【降臨賞】そして伝説へ

「立たないフラグは」
 私がそう言うと、ルリはうれしそうな顔をした。『フラグ』という言葉の意味はルリから教わったのだった。私は続ける。
「無理やり立てましょう」
 ルリも応える。
ホトトギス
 言い終えると、少しリラックスできた。ホトトギス、というルリの加えた下の句はお約束としてガン無視で。低く小さいモーター音と時々の細かい揺れを除くと、まるでここはルリの部屋のようだ……つい地上からの高さを忘れてしまう。窓の外の冬空にたくさんの星が光っている。目を下に移すとルリと私の通う高校が見つかった。上空から眺めると、民家は照明を使っているためだろう、ぼんやりと明るい。一方学校のある一角は暗く沈んだように見える。
 決行前に私は地図を再度確認する。
「隆志は予備校の授業が終わるとまっすぐ家に帰る」
 つぶやきながら地図上の線をなぞる。
「自転車で商店街を走りぬけ、近道するために公園に入る」
 公園にはバツ印がつけてある。
「人気のないその場所がベストってわけ」
 ルリが口を挟んできた。


 私はケータイを取り出し、時間も確認する。
「いくらにぶい隆志でも、目の前に女の子が降ってくれば、それが恋愛対象だってことぐらいわかるでしょ」
 ルリが言う。にぶいは余計だ、と私は思ったが黙っていた。
「まさに飛行少女」
「ひょっとして、飛行ってあの……」
「シンナーを吸ったり、趣味の悪いパーマをあてたりする、非行にかけてみました」
「そんなの最近ないよね」
「そして、わが高校には『空から落ちてきて告白が成功すれば、その愛は永遠のものになる』という伝説が生まれるっと」
 正直伝説はどうでもいい。ルリの顔は、この前知ったワクワクテカテカという形容がぴったりくるものだった。私は深呼吸する。
 モニターに隆志の姿が映った。次にルリと目が合った。
「じゃ、私行くね。ルリ、ありがと。当たって砕けろ、だよね」
「大丈夫、うまくいくって。あ、でもスピードコントロールに気をつけて。下手して当たっちゃうと隆志、倒れちゃうよ」
 それって、むりやり押し倒すということになるのだろうか……私は変な想像をしてしまう。
「隆志は起き上がり、仲間になりたそうにこちらを見ている」
「ルリ、なにそれ」
ドラクエ、知らない? 有名なのにな」
 いつものルリの会話だ。ルリの顔を見た。元気付けられる笑顔だった。私はハッチを開ける。冷たい風が入り込んでくる。
「グッド・ラック」
 ルリの声を聞いて、私は頭から外へと飛び出す。意識を飛ばさない程度に、でもできるだけ早く落下する。目の前の光景が急激にひっきりなしに変化する。風が吹きつけ、私の髪を後ろにもっていく。両手を広げて方向を変えつつ進むと、やがて隆志の自転車のライトが遠くに小さく見え、そしてそれはだんだんと大きくなる。もうそろそろ隆志の目にも、私の姿が映っているに違いない。隆志が自転車を降りた。そのちょうど三メートル前に私は上手に着地し、すかさず髪とスカートをささっと直した。
 隆志があっけにとられた顔でこちらを見ている。私はルリがいる上空を見やる。あともうちょっと、がんばってみる。自分で自分に言い聞かせた。