覚え書:「今週の本棚:白石隆・評 『途上国の旅:開発政策のナラティブ』=浅沼信爾、小浜裕久・著」、『毎日新聞』2014年02月09日(日)付。



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今週の本棚:白石隆・評 『途上国の旅:開発政策のナラティブ』=浅沼信爾、小浜裕久・著
毎日新聞 2014年02月09日 東京朝刊

 (勁草書房・3885円)

 ◇開発の物語から積み上げる教訓

 近年、新興国の台頭がよく語られる。経済成長の「収斂(しゅうれん)」がおこっているからである。あるいは少し噛(か)み砕いて言えば、先進国にある技術が途上国に移転されて、一部の途上国経済がキャッチアップに成功し、新興国として台頭、その結果、先進国と新興国・途上国の格差が小さくなり、世界経済における先進国と新興国・途上国のバランスが急速に変化しているからである。

 しかし、経済成長は、経済成長理論が描くようなスムースなプロセスではない。また技術移転のプロセスも、そこに技術のギャップがあるから、水が高い所から低い所に流れるように、技術水準の高い所から低い所に移転し、その結果、経済成長の「収斂」がおこるといった自律的プロセスではない。マクロ的にはスムースに見えても、経済成長のプロセスでは、生産、雇用、所得配分、地域経済、消費構造等、経済のすべての面で大きな構造変化がおこっており、そうした変化に応じて、社会的、政治的構造変化もおこっている。その意味で、経済成長、経済発展はきわめて複雑な現象であり、開発戦略・政策の策定において経済成長理論は直ちにはその指針とならないし、いろいろな国の開発経験の違いをうまく説明するモデル、実証分析もない。

 つまり、別の言い方をすれば、途上国の開発戦略・経済政策は、その国の発展段階に応じたもので、またその国の置かれる世界的・地域的な政治経済環境に適したものでなければならない。ある政策がある国でかつてうまくいったからといって、同じ政策が別の国でこれからうまくいくとは限らない。では、どうすればよいか。いろいろな国のいろいろな開発の経験についてナラティブ(物語)を積み上げ、なにがうまくいき、なにがうまくいかなかったか、学ぶほかない。それが本書のねらいである。

 したがって、本書では、著者が実際に関与したいろいろな国のいろいろな開発の経験が物語られる。1950−60年代、一次産品輸出は成長のエンジンにならないと一般的に理解されていた時代に、パームオイルとゴムの一次産品輸出を「てこ」に経済成長を試みたマレーシアの開発プロジェクト、朴正熙政権下の韓国が採用した輸出主導型工業化・重化学工業化路線、かつて世界第二の高所得国だったアルゼンチンの輸入代替工業化と経済衰退、バングラデシュの経済成長とインフラ建設。こういう物語を積み上げ、著者はいくつかの「教訓」を引き出す。

 その一つは、これまでの経済発展の軌跡を国毎(ごと)に辿(たど)ってみると、経済発展が急速に進展する決定的な時期があり、その時期に開発の重要課題が出てくるということである。そのとき、そうした課題にどう立ち向かうか、課題を克服できるか、それによってそれ以降の発展過程が違ってくる。

 もう一つ、経済発展における政治指導者とテクノクラートの需要性である。経済発展を実現するには、政治指導者は、しばしば、短期的に、自分と自分の支持者の政治的・経済的利益を犠牲にしなければならない。それができるかどうか。また、有能なテクノクラートに支えられるかどうか。これによって経済発展の首尾は大いに違う。

 本書は開発経験の物語であるが、途上国の開発に一生を捧(ささ)げた専門家の物語でもある。特に著者の一人の浅沼信爾氏は世界銀行計画・予算局長、アジア第1局局長も歴任した専門家で、その人柄を彷彿(ほうふつ)とさせるエピソードと深い洞察からは学ぶところが多い。
    −−「今週の本棚:白石隆・評 『途上国の旅:開発政策のナラティブ』=浅沼信爾、小浜裕久・著」、『毎日新聞』2014年02月09日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140209ddm015070135000c.html





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浅沼 信爾 小浜 裕久
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