シャンゼリゼ劇場


ル・アーブルで大活躍だったオーギュスト・ペレだが、もうひとつだけ彼の作品を紹介させてもらおう。彼の作品はもちろんパリにもたくさんあり、すでに述べたようにエッフェル塔などかなり中心部に多く立地している。その中から今回紹介したいのはPont de l'Alma橋の北側に位置するシャンゼリゼ劇場である。シャンゼリゼといってもシャンゼリゼ通りからは一本入った高級ブティック街に静かに位置しているため「あれ、ここなの?」といった第一印象を受けるだろう。僕もたまたま会社の本社がAlma橋の南側にあったため、用事ついでに立面だけ見ようと思い行ってみたのだが、なんだか右翼か左翼が好きそうなダメな新古典主義建築的ファサードでかなり戸惑ってしまった。というより、ペレの作品だとはどうしても信じられなかった。RC打放しでないどころか大理石研磨仕上げ、窓サッシは金!しかも頂部にはなんだか変なレリーフまで彫られちゃっている。どうなのよこれは、ということでその日はげんなりして帰ってきたのであった。で、ちょっと調べて納得したのだが、ここはペレとアンリ・ヴァン・ド・ヴェルドというアール・ヌーボーの代表的建築家の共作なのである。厳密にはヴァン・ド・ヴェルド設計、ペレ事務所施工(彼は兄弟で建設会社も経営していた)というかたちだったものを、かなり強引にペレが設計まで自分のものにしてしまったというのが実際のところのようだ。さらにファサードレリーフをアンドワーヌ・ブールデルが担当し、ホール天井をモーリス・ドニエドゥアール・ヴュイヤールが担当するという当時最先端のデザイナーが集結した建築だったのである。でも僕としてはやっぱり今一つそのファサードには納得できなくて、内部空間をどうしても見てみたいと思いバカンス明け一発目のフランス国立フィルのコンサートへ行くことにしたのだった。
クラシックが好きな人なら知っているかもしれないが、ここはこけら落としストラヴィンスキーの『春の祭典』が演じられその作品性をめぐって上演中に観衆が本気の殴り合いをやったという、まぁ今聞くとなんだか微笑ましい逸話がある場所なんだが、ここはそういうパリが(建築だけでなく)モダニズムの中心だった頃の象徴みたいなところなのである。そんなわけで国立フィルも当然そこを意識しており、バカンス明けの演目はドヴィッシー『牧神の午後への前奏曲』『海』メシアン『ほほえみ』そしてストラヴィンスキー春の祭典』という、これならパリ市民も観光客も文句なかろうというフランス近代音楽の王道チョイスであった。
コンサート当日、劇場前は普段では信じられないほどの人でごった返し、テレビ局にラジオ局にとメディアも詰め掛けている。老若男女いろいろな人たちがいて、みな正装をしているわけでもないのにセンスの良い服を着こなしている。そしてエントランスの風除室を抜け二階吹き抜けのこじんまりとしたホワイエに足を踏み入れて初めて、これが紛れもないペレの建築だということに気づく。と同時にヴァン・ド・ヴェルドとの絶妙の競演、互いの持つ技が融合し一見どこからどこまでがペレ(またヴァン・ド・ヴェルド)の領分なのかわからないほど息の合った空間づくりに驚く。ペレが打放しコンクリートをパラディオ流グリッドで豪快に見せれば、ヴァンドヴェルドは花をモチーフとした手摺をエレガントに仕上げる。ペレの無骨なRCで覆われた通路の天井にはヴァンドヴェルドの照明の影が落ち、真白い空間に大きな蜘蛛の巣が張られたかのようである。とにかく至る所これでもかというくらいペレの構成とヴァンド・ド・ヴェルドのディテールが火花を散らしている。
そして各所を一通り見渡したのち、メインディッシュであるホールへ。ホールへのドアを開けると、とにかく何よりはじめに巨大な天井照明とによる天井画が目に飛び込んでくる。この天井照明は特別にエドゥアール・ヴュイヤールが担当しているのだが、ちょっとアールヌーボーをやるには大き過ぎる感じがある。また、モーリス・ドニによる天井画も建築に比べるとどうしても古さを感じてしまう。が、逆にこれ以外の選択肢が当時あったかと言われると、確かにペレにここを設計させるのはちょっと華がなさすぎるかもしれない。そして自分の席を探しながらホール全体を眺めると、想像した通り平面的には小さいのだが垂直方向に高くしかもホールを中心に円を描くプランニングになっているため竹筒の中にいるようである。席を見つけ座ろうと思ったのだが、これがまた小さい。測ってはいないがおよそ400mm四方弱くらいなので、劇場の席としては少し小さい。しかもその日は満員御礼の大入りだったので右も左も無いような状態であり窮屈な思いをしながら待つこと数分、ようやく開演する。そして『牧神』が終わり拍手が鳴り終え『海』が始まるあたりから、どうしたことか徐々にこの空間がとても心地よく感じられ始めたのだ。依然窮屈なのには変わりがなかったが、大勢の観衆がひとつの閉鎖された空間を共有し、舞台上で繰り広げられる演奏を中心にホール全体を熱気が包む。その熱気が自分の席の四方八方から感じられ、という客席数を持つホールでありながらあたかも芝居小屋かライブハウスにいるかのような一体感を持っているのだ。なるほど音楽を聴くということはこういうことだったのかということを思い出させられる。最近随分とクラシックのコンサートからはご無沙汰していたが、こういうホールであれば音楽の聴き方も変わってくるだろう。残念ながらこの特殊な平面のためお世辞にも音響は良いとは言えないのだが、それでも音響設備だのリクライニングシートだのばかりにこだわる設備重視のホールに比べればこの方がよっぽど音楽を聴くための場所として根源的な性質を持っていると言える。
しかし面白いのは、この設計を巡ってはペレがヴァン・ド・ヴェルドの設計案に対して(特に構造について)散々因縁をつけた挙げ句仕事そのものを自分のものにしまったわけだが、今まで書いたようにディテールはほとんどヴァン・ド・ヴェルドの設計をそのまま許容していると思われるし、さらに彼はここで用いた階段の手摺りディテールを全くそのままル・アーブル市庁舎の大階段に用いたりしている。こうしたディテールをどの程度誰が設計したかは手元の資料では分からないが、いずれにしてもこの建物がペレの作品の中で非常に異質な光を放つと同時に、世界でも希に見る新古典主義アールヌーボーの融合作品であることは確かなのである。

施設名称:Théâtre des Champs-Élysées
設計者:Auguste Perret, Henri van de Verde
施設用途:劇場
竣工:1912
住所:15 av. Montaigne, 8e, Champs-Élysées, PARIS
最寄駅:Pont de l'Alma
参考HP:http://www.theatrechampselysees.fr/