物覚えもつかない頃に母親を亡くし、飛行機が好きだった父親も、5年前フライトに行ったっきり行方不明、以来叔父の経営する牧場にたつ一軒家にひとり暮らす高校2年生「深山直人」(みやまなおと)くんが本編の主人公です。パイロットであった父親が残したものは、ウルトラライトプレーン(ULP)と九三式中間練習機(通称「赤とんぼ」)。その赤とんぼで空を飛ぶことが父親の夢で、その夢を叶えることなく突然いなくなってしまった父親が空をどんな気持ちで飛んでいたのかを知りたい、という想いで彼もまた空を飛ぶことに憧れるようになり、いつか「赤とんぼ」を修復して飛ぶことが主人公にとっても「夢」となっていたのです。
そしてこの夏。今まで必死にバイトをしてためたお金で地元に設立されたULPクラブに通い、飛行資格を得ること。そして父親の命日である8月20日にULPで空を飛ぶこと。彼の「夢」実現にとって大切な夏休みは、もうすぐそこまで迫っていたのです。

Memories Off」「infinity」といったキッドのオリジナル作品のシステムをほぼ踏襲したもので、特に問題ないと思います。既読文章参照、ウィンドウ枠の選択・濃度の調節、随時可能なセーブ・ロードは、ファイルごとに記録した時点の画面が表示されるのでわかりやすいのは相変わらずですが、既読文章をスキップするのにボタンを押しっぱなしにしなければならないというのが辛いところ。
1人でもヒロインのグッドENDをクリアした後に利用できるようになる「ALBUM」「MUSIC」、全ヒロインのグッドENDをクリアした後で利用できるようになる「VOICE」といった「おまけ」類。しかし「VOICE」はもう少し整理して利用できるようにして欲しかったですね。8000近い声優の音声をただ番号を指定して再生するのではなく、声優ごとに分類するなり、物語上重要なセリフ、笑えるセリフ、萌えるセリフ等々細かく分類したらもっといいな、と思いました。
今回は演出面で少し進歩がみられますね。テキストが声優の演技とリンクして一語句ごと表示されていく点。また、ボタン操作を受け付けない状態、つまり「間」が設定されている点。立ちポーズによる表情変化に加え、立ち位置の変化や、立ちポーズ自体の画像加工など。システム的な演出が、些細なものではありますがいくらか拡充している点は評価したいです。

原画は「癒し系」CG描きとして有名な「成瀬ちさと」さん。手書き調のやさしい絵柄はかなり僕好みなんで全然問題なし。ゲーム化に当たっての色塗りもそんな絵柄の良さは失われていませんしね。イベントCGも枚数自体はそれなりにあるし、1枚のCGでもいくつかの表情バージョンがあったり、クオリティもかなり高いので、成瀬さんの絵柄が好きならばかなり満足できるレベルだと思います。まぁ、彼女独特の面長な顔立ちが多少違和感に感じられる立ち絵もありましたが、総じては問題なし。立ち絵の切り替わりはあまり自然とはいえないけど許容レベル。個人的に深山勇希ちゃんの泣きポーズにはコロっといってしまいました(^^;
しかし背景は劣悪。特に教室背景。呆れるを通り越して笑えるほどお粗末なものです。
ULP操縦シーンには3DCGが用いられていますが、プレイヤー自身が操縦するならともかく、ただのシーン描写にしか過ぎない位置付けとしては余計でしたね。リアリティを求めるならわざわざ絵に趣向を凝らすのではなく、コントローラを振動させた方がよっぽど良かった気がします。

音楽は透明で綺麗な音色をベースにしたシンプル・ピュアサウンド。神秘系・ほんわか系を基調としたやさしめの音楽で、キッド作品ではお馴染みの阿呆剛さん作曲。さすがに「Memories Off」や「infinity」で使用された楽曲と似たようなメロディが散見されますが、それはご愛嬌。
しかしOPソングはダメダメ。本井さんの歌がダメなのは「ときメモ2」で実証済みなんで覚悟はしていたけれど、もっとちゃんとやれよ志倉千代丸っ!といった感じ。阿呆さんもボーカル曲の作曲には向いていませんね、申し訳ないですが。
衝撃的なシーンテキストに応じてBGMが突然止まる従来の音楽演出は健在。しかし楽曲自体それほど印象に残るナンバーが個人的になかったのが残念。ED音楽も役不足(「infinity」ほどじゃないけど)。キッド作品の音楽はもっと頑張って欲しいですね。

【瑞雲しずく】〜直人!わたし、人間になっちゃった・・・!〜

ぶっちゃけた話、この作品の4人いるヒロインのエピソードで最も「がっかり」な出来ですな、メインヒロインと思われるのにもかかわらず・・・。しずくの「願い」と主人公の「夢」の対立、つまり帯に書かれている「好きだから叶えてあげたい・・・叶えたくない、好きだから・・・」というテーマをメインに描いているのがこのシナリオなんですが、それを物語的に大して深めるわけでもなく、2人の間でただひたすら「うだうだ」と言ってもいいほどしつこく繰り返されるうちに、「どーでもいいや」と感じられてしまうようでは、シナリオの出来どうこうではなく、作品としての拠り所すら危うくしているといえます。なにせテーマ自体に魅力を感じられなくなってしまうシナリオなんですから・・・。
突然目の前に現れた「しずく」という美少女に対し、理性と、男として当然の下心の葛藤をあられもなく表現するテキストは、悪くないです。主人公視点だとありがちな自身の心理描写のくどさはほとんどなく、基本的にキャラクターとの会話をメインとした淡々としたものであり、フレーズも短く簡潔で読みやすく、素直で自然な流れで進むためにラフな気持ちで読み進めることができます(これは他のシナリオについてもいえるけど)。
そういった「スタイル」であるために、しずくに対する、当初主人公が抱いていた男として当然の下心が、しずくに対する純粋な好意に変わっていく描写、今まで飛行機に乗って空を飛ぶという「夢」に夢中で異性関係に億劫だった主人公であるゆえの「初々しさ」と「戸惑い」を含めて、ありのままというほどではないにせよ、割とリアルに感じられたのは長所として認めます。しかし・・・。
全シナリオ中最も「ファンタジー」色の濃いシナリオであること。そしてその「ファンタジー」がこのシナリオの物語的な質を完膚なきまでに粉砕していること。いくらなんでもあの「オチ」は酷すぎますよ・・・。本井えみさんの演技もあまりに素っ気無く、立ち絵の雰囲気と演技があってないシーンが多数有。元々無感情なキャラですが、そんなキャラが感情を表すシーンにあまりインパクトを感じられなかったのはひそかに致命的。シナリオのダメさに油を注いでますね。

【深山勇希】〜お願い、こっち向いてよ・・・。あたしは、ここにいるんだよ?〜

この作品中出色の出来といえるこのシナリオ。正直申しまして、最近プレイしたギャルゲーの中でここまでハマってしまったのはPC「AIR」の「SUMMER編」以来でしょうか。物語的にはいわゆる「ムヒョー、むちゃくちゃこっぱずかしぃ〜〜!!」系のくすぐったいラブストーリーで、主人公と、彼にとって同い年の従姉妹で、幼馴染である勇希との関係をそれこそ「うだうだ」と描いていくシナリオ。知っての通り(?)勇希は当初から主人公に対して好意を抱いているので、恋の芽生えとか、育まれる想いとか、そういう恋愛ゲーム作品一般にお約束の物語展開はほぼありません。ファンタジーも奇跡も起こらなければ、それほど大した事件も起こらず、それこそ昔の少女コミックを髣髴とさせるような「くっついたり離れたり」をひたすら繰り返すような・・・。
だけどそんな恥ずかしすぎる青春真っ最中の二人のやりとりが、すごくおかしくて、楽しくて、だけどとても繊細で、だからとても生き生きと感じられるんですよ。「演じられる『お約束』」として、いかにも「青春」なやりとりをコミカルなボケ・ツッコミとしてカモフラージュすることに長けた二人の「夫婦漫才」が、「なんかいいなぁ」という、「面白くて居心地の良い」感じをプレイヤーにベースとして抱かせながら、中弛みギリギリの危うさでチビチビと織り交ぜられていく、真剣な勇希の気持ちと、本当の自分の気持ちに気づいていく主人公の描写。「恋人未満」状態な二人の絶妙な描写(テンション)配分を最後までよく維持できたな、そう思いました。多少、主人公の勇希に対する好意の気持ちに気づいていくあたりに、わざとらしさ(強引さ)を感じないでもなかったですが。
「二人ともそれとなくお互いのことが好きなのに、なかなかくっつかない(自分の気持ちに気づかない)」不器用な少年と少女の恋愛物語が好きな人には、かなりお勧めですね。僕はそういうわけでかなりお気に入りです。大本眞基子さんの演技はこの作品の出演声優中ピカイチ。あなたの演技にあたし泣かされました(マジに)。感情移入度的にも最高レベル、鈍い主人公ではなく、曖昧だけれど主人公と勇希ちゃん「二人の世界」みたいなものに移入していたのでしょうかね。とにかくお気に入りです。

【白菊桜花】〜あれでしょ、あれでしょ、それから、えーと・・・〜

主人公の親友「白菊疾風」の1つ下の妹で、主人公を出会っていきなり「運命の人」呼ばわりして彼にしつこく付きまといまくり、結局そのままぶっ通してしまうような無茶苦茶ラブストーリーです。はっきり言ってこの作品で最も「しょぼい」ストーリー展開と言えるでしょう。何しろ大した理由付けなしに、恋愛占いの結果のみで彼女は主人公にハマって付きまといまくり、主人公自身も、海軍好きな彼女と多少話が合うのが嬉しいのか、好きなのか嫌いなのかはっきりせずに「なんかかわいい」程度で彼女を構っていくだけの「軽い」イベントが続いていくだけで(やりとり自体はかなり楽しい、というか笑えるんですけどね)。そして主人公の「夢」との兼ね合いであまり桜花ちゃんに構ってあげられないでいたら彼女がぐずってしまったので、仲直りついでに「実は僕も桜花ちゃんのことが・・・」でラブラブハッピーエンド。何度も言いますが、本当に「しょぼい」んですよ・・・。
倉田雅世さんの語尾に「だよぅ」をつけるハイテンションな演技はかなり浮いている感じがしますし、そのハイテンションさとのギャップでラストのせつない演技が多少映えたりするのは良かったですが。
しかしそういった表面的な好き嫌い以上に問題なのは、主人公と、「選択肢」でしょう。一方的に付きまとわれているだけで、自身本当に桜花ちゃんのことが好きなのかイマイチはっきりしていない状態なのに、「桜花ちゃんは『特別』」なんて選択肢をプレイヤーに選ばせるのは卑怯。それに、桜花ちゃんがぐずってしまったので主人公にとって大切な「夢」を諦めて彼女に会いに行くのだって、相変わらず彼女に対する主人公の好意もあいまいな状態で、しかも学校の勉強そっちのけで頑張ってきた「夢」なのに、それを前提にしてプレイしてきたプレイヤー自身に拒絶させるというのは、ある意味この作品のオリジナリティを否定することに繋がりはしませんか?
いいんだ。これで終わりじゃない。認定試験はまた受ければいいんだから(直人)
それを言っちゃあお終いじゃありませんか。何の精神的解決を経ずに、「夢」を叶えることが「父親の死」という現実を受け入れることでもあるのに、その「夢」を否定してしまうことを「よし」とする主人公の精神的成長が全く描かれていないうちに、桜花ちゃんとラブラブになるこのエンディングは、物語的に終わっていない(決してグットエンドとは言えない)のでは?
まぁ、自分の「夢」を実現させるのに固執するのではなく、桜花ちゃんの健気な「夢」を叶えてあげようとする主人公の想い(心境の変化)自体は悪くないですよ。しかし、そうなる、そうせねばならない説得力はまったくない上に、主人公の「夢」が普通の「夢」以上の意味合いを持っていただけに、その大切な意味合いの方までおろそかになることにつながるこのシナリオ(エンディング)は、ちゃんと考えれば考えるほどダメになっていきます。ま、桜花ちゃんというキャラクター自体がお約束的でプレイヤーの受けはいいだろうし(なにせ何もしないでもこっちを慕ってくるのだから、これほど嬉しいシチュエーションはないし)、まさにお約束どおりの展開で安心して萌えられる、つまり軽く楽しむ程度なら全然問題のないシナリオということで、それほど評価が低くなりようはないんですけど。

【秋水志菜乃】

ULPクラブに通う途中にある喫茶店で働く年上の女性。このシナリオでは、出会った当初から主人公は彼女に「ぞっこん」で、相手の迷惑を考えずにひたすら強引にアタックしていくのが序盤の物語内容であるために、プレイヤーとしても初めから彼女のことが好きな状態で始めなければならないことが、このシナリオの特異点でしょう。僕などは性向上年上の女性にはときめかないので、やはりこの志菜乃さんのことも大して好きになれず、ただハッピーENDに至るための「積極的で大胆な」選択肢を選ばなければならないことが非常に恥ずかしく、辛うございました。
しかし、プレイヤーの心理(好き嫌い)に構うことなく、彼女に好意を持つ「理由」をプレイヤーにまったく説明することなく「オレは志菜乃さんが好きなんじゃー!」と言いのける主人公は、果たして「恋愛ゲームの主人公」として適格であるのでしょうか?そんな根本的な点からこのシナリオは、何か間違っている気がしなくもないです。
そして、実は志菜乃さんにはかなり過酷な過去があり、シナリオ的にも最もドラマティックな内容といえます。しかしその大事件が志菜乃さんと主人公の関係世界のみの非常に狭い世界で繰り広げられていくために、非常に「薄い」印象を受けてしまうことが致命的でしょうか。事件に際して主人公の突拍子のない、責任を伴わない子どもっぽい考えや行動が、「ファンタジー」とはまた違った意味で「非現実的」で、甘ちゃんで、しかもそういった主人公の「浮ついた」心理を「志菜乃さんへの想い」の説明として無批判に受容するような物語であることが、かなり「さむい」です。
プレイヤーのことを考えずにただ「大人っぽくて物静かで素敵で影のある年上の女性」というだけで惹かれる主人公に対し、「どうやって感情移入しろと?」
好きな理由に納得できないのに、彼女に積極的にアプローチしていくような選択肢を設定して、「どうやってシンクロしろと?」
感情移入もできない、シンクロもできないのに「好きな志菜乃さんのため」無我夢中で突っ走りまくる主人公、「お前アホか?」
この作品中最大の「お話にならない」シナリオ。声優さんの演技もイマイチ弾けてないし、「もう一度修行しなおして来いっ!」と言いたいですね。

【総論】

航空モノっぽいあの設定に興味をもってこの作品をプレイした人にはご愁傷様な、薄っぺらくて適当で、結局シナリオにとっては「どーでもいい」と捨て去った感のある航空ネタ。また、今は亡き父親と主人公の大切な「絆」として、また、父親がいないという現実を心のどこかでいまだ受け入れられていない「精神的問題」としての、「夢」という設定に対する説明不足・エピソード不足・浅い描写、そしてあまりにいい加減な「オチ」。ある時は「夢」を諦めることが「死ぬより辛いこと」であったり、またある時は「また今度やればいいこと」であったり。その矛盾自体もそうですし、この矛盾を成立させるための力強い物語性が皆無だった、そう断じなければならないでしょう。
不器用なほど真正直で純粋なラブストーリーとして自体は僕好みですし高く評価したいですが、この「夢のつばさ」という作品がユーザーに「オリジナリティ」として提示したそれらの要素を、その物語のうちであっさりと否定してしまったことは、大きな罪として製作者側にはきちんと自覚してもらわなければいけないでしょう。作品自体の質ではない、作品と、プレイヤーに対する「裏切り」の姿勢、つまり志しが誤っていたと、僕はそう思います。