守大助さんを支援する徳島の会役員会と冤罪飯塚事件

 土曜日は、守大助さんを支援する徳島の会役員会の会議があった。大助さんのお母さんからは、四月初めに重症急性膵炎を発症し、その後手術で無事退院できたことについて、葉書での報告があった。大震災での心労が病気の原因だったのだろうか。大助さんは看病に行きたくても行けず、さぞ心苦しかったのではなかろうか。お母さんは、6月下旬からまた大助さんの救助のため、今まで以上に努力すると語っていた。私たちも、少しでもその為に支援できたらろ思う。9月には、全国の大助さんを支援する会の全国交流会が開かれるという。一歩ずつではあるが、大助さんの冤罪を晴らす取り組みが前進していると思う。
 役員会に先立ち、アムネスティ徳島支部主催の講演会があった。演題は「もうひとつのDNA冤罪? 飯塚事件を通して」で、先ごろ無罪判決が確定した布川事件と同じ時期に起こった冤罪事件である。
 飯塚事件(いいづかじけん)は1992年(平成4年)に発生した殺人事件で、犯人とされた久間さんの自白は得られなかったが、導入されたばかりのDNA型鑑定によって有罪判決が確定し、死刑が執行された初めての事例である。1992年2月20日、福岡県飯塚市の小学校1年生だった女児2人(当時7歳)が登校中に行方不明になった。 同年2月21日、その後、同県甘木市(現在の朝倉市)の雑木林で殺害され遺棄されているのが発見された。死因は窒息死だった。
 この日は、久間さんの弁護を担当した徳田弁護士が事件が冤罪であることを詳細に語ってくれた。久間さんは、当時の杜撰な捜査と非科学的なDNA鑑定により犯人とされた。1992年2月の事件発生後2006年9月に最高裁で死刑が確定し、2008年10月に死刑が執行された。当時、久間さんは再審請求を準備中であり、常識ではそういう人の死刑は執行されないのだが、足利事件の再審開始が確実視される状況下での死刑執行で、法務省の意図的な死刑執行があったと言われている。
 徳田弁護士は死刑執行に至る経過の異常性について、以下のようにのべている。
 ①逮捕前から死刑執行に至るまで全面否認事件であったこと。
 ②再審請求を弁護人に依頼し、その準備を進めており、その事実を法務省は熟知していたこと。
 ③死刑確定の先後を無視しての死刑執行であること。
 ④足利事件再審開始が確実視される状況下での死刑執行であったこと。
 すでに久間さんは死刑を執行されてしまったが、2009年10月に再審請求をしている。検察や裁判所にとってはメンツにかかわることであり、どうしても再審請求を認めたくないというのが実情らしい。
 この再審請求は、死刑制度の廃止にもかかわる冤罪事件で、冤罪によって死刑を執行されたことがはっきりすれば、取り返しのつかない行為を検察・裁判所は犯したことになる。どうしても自分たちの誤りを認めたくない彼らにとっては、不都合な再審請求となるようだ。また、科学警察研究所(略称:科警研)は、警察庁の附属機関の一つとして設置された組織で、科学捜査・犯罪防止・交通警察に関する研究・実験を行うとともに、警察内外の関係機関から依頼された証拠物等の科学的鑑識・検査を行うことを主な任務としていて、テレビドラマなどでは正義の味方といういでたちで描かれているが、どうも飯塚事件や守さんの事件等を見てみると、非科学的で初めから犯人ありきの鑑定に固執しているように思われる。
 その一つが、被害者などから取った検体の全量消費である。守さんの場合でも飯塚事件でも、その他の事件でも検体を全量消費したり廃棄したりして、それ以後の検査をできないようにしている。明らかな証拠隠しとしか思えない。自分たちの検査が正当だと信じるならば、追試ができるようにしてこそ彼らの検査の信用性を高めることになるのだが、そういうことしない。また、裁判所も検察のそういう態度を追認している。検察と裁判所のチームプレイが、多くの冤罪を生み出していると言っても過言ではないだろう。ところが、冤罪を作りだした彼らは、何のおとがめも無いのだから、不思議な世界である。無実のものを殺しても、その罪を問われない天国のような仕組みは改善すべきではないだろうか。そこのところの過ちを食い止めるためにも、死刑制度の廃止は必要になってくる。
 冤罪を作りだす仕組みの解明と検証、今後の改善策を示すことが求められている。これは、私が関わっているB型肝炎訴訟についても同じことが言える。B型肝炎を蔓延させたしくみを究明し、その再現を起こさせないためにも、厚労省・官僚の仕組みを是正しなけらばならないと思う。そのためには、官僚任せではダメで、被害に遭った人も含めた検証・改善のための組織作りが求められているのではないだろうか。



 一昨日咲いた、姫月下美人(一晩しか咲かない)


俚謡 (湯朝竹山人 辰文館 大正2年刊 1913年)から
 ○わしが心が 竹にもあらば 破(わ)って見せたや この胸を
 ○君は三夜の 三日月様よ 宵にちらりと 見たばかり
 ○主の心と 空吹く風は 何処のいづくで 止まるやら