、3個、産みたての卵を持って、一個ふみへ差し出した。

「あっ、温かい!」


「うしろにクレソンとか、フキとかあるから、好きなように適当に採って」と知人は急いで店へ戻った。


たまご3個持ってるわたしは、ふみに、鶏舎のドアを閉めるのを頼む。

ふみは、やはり妙な顔なままで立ち止まってこっちには来ません。


しょうがないわね、片手でドアを閉める、思わずに両手に力を入れる。
すると、ドアは閉まると同時に、こっちの掌のたまご、一個割れた。


急いで走って知人の店へ。
「ごめんごめん、たまに殻が軟らかいのあるから、きっとそれだね」


「いや、あの、力を入れてしまって…」知人は、もういないや。


風のように知人はまた現れ、手に包丁を持ってる。
なんで?!ニワトリを。なにも、悪くないのよ、そこまでしなくても。

「…クレソン、包丁で切ったほうが早い、持って行って」



裏の空き地に行ったら、水辺にたくさんのクレソンが!

クレソンが大好きなわたしなので、手が止まらないで摘む摘む。

ふみは摘むのではなく、引っ張るから、根っこの泥が、わたしの顔まで跳びはねて来て\(◎o◎)/



「ふみ、つくしよ」

「あ、ぼく、つくし採る。だってぼく、保育園のつくし組から入ったんだから。…、あ〜、保育園、卒園したくなかったな〜、楽しかったな〜」


へぇ〜、卒園に対しての感想、初めて語ったね。そうなんだ。


わたしはフキを。
フキは若くて、まだ短い。でもこのほうが軟らかいでしょうね。


「あ、虫だ」

ほんとう、虫さん、たくさん出てる。飛んでるの、跳ねてるの、這ってるの、都会より、ここの虫たちは胸張って、のびのびしてるな。


ふみは、どこでものびのびだけど。


「蛙さんだ」


捕まえるチャンスは何回もあったが、結局ふみのちょっとした戸惑いにより、逃げてしまった。

「ふみ、捕まえてよ。だいじょうぶよ、かわいいじゃない、あ、かわいい」
わたしの言葉に、偽りを感じ取ったか、ふみは、なかなか本気に捕まえようとしない。

「どうして?ヤモリがだいじょうぶなのに」

「だって、背中がぶつぶつみたいなのあるもん」
?このセリフまで、わたしっぽい。

ふみのそばが、わたしじゃなくて、パパだったら、ふみは、とうに捕まえて、あっちこち自慢してるのでしょう。



車に乗って、築百五十年の民家へ。

ここで、あるNPOの、町づくりについての集会を開く。


手作りのチラシの、来賓の中に、わたしの名前もあった。


ここでは、東京から移住してきた方も結構いる。元マスコミ、元大学教授、など。


お弁当は、春のもの。


囲炉裏で、筍のホイル焼きがフツフツと言ってる。


たけのこ、わたしには初物だわ。軟らかくて、おいしい。


竹の筒に盛っていあるのは、ドブロク。

アルコールがダメなわたしは、遠慮したいと思って、形式的に一口飲んだら、わっ、なにこの美味しさ!

まろやかさと、なめらかさの中に、ピリッとした辛さがあって、もう絶妙だね!


気が付けば、一杯を飲みほした。

「どうしよう、飲んでしまった」と知人に言うと、
「いいんじゃない?」と知人はさらに入れてくれる。

結局ドブロクを二杯飲んだわたし。
人生初。

これを作った方は、山師をやっている方で、「これね、ほんとうにだいじょうぶ、酔わないよ」。


山師、初めて会うんだわ。


こんな方も今じゃ珍しい、と、みんな口揃って賞讃する。
山のことなら、なんでも知っていて、なんでも作れる、木を切る時のノコギリ一つの入れ方だって…。


「山は荒れてる、手入れしていないから、このまま…」山師は手に杉を枝を持って、話してる。
「山は、泣いてるよ」山師の目には涙が光る。


山のこと、なんにも知識ないな〜と思いながら、竹の筒を持ちあげてドブロクを口に運ぶ。


竹の樽の解体と組合せを見せる山師。



知人は、ふみを誘って、裏の山の“探険”へ。


あっという間、ふみたちは視野から消えた。


下で待ってるわたしは、やってきた山師とお喋り。


山についていろいろと尋ねて、「はっはっは」と笑いながら、山師は気さくに答えてくれる。


「文学作品の中で、山師は、よく、この山に鉱石や宝石の原石があるかどうかって、見ればわかっていて、その山を買って、もうかる、…みたい話しは読んだことがありますが」

「はっはっは、なるほどね。はっはっは、昔はね、金山があったり。今の日本の山、ないね。銅の鉱山ぐらいかな、あるなら」


「もし生まれ変わったら、また山師になりたいでしょうか」


「はっはっは、や〜、やらないね、うん」

「どうして?」

「だってー、たいへん過ぎるんだよ、うん。それに、時代にもう、合わないからね」


「時代に、合わない、ですか」


「ママ!」
ふみは、わたしたちの後ろの方に現れた。

「えぇ〜、どうやって?ずっとここで待ってたのに」


「ぼくね、Kさんとね、向こうから降りたよ」と、ふみは、とてもうれしそうにいう。


「ほっほー、向こうからかー」と山師が。


「おじさん、おじさんも登って、向こうから降りてみる?行こう、だいじょうぶよ、ぼく、おじさんの手を引っぱってあげるから」

!(^^)! なんということ!ふみは、山師をなんだと理解したのでしょう。


「あ?ああああ、はい」
山師は素直に手をふみに預けた。


「おじさん、ここ滑るからね、気をつけないとダメよ、おっとっと」


あっという間、ふみと山師は、小さい赤い点としか、やがてあの赤い点も見えなくなり。



帰りは、知人から頂いたおみやげと、あと、自分で採ったクレソンやフキをいっぱい抱え、F先生の車に乗せてもらうことに。


デザイナーのF先生は千葉市在住で、蘇我駅まで送ってくれると。

助かる〜


ふみ、車に乗った途端、気分悪いと訴え、F先生は「暑いかな」と窓を下したり、送風をつけたり。

暑いんじゃなく、ふみは牛乳パバロアの食べ過ぎよ。

牧場をやってる方が自家製の牛乳で作ったパバロア、おいしいからって、ふみは何個も食べたんだもの。懲りないね、ほんとうに。

車に乗る前に、食べ過ぎると、いつも気持ち悪くなるのにね。


幸いふみは眠ってしまって、助かった。


週末の道路、混んでて。
F先生とお話しをしながら、やがてわたしも眠ってしまい、目覚めたら、千葉市だとの表示が目に入る。

「もう、千葉ですか」

「あ、さっき蘇我駅を通る時、まだ眠ってらしたから」
「申し訳ないです、や〜、眠ってしまって、先生のお宅、遠回りになったんでしょう」
「そんなことない、そんなことない。どっちでも同じですよ。千葉駅なら、乗り換えも要らず、便利ですよ」


千葉駅前でF先生の車を見送りして、もう6時になった。ふみと駅で簡単な食事をとって、電車に乗った。


荷物が多いが、F先生のおかげで、なんの苦労もせず、うちの最寄駅についた。
車で1時間あまり眠ったふみは、すっかり元気になって。

「ふみ、山師というのは、山で仕事をして、山のことならなんでも知ってて、毎日、山を登ったりする人だよ」


「え?!」ふみは急に頭を抱えて「しまったぁ〜、ぼく、山の大学者に、いろいろ教えてたよ、どうしよう」と。

(^o^)/

「ちなみに何を教えたの?」
「そこで歩かないで、危ないよ。あとは、ここはカブト虫がいるんだよ、とか」
「その山師は何を言った?」
「そうか、でもあのカブト虫は取っちゃだめよ、たまご産むからって、でもぼくも知ってるもん、あれはメスだから、ぼくとりたくないよ、カブト虫はオスが格好いいから」


駅について、パパがお迎えに、改札の向こうに立ってた。

「パパ、今日ね、山、山、…、山の、おじさん、に会ったよ」


山のおじさん。