『太閤素性記』の類話(その4)

『太閤素性記』の類話(その3)の続き。


「灰坊」伝説は日本各地に伝わり、バリエーションも豊富だ。

詳しくは、
シンデレラの環(民話想)
灰坊(民話想)
を参照のこと。


その中でもかなり太閤伝説と似ているのが「猫の面」という話。
猫の面(民話想)

 九歳になると、男の子は馬に乗って刀と槍を持って親探しの旅に出た。沖縄本島琉球五城を訪ねていく途中、八十歳の爺に行き会い、その助言に従って十一年生きた猫を殺し、その皮を剥いで衣を作った。元々着ていた美しい衣装と刀と槍は竹山の生竹の節に隠し、りっぱな馬は竹山に放した。

 醜い姿となった男の子を草取りの爺婆が世話し、大城の王の召し使いに雇われた。草取りや掃除はよくできなかったが、料理人になると食事が早くできるようになったので重宝された。しかし醜い姿の彼は《猫の面》と呼ばれて、召し使い仲間には嫌われた。

※主人公が「大和(薩摩)の殿様」の落胤だというのも、秀吉の母の伝説と似ていて興味深いけれど『太閤素性記』には無い話なので略。


主人公は「馬に乗って刀と槍を持って」9歳で家を出た。
秀吉は父が遺した永楽銭を持って(針と交換して)16歳で家を出た。


主人公は猫の皮の衣を着て醜い姿をしていた。
秀吉は垢の着いた白い木綿を着ていた。


主人公は「猫の面」と呼ばれた。
秀吉の幼名は「猿」で「猿かと見れば人、人かと見れば猿」という容姿だった。


主人公は大城の王の召使に雇われた。
秀吉は松下加兵衛の草履取りとして雇われた。

加兵衛草履取ナト一所ニ置く


主人公は召し使い仲間に嫌われた。
秀吉は先輩の小姓に嫌われた。

先ヨリ居タル小姓共是ヲネタミ

 三月三日、三人の王が集まって浜遊びをすることになり、猫の面は手早く弁当を作った。一緒に遊びに来るよう誘われたが「留守番をする」と断わった。しかし城の人々がでかけてしまうと、彼は竹山に行って馬を呼び出し、立派な衣装を着て浜に行った。人々は神の子が現れたと騒いだが、王の一人娘の姫だけは「あれはウチの召し使いです」と言った。男の子は一足先に城に帰り、また《猫の面》に戻っていた。そこに王が来て、「灰坊[へーぼ]、今日は神の子が来たぞ、お前も来れば良かったのに」と言う。

主人公が立派な衣装を着ると人々は神の子が現われたと騒いだ
秀吉が立派な衣装を着ると清らかな姿になった


主人公は王の姫に好かれた
秀吉は浜松城主飯尾豊前の娘に好かれた


主人公は姫と結婚した
秀吉は故郷に帰った(ここは違う。結婚してしまったら史実の秀吉と全く違ってしまう)


※なお太閤伝説がシンデレラなら義父による虐待があったほうが都合がよさそうであるけれど『太閤素性記』に書いてないのだから無いのだというしかない。


そして上の「猫の面」もまた父親からの虐待が無いのは、父が(存命ではあるけれど)いないからだ。


『太閤素性記』の竹阿弥の記事と流離譚は別のところに書かれているのであり、流離譚における秀吉は「父なし子」設定である可能性が高い。


故郷に帰った秀吉が一若に会ったときに、母が嘆き悲しんでいるとあるけれど義父について一切触れられていないのは、秀吉と義父が不和であるというより、義父の存在そのものがこの物語の設定では無いことになっているからではなかろうか。