AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(10)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回までで、Leslie et al. (2023)の実証部分の概要と構造を説明したので、今回からは、それぞれの実証研究の詳細について解説をしていく。

調査1:公開されたアーカイブデータの分析

すでに説明したとおり、調査1は、企業のウェブサイトの情報や公表されている企業のダイバーシティランキングといった公表されているアーカイブデータを用いて仮説を部分的に検証したものである。具体的には、仮説のうち「リーダーは相対的に価値レトリックのほうを好んで使うが、条件付きレトリックの効果性のほうが相対的に高い (H1a, H2a, H3a, H4a)」が支持されるかを検証し、支持される結果が出たことを報告している。このように公開されたアーカイブデータを用いて理論や仮説を検証することの長所と短所はどこにあるのだろうか。

アーカイブデータを用いた分析の強み

Leslie et al. (2023)が構築した理論や仮説が真実を表しているのか、そして企業経営にその理論や原則を活用したときに、その理論や原理を活用できていない企業との比較において、優位に立つことができるのか、という問いは、学術的にも実践的にも重要である。アーカイブデータを用いた分析は、大規模調査であったりする場合は、広範囲なサンプルを用いた分析が可能であるという点において、このような要求にうまく答えることができる。今回の調査1で言えば、企業のサンプルを用いて企業レベルで仮説を検証しているので、このデータセットから理論や仮説を支持する結果が出たということは、価値レトリックを用いるのか、条件付きレトリックを用いるのかで、企業レベルにおいて有意な差が生じているということを意味している。

 

よって、調査1の分析結果は、企業の経営者が、ダイバーシティ推進においては意識的に条件付きレトリックを用いることで、他の企業よりもダイバーシティ推進を成功させる確率が高まることを示唆しており、理論や仮説を支持するだけでなく、経営の実践においても説得力のある結果を提供することにつながっている。理論や仮説から導かれる変数の関係性が、実際の企業データで見られたということは、その理論や仮説が、その理論の外部にある世界できちんと観察される、その理論や仮説が現実の世界で当てはまるという意味での「外部妥当性」が高いことが調査1で示されたということになる。

 

また、誰もがアクセス可能な公開データを扱っていることの別の強みは、他の人が同じデータを入手し、自分で分析してみることで論文で報告されていることと同じ結論が導かれるかどうかを検証することも比較的容易に可能である点が挙げられる。誰もが再現できる分析方法で結論が導かれている点は調査結果の説得力の増加に繋がっているといえよう。

アーカイブデータを用いた分析の弱み

一方、アーカイブデータを用いた分析には多くの弱点も存在する。もっとも重要なのは、この現存する公開データは、今回構築した理論や仮説を検証するために設計されたものではないということである。別の言い方をすれば、「たまたま」今回の議論や仮説を検証するのに「都合が良かった」から用いたという言い方もできる。であるから、まず、理論や仮説で想定している変数をそのまま測定して検証できていない。あくまで、現存するデータセットの中から、理論や仮説で想定している変数に近い「疑似的な」変数を取り出して分析に用いるしか方法がない。よって、ここに論理的に飛躍がないかどうかは注意深く検討する必要がある。そもそも測定したい変数が測定できていないのであれば、理論や仮説を検証したことにはならないのだから。

 

次に、現存するデータを分析に使う場合、理論や仮説で想定している因果関係を検証することはできないし、ましてや、その背後にある心理メカニズムを検証することもできない。あくまで、理論や仮説で想定されているようなメカニズムが存在するとすれば生じていたであろう「表面的な」変数の関係性を調べているだけなのである。であるから、Leslie et al. (2023)の調査1においては、公開されているデータだけで検証が可能なH1a~H4aまでの仮説のみが検証可能で、その心理メカニズムを示すH1b~H4bまでは検証不可能であったわけである。因果関係を厳密に検証できないことは、似たようなマクロなデータセットを扱う計量経済学ではおなじみの問題点で、そのようなデータ上の限界を克服するための因果推論の技術が計量経済学において最も研究され発達しているのはうなずける話なのである。

 

因果関係が厳密に検証できないことは、先ほど述べた、実践的な示唆に対する注意喚起にもつながる。つまり、調査1の結果のみでは、理論が想定している内部メカニズムや因果関係が検証できていないから、本当に企業レベルのダイバーシティ推進において条件付きレトリックを用いることが企業がダイバーシティ推進を成功させる「原因」となるとは胸を張って主張できないとも言えるのである。このような特徴を、因果関係メカニズムといった理論の内部の様子が妥当であるかどうかがわからないという意味で、内部妥当性が確認できていないということになる。

調査1のみでは実証研究としては不十分

アーカイブデータを用いることの強みは、実在する会社が公表しているデータや企業ランキングの結果といった「事実」をデータとして扱っている点で、「外部妥当性」すなわち、本論文で導いた理論および仮説が企業の現実の実践を反映している度合いが高い点である。つまり、企業の実践の現実において、理論や仮説の通りのことが生じていることが確からしいということである。一方、アーカイブデータを用いた研究の弱みは、先に述べたように、目に見える事実データのみを扱っている点で、その背後にある理論メカニズムを直接検証できないことである。なので、理論や仮説で示した「因果関係」が本当に妥当かどうかわからない。すなわち「内部妥当性」の検証力が低いという点にある。

 

以上より、調査1のアーカイブデータを使った実証調査は魅力的な長所があるものの、さまざまな短所も存在することから、調査1で扱ったデータと分析のみでは、構築した理論や仮説を厳密に検証できず、トップジャーナルに論文を掲載することは無理であることがおわかりになるだろう。だからこそ、調査1の強みを最大限に生かしつつ、その弱みを後続の調査で補うというアプローチをLeslie et al. (2023)は採用しているわけである。

実証研究でアーカイブデータを用いる際の留意点

今回の解説で、実証研究においてアーカイブデータを用いることの強みと弱みが理解できたと思う。アーカイブデータの強みを活かしてこの手法を効果的に活用するには、まず、理論や仮説を検証するのに適したアーカイブデータが存在するかどうかが大きなポイントである。それでもなお、そこで測定可能な変数が、理論や仮説で記述された変数の代理変数にすぎないことが多いということは重要なポイントであり、この問題を克服できなければ、仮説で測定すべき変数を測定できていないという批判に晒されることになる。また、利用できるアーカイブデータがありそうだというところから、研究テーマや理論・仮説を考えるというのも1つの手である。ただし、その場合は、アーカイブデータに合わせた変数選択、それを組み合わせたモデル構築、理論や仮説の考案になってしまう危険性がある。これは、そもそもこの手の分析手法が因果関係の検証など内部妥当性の検証に弱いこと、そしてデータベースのような目に見える変数の背後には何らかの因果関係を含んだ測定されていない変数が媒介している可能性を心に留めておき、Leslie et al. (2023)のように、他の研究手法と組み合わせることでこの手法の弱みを消していく努力が必要であろう。

調査1の記載内容

まず簡単に概要を説明した後、使用データとして、2019年にFortune 100 companiesの企業ウェブサイトの内容からダイバーシティ推進に関するメッセージを類型化もの、
2020年のForbes Magazineのダイバーシティ企業ランキング(500 Best Companies for Diversity)のものを用いたことを報告している。分析に用いる変数についての説明が続く。そして分析結果として、基本統計量とともにメインの分析結果が示され、仮説が支持されたことを報告し、考察において今回説明したようなアーカイブデータを使った調査の長所と短所について論じ、次以降の調査につないでいる。

 

さて、次回は、まさに調査1の弱点を補うことで理論および仮説の更なる支持を得ることを示した調査2と調査3の実験について解説する。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402

AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(9)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回は、Leslie et al. (2023)の実証調査の概要を説明した。今回は、4つの実証論文の記述の構造をもう少し説明することで、論文の実証部分の書き方をマスターする助けとなる説明をしたい。

実証部分の記述構造

本論文は、理論部分で導出した理論命題と関連する仮説を、4つの実証調査で検証したものを報告している。なので、最初に、「Overview of Studies」というセクションを作って4つの実証調査の概要を説明している。こちらの詳細は前回解説した通りである。

各実証調査の記述構造

調査1から調査4について、それぞれ、「簡単な導入説明」「方法」「結果」「考察」が1つのセットとなっている。まず、それぞれの実験の趣旨がごく簡単に述べられる。それから、「方法」のセクションでは、「サンプルと調査手続き」として、サンプル特性の詳細(性別、年齢、人種、職務経験など)と、数量研究であるので、調査で測定した変数が説明される。その後、分析結果が統計情報とともに記載され、考察に移る。それぞれの調査に盛り込まれているこれらの記載内容は、実証調査が1つだけの論文でいうと、論文の後半に含める内容全部に匹敵するものをコンパクトに記載していることになる。それぞれの調査の「考察」は、あくまでそれぞれの調査の結果から言えることを議論する目的であって、その後、「総合考察」で、4つの調査全体をまとめた議論を展開する。1つの論文に4つも調査を報告するということは、ページ数や字数制限があるなかで、なかなかチャレンジングでもある。できるだけ簡潔に、かつ図表を含め必要な情報は全て盛り込む形で記述していく必要がある。この意味において、Leslie et al. (2023)は、謎解きストーリーのような形で問題設定から理論の構築、仮説の導出もしっかりと記述した上で、さらに4つもの実証調査の詳細の報告を、学術論文という限られたスペースの中で効果的に記載できていることから、このような文章スキルの力量も学ぶべきポイントである。

調査関連データの公開

実証調査にあたって、Leslie et al. (2023)は、オープンサイエンスの精神に則り、分析に用いたデータや補足資料をウェブ上で公開している。

https://osf.io/94n8h/?view_only=fe388e8d11534c99a19896effe7f6b78

こちらのウェブアドレスは論文内に記載されており、誰でもアクセス可能である。上記のリンクを辿っていただければわかるが、ここには、研究倫理審査委員会からの承認書類、オンライン版の論文補足資料、調査計画の事前登録書類、それぞれの調査のデータと統計分析ソフトウェアのシンタックスがアップロードされている。オンライン版の補足資料は、実証研究のやり方を学習するうえで大変参考になる実際に行われた情報がオープンになっているわけなので、ぜひ活用していただきたい。

研究倫理審査委員会からの承認書

実証研究において、とりわけヒトを扱う場合には、事前に大学など所属機関の研究倫理審査委員会に研究計画を提出し、委員会からの承認を得ておくべきである。研究倫理審査委員会の承諾なく実施した調査で何らかの倫理上の問題や訴訟などが生じた場合、所属機関の責任範囲外となるので助けてくれず、全て研究実施者の責任となるし、所属機関への賠償責任が生じるかもしれない。

オンライン版の補足資料

本論文は特にそうであるが、学術雑誌に1つの論文が割けるスペースには限りがある。その限られたスペースにできるだけ簡潔に、かつ網羅的に研究内容を報告しようとすると、どうしても補足的な内容のものは論文そのものに載せられない。その代わり、それらを補足資料として、オンラインで提供する方法が普及しつつある。オンライン版の補足資料を賢く使うことで、論文自体はコンパクトにまとまった読みやすいものになるわけである。

オンライン補足資料において実証研究の学習で参考になるのが、質的な情報のコーディングの仕方(コーディングにより質的情報をダミー変数に変換するプロセス)、実験に使われた指示やシナリオ、予備調査(パイロットスタディー)の詳細、論文で書ききれない補足の分析、検定力(パワー)分析(サンプル数の決定や妥当性に用いる分析)、調査に使用した新しい尺度の開発プロセス、要するに、実際に実証研究を実施しようとするときに役に立つ情報が満載なのである。昔は、論文に書いてあることと同じよう調査を実施しようとしてどうしても分からないことがあると、著者に連絡して実際に使った質問票とかを送ってもらったりしたが、著者があらかじめ積極的に開示してくれるおかげでそのような手間が省けるのである。

調査計画の事前登録

調査計画を立てたら、それを事前に登録する動きが広がっている。調査計画を事前登録する意義は、その計画通り調査を行ない、その結果を報告していることを示すためである。これによって回避されるのは、データを収集してしまってから、探索的に有意な結果を探し、後付けで理論を作るようなHARKing(Hypotheses After Results are Know)とか、有意な値が出るまでデータをこねくり回すP-hackingなどである。データをいじっていたときに偶然起こった結果に対して、あたかもそれを事前に仮説を立ててその仮説検証のために計画してデータを収集したかのように見せるのは倫理上も問題があるし、なにしろ、真の関係が分かったのではなく、「偶然に」データの形状とモデルがフィットしただけなのかもしれないという可能性を拭いきれない。

調査データ公開の意義

データを公開するということは、論文の読者が、そこに書いていることと同じ分析を、同じデータを使って実施し、論文で報告されている結果と同じ結果が出るかどうか確かめることができることを示している。これを、分析の再現可能性という。これは、異なるデータを用いて、論文の結果が再現されるかを確かめる「追試」とは趣旨が異なるので注意されたい。あくまで、同じデータを使って、分析が適切かどうか、分析に間違いがないかどうかを誰もがチェックできるようにしているのである。例えば、同じデータでも、異なる分析の仕方をすると結論が変わってしまうようなことがあれば大きな問題である。これまでは、研究者が外部からのリクエストがあればデータを公開することは研究を実践する上での義務であったわけだが、これは消極的な航海である。それをさらに一歩進めて、研究者が積極的に分析に使ったデータを世の中に曝け出して、第三者からの審判を受けようということである。データのオープン化は、分析の間違いや不適切な分析があった場合の修正可能性を可能にすることで科学にとっては健全な活動であるため、近年広がっている動きである。

 

今回は実質的な実証研究の内容の説明まで辿り着かなかったので、次回以降は、それぞれの調査について、調査方法の説明も含めて解説していきたい。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402

AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(8)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回までで、本論文の序論および理論部分についての解説を行った。これまで見てきたことから分かるとおり、Leslie et al. (2023)の論文のとりわけ前半の構造は、典型的なトップジャーナル掲載論文の構造からやや逸脱しており、謎解き的なストーリーとそこから導かれる新しい理論を前面に押し出す形となっている。それゆえに、その理論および仮説を実証的に調査・分析した部分があまり強調されていない。しかし、重要なのは、興味深い理論、物事を深く理解できるような理論を提唱するだけではAMJのようなトップジャーナルには掲載できないということだ。そのような理論がほんとうに確からしいか、専門用語でいえば、十分に「妥当かどうか」を実証データで厳密に検証することが必要不可欠なのである。

 

余談であるが、数学や論理学のような学問ではない限り、つまり、経験科学の場合は、原理的に提唱する理論が正しいことを「証明」することはできないので、実証データで検証した結果を報告する際に、数学や論理学的な意味での「証明」という言葉を使ってはならない。

 

さて、Leslie et al. (2023)の研究が秀逸なのは、論文では理論面の貢献を強調しておきながら、実証研究の方法も非常に緻密にデザインされており、厳密に実施されているところである。特筆すべきは、異なる手法を組み合わせて合計4つも実証調査を行っていることである。トップジャーナルに掲載させるだけのクオリティを担保した実証調査を1つだけ行うのでも大変なのに、それを1つの論文で4つも実施しているのである。それだけの時間と労力をかけないとトップジャーナルに掲載できるような論文を作成することは困難だということもできるだろう。

異なる手法を組み合わせた4つの実証調査

ではなぜ、1つの論文に4つも実証調査を行っているのか。それは、先ほども述べたように、トップジャーナルに論文を掲載するためには、提唱する理論や導出した仮説が本当に妥当なのかどうかを厳密に、別の言い方をすれば「科学的に」検証することが必要であるからである。Leslie et al. (2023)の実証調査の長所は、異なる手法を組み合わせることで、それぞれの長所を足し合わせ、短所を相殺するというテクニックによって、提唱する理論や仮説を指示するエビデンスを強化している点である。どのような調査でも長所があれば短所もある。しかし、短所を攻撃されればその研究を支えている屋台骨が一気に揺らいでしまう。であるから、特定の手法が有している短所(限界点)を、他の手法の長所によってカバーするのである。Leslie et al. (2023)に即して言えば、後述するように、調査1の統計資料を用いた分析では、最初から理論や仮説の検証を目的として設計され、収集されたデータではないため、因果関係を厳密に検証できないうえに、メカニズムとして想定した媒介変数などがデータセットに入っていない。それに対して、調査2、3で因果関係の推論に強い実験的手法は因果関係の推論に強いし、仮説に基づいて事前に操作したり測定する変数を決定できるため、調査1の弱点を補うことができるのである。

Leslie et al (2023)が提示した問い、理論命題、仮説の構造

ここで、前回までで説明したLeslie et al. (2023)が提示した問い、理論命題、仮説の構造をもう一度整理して示しておこう。

  • 研究の問いダイバーシティを推進するための価値レトリックと条件付きレトリックを比較した場合、リーダーがそれを利用する度合いや実際の効果についてどんなことが言えるか
  • メインの理論命題:リーダーは相対的に価値レトリックのほうを好んで使うが、条件付きレトリックの効果性のほうが相対的に高いという「記述ー処方パラドックス」の関係がある
  • 仮説:上記の理論命題をブレイクダウンした形で、レトリックの種類とその使われやすさ(H1a)、およびその効果性(H2a, H3a, H4a)に関する仮説と、それらの仮説の背後にある理論的メカニズムを示す媒介変数を含んだ仮説(H1b, H2b, H3b, H4b)

実証調査の概要と各手法の特徴

Leslie et al. (2023)では、実証調査の先頭部分に、4つの研究の概要を説明している。ここでも、それに倣って、実証調査の概要と各手法の特徴について説明しておこう。

調査1(統計資料の分析)

調査1は、公表されているアーカイブデータを用いた調査である。具体的には、企業のウェブサイトの情報や公表されている企業のダイバーシティランキングの資料を用いて、それぞれの企業が用いているレトリックを収集した上で、仮説のうち「リーダーは相対的に価値レトリックのほうを好んで使うが、条件付きレトリックの効果性のほうが相対的に高い (H1a, H2a, H3a, H4a)」が支持されるかを検証するものである。アーカイブデータを用いることの強みは、実在する会社が公表しているデータや企業ランキングの結果といった「事実」をデータとして扱っている点で、「外部妥当性」すなわち、本論文で導いた理論および仮説が企業の現実の実践を反映している度合いが高い点である。つまり、企業の実践の現実において、理論や仮説の通りのことが生じていることが確からしいということである。一方、アーカイブデータを用いた研究の短所は、先に述べたように、目に見える事実データのみを扱っている点で、その背後にある理論メカニズムを直接検証できないことである。なので、理論や仮説で示した「因果関係」が本当に妥当かどうかわからない。これを内部妥当性が低いという。

調査2および調査3(実験)

調査2と調査3は実験である。実験によって、理論メカニズムに関する仮説を検証している。調査2では、リーダーが偏見を持っていると知覚される恐れを回避するために価値レトリックを使っているのかどうか(H1a, H1b)を検証し、調査3では、レトリックの種類が効果の違いを生むメカニズムとして、強い主張の知覚と、目標設定効果が介在しているかを検証する。実験の長所は、研究者側で独立変数を操作した上で、その結果、従属変数がどうなるのかを検証するので、理論や仮説で示している因果関係を検証することができる点である。つまり、内部妥当性が高いということである。逆に、実験の短所は、研究者が特定の変数を操作するために、その他の条件を等しくするがゆえに、実験的環境が現実世界から遠ざかる可能性があるということである。高度に統制された実験的環境は被験者から見ると非現実的な世界かもしれない。そのような環境で明らかになった因果関係は、本当に現実の世界でも成り立つのかがわからない。これを、外部妥当性が低いという。

調査4(サーベイ調査)

最後の調査4は、従業員サーベイを用いた調査である。価値レトリックの方が条件付きレトリックよりも使われやすいこと(H1a)を再度検証し、そして、2つのレトリックの相対的な効果性を、その背後にある理論メカニズムを含めて(H2a, H2b, H3a, H3b, H4a, H4b)検証している。サーベイ調査の長所と短所は、アーカイブを用いた調査1と類似しており、外部妥当性が高く、内部妥当性が低い。ただ、調査1で用いているデータは、本研究とは関係なく生み出されたデータなのに対し、サーベイ調査は、あくまで本研究の理論や仮説を検証する目的であらかじめ設計された質問を尋ねるという面で、アーカイブを用いた調査よりも仮説を厳密に検証することができる。

 

4つの調査はそれぞれ特徴や長所、短所が異なっているがゆえに、それらを組み合わせることで、短所が打ち消され、長所が生かされ、理論や仮説を支持する強力なエビデンスを得ることが可能だということがお分かりになったであろう。

 

今回は、Leslie et al. (2023)の実証調査の概要を説明した。次回以降は、実証調査の記述の構造の仕方と、それぞれの実証調査を詳しく見ていくことにする。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402

 

 

 

AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(7)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回は、Leslie et al. (2023)が提唱した理論の内容とその新規性、学術的・実践的価値などを説明した。今回は、Leslie et al. (2023)が、どのようにして既存の理論と論理を組み合わせて理論を構築していったのかについて解説する。

Leslie et al. (2023)の理論構築プロセス

Leslie et al. (2023)が構築した理論の真髄は、価値レトリックと条件付きレトリックを比較した際に「記述ー処方パラドックス」があるということである。つまり、価値レトリックと条件付きレトリックを、異なる視点、異なる理論的援用によって戦わせ、記述的側面では価値レトリックが勝利し、処方的側面では条件付きレトリックが勝利することで、パラドックスであることを示している。したがって、この理論構築のプロセスを説明するうえでは、「記述」と「処方」について、それぞれ、どんな理由でどんなことが言えるのかを説明することになる。「記述」の箇所では、本論文で立てた記述と処方を含むリサーチクエスチョンのうち、「2つのレトリックのうち、リーダーはどちらをよく用いるのか(=リーダーが実際に行っていることの記述)」についての命題を理論と論理をつかって導いていく。そして、「処方」の箇所では、「2つのレトリックのうち、どちらの効果が高いのか(=リーダーが用いるべき処方)」についての理論命題を導く。

仮説の構造

前回、Leslie et al. (2023)が理論命題から導いた仮説を紹介した。再掲すると以下の通りである。

  • H1a: 価値レトリックと条件付きレトリックとを比較した場合、リーダーは条件付きレトリックをあまり使わない
  • H1b: 価値レトリックと条件付きレトリックとを比較した場合にリーダーが条件付きレトリックをあまり使わないのは、リーダーが偏見を持っていると見られることを恐れることが媒介しているからである
  • H2a: リーダーが条件付きレトリックを使う場合、そうでない場合と比べると従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
  • H2b: リーダーが条件付きレトリックを使う場合に、そうでない場合よりも従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が強い主張を知覚することが媒介しているからである
  • H3a: リーダーが価値レトリックを使う場合、そうでない場合と比べると従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
  • H3b: リーダーが価値レトリックを使う場合に、そうでない場合よりも従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が強い主張を知覚することが媒介しているからである
  • H4a: リーダーが条件付きレトリックを使う場合、価値レトリックを使う場合と比べると、従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
  • H4b: リーダーが条件付きレトリックを使う場合に、価値レトリックを使う場合と比べて従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が困難な目標であると知覚することが媒介しているからである
記述=使われやすいレトリックに関する理論と仮説

前回も説明したが、本論文の仮説のうち、H1は、リーダーが実際に行っていること、あるいはどちらのレトリックが使われやすいかの「記述」についての仮説で、H1aが2つのレトリックの比較とその好みに関する仮説、H1bが、そこにリーダーが偏見があると思われることの恐れが媒介していることを示す仮説である。この記述的側面の仮説に用いられている既存の理論が、「自己に関する心理学」である。これは、理論というにはかなり広いものではあるが、一言でいうと「人々は、自己肯定感を維持したがる」というものである。リーダーはポジティブな自己イメージを持っていたいので、自分自身が偏見を持っていると思われたくない。ということは、条件付きレトリックのように、ダイバーシティに関してネガティブなことをいうと、ダイバーシティに対してなんらかの偏見を持っているのではないかと思われるリスクがあると考える。だから、ダイバーシティに関するネガティブな発言は避け、ポジティブな側面を強調したくなる。よって、ダイバーシティ推進に関する価値レトリックと条件付きレトリックを比べるならば、価値レトリックの使用を好み、条件付きレトリックの使用は躊躇するだろうという論理なのである。つまり、記述的側面では価値レトリックの勝利。この理論展開から、H1aとH1bが導かれる。

 

上記のことを、Leslie et al (2023)は、「Happy Talk現象」と読んでいる。タイトルでも用いているキャッチフレーズをここで披露しているわけである。それはさておき、ここで大事なのは、前提から論理的に理論的命題と具体的な仮説を導くことである。演繹法であるから、前提が正しければ、正しい論理推論を行えば、得られる結論(仮説)も正しいことになる。その前提に、自己の心理学という既存の理論を使っているということである。まずは、この自己の心理学の理論がいうところの、人々は自己肯定感を維持したがるという命題を正しいと仮定しよう、その前提のもとでは、論理的に考えて、H1aとH1bは正しいはずだ(それを後ほど実証データで検証する)というわけである。

効果的なレトリックに関する理論と仮説

H2、H3、H4は、2つのレトリックのうち、どちらが効果的かという「処方」に関する仮説である。H2a、H3a、H4aは、レトリックと従業員の努力に関するもので、H2b、H3b、H4bは、それらには強い主張の知覚(H2b, H3b)と目標の困難性(H4b)が介在しているという仮説である。これらH2,、H3、H4を導く理論展開がなかなか工夫がなされており面白い。どう面白いかというと、H2とH3では、価値レトリックと条件付きレトリックに共通する要素に着目し、その要素がもたらす効果をレトリックの理論を用いて説明することで、この2つのレトリックの勝負はひとまず引き分けだとする。そしてH4では2つのレトリックの相違に着目し、その相違がもたらす異なる効果をモチベーションの理論を用いて説明することで、最終的に条件付きレトリックに軍配を上げるのである。

 

まずH2とH3では、価値レトリックも条件付きレトリックも、概して従業員のダイバーシティ推進に対する動機づけにポジティブな効果をもたらすだろうと主張し、その根拠として、この2つのレトリックとも、「強い主張」が含まれているからだとする。ここでいう強い主張とは、レトリックに関する先行研究で使われてきたコンセプトで、特定の対象に対するとりわけ好ましい考え方を生み出す度合いとしている。簡単にいえば、ある物事に価値があって重要であることを強く主張すれば説得力が増すということである。つまり、リーダーが「ダイバーシティは重要だ、ダイバーシティを推進すれば組織もよくなっていく」と強く主張すれば、従業員はダイバーシティの重要性を理解し、それに対して努力しようと動機づけられるということである。繰り返しになるが、ここでも重要なのが、前提とそこから論理的に導かれる命題や仮説である。ここでは、先行研究とレトリックの理論が前提として使われており、それらが正しいと仮定すれば、仮説も正しいはずだというわけである。

 

H4では、ワークモチベーションの理論を援用し、以下のように推論している。価値レトリックと条件付きレトリックを比較した場合、条件付きレトリックにのみ、困難な目標(ダイバーシティの推進は多くの困難を伴うが、それを乗り越えていこう)が含まれている。そして、モチベーション理論の1つである目標設定理論では、困難な目標ほど従業員がそれに到達しようとするモチベーションが高まるとされている。だから、先程のレトリックの理論を使った場合は2つのレトリックの勝負は引き分けであったが、モチベーションの理論を使った場合は、目標設定効果によって条件付きレトリックが勝利するといっているのである。これらを仮説にまで落とし込んだのが、H4なのである。

 

Leslie et al. (2023)は、理論と仮説のパートの最後に、本論文で構築された理論命題を簡潔に表現している。それは、リーダーによって使われるダイバーシティ推進のためのレトリックは、記述ー処方パラドックスという特徴を有している。つまり、条件付きレトリックは、価値レトリックよりもリーダーに使われにくいのであるが、条件付きレトリックのほうが、価値レトリックよりも従業員のダイバーシティ推進に向けた努力を引き出す面においては効果が高いということである。これは、「理論命題」である。命題のレベルだと、これをそのまま実証するのは難しい。よって、この理論命題が分解された仮説(H1〜H4)を実証データで吟味するわけである。

 

ここまでで、本論文のハイライトである理論と仮説についての理解が進んだ。ここでもう一回、タイトルを見てほしい。本論文のハイライトとなる主張が、記述ー処方パラドックスなので、これをタイトルでぶちまけたいというのが最初に思いつく策なのであるが、タイトルには、条件付きレトリックも、記述ー処方パラドックスも出てこない。あくまで、「共通して使われるレトリックはダイバーシティの効果的なレトリックなのか?」という疑問にとどめている。これも、正攻法からはやや逸脱した、ひねりと工夫を利かせたタイトルだといえるだろう。「Happy Talk」というキャッチフレーズをつけたり、本論文のメインである条件付きレトリックやパラドックスを一切出さずして読者の注意を引こうとする点、これら点でも学ぶことが多い論文である。

 

次回からは、いよいよ本論文のもう1つの強みである、実証研究部分の解説に入っていく。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402

 
 

 

 

AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(6)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回は、論文の本論について、理論的貢献とは何かを含めてその前置きについてやや詳しく説明をしたあと、本論の解説を始め、研究背景について説明した。今回は、次の理論構築と仮説のところの説明に入る。繰り返し述べているとおり、この部分が本論文のハイライトであるが、大まかな骨子は序論で謎解きストーリーとして説明済みであるので、読者はそれを思い出しながら、どのような理論的説明や論理展開によってそのようなストーリーが成り立つのかを丁寧に吟味していく箇所である。

新しい理論を構築すること

まず、前回説明した重要な点をおさらいしておこう。AMJのようなトップジャーナル掲載論文に求められるものの1つが「理論的貢献」で、その多くは「新しい理論」を構築することで達成される。「新しい理論」という表現がやや曖昧であり誤解が生じやすいが、ここでいう新しい理論はゼロから作り上げるというよりは、広範な領域をカバーする既存の理論とか理論枠組みを援用して、より焦点が絞られた狭い範囲の研究対象(経営現象)を説明するものと位置づけられる。それゆえ、AMJのようなジャーナルが求める新しい理論は、研究対象に対する「問いの立て方」と対応している。Leslie et al. (2023)の問いは、「価値レトリックと条件付きレトリックを比べた際、リーダーはどちらをよく用いるのか、そしてどちらが実際に効果があるのか」である。この問いは十分に焦点が絞られた狭い範囲の問いである。この問いに対して、どうなるのかを「記述」し、なぜそうなるのかを「説明」し、それゆえ、実際に何が起こるのかを「予想」したり望ましい結果を生み出すために特定の変数を操作することができるような理論は、Leslie et al. (2023)以前の時点では「存在しない」。だから、この問いに的確に答えることができる理論を作れれば、それは「新しい」のである。だから、新しい理論を構築するためには「問いの立て方」が絶対的に重要であることをしっかりと覚えておきたい。前にも述べたが、問いが立てられて初めてその重要性に気付いたり、深く考えるきっかけを得たり、新たな洞察が得られたりするので、問いの立て方が学問における理論構築で最も重要な要素なのである。

理論構築および仮説の導出

では、Leslie et al. (2023)がどんな新しい(研究対象となる現象の理解に範囲が限定された)理論を構築したのか、その際に、どのようにして既存の(より汎用性の高い)理論を援用したのだろうか。まずはこれらを整理していくことにする。

Leslie et al. (2023)が構築した理論および仮説

繰り返しになるが、Leslie et all (2023)は、ダイバーシティ推進のためにリーダーが利用可能なレトリックとして、「価値レトリック」と「条件付きレトリック」があることを述べた上で、本研究では、「この2つのレトリックのうち、リーダーはどちらをよく用いるのか、そしてどちらが実際の効果が高いのか」という問いを設定し、それに答える理論を構築した。Leslie et all (2023)らが構築した理論を一言で短くいうと、「ダイバーシティ推進のためのレトリックに関する記述ー処方パラドックス」である。これを「命題」というかたちで具体的にいうと、「ダイバーシティ推進では、条件的レトリックは価値レトリックよりもリーダーによって使われにくいが、逆に前者は後者よりも効果が高い」というものである。これは、「リーダーが実際にやっていることと、リーダーが実際にやったほうがよいこと(処方箋)が矛盾している」という意味での「記述ー処方パラドックス」である。

何が新しいのか、どこに価値があるのか

では、Leslie et all (2023)らが構築した理論のどこが新しく、どこに価値があるのか。まず、以前に説明したとおり、「価値レトリックと比較する対象として「条件付きレトリック」というコンセプトを新たに提唱し、この2つを比較する理論を構築したという「視点」が新しい。この視点からLeslie et all (2023)らが構築した理論は過去にはなかった新しいものであるといえる。次に、「記述と処方のパラドックス」という命題のかたちで簡潔にまとめあげている点である。これもこれまで提唱されてこなかった新しい理論命題である。そして、このパラドックス命題は、実際にしていることとやるべきことが一貫しておらず、ある種の驚きとか意外性を喚起する面白さを持っており知的好奇心をくすぐる価値がある。さらに、この命題は、それを知ることによって実践の際に注意すべき点とか良くない結果を回避しつつ物事がうまくいくような施策を考えるきっかけを与えてくれる点で実践的な価値もある。

 

多くの読者は、この論文で発した問いやそれに答える形で構築された理論をこれまで深く考えたこなかっただろうから、読者に多大な気づきを与えてくれる。すなわち、ダイバーシティ推進について異なるレトリックに着目することは、多くの人々がこれまで深く考えてこなかった視点だが、そのようにしてこの現象を見ると、そこにはパラドックスが生じる重要なメカニズムが内包されており、それを知ることで実践にも活かすことができるのだと実感することができる。経営教育に携わる教員やダイバーシティ推進のコンサルティングなどに携わる者であれば、この論文を読んだ後には、この発見を実務家に伝えよう、この理論に基づいて話し方を変えよう、といったモチベーションも湧いてくる。これまで述べてきたこの理論の新しさや価値を一言で表すと、読者がこの論文を読んで理論を知る前と、読んだ後で理論を知った後は、ダイバーシティ推進に関する見方、考え方が大きく変わるという点が最大のポイントである。これがトップジャーナル掲載論文に求められる貢献である。

演繹的な理論武装の原理

そしてさらにトップジャーナルに求められる要件は、このように知的に面白く、読後の世界観が変わるような理論の提唱のみならず、その理論が本当に確からしい(妥当性が高い)と胸を張って言えるだけの理論武装(根拠として使用する既存の理論およびロジックの厳密性)と、その妥当性を経験面からサポートする実証データによるエビデンスの提供である。実証部分は後ほど説明するので、ここでは理論武装について説明する。先に、新しい理論をまったくのゼロからつくりあげることは相当困難であることを書いた。であるから、理論武装においては、既存の理論を、新しい理論の根拠として用いることになる。既存の理論は、先行研究によってその妥当性が十分に認められているものを用いれば、それには間違いが含まれていないものとして扱ってよい。あるいは、この論文でその理論自体の妥当性には疑問を挟まないという「前提」として扱ってよい。そして、そのような既存の理論・前提から、論理的に命題を導くプロセスで論理的な間違いや欠陥がないことが重要である。この手の実証研究は演繹的な方法に依存している。すなわち、前提が正しければ、そこから正しい論理演算によって演繹的に導き出される命題も正しい、ということである。だから、最終的な命題の確からしさを担保するためには、すでに妥当性が認められた理論と、いくらかの検証せずとも確からしい前提と、論理的に間違いのない演算がセットになればよいのである。そこをしっかりと押さえるのが本論の役目である。

 

さて、汎用性の高い理論や確からしい前提から演繹的に導き出されたこの研究対象に特化した理論および理論的命題は、抽象度が高い概念感の関係性を述べたものとなる。ここから、実証研究で直接検証することが可能な具体的な仮説が導かれる。仮説は、実証研究で測定が可能な変数間の関係性として記述される。別の言い方をすると、命題で述べられている概念はまだ測定を前提としたものではないので、実証研究をするためには、測定可能なものに置き換える必要があり、それを行うことが命題から仮説を導出するということである。論理学的に、理論および理論命題が正しければ、そこから導き出される仮説も正しいと仮定しよう。つまり、理論は仮説が成立する必要十分条件にあるとしよう。これを逆に考え、仮説は理論が成立する必要十分条件だとすると、仮説の妥当性が経験的エビデンスによってにサポートされるのであれば、理論および命題の妥当性もサポートされる。実証論文の実証研究部分はこのような前提で行われる。Leslie et al. (2023)が理論命題から導いた仮説は以下のとおりである。

  • H1a: 価値レトリックと条件付きレトリックとを比較した場合、リーダーは条件付きレトリックをあまり使わない
  • H1b: 価値レトリックと条件付きレトリックとを比較した場合にリーダーが条件付きレトリックをあまり使わないのは、リーダーが偏見を持っていると見られることを恐れることが媒介しているからである
  • H2a: リーダーが条件付きレトリックを使う場合、そうでない場合と比べると従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
  • H2b: リーダーが条件付きレトリックを使う場合に、そうでない場合よりも従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が強い主張を知覚することが媒介しているからである
  • H3a: リーダーが価値レトリックを使う場合、そうでない場合と比べると従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
  • H3b: リーダーが価値レトリックを使う場合に、そうでない場合よりも従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が強い主張を知覚することが媒介しているからである
  • H4a: リーダーが条件付きレトリックを使う場合、価値レトリックを使う場合と比べると、従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与える
  • H4b: リーダーが条件付きレトリックを使う場合に、価値レトリックを使う場合と比べて従業員のダイバーシティ推進への努力に好影響を与えるのは、従業員が困難な目標であると知覚することが媒介しているからである

これらの仮説のうち、H1は、リーダーが実際に行っていることの「記述」についての仮説で、H2、H3、H4は、どちらのレトリックが実際の効果が高いのかに関する「処方」につながる仮説である。そして、H1aのような「a」がつく仮説は、メインとなる変数間の関係についての仮説、H2bのような「b」がつく仮説は、メインとなる変数間の関係を、別の変数が媒介していることを示す仮説である。つまり、「a」がつく仮説は、目に見える現象に関する仮説で、Xを独立変数、Yを従属変数とすると、X→Yのような関係性を表現したものである。一方、「b」がつく仮説は、目に見える現象の背後に潜むメカニズムを、媒介変数というかたちで表現したもので、Mを媒介変数とすると、X→M→Yという関係性を示すものである。仮説の整理の仕方も分かりやすく構造化されており、とりわけ、目に見える現象間の関係性の仮説と、その背後に潜むメカニズムを含めた仮説を分けて構造化しているところは学ぶべきポイントである。

 

さて、今回は、Leslie et al. (2023)が提唱した理論がどんなもので、それのどこが新しく、価値があるのかについての説明にかなりのスペースを使ってしまったので、上記の仮説についての詳細な説明は次回にまわす。次回は、Leslie et al. (2023)が、どのようにして既存の理論と論理を組み合わせて本研究の新しい理論と仮説を構築していったのかについて解説する。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402

 

 

 

AMJ論文に学ぶトップジャーナル掲載のための研究方法と論文執筆スキル(5)

本シリーズでは、AMJ論文Leslie et al. (2023)を教材として、経営学のトップジャーナルに掲載できるような研究とはどのような研究であり、その研究をどのように論文化していくとトップジャーナルに実際に掲載可能な論文になるのかについて解説している。前回で、論文の序論についての解説を終えたので、今回は本論に移り、論文の最も重要な要素の1つである理論と仮説について解説する。

理論的貢献とは

そもそもAMJといった経営学の実証研究のトップジャーナルに論文を掲載させるには、別の言い方をすれば、経営学の実証研究として優れた研究論文を作成するには、理論的貢献と実証的貢献の両方が必要である。当然、この両者は車の両輪のようなものであり、経営学の実践に影響を与えるような優れた理論的貢献があって、それが経験と照らし合わせても妥当であることを示すことが実証研究としては最も重要なのである。実証的貢献については、本シリーズの後半で説明することになるので、今回は、理論的貢献に焦点を絞って本論の書き方を解説する。では、理論的貢献とはどのようなものを指すのであろうか。これには色々なパターンが考えられる。例えば、既存の理論を否定したり反駁する、既存の理論を修正したり改善したりする、既存の理論を別の理論で置き換える、新しい理論を構築する、などが考えられる。理論とは、経営学であれば経営学の現象を理解するための知的枠組みであるから、理論的貢献がなされると言うのは、対象とする現象の理解を前進させることに他ならず、応用学問である経営学に関していれば、それは経営現象の理解を前進させることで優れた実践につなげていくという実践的貢献も同時に意味している。

 

また、研究対象との絡みで言うならば、よく知られた現象に対して、通説とは異なる理論的視点から光を当てることで新しい洞察と理解を得る方法、あまり研究されてこなかった現象、あるいはこれまでなかった新しい現象に対して、既存の理論を当てはめることで理解を深める方法、あるいはその新しい対象にあった理論を新たに構築することで理解を深める方法などが考えられる。ただ、新しい理論を構築するといっても、AMJのような実証研究の多くの場合は、汎用性の広い万能な理論を構築するというよりは、対象とする現象をよく説明するための限定された理論を構築することが多い。実は、Leslie et al. (2023)の論文は、このパターンである。また、研究対象は、比較的良く知られ、先行研究も多いダイバーシティ推進である。ただ、ダイバーシティ推進においてリーダーが用いるレトリックに限定すると、そんなに多くの研究があるわけではないかもしれない。いずれにせよ、「ダイバーシティ推進においてリーダーが用いるレトリックに関して、これまでにはなかった新しい理論を構築した」というのが本論文の中核的な理論的貢献であるといってよい。なお、経営学においてより汎用性の高い理論を構築する場合は、理論論文のみを掲載するAcademy of Management Review (AMR) といったジャーナルに論文を掲載させることになる。こちらのジャーナルは実証研究を対象としておらず、理論構築に特化した論文のみを掲載する。

 

さて、Leslie et al. (2023)が行なった理論の構築プロセスで学ぶべき重要なポイントを紹介しよう。それは、AMJ論文のような実証論文の多くで構築する「比較的狭い範囲に限定された新しい理論の構築」にあたっては、より広い範囲の、よく知られた、汎用性の高い理論をうまく組み合わせ、援用することで構築することが多いということである。新しい理論を作り上げるといっても、全くのゼロからそれを作り上げる必要はないし、そのような方法は非常に困難である。どんな学問であっても「巨人の肩に乗る」というのが基本的な姿勢である。つまり、これまでの偉人が作り上げてきた知的構造物の肩に乗ってそれを伸ばす、あるいは超える優れた理論を構築する。だから、研究対象である現象をよりよく理解するために、よく知られたより汎用性の高い理論を援用することが有効なのである。汎用性の高い理論というのは、幅広い現象を説明することが可能であるという点で大きな強みがある一方、それは裏を返せば、それはある意味粗いというか根本的な説明、原理原則に立ち返ったような説明にならざるをえないので、狭い範囲の現象を詳細に記述・説明したり、より正確に予測したりすることができないという弱点がある。焦点が絞り込まれた狭い範囲の現象を詳細に記述したり説明したり予測できなければ、実務家にとっても対象となる現象に関して有意義な施策を打ち出すことはできない。AMJのようなトップジャーナルに掲載される論文で構築される理論というのは、このギャップを埋めるものであることが多いのである。

本論(研究背景)

前置きが長くなってしまったが、ここでLeslie et al. (2023)の本論の解説に入りたい。既に説明済みの通り、Leslie et al. (2023)では、序論で本論文の中核的な理論的貢献であるストーリーをハイライトとして披露しているので、読者としては、どのようなストーリーがこの論文の骨子なのかは既に知っている。であるから、本論文の本論では、このストーリーを、厳密に、ロジカルに、説得力のある形で、丁寧に示していくことで読者を納得させるところがポイントである。Leslie et al. (2023)の本論の構造は、研究背景と理論構築とそれに付随する仮説で構成されている。まず、研究背景のセクションでは、序論でも述べたような問題提起を行なっている。具体的には、ダイバーシティ推進においてリーダーが用いるレトリックとしては、「ダイバーシティは重要だ、ダイバーシティは価値がある、ダイバーシティを実現することは組織にとって望ましい」といった「価値レトリック」が支配的であって、それにはいくつかのタイプがあり、それぞれ研究がなされてきているが、概して、このようなレトリックは従業員をダイバーシティ推進に動機づける上で効果があるということが記載されている。一方、これはダイバーシティが実は困難であって組織にとって良いことばかりではないという現実とミスマッチであることを指摘している。

 

上記の研究背景は、序論で既に指摘していることをやや詳しく説明している箇所なので、読者も特に驚くことはなく、序論で理解したストーリーの端緒をここで再確認することになる。そしていよいよ本論の中でもメインの理論構築のパートに入る。ここで、序論でも紹介したとおり、ダイバーシティ推進のためにリーダーが利用可能なレトリックとして、「価値レトリック」と「条件付きレトリック」があることを述べた上で、本研究では、「この2つのレトリックのうち、リーダーはどちらをよく用いるのか、そしてどちらが実際に効果があるのかについての理論を構築する」と宣言している。見ての通り、新しい理論を構築するといっても、かなり限定された狭い範囲の現象を説明するための理論であることがわかるだろう。重要なのは、たとえ、限定された狭い範囲の理論であったとしても、それが私たちの現象理解、ものの見方、考え方に影響を与え(揺さぶりをかけ)、違った視点からその現象を眺めるきっかけや気づきを作り、そうすることで実践に影響を与える(よりよい実践につなげる)ことができるならば、それは優れた理論的貢献なのであり、優れた研究だと言えるのである。

 

さらに言えば、いかに限定された狭い範囲の理論であっても、それがその範囲を超えた現象にも当てはまる可能性が見出せるのであれば、さらに優れた研究成果だといって良いだろう。つまり、Leslie et al. (2023)の研究は、ダイバーシティ推進においてリーダーが用いるレトリックとその効果に限定された研究であるわけだが、その成果が、ダイバーシティ推進以外にも応用できるかもしれない、リーダーが用いるレトリック一般にも応用可能かもしれない、というような可能性が感じられるのであれば、それは将来の研究で追求していくことができるから、新たな研究の機会と道筋を開くことで、関連領域の分野の発展にも寄与していけるポテンシャルが高いという意味でも優れているのである。

 

次回以降は、Leslie et al. (2023)が具体的に、どのように新しい理論を構築していったのか、その際に、どのように、既存の理論をうまく用い、組み合わせていったのかについて解説していく。

文献(教材)

Leslie, L. M., Flynn, E., Foster-Gimbel, O. A., & Manchester, C. F. (2023). Happy Talk: Is Common Diversity Rhetoric Effective Diversity Rhetoric? Academy of Management Journal, https://doi.org/10.5465/amj.2021.1402