『立喰師列伝』

映画としての評価を云々する気など起こらないくらい趣味的な作品ではあるが、これまでの押井守作品、特に『赤い眼鏡』や『犬狼伝説』の歪んだセンチメンタリズムが好きな人には、十分楽しめる内容になってると思う。
八人の立喰師たちのエピソードをオムニバス的に連ねるという形式になっているのだが、先日のトークショーでの話によれば、どのエピソードが好きかというのは人によってかなり異なるらしい。俺的には「冷やしタヌキの政」と「フランクフルトの辰」のエピソードが面白かった。


「冷やしタヌキの政」のエピソードは内容的には『犬狼伝説』の「野良犬−マッハ軒立喰師撲殺事件異聞」とほぼ同一であり、その点では特に感慨を新たにする部分はない。しかしこのエピソードは押井的な意味での「戦後」の終焉を象徴するものとして位置づけられており、それだけにマッハ軒に雪が降る光景に吉本隆明の詩が流れるシーンの挽歌的センチメンタリズムは、けっこうグッとくる。


「フランクフルトの辰」については、この煮え切らないキャラクターが俺としては一番感情移入しやすかったということもあるが、寺田克也の外貌と山寺宏一の声がこのキャラクターを原作よりも遥かに面白いものにしていた。現実とも幻想ともつかぬ世界の中で繰り広げられる内面葛藤劇という形式が、きわめて押井映画にマッチしたものであったせいでもあるのかもしれない。
加えて、辰の母親を演じる榊原良子の演技がとても素晴らしかった。ああいう老婆役をやったのは多分はじめてじゃないかと思うが、これまでの榊原良子の演技の中で、もしかすると一番素晴らしかったんじゃないかと思う。