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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。

 1924(大正13)年3月23日 (84歳) 財団法人化にあたり、竜門社「寄付行為」決定 【『渋沢栄一伝記資料』第43巻掲載】

是日、当社第七十回春季総集会、帝国ホテルに於て開かれ、当社の組織を改めて財団法人を設立するに付き、寄付行為決定の件を可決す。栄一出席して演説をなす。
五月十五日、財団法人竜門社設立の件許可せられ、次いで六月七日、栄一、名誉会員に推さる。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 1部 社会公共事業 / 4章 道徳・宗教 / 5節 修養団体 / 1款 財団法人竜門社 【第43巻 p.180-195】
・『渋沢栄一伝記資料』第43巻目次詳細
http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/43.html

[前略] 竜門社は明治廿一年の創立にして、爾来三十六年を経過し会員壱千弐拾名に上り、財産も本開会通知書に記載したる如く、合計金拾万余円に達せり、依りて評議員会は之か組織を財団法人と改め、益青渊先生の主義宣伝に努むると同時に、財産を安固なる基礎に置くの必要を認め、屡会合議決の上、本案を提出するに至りし次第なり
(『渋沢栄一伝記資料』第43巻p.182-183掲載、『竜門雑誌』第427号(1924.04)p.53-54「本社第七十回春季総集会開催/第二 決議案」より)

1924(大正13)年3月23日、竜門社第70回春季総集会の席上で、組織を財団法人に改めるにあたり、寄付行為(きふこうい:財団などの運営規程)が可決されました。『渋沢栄一伝記資料』第43巻p.183-185には寄付行為の全文が、またp.187-191には、この日に渋沢栄一が行った演説の内容が紹介されています。
演説の中で栄一は、当初は学生たちの催しとして始まり財団法人となるまで成長した竜門社が、あたかも雨滴が集まり流れをなし、やがて大きな船をも浮かべる河川となるように進んできたと、その喜びを語っています。更に“是から先蹉跌をきたすようなことはなかろうと信じますが”と前置きをし、竜門社社員に改めて望むこととして、次のように語っています。

[前略] 総て事物の都合好く進んで参るに就て、其間に弊害は生じ易いものである。故に私は成るべく或る効力をして、一の閥閲と化せしめぬやうに注意せねばならぬと思ひます。[中略] 事に当る人々が自己満足を致しますと、此閥が生じて来る、閥が生じて来ると、怠慢が起つて、真正の勉強が欠けて来る、[中略] 総じて社会的の事は、其事業が進みつゝあると、効果より生ずる勢に頼むと云ふ事が生じ易うございます。是は政治界に多く見えて、人の厭ふ所である、多数を占めた政党などにも、直に閥が出来る。[中略] 吾々経済界、而も道徳の合一を理想とする者は、切に閥閲を造らぬことを心掛けて貰ひたい。[後略]
(『渋沢栄一伝記資料』第43巻p.190-191掲載、『竜門雑誌』第432号(1924.09)p.11-16「本社の組織変更に際して」より)

参考:『竜門社の歩み : 青淵先生、想い続けて120年 : 企画展図録』(渋沢史料館, 2006.10)
渋沢栄一記念財団 渋沢史料館〕
http://www.shibusawa.or.jp/museum/store/siryokan13.html