「利己的な遺伝子 増補新装版」

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>


あまりにも有名なDawkinsのThe Selfish Gene. これは初版が出てから30周年の記念エディション.最初に「第三版」がでたと聞いたときには第二版で見せてくれた時と同じく,その後の研究の進展に伴いふんだんに細かい補注が付されたものかと思い大変期待したが,そうではなく初版についていたトリヴァースによる序文の復活,著者による第三版に際しての序文,そしてメダワー,ハミルトン,メイナード=スミスによる書評が載せられたいわば「完全版」とでもいうべきもの.日本語版はこのほかに,フォントを大きくして組版を変えて読みやすくしてあり,「新装版」になっている.(よくわからないがフォント自体相当美しくなっている,活版からデジタル製版に移行したような読みやすさがあるように思う,また定価がほぼ据え置き(税込み2800円から税前2800円に)というのも評価できる)

あまりにも有名な本書なので今回は書評というより感想だが,やはりこのような名著を何年かごとに読み直すのは大変に楽しい.私自身の経験でいうと初版を読んだのが1986年.当時は全く無名の本であったように思う,たまたま紀伊國屋書店出版コーナーで見かけて手に取ることがなければこの「生物=生存機械論」といういかにもトンデモ風の邦題のこの本を買うことはなかったのではないだろうか.いずれにせよすでに原書出版後10年,訳書出版後5年経過していたということになる.この初版との出会いは相当に衝撃的な読書体験で一気に進化生物学にはまるきっかけになった.(後に長谷川眞理子先生もこの本で目から鱗が落ちたようなことを書かれており,少しうれしかったりした・・・もっとも矢原先生の感想は少し異なっており,これはこれで脱帽するほかありません)ちゃんと「利己的な遺伝子」と改題され膨大な補注がつけられた第二版は1991年に読み,そして今回2006年ということで,しっかり通して読んだのは15年ぶりということになる.

内容的には遺伝子淘汰主義の見方,包括適応度の考え方,ゲーム理論と進化的に安定な戦略の意義が中心だが,細かな論考が各ページにあふれており全く飽きることなく読み通せる.15年のうちに私自身の理解も深まっていることもあり,おそらく最初に読んだときには浅く読み飛ばしていた部分の深さに気づくようなこともしばしばあった.たとえば「ハミルトンの1964論文のコアになっている血縁係数の難しい議論をここではいったん『今問題になっている遺伝子がまれなものとして』という前提でとばしていますよ」というような記述とそれについての補注とかの深さは改めて気づくと感慨深い.また所々にある遺伝子が「利己的」ということの意味についてのくどいほどの説明は社会生物学論争で批判されている背景があるわけだというような背景の見え方も年月とともに変わってくる.
おそらく30年前の本で理解に古さを感じさせない生物学の本はほとんど無いと思われるが,本書はそのまれな例外といってよい.ダーウィンの諸著作は(もちろん古さを感じさせる部分がないわけではないが)今でも十分読むに耐えるいろいろな示唆に富んでいるが,この本もその世界にやや近いような気がする.コアの理解が的を射抜いている論考だけに許された輝きにあふれているとでもいうべきだろうか,物事の本質的な理解を著者と共有できるという読書の楽しみをじっくり味わえる本だと思う.

新装版の追加部分としてはハミルトンの書評が面白い.ここにもフィッシャーが登場し,この英国の進化生物学者の系譜におけるフィッシャーの重要性がかいま見える.

一度読んだ人にも何年かたってもう一度読み返すいい機会としてこの新装版の出版を歓迎したい


The Selfish Gene

The Selfish Gene