波浪浮亭木胡桃よ、僕は歩兵でいい

※このエントリは波浪浮亭木胡桃のキャラクタソング「きゃんでぃはあとにご用心」についての批評が多分に含有されるため、これから聴こうと思われる方には所見性が損なわれる恐れがある。取り扱いには注意を要する。

 DMCDeath Devilと紡がれていったアニソンエセデスメタルの系譜が再び塗り替えられる事態となった。(デスデビルがデスメタルを標榜してたかはほんと言うとよく覚えてない)

 昨日発売のアニメじょしらく三巻。これには、日本が生んだデスメタル界の超新星こと波浪浮亭木胡桃のキャラクターソングファーストシングルが付属している。彼女の本業が噺家ということで、そのB面は落語となっている。

 この曲「きゃんでぃはあとにご用心」。発表前は一部で多大な物議をかもした。要するに「デスメタルかポップスか」という命題である。事務所の意向なのだろうか、可愛い系のキャラで売りだされているが、彼女は生粋のメタラーだ。hideモデルの色違いモッキンバードでギグを行い大手ショッピングサイトではアーチエネミー(だと思う)のCDを購入する。私生活では主にデスメタルを聴いているという。
 だが裏腹にその彼女は、ポップスを歌わされてもおかしくない立場にいる存在である。こうしたジレンマが彼女を見守る全国何千万人のファンの注目を一身に集めた。
 これは格闘技でいうところの「Fist or Twist」や、プロレスで言うところの馬場か猪木か、ポケモンは赤か緑かといった永遠に答えの見出し得ない、それゆえ各人の判断にゆだねるしかない問題であった。だが、我々は幸運である。この命題においてその答えを知ることができたのである。

 曲は、かわいらしい声と元気でキラキラしたアイドルポップのようなフレーズからはじまる。
 ド頭聴いた瞬間、「ああ売れセンかよ日和やがって……」と絶望の淵にたたき落とされることになったが、カンダタが前にたらされた蜘蛛の糸が如く救いあげられる。キグちゃんの甘い声が妖艶なトーンに切り替わった瞬間、ハイゲインのギター音が厚かましく割り込んできたらば、「そうだ、俺たちはこれを待ち続けていたんだ」と涙を禁じえないことは請け合いである。

 ポップスとメタルとで交互に交わされた掛け合いは、やがて両者が平和的に歩み寄るかたちでひとつの音の奔流へと結実する。エモの影響のうかがえる展開へ力強くいざなう。キメなどは非常にツボというものをわきまえており、聞いた者は思わずうなり声をあげている自分を発見するはずだ。

 そうした音たちの交歓は冒頭の歌詞「欲張りなのよ」というワンフレーズにすべて集約しており、そこだけでない、曲展開と歌詞との非常に作りこまれたシンクロには感心することしきりである。

 それにしてもこの曲は意地が悪い。曲提供者の、先述の命題を可視化した上でいっちょうだまくらかしてやろうという心意気を感じる。そうして世に問われたのが、それらを表裏というかたちで幸福な融合を果たし提出されたこの曲である。

 問題点としては木胡桃氏の深みのないデスヴォイスがこの曲では披露されなかったことと、オブリガートで挿入される低音部が過剰なエフェクトに塗り固められておりという点、またポップス方面に舵をきりすぎてしまったためかトラック自体もヘヴィメタルではあるもののデスメタルと呼べない代物になってしまっているという点か(かろうじてメロデスと呼べるかな、くらいで、メタルコアっぽいのを想定してたもんだからちょっと残念)。
 今の路線でやるのなら、どうせならアンドロイド設定を拾って人力ボカロ的なものがあればうれしかったとも思うが、まあ贅沢というものだ。

 この曲は間違いなく、知名度にあぐらをかいたためか曲としてはなんら面白くなかったDMCや擬似的なメタルバンドという立ち位置に特化した(にもかかわらずこれもヴォーカルにエフェクトかけすぎだったけど)デスデビルと違い、これはアニソンとメタルの波打ち際において、また新たな文脈を形成する存在である。波浪浮亭木胡桃は、じょしらくという作品とともにこうして歴史に名を刻みつけた。
 本当にすさまじい曲が世に出たものだ。波浪浮亭木胡桃、彼女一人いれば日本の音楽シーンをけん引するのに足るだろうと確信できるエネルギーが、この曲からはあふれている。彼女の次回作が楽しみである。