「女子高生は、ライトノベルを批評する(仮題)」の(舞台の)構造について

お断り

以下の本文は女子高生は、ライトノベルを批評する(仮題) - 竹宮ゆゆこ「とらドラ!」だけがアップされていたときに書いたものです。その後にアップされた女子高生は、ライトノベルを批評する(仮題) - 「遠藤紫檀の日常」の内容には言及していません。予めお断りしておきます。

本文

一昨日くらいからTwitterで「女子高生は、ライトノベルを批評する(仮題)」という小説への言及をよく見かけたので読んでみることにしたのだが、最近老化が進んだせいか、もともと文章読解能力がさほど高くないせいか、どうにもすんなり読めない。
たとえば冒頭部分にはこう書いてある。

「貴女(あなた)、櫛枝実乃梨(くしえだみのり)は好き?」

一般教室の半分くらいの広さの部室。

部屋の奥の壁面一面には天井まで届く高さの本棚が並び立っている。

一冊の本を手にとった女生徒は、出入り口とは反対側の窓辺で優雅に寛ぎながら読書していた黒髪長髪の女生徒にそう語りかけた。

タイトルにも「女子高生」と書かれているのだから、舞台は高校なのだろう、と推測できる。ミステリなら叙述トリックの可能性もあるので直ちにそうだとは断定できないが、「高等学校だと思ったら実は高級学校だった!」というようなネタではなさそうだ。
それはさておき。
「一般教室の半分くらいの広さの部室」ということだが、その部屋はどんな形をしているのだろう?
一般教室だとほぼ正方形に近くて、前に黒板があり、左右どちらかに窓、その反対側に出入口がある。出入口は2箇所あって、教師は黒板に近い前側から出入りし、遅刻した生徒はこっそり後ろ側の出入口から入ることになっている。
一般教室の半分の広さという条件からではそまぞまな形を想定することが可能だが、ふつう部室は間口が狭くて奥行きが深い長方形というイメージがある。
ところが、このイメージに従って読み進めると少しおかしなことになる。出入口が1箇所の細長い部屋の場合、出入口に近いほうが手前で、その反対側が奥ということになりそうなものだが、「部屋の奥の壁面一面には天井まで届く高さの本棚が並び立っている」にもかかわらず、「出入り口とは反対側の窓辺」があるのだから。

続いて沙羅は奥の本棚へと目を向ける。

本棚を埋めるのは多種多様なジャンルの本だ。

【略】

文子はこちらを注視する沙羅を一瞥すると皺一つなく完璧に着こなされたブラウスの袖口を陽光に濡らし、壁一面に展開する本棚の両端を結ぶ扉から窓枠までの距離を緩やかな歩調で歩み出して、何度も往復しはじめる。

ここで言われている「扉」が出入口のことだとすれば、扉のある面と窓枠のある面が向かい合っていて、それとは別に「奥」と呼ばれる面があり、その面いっぱいに本棚が並んでいることになる。とすると、この部室は先に想像したような奥行きのある細長い長方形ではなさそうなのだが、ではどういう形なのかといえば、皆目見当がつかないのだ。
一読しただけですんなりわからないのは部屋の構造ばかりではない。

唐突に歩みを止め、思索の海から抜け出た文子はこれまでの物静かな表情から一転、喜色に満ちた子供っぽい笑みを浮かべると、部屋の中央に置かれた一組の長机と向かい合うように配置されたパイプ椅子へと歩み出し、扉側の椅子を引き出すと、クルリと反対向けに回して背もたれに薄い胸を押し付けるようにして座り、窓辺の沙羅のほうをみる。

「一組の長机と向かい合うように配置されたパイプ椅子」という表現から、長机とパイプ椅子がどのように配置されているのかをイメージするのにかなりの手間がかかった。まず長机とパイプ椅子の個数がよくわからない。「一組の」は「長机」に係るのか、それとも「長机と向かい合うように配置されたパイプ椅子」に係るのか。前者だとすれば、長机は二脚以上で一組ということになるが、後者なら長机と椅子を合わせて一組ということになり、長机は一脚、椅子は二脚以上ということになるだろう。なぜ椅子が二脚以上かといえば「扉側の椅子」という書かれているからで、こういう書き方をするということは「扉側ではない椅子」があることが暗示されていると読むべきだろうからだ。
素直に読めば「一組の長机」のほうが自然だが、そもそも長机は組になっているものだろうか、と考えてみると、長机と椅子のセットのことを指していると解釈するほうが正しいような気になる。そして、「向かい合うように配置された椅子」というのは、長机をはさんで、二脚の椅子が互いに向かい合っているような配置のことだと考えられる。扉と窓が向かい合っているのだから、扉側の椅子は窓のほうを向いていて、それと向かい合う椅子のほうは扉の側を向いているということになる。
文子は扉側の椅子を引き出して、反対向けに回したのだから、椅子にふつうに座れば扉に向かうことになる。しかし、文子はそのような座り方をせずに「背もたれに薄い胸を押し付けるようにして」、つまり大股を広げてパイプ椅子にまたがり、背もたれに抱きつくようなやや行儀の悪い姿勢で座ったのだから、当然、ふつうに座るのとは反対の方向を向くことになる。扉と反対の方向といえば窓側で、そこには沙織がいる。ここまでは問題ない。

その身一つで沙羅を真正面からみつめる文子の視線を受けて、沙羅は手にしていた本を置いて悠然と立ち上がると、静かに歩んで文子の対面のパイプ椅子を引き、足を揃えるようにして腰を折った。

【略】

立ち込める濃厚な気配。

二人は顔を近づけ合う。

さてこのときの二人の距離はいかほどか?
互いに頬が触れ合うくらいの至近距離のようにも思える。だが、忘れてはならないのは、沙羅はパイプ椅子を「引き」、そこに座ったということだ。なぜ引いたのかといえば、そこに長机があったからだろう。つまり二人の間には長机が横たわっている。
長机をはさんで向かい合わせに配置されていた二脚のパイプ椅子はともに引き出されて、文子と沙羅が向かい合わせに座っているという状態だ。ただし、沙羅はふつうに腰掛けているが、文子のほうはわざと椅子を逆向けにしてまたいでいる。では、二人の間の長机はどのように置かれているのか。二人は長机の短辺に椅子を置いているのか、それとも長辺のほうか。たぶん、長辺のほうだろう。もし短辺に面しているのだとすれば、二人の間の距離は結構離れていることになるし、二人が腰掛ける前の椅子が長机の両端に向かい合う形で配置されていたというのはちょっと不自然だ。
長机の向きがわかったところで、もう一度部室の構造を考えてみよう。最初にイメージしたのは、手前に出入口、奥に窓がある長細い部屋だったが、長机の両端は窓と出入口に向けられているのではなくて、それに直交しているのだとすれば、この配置は少し不自然だ。まあ一般教室の半分の広さがあればそういう置き方もできなくはないだろうが、壁面に天井まで届く本棚が置かれた部屋はただでさえ圧迫感があるのに、さらに狭苦しく感じられるような置き方をすることはないだろう。
長机が部屋の形に即して置かれているのだとすれば、出入口と窓は部屋の短辺ではなく長辺側にあると考えられる。しかし、一般教室と同じように出入口が2箇所にあるのでもなく、かといって長辺の真ん中付近にあるのでもなく、前後どちらかに偏った位置にあるのだと考えられる。こうすると、「部屋の奥」の意味がわかる。出入口の扉をあけて部室に入ると、向かい側には窓があり、左右どちらかに目をやれば、その奥には本棚が置かれているということだろう。
うん、これで一件落着……と一瞬思ったのだが、出入口を入って向きを変えて奥に向かったところに本棚があるのだとすれば「壁一面に展開する本棚の両端を結ぶ扉から窓枠まで」という記述に反する。
……あれこれ考えているうちに、わけがわからなくなってきた。
やっぱりこの小説は難しすぎる。読んでも頭にすんなり入ってこない、というのが結論。
どこかで何かすごく大きな誤解をしていて、そのせいで恥ずかしい間違いをしでかしているかもしれないのだが、「知るは一時の恥、知らぬは一生の恥」とも言うので、一時の恥は甘受することにしよう。