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Too Much Popcorn

2011-08-07

[]ぞんびだ!2−2

 黒い貨車が黒い物体を山積みにして、左から右へと次々と通り過ぎていく。踏切が閉じて列車が通り始めて、ずいぶん時間が経っているような気がするけれども、貨車はまだ途切れない。長い長い列車だった。

 横を見るとぞんびださんが腕の皮膚をめくって遊んでいた。赤い、ぶよぶよしたものが見える。ゆっくりと血が染み出してきた。

「やめてください、そういうの」

「えー、だめ? ちょっと痒かったんだけど。いまさら隠すような関係でもないし」

「普通にしていて下さい……関係とか、どうでもよくて」

 ぞんびださんは、皮膚を元の場所に丁寧に伸ばしていった。めくれ上がった皮膚の端を指の腹で抑える。スマートフォンの画面に保護フィルムを貼る作業を、僕は思い起こした。まだ踏切は閉まったままだ。

 ルームミラーを見ても、後ろに車は見当たらなかった。

「ほら。きれいになったでしょ」

 ぞんびださんが腕を見せてくる。青白く細く、そして不思議な質感だった。傷口は全く見当たらない。

 もう何がなんだか分からなくなってきた。

「現実じゃないんですね」

「気付いちゃった? ウェルカム・トゥ……」

「死者の世界、ですか」

「そういうことに、しときましょう」

 すると一際大きいガタンという音がして、目の前から貨車がいなくなった。ゆっくりと遮断機が上がっていく。さっきまで晴れていたのに、今、まわりは霧がかかった様子で、視界が極端に限られている。

「さっきの貨物列車、何だかわかった?」

石炭を運んでいるんですね」

「すごい、なんで分かったの」

「中学校のときに習いました」

 頭の中の知識を総動員して、僕はこれから向かうであろう目的地の想像をした。ぞんびださんが昔住んでいたという、北の炭鉱の町。


 川沿いのくねくねした道を進む。ところどころに木造の家が立っている。運転中だからきちんとは確認できないけれど、人の気配は感じられない。多分、死者の世界はそういうものなのだろう。ぞんびださんはずっと窓の外を眺めている。

「一本道、なんですね」

 僕は思ったことを口に出してみた。

「運転疲れた?」

「ちょっと」

「じゃあ、次の建物のところで止めてよ」

 前を向いて、ぞんびださんは言った。

 僕はアクセルから足を離した。減速しながら広い路肩に寄せる。そこは舗装されていなくて、車が停止するまでの間、砂利が賑やかな音を立てた。

 車から降りて歩み寄る。まさしく昔の雑貨屋という感じの店があった。懐かし系のアニメに出てくるような。トタンの看板が掲げられている。でも入り口のガラス扉にはカーテンがかかっていて、中の様子はうかがえなかった。

 僕の行動を、ぞんびださんは少し離れて観察している。ぞんびださんは降りてすぐに自動販売機に向かっていた。雑貨屋とは不釣り合いな、真新しい自動販売機がそこにあった。

「何売ってるんですか」

 僕は尋ねてみた。喉が乾いていて、何か飲みたいと思っていたところだった。ぞんびださんは何も答えなかった。こちらを見ていない。

 ぞんびださんの横顔が、大人っぽくまじめそうに見えた。僕より年上だから、大人っぽいのは当然なのだけれど。で、ちょっと意地悪な気持ちになった。死者の世界とやらに、慣れてきていた。

「あの、お金持っていますか」

「何その言い方、ちょっとむかつくんだけど」

 ぞんびださんは、自分は財布を持たない人だ、といつも強弁する。それで、細々としたものは大抵僕が支払うのだった。

「何かおもしろいの、買って下さい。なんでもいいので。お任せします」

「じゃあ、これっ」

 ピッという電子音の後、ガタッという音。ぞんびださんは服を気にしながらしゃがみ込み、缶ジュースを取り上げた。そしてゆっくりと僕のほうに寄ってくる。缶ジュースをつかんだ手を、こちらに伸ばす。今は売っていない炭酸飲料。細い缶。


「買ってあげたけど……飲まないでね」

 ぞんびださんが小さい声で言う。僕はとっさに何も言い返せない。

「じゃあ、私ちょっと出かけてくるから」

 ぞんびださんはそうつぶやいて口を閉じ、僕を見つめている。色々な思考が急に、僕の頭の中を駆け回り始めた。乗ってきた車の、ボディーの黄色がなぜか気に障った。

「か、帰ってきますよね……」

 やっとの思いで僕は返事した。

2010-08-08

[]ぞんびだ!2−1

 前の1、2、3を1−1、1−2、1−3に変更しました。

 交通量の多い国道から外れた。真新しい道路が前方に延びているが、車は全く走っていない。さすがは北の大地。ここからが本当の長距離運転の始まりだ、と僕は心を引き締めた。横に座るぞんびださんは窓の外を無言で眺めている。何か思うところがあるのだろう。

 ぞんびださんは昔のことを思い出しているのかもしれない。でも、彼女の昔というのがどれくらい前のことなのか、僕には見当がつかない。ぞんびださんはゾンビだし、僕が過去のことを尋ねても、いつもはぐらかされてきたから。全くおかしな関係だ。

 飛行機の中で熟睡していたので眠くはない。先ほど借りた黄色いレンタカーを、時速60kmで運転する。真夏の昼下がり、車内はエアコンが良く効いていて快適だ。


 平らな道をずっと進んでいたが、やがて上りになった。道路の両側は森、大自然という感じがした。ちょっとした丘を越えたようで、その後すぐに下り坂になった。今度はとても見晴らしがよい。遠くの平地まで道路がまっすぐ続いている。

「すごい景色ですね」

「うん」

 ぞんびださんの少し気の抜けた返事。心ここにあらずという感じだった。

 スピードが出そうなところだが、坂が終わるあたりに信号があるのが見えていたので、僕は注意しながら運転する。その信号は、近づくのにタイミングを合わせたかのように赤へと変わった。

 ぞんびださんが、小さな、驚いたような声をあげた。ちょうど信号で止まった時だ。

カーナビ、画面が消えちゃった」

 ぞんびださんが指差しているので、体をずらして覗き込んだ。何も表示されていない。信号がまだ赤のままであることを横目で確認して、電源スイッチらしきものを押して再起動させてみる。

「信号、青になった」

 ぞんびださんがそう言うので、僕は画面を見るのをやめ、前を向いて車を発進させた。

「動きました?」

 バックミラーをちらっと眺めながら尋ねた。後ろから車は来ていない。

「全然だめ」

 ぞんびださんが答える。借りた車で面倒なことになった。後でどこかに止まった時にきちんと見てみよう、と思う。通り過ぎてから気付いたのだが、さっき止まったところは交差点ではなかった。

「今の信号、何だろう。あんなところに信号なんて必要なのかなあ」

「あそこは学校。いなかの子供たちが、信号をわたる練習をするの。知らないの?」

 そんなのは知らなかった。生まれた場所が違うからか、それとも時代が違うからか。


「えーと、この後も道なりにずっと行けばいいから」

 見ると、ぞんびださんは道路地図を広げている。ちょっとびっくりした。

「その道路地図、レンタカー屋でもらったんですか?」

「何言ってるの。私が持ってきたに決まっているじゃない。こんなこともあろうかと

「道、覚えてないんですか?」

「覚えてるよ。でも、もしもってことがあるし。ていうか、早速あったじゃない!」

「そうですね。助かります」

 ここは感謝しておくところだろう。ぞんびださんはしばらくその町を訪ねていないという。道路も景色も変わってしまっているだろう。時間の経過はゾンビにとってより残酷なのかもしれない。

ケータイはどうですか」

 ふと思ったので聞いてみた。

「うーん、電波が入ったり入らなかったり、かな」

 これだけ広いと、そういうものなのかもしれない、と僕は思った。

 今度は、遠くの踏切の警報灯が点滅し始めた。周りはひたすら水田、あんなところに線路があるとは。遮断機の棒がゆっくりと回転して、道路を遮った。