7月8日 読売新聞 編集手帳

 中国共産党に君臨した毛沢東が専用列車で国内を旅したとき、沿線の党支部は遠方の水田から見ばえのいい稲穂を大量に抜き取り、線路に沿って植え替えた
 最高権力者に誉めてもらいたい一心から出た豊作の偽装工作であったと、毛主席の元主治医、李志綏氏が「毛沢東の私生活」(文芸春秋刊)に書いている
 1年前の北京五輪開会式には、民族衣装を着た「中国の56民族からの56人の子供たち」が登場し、団結を世界に誇示した。じつは偽りで、大半が漢族の子供だった事が後に露見している。だます相手が独裁者から国際社会に、偽装の小道具が稲穂から子供に変わっただけである
 新疆ウイグル自治区で起きたウイグル族による暴動の方を聞く。死亡者は150人以上という。厳しく抑圧されてきた少数民族の不満が事件の根にあるといわれ、力ずくの鎮圧で「声」を封じられる雲行きにはない。また、封じてはならないだろう
 今年10月の建国60年を機に、共産党政権は「歴史的功績」を自賛する予定という。経済がいかに成長しようとも、人間の尊厳が1本の稲穂ほどに軽い国で、何を誇るのだろう。