『羅生門』みた。
早起きして録画してあった『羅生門』をみる。未見である。はずかしい。ちなみに原作の『藪の中』も未読である。さらにはずかしい。
羅生門のオープンセットがすごい*1。雨がすごい*2。志村喬が森のなかを歩いてゆくところがすごい*3。三船敏郎が、なんというかちゃんとした芝居をしているのがすごい。えーとこの「ちゃんとした」っていうのはつまり、演劇的とでも言いましょうか、演じることに自覚的と言いましょうか、面倒なので説明するのパス。
見ているあいだずっと考えていたのは、この程度のことはたぶん公開当時から言われたりじっさいにやられたりしたんじゃないかとおもうのだけれど、これこのまま舞台に乗っけられるなあということ。
そうおもうのは、全体の構造が杣売りが自分の見聞きした話を下人に語って聞かせるというスタイルだから。つまり、自分が「演劇的だ」と感じるのは、俳優がその語りの力で、その時・その場にない物語を現前させようとする部分だということである。すなわち、たんにAとBが喧嘩するという行為を観客にみせるだけでは十分でなく、「今ではないいつか」に「ここではないどこか」でAとBが喧嘩をした様子はこのようであったよ、と観客に語るという行為が(自分にとって)演劇的な体験なのだということである。というわけで、舞台のうえにリアルな大道具を建てこんでやる芝居って好きじゃないんだよね。
映画から話がそれてしまった。このようにいろいろすごいとはおもったのだけれど、話そのものは正直いって他愛ないような気がする。冒頭から志村喬が「おそろしいおそろしい」と大仰に言ってみせてるけど、事件の粗筋が語り手によってちがうというのは「真相がわからなくて不思議だな?」という感想にはなっても「おそろしい」にはならないと思うんだよね、常識的に考えて(←流行語をつかってみました)。あとから読んだ芥川の原作のほうもぜんたいにシニカルな、「しょーがねーなー人間て」という調子で書かれているように読めたのだけれど。それを殊更おそろしがってみせたり、幕切れに赤ん坊のエピソードをつけたしたりするのは悪しき文学趣味のようにみえるんだがなあ。
借りた本。
というわけで図書館に行き、
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『芥川龍之介短篇集』という本は知らなかった。去年の6月発行かあ。配本なかったなあ。村上春樹が序文で、
芥川龍之介は日本における「国民的作家」の一人である。もし明治維新以降の日本における、いわゆる近代文学作家の中から、「国民的作家」を十人選ぶための投票があったとしたら、芥川はまず間違いなくその一角を占めることだろう。私見ではあるが、そのリストには彼のほかには、夏目漱石、森鴎外、島崎藤村、志賀直哉、谷崎潤一郎、川端康成、といった名前が並ぶのではないか。確信はないけれど、太宰治、三島由紀夫がそのあとに続くかもしれない。夏目漱石は疑いの余地なくトップをとるだろう。芥川は、うまくいけば上位五人の中に潜り込めるかもしれない。これで九人、あとの一人はなかなか思いつけない。
と書いているけど、これは暗に「自分が」と言ってるようにしか見えないんですが。
『四十日と四十夜のメルヘン』は表題作のエピグラムがなにより恰好いい。もう本文読まなくてもこれだけで決まりじゃ!(何が) とおもってしまう。