大学入試に関する日経新聞の記事を読んで ② リベラルアーツは日本の実情に合っているのか?


大学入試に関する日経新聞の記事を読んで ① 東大の「秋入学、春卒業」に関して


「大学入試」というよりは、日本の大学に関して論じた、10月22日の朝刊「教育」面の鈴木典比古氏による「勉強させる教育改革を」という記事について

鈴木氏の肩書きは「大学基準協会専務理事」というもので、この公益財団法人「大学基準協会というものと、先般文科省から解散命令が出されることになった高崎市創造学園大学を「評価」したのはまた別の団体で、公益財団法人「日本高等教育評価機構というらしく、名称もやっていることも同じ様な二つの団体でなんですけど、一昨年の蓮舫氏が先頭に立って行われた「仕分け」の網に引っ掛からなかったのかどうなのか、何がなんだかわかりませんが、この鈴木氏が挙げる日本の大学教育の問題点とは、

1.大学の立地環境
 アメリカでは大学は「都会を離れた閑静な田舎に立地」しているのに対して、日本は「大学は大都市に集中し、十分な学生寮もない。学生はアパート暮らしか長時間かかる自宅通学で、学費や生活費のためにアルバイトを余儀なくされる。」から、日本の大学生が十分に勉強できない。
2.大学間移動、単位互換
 アメリカでは一旦どこかの大学に入学してから、成績でより良い大学に移れるので、それが勉強の動機付けになっている。日本はそれができない。
3.シラバス
 日本の大学のシラバスは不十分なので、学生が必要な予習ができない。
4授業の規模
 日本の大学の大規模授業は出席率が低いが、アメリカでは少人数の授業が行われている。
5.試験と成績
 日本の大学は学期末試験の成績だけでつけられることが多いが、アメリカの成績評価は中間試験、最終試験、小テスト、グループプロジェクト、プレゼンテーションや授業出席などきめ細かい尺度で評価される。
6.リベラルアーツ
 アメリカのリベラルアーツ大学では、入学時点で学生の専攻は決まっていないので、学生が専攻分野を選ぶために教養科目を幅広く履修しながら模索するので多様な樹木を育てるように「雑木林型教育」であるのに比べて、日本では、入試は学部毎に行われるので、専攻分野を悩む段階がない、同質的な人材を輩出する「人工植林型」教育である。

だそうなんですが。
もう、いい加減聞き飽きた!と言いたいくらい、どれも以前から言われてきたことばかりで、取り立てて目新しいものはありませんし、「米国で10年、日本で26年大学で教えた経験」がおありの鈴木氏ですが、アメリカとは違う日本の実情と、実際は変革が進んでいる日本の大学の実情との両方を理解されていないのではないか、と。

先ず1の大学の立地ですが、中央集権、しかもウルトラ東京一極集中の国である日本と、連邦制度の国であるアメリカやドイツと比べてはいけない訳で、例えば同じく中央集権の国フランスではパリ大学パリのど真ん中にありますし、イギリスでも、オックスブリッジは郊外にありますが、ロンドン大学LSEロンドンのど真ん中にあります。アメリカでも、コロンビア大学ニューヨーク大学ニューヨークのど真ん中ですしね。ソルボンヌやLSEの学生が、アメリカの田舎町の大学生よりも勉強しないということはないと思われますので、では何故日本で東京の大学に通う大学生が時間や経済的に余裕がないのかを考えて頂きたいものです。


2から5については、大学にもよりますが、日本の大学も着実に変わってきている、と申し上げたいですね。娘が去年大学に入学して驚いたのは、「今度中間テストがある」というのです。「えっ?中学や高校じゃあるまいし。」と思ったのですが、今、「中間テスト」がある大学、授業は結構あるらしいです。勿論学部全体の必修科目は大教室の授業もありますがそれも昔(我々の学生時代)とは違って「出席カード」などで出席をとるそうですし、語学などは恐ろしいほどの少人数クラス、プレゼンも必ず回ってくるらしいですし、ちゃんと最初の授業の時に評価の基準(テストが何%、出席が何%、レポートが何%)と明示して下さる先生が殆ど。シラバスはネットで見られるのは当然で、更にイエローページかと思うくらい分厚い冊子も配布されますし、単位互換だって、例えば、東工大、一橋大、東京外大、東京医科歯科大の4校は単位互換があるはずですし、早稲田&同志社慶應経済&東工大、他にも色々と単位互換制度は進んでいるみたいです、又しても我々の時代では想像もつかなかったことですが。「編入」制度も、ちゃんとあります、どころか「大学編入試験」対策の予備校やオンライン講座までがある始末ですから。「大学基準協会」の要職にあられる鈴木氏は、このようなことをご存知ないはずがないと思うのですが、もしかしてご存知ない?日本の大学もちゃんと改革すべきところは改革しているのが正しい現状だと思います。勿論、旧態依然の大学もあるでしょう。逆に言えば、この10年から20年の間、必死に改革を行ってきた大学だけが、確実に評価されているということだと思います。



6の「リベラルアーツ」に関してですが、確かにリベラルアーツの教育も素晴らしいとは思います。しかし、鈴木氏が意図的に書いていないのか、それとも書き忘れてしまったのか、わかりませんが、アメリカのリベラルアーツの大学はとても学費が高い!のです。それはそうでしょう、広大な敷地の中に建つ素晴らしい校舎、教員と学生の比率が1:5とか1:4とかの夢のような教育環境には、それなりにお金がかかります。日本でもしアメリカのリベラルアーツ並みの大学を作ったならば、一体どれだけ学費がかかることか。現状の私立の大規模大学ですら一年間で100万円前後かかるのに、リベラルアーツの学費ってどれくらいかかると思いますか?それの2倍?3倍?甘い甘い。リベラル・アーツ大学の代表である、Amherst、Williams、Swarthmore大学で、授業料であるTuition & Feeだけで、$44,610、$44,920、$43,080かかり、加えてリベラル・アーツの大学は風光明媚なド田舎にあるので自宅からは通えず当然寮に入る訳ですが、寮費と食費(Room & Board)が$11,650、$11,850、$12,670かかります*1。つまり合計で1年間で日本円にして450万円!円高の今の換算ですらこの金額!不況に喘ぐ日本の親には支払い無理ですよ、我が子が、フットボールとバスケとバイオリンと数学で奨学金を貰えない限り!加えてもう一点鈴木氏が書き漏らしていらっしゃることがあって、アメリカの名門リベラルアーツの卒業生の多くは、卒業後メディカルスクールやロースクールなど大学院に進む、ということです。つまり、大学院進学を前提にしていて、大学時代の4年間は「教養」を身につける贅沢な時間であり、大学を卒業してすぐに就職する学生が殆どの日本の大学、否、大学3年生の秋からは大学生らしい生活すら送れない日本の大学では、望んでも手に入らない贅沢なのです。そして、4年の大学生活を終えるとすぐに社会に出る学生が殆どの日本の大学の中で、例えば大学1、2年生を「教養課程」としている東京大学の学生は、制度上は鈴木氏の言う「リベラルアーツ」の精神に則っているのだと思いますが実際は「進振り」と呼ばれる事実上評価点の平均点での振り分けで専門課程への進学が決まるので、苛烈な入試を通り抜けてもまだ教養課程の2年間は「点数」に縛られているのです。リベラルアーツの2年間を過ごしたのはよいけれど、行きたいと思っていた専門に行けなくて、折角入った大学で気が進まない専門を学ぶ、しかも専門課程に進んで半年後にはもう就活、というよりは、限られた4年間の中で入学時点で専門が或る程度決まっている方が、日本の実情に余程合っているのではないでしょうか?勿論、入学後にやりたいことが変わった学生に対処できるように、転部や転科の制度が必要でしょうが(←これも今はそこそこちゃんとあるのです)。


つまり、一言で言うと、腐っても世界第三の(←GDP中国に抜かれましたよね・・・)経済大国、そして世界何番目かは知りませんがかなり上位の文明国である日本の大学は、鈴木氏から見れば色々と至らない点もありましょうが、一昔前に比べれば自ら改革を行って、高度な大学教育を行っているのです。日本という国が傾いて財政的に大学が影響される事態にならない限り、日本の大学は教育水準にはもっと自信を持っていいと思います。

一番虚しい議論は、「アメリカのリベラルアーツの教育を真似するべきだ。」云々の、今までも散々ぶち上げられた、この21世紀の日本の現状を無視した議論だと思います。幾らアメリカのリベラルアーツが素晴らしくても、それを今の日本に持ちこむことは全く以て不可能というものです。そして日本の大学も全ての大学とは言いませんが、単位互換や編入など、一昔前に比べれば画期的な改革を進めているところが少なくないのであって、それを評価した上での議論にならないと、建設的なものにはならないでしょう。



とすると、大学教育に関して見えてくるのは、「大学」そのものというよりは「入試制度」なのではないか、ということです。これについては次のエントリーで。


大学入試に関する日経新聞の記事を読んで ③ 入試制度はどうあるべきか?