啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

 

2017-12-25

[][] 啄木の歌を詠み直すことで、生き生きとしてきた

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[フユザクラ]


啄木の歌をケセン語に訳したおんばの朗読会 北上

  • 岩手の歌人石川啄木の短歌を気仙地方の方言「ケセン語」訳で鑑賞する催しが23日、北上市日本現代詩歌文学館であった。「おんば(おばあさん)」の朗読を聴き、来場者は言葉が持つ深みや啄木の短歌の魅力を堪能した。
  • 「おんば訳啄木」は、詩人の新井高子さんに同館が協力した震災被災者の支援策から生まれた。成果は「東北おんば訳 石川啄木のうた」(未来社刊)として形になった。その編集に携わった大船渡市の詩人金野孝子さんが年季の入ったケセン語で啄木の歌を朗読した。

 ふるさどの訛(なまり)ァ懐(なづ)がすなぁ 停車場(てーさば)の人(ひど)だがりン中(なが)さ 聴ぎさいぐべぇ

 (ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく)

  • 金野さんは「震災で被災した人たちも自分たちの言葉で啄木の歌を詠み直すことで、生き生きとしてきた」と話した。(斎藤徹)

(2017-12-25 朝日新聞)


記事



2017-11-28

[][] 完成!定本『悲しき玩具』啄木研究100年の集大成

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 『悲しき玩具』一握の砂以後 (四十三年十一月末より)

    石川啄木 著・近藤典彦 編 桜出版 2017年11月25日発行





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編者・近藤典彦氏「解説 悲しき玩具」より

  • 『悲しき玩具』は、勤め人の日常(たとえば出勤、サボり、夜勤=残業帰り等)の歌、また勤め人の家庭生活(大晦日、正月、飲酒等)の歌、印象的でもある病臥の歌、そして愛児京子をうたう父親としての歌、妻をまた夫婦の関係をうたう歌等々。
  • 短歌の世界にこうした日常生活詠を創り出したのはおそらく啄木の功績であろう。






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編者・近藤典彦氏「あとがき」より

  • このたびの『一握の砂』・『悲しき玩具』は、定本化を目指しました。そしてそれが基本的に実現したと自負しております。
  • 啄木文学の最高傑作『一握の砂』を読んだ方は『悲しき玩具』に向かわれるでしょう。『悲しき玩具』には「白鳥の歌」二首があります。「白鳥の歌」とは、「白鳥が死の前に歌うと言われる美しい歌、転じて作曲家や詩人の最後の作品」のことです。わたくしは「悲しき玩具」の最後(補遺(上の写真左側))の二首が啄木の「白鳥の歌」だと思います。
  • この二首を歌ってまもなく啄木は亡くなりました。そして「悲しき玩具」もこの二首で終わります。
  • しかし本書の場合一つの歌集の終わりは、もう一つの歌集の始まりを孕んでいます。歌人石川啄木の誕生を告げる歌々すなわち「仕事の後」が始まります。
  • 「仕事の後」は生き生きと啄木短歌の変遷・発展の様子を知らせつつ、『一握の砂』に向かいます。だから「仕事の後」の終わりはそのまま『一握の砂』の始まりなのです。
  • こうして二冊は「白鳥の歌」二首をいわば死と再生の枢(くるる)として不滅の連関を孕んだのです。心ゆくまで二冊を楽しんでください。



 『悲しき玩具』一握の砂以後 (四十三年十一月末より)

    石川啄木 著・近藤典彦 編

桜出版 2017年11月25日発行 1000円+税

桜出版 電話. 019-613-2349 FAX. 019-613-2369

        E-mail <sakuraco@leaf.ocn.ne.jp>



2017-11-24

[][] 「戯ってで おっ母おぶったっけァ あんまり軽くて…」 啄木の歌の「おんば訳」

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啄木の歌を「おんば訳」で 詩人の被災地支援から

  東海(ひんがす)の小島(こずま)の磯(えそ)の砂(すか)っぱで

  おらァ 泣(な)ぎざぐって

  蟹(がに)ど 戯(ざ)れっこしたぁ

  (東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる)

  • 岩手の歌人石川啄木の歌を、気仙地方の方言で詠(よ)んだらどうなるか。震災被災地に思いを寄せる詩人と地元の「おんば」(おばあさん)たちが挑み、1冊の本にまとめた。異色のコラボにより、天才歌人の新しい魅力が引き出された。
  • 岩手の沿岸部は、編著者の新井高子さんが学生時代にフィールドワークをした縁のある地だった。方言による詩の表現方法を探究してもいた。啄木の歌を、おばあさんが操る「ケセン語」で一緒に訳してみたらどうだろうか。当時仮設住宅で暮らしていたおばあさんらに仮設団地の集会所に集まってもらった。最初は恥ずかしがっていたおんばたちだが、回を重ねるごとにおもしろさを見いだし、「おんば訳」の100首が編まれた。

  戯(おだ)ってで おっ母(かあ)おぶったっけァ

  あんまり軽(かる)くて泣(な)げできて

  三足(みあし)も 歩(ある)げねァがったぁ

  (たはむれに母を背負ひて そのあまり軽〈かろ〉きに泣きて 三歩あゆまず)

  • おんば訳で歌がユーモラスに響く一方、震災復興のただ中にある被災者としての切実さもより明確に表されるという新しい発見もあった。参加した延べ約80人のおんばたちの中には、肉親を亡くしたり家を流されたりした人も少なくない。

  大海(おみ)さ向(む)がって たった一人(しとり)で

  七(しぢ)、八日(はぢんち)

  泣(な)ぐべど思(おも)って 家(えぇ)ば出(で)てきたぁ

  (大海にむかひて一人 七八日〈ななようか〉 泣きなむとすと家を出〈い〉でにき)

  • 「おんば訳を通じて改めて浮かび上がった啄木の歌の魅力を多くの人に知ってもらえたらうれしい」と新井さん。本は1944円(税込み)。全国の書店で販売している。(斎藤徹)

(2017-11-21 朝日新聞)


記事


『東北おんば訳 石川啄木のうた』 編著 新井高子 未来社 1,944円


2017-11-06

[][] 堂々 完成!『一握の砂』啄木歌集の定本!

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『一握の砂』

   石川啄木・近藤典彦 編 

    桜出版 2017年10月28日 発行 1000円+税


編者・近藤典彦氏「まえがき」より

  • 『一握の砂』を読むのなら、ぜひ本書で読んでください。現在出版されているどの『一握の砂』よりも格段すぐれた版だからです。
  • 『一握の砂』(近藤典彦編)は朝日文庫版(2008年)として刊行されましたが、絶版になりました。
  • 本書では同文庫版にいくつかの訂正をほどこすとともに、その後の私の研究成果を補充しました。補充は主に「我を愛する歌」の章の脚注となって実現しています。「我を愛する歌」こそ『一握の砂』の精髄なのです。
  • 朝日文庫版では入れなかった歌番号と索引を入れるなど、使い勝手をよくしました。

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  • 啄木が始めた三行書きは「現在の歌の調子を破る」(啄木)ための、野心的なこころみでした。啄木は歌人であるとともに詩人でした。行分けには詩人啄木のテクニックが駆使されています。かれの三行書きの短歌は美しい三行詩でもあります。
  • 一行ごとに、歌と行分けが要求する小休止を置きながら、味読してください。
  • 朗読こそ啄木短歌最高の鑑賞法です。

『一握の砂』

   石川啄木・近藤典彦 編 

    桜出版 2017年10月28日 発行 1000円+税

    桜出版 電話. 019-613-2349 FAX. 019-613-2369

        E-mail <sakuraco@leaf.ocn.ne.jp>



◎ お知らせ

  『悲しき玩具』一握の砂以後 11月下旬、刊行!

    石川啄木 著・近藤典彦 編 

    


2017-10-30

[][] “あん時のセップンかど たんまげたぁ” 『東北おんば訳 石川啄木のうた』

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『東北おんば訳 石川啄木のうた』

  • 編著 新井高子 未来社
  • 2017年9月発行 1,800円+税
  • おんばの朗読が聴ける、QRコード付き

「帯」より

  訳というのは、

  単なる言葉の

  置き換えではない、

  心の共有なのだと

  感じました。

  啄木の心を、

  おんばの声で

  聞くとき、

  東北の強さ、深さ、

  自在さが

  伝わってきます。

  俵万智




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編著者 新井高子

「はじめに」より

  • 東北生まれの歌人、石川啄木の短歌をその土地言葉に訳して、本を作る──。
  • きっかけは東日本大震災でした。日本現代詩歌文学館の協力を得て、大船渡市の仮設住宅や総合福祉センターを会場に、地元の皆さんと石川啄木の短歌100首を土地言葉に訳しました。
  • おんば(おばあさん、おばさんの意。親しみや敬愛を含んだ呼びかけの言葉)たちは、ときに腕組みし、ときにでき上がった訳に大笑い。三陸海岸の、おおどかな媼が紡いだ啄木のうた。ちょっと幻想的に「海のおんばのうた」と呼びたい気もしています。

 


2017-10-06

[][] 「おらぁ 泣ぎざぐって がにど戯れっこしたぁ」啄木短歌が ケセン語に

ケセン語で『啄木のうた』、短歌を土地言葉に “翻訳”

 大船渡の女性らが協力し一冊に

  • 大船渡市の女性たちが “方言指導者” として協力した『東北おんば訳 石川啄木のうた』(未來社刊/税抜き1800円)が、このほど発売された。啄木が残した短歌100首が、ケセン語によって生き生きとよみがえるとともに、これまでにない歌の解釈や味わい方まで引き出されている。
  • 全国の読者にも分かりやすいよう、書名には便宜上「東北」と記されているが、実質的には完全なる「ケセン語」訳。年長の女性たちに対する親しみと尊敬を込め、「おんば」という語もタイトルに加えられた。
  • 「おんば訳」によると、本紙の紙名の由来にもなった有名な歌「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたはむる」は、

「東海(ひんがす)の小島(こずま)の磯(えそ)の砂(すか)っぱで おらぁ 泣ぎざぐって 蟹(がに)ど戯れっこしたぁ」となる。

  • 啄木の歌は、青春の胸の痛みや孤独な内面といった内容から愛唱されることも多く、本人についても、ナイーブさや “気取り屋” な面が強調されがちだが、おんば訳には、生活に根差した目線と、どこか骨太なたくましさとが漂う。
  • 問い合わせは各書店まで。

(2017-10-06 東海新報)


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2017-08-16

[][] 啄木は宣言した「詩人は第一にも第二にも第三にも「人」でなければならぬ」

本よみうり堂 書評

 石川啄木論』 中村稔著 青土社 2800円 評・尾崎真理子(本社編集委員)

独創的かつ全力の鑑賞

  • 90歳を迎えてなお詩人、弁護士として社会に在る著者が、26歳で生を終えた永遠の青年、石川啄木の境涯を全力で伝える。
  • とりわけ、23歳で書いた「食ふべき詩」(1909年)を、近現代詩史上もっとも画期的な詩論だと評価する。啄木は宣言した。詩人は第一にも第二にも第三にも「人」でなければならぬ、詩は人間の感情生活の厳密なる報告、正直なる日記でなければならぬ――。著者も厳密な報告、正直な鑑賞に徹する。掘り進めるのは啄木を破滅に導いた借金。そこから生じた家族、友人、女性らとの、複雑で不幸な関係である。
  • 後に言語学の泰斗となる中学の先輩、金田一京助をはじめ、多くの人々がさしのべる奇特な援助が、天才の証明のように思われてくる。代用教員も務まらなかった啄木が、「時代閉塞の現状」などで示した卓抜な論評は、小樽、釧路まで新興新聞社を渡り歩くうち、挫折と引き換えに培った筆力によることも知った。読みどころはしかし何といっても、著者の独創的な鑑賞にある。
  • 〈たはむれに母を背負ひて/そのあまり軽きに泣きて/三歩あゆまず〉は、狂気に近い実存の怖れから生じた虚構だと読む。困窮の中でも、ローマ字日記を通じて日本語の声調を解放し、口語自由詩をいち早く芽生えさせた。そして、何の変哲もない日常の瑣末に「詩」を発見した。そこに啄木の新しさがあったと強調してやまない。『一握の砂』中、著者がもっとも好きな歌は、〈高山のいただきに登り/なにがなしに帽子をふりて/下り来しかな〉。
  • 貧苦とはまた別の辛苦を重ねてきた著者に、これほどの情熱をもって語らせる。啄木はやはり底知れない。

(2017-08-14 読売新聞)


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2017-08-06

[][] 啄木観を一新する本『石川啄木論』中村稔 著

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[ツバキ]


◯今週の本棚 毎日新聞 東京朝刊

 三浦雅士・評 『石川啄木論』=中村稔・著(青土社・3024円 2017年4月発売)


狂気すれすれのところにいた歌人

  • 啄木観を一新する本。これまで誰もまともに啄木を読んでこなかったのではないかとさえ思わせる。著者も例外ではなかった。「石川啄木ほど誤解されている文学者は稀(まれ)だろうと私は考えている。私自身、必要に迫られて啄木を読み直す機会をもつまで、彼を誤解していたと思われる」というのだ。
  • 啄木といえば青春を感傷的に歌った歌人と思われているが、違う。「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」で有名な『一握の砂』にしても、青春の感傷に訴えるものではない。広告に啄木自身「青年男女の間に限られたる明治新短歌の領域を拡張して、広く読者を中年の人々に求む」と書いているのである。「東海の」の歌にしても、啄木の人生に置いてみると「人生の辛酸を体験してきた成人の読者の鑑賞にたえる作品」であることがわかると著者は言う。
  • しかし、啄木の真の魅力はこうした作品にあるのではないと著者は続ける。「燈影(ほかげ)なき室に我あり/父と母/壁のなかより杖(つえ)つきて出(い)づ」、「怒る時/かならずひとつ鉢を割り/九百九十九(くひやくくじふく)割りて死なまし」、「どんよりと/くもれる空を見てゐしに/人を殺したくなりにけるかな」、「何がなしに/頭のなかに崖ありて/日毎に土のくづるるごとし」といった作品は啄木が「狂気とすれすれのところにいた」ことを示すが、そこにこそ真の魅力があるのだ、と。
  • 満十九歳で結婚。代用教員になるのが翌年、さらに翌〇七年には函館移住。職を求めて北海道を転々とした後に上京し、朝日新聞に勤務するのが〇九年。一二年、死去。満二十六歳。等身大の生々しい啄木の姿は悽愴(せいそう)として胸を打つ。「狂気とすれすれのところにいた」のは当然だった。
  • だが、熟慮すれば、狂気すれすれこそ人間の姿、日常茶飯の姿である。啄木は考える契機に満ちていると思わせる。

(2017-08-06 毎日新聞)


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2017-06-29

[][] 啄木は小説家になりたかったのになれなかった日本を代表する歌人

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[夏の紅葉]


「『雲は天才である』石川啄木著」 [本よみうり堂 読売新聞]

  • 啄木は、小説家になりたかったのになれなかった、日本を代表する歌人である。自負心がすこぶる高く、若き日には〈近刊の小説類も大抵読んだ。夏目漱石、島崎藤村二氏だけ、学殖ある新作家だから注目に値する。アトは皆駄目〉と書いたが、結局、小説家としては大成しなかった。
  • 故郷・渋民村の小学校教員時代に書き、〈日本一の代用教員〉という有名な文句が出てくる表題作をはじめ未完作や没作品が多く、金になったのは新聞連載の「鳥影」ぐらい。その屈辱感をぶつけた短歌が、文学を革新した。

 〈非凡なる人のごとくにふるまへる/後のさびしさは/何にかたぐへむ〉

(講談社文芸文庫 1700円)(鵜)

(2017-06-28 読売新聞)


記事



2017-01-05

[][] 啄木の “一瞬の「いのち」の記録としての歌” 草壁熖太講演

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[マンリョウ]


◎狭山・狭山水曜歌会主催講演会 2016年11月23日

草壁熖太主宰講演『石川啄木とその時代』 河田日出子


今回は石川啄木の話。

  • 詩歌は気持ちを表わすものだから人の心に響く。文学は、体にとっての栄養と同じで、心の滋養として必要だから、気持ちの表れた詩歌を、皆知りたいと思う。その心の滋養となる詩歌を作った代表的な人が啄木。
  • 日本人は詩と歌が好きで、10人に1人は詩歌を書いている。こんな国は外国にはない。日本人皆が気持ちを表わすことが大切と知っている。その詩歌を愛する国、日本の中で、啄木は一番良く読まれた。
  • 啄木はお寺の住職の子供だったので、百姓ではないという意識があったと思う。啄木は渋民村から盛岡中学に行ったが、130人中、(成績は)10番位の子だった。父親が、欲しいものは買ってやるといい、当時の新しい雑誌は全部読んでいた。啄木は文学の病気にかかり、17歳位の時、授業に出なくなり、落第点をとった。
  • 東京に出て、4年先輩の金田一京助のところに転がり込む。この人は啄木を認め、下宿代まで払っている。啄木は文学で生活が出来ると錯覚し、たまたまある幸運で19歳で詩集『あこがれ』を出版したが、反響なく失敗した。その頃、節子と結婚したが、父親が寺から追い出され、啄木が父母・妻子の生活を支えなければならなくなった。
  • 代用教員、北海道の新聞社勤めなどを経て東京へ。小説では売れず、もう、俺は駄目だと思ったとき歌で自分の気持ちが書けるようになる。真実を書いて人に伝わるようになったのだ。今日、啄木の歌だけは一冊読み通すことが出来る。斎藤茂吉の子の北杜夫は、啄木の歌は中学生でも書けると言っているが、と聞いてきたが「書けませんよ」と私は答えた。書けるものならみんな書いて読ませようとしたはず。誰も三行の歌で名を残した人もいない。

   たはむれに母を背負ひて

   そのあまり

   軽きに泣きて 三歩あゆまず


  • 『一握の砂』には、大別して三つのテーマがあったと思う。一、「我を愛する歌」。二、流離の人生。三、一瞬の「いのち」の記録としての歌。
  • このうち、最も斬新なのが一瞬のいのちをたいせつにしたいという考えであると、私は思う。「さうさ…おれはその一秒がいとしい。たゞ逃がしてやりたくない。それを現すには、形が小さくて、手間暇のいらない歌が一番便利なのだ。…歌といふ詩形を持つてるといふことは、我々日本人の少ししか持たない幸福のうちの一つだよ。おれはいのちを愛するから歌を作る。おれ自身が可愛いから歌を作る」(「一利己主義者と友人との対話」)

   とかくして家を出づれば

   日光のあたたかさあり

   息ふかく吸ふ

  • しかし、このときいのちはもう一年とちょっとしか残っていなかった。啄木は歌を残した。啄木の三行歌も文学形式としては残っていない。現在の五行歌は、「啄木が考えていたことを私が実現しているな」と思っている。啄木の予言は五行歌を見ると、ぜんぶ当たったということになる。

〇月刊『五行歌』2017年1月号

 五行歌の会 発行 1000円

  草壁熖太講演録「石川啄木とその時代」


 
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「本家 啄木の息」は、下記のリンクでご覧になれます。

・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

◉ 「本家 啄木の息」のトップページ ……………… アーカイブです。


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