栗田勇詩集『仙人掌(さぼてん)』より


 
 栗田勇は詩人である.一晩で読み切ったロートレアモンの『マルドロールの歌』(現代思潮社)の訳詩以来、栗田勇氏の夥しい著作、講義、演劇(人間座公演『愛奴俳優座劇場)に接してきた。現在は、日本の高僧の評伝の仕事などで評価され、昔の亀井勝一郎を思わせる存在となっている感じである。わかりやすい現代「日本浪曼派」という呼称がふさわしい。しかし、かつて『サボテン』という詩集を出し、それを収めた詩集『仙人掌』(書肆山田)があったことは、あまり知られていないようだ。
 ある夜中野にあった新日本文学会の事務所2階の会議室で、「いいだ・ももさんとの義理で来た次第」との口上で始まった、傍らに盃を置きながらのサドについての講義は面白かった。そのときにみずからの詩「サボテン」を詠んでくれた。知性と感性の統一において説明の言葉では掴めないものを、伝えようとしているように思えた。挑発的な声の出し方に、大いに刺激され感動した。その「サボテン」の第4聯(stanza)と第5聯(stanza)から。

 あたらしい砂漠の、ただ一つきりの生物は、執念く空
 を指さしつづけ、ぬめぬめと、しなやかな鞭ともみえ
 る透明な触手を吐いて、まひるの星の暗号をまさぐっ
 ていた。時はゆれ、乱れて、記憶と予感の二つの影の
 もつれるあわいに、サボテンは紫の花びらをひらきは
 じめる。時の淵にねむりこけた雄蕋から、絹の花粉
 が、数しれずとびたち、微かな羽音で夕空をそめて…
 ……


 いつしか、忘却を枕に横たわる大砂漠を、夜が、侵し
 はじめ、すきまなく 金箔が空の奈落をぬりこめる。



⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のクジャクサボテン2鉢.小川匡夫氏(全日写連)撮影.⦆