和装組曲♪

2017-04-26

浜ちりめんと近江の景色&諸々ごったまぜ〜♪

4年前、丹後ちりめんを見学に行ってからは何時か浜ちりめんも見学に行きたいと思っていた。
今回京都の絣工房に行くにあたり2か月前というのに泊まる宿が取れず思案していた時にふっと気が付いた。
琵琶湖大津に泊まればいい、そして長浜のちりめんも見学してこよう、と。

丹後ちりめん工場の見学ブログはこちら・・

    縮緬が出来上がるまで
   http://d.hatena.ne.jp/umryuyanagi104/20130713/1373699230

      
     地味な話 〜縮緬・ちりめん〜
      http://d.hatena.ne.jp/umryuyanagi104/20140627/1403852750
     


江戸期、痩せた村の田畑に課せられる年貢のため、日々バタバタと飢えで死んでゆく村人を救う窮余の一策として京都縮緬の仕組みを習いに一人の村人が志願した。
勿論京都縮緬の仕組みを盗んでくるためなのだから、見つかれば命はないことは承知である。その工程の秘密を知るまで何年かの辛抱の後丹後に夜半逃げ帰る。追っ手を逃れながらも山中で暮らし、やがては丹後に一大縮緬市場を起こす先駆けとなっていくのは以前のブログで書いたとおりである。丹後の水の豊かさや湿度の高さが上質なちりめんを育む土地として適当であったに違いない。命を懸けて村のために罪人として追われるその人を名を替え、村中あげて匿い、今でも神様のように思う土地の人たちの人情の厚さと恩義に報いようとする律義さがあっての話でもあった。


それから丁度70年後、同じような事を考えた人達がいた。それが長浜の二人、中村林助と乾庄九郎であった。彼らは丹後へ習いに行くのである。勿論藩から許可など受けられないので二人は脱藩してのものであったとか。ただ技術を持ち帰った後も縮緬の産地として発展していくには容易な事ではなかった。盗んだ技術からできたちりめんをもはや京都の方は見向きもしなかったのである。意地でも京都では買わなかったと聞く。ところが彦根藩縮緬産業の後ろ盾として、藩を上げてバックアップ京都との直接交渉にあたり、率先して産業として保護政策を引いたのである。何よりも長浜の眼前に広がる琵琶湖伊吹山からの大量の雪解け水という地理的環境が大きな力となったようである。それ以前から姉川が何度も何度も氾濫するため、桑の木を植えて氾濫から土地を守るという事もされていたため養蚕に非常に適していたという歴史的な背景も十分整っていたとも言われている。

伊吹山の雪解け水・・・・・

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軟水である琵琶湖・・・・

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この大きな力が一大縮緬の産地としてのバックグラウンド。なにせちりめんを作る時も又精錬する時も大量の水が必要なのである。

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昭和48年ピークを最後に、今日の着物離れという社会情勢もあり、一軒また一軒と縮緬工場は閉鎖され消えて行っている。
何とか規模を縮小し維持しているかつての大きな工場も全ての機械が稼働しているわけではない。

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特に丹後は、紋縮緬という形を特色として持っているのだが、長浜は紋織をほとんどやっていない工場が多いようである。
現在平ちりめんというだけでは中々生き残りは難しいであろう。

工場の所々にかつての懐かしい面影も見えるのはとても興味深い。

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今回見学させていただいた工場。

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特殊撚糸を開発され裾さばきのよい織物を製造し生き残りかけているとのこと。
低温乾燥でじっくり時間をかけて染色性を高めることに力を入れていらっしゃる。

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工場も随分少なくなったという工場長さんのお話なども聞きながら、工場独自の生き残り戦術がどうこれから生きていくのか・・という時代に既に入っているようである。
篠田桃紅さんだったろうか・・
日本の伝統も着物も末端から枯渇していっている」と。
篠田桃紅さんはその生涯をほとんど着物で過ごされている。
墨を扱うのに日々着物である。凄いとしか言いようがないのだが。
私たち一人一人の意識から着物は既に遠い存在になっているようである。
ボタンもファスナーもホックもただの一個として使用していない衣装として、多分インドのサリーと着物以外ないのではないだろうか。


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途中移動する車の中から面白いもの発見。

大津の橋で〜
カイツブリ瓢箪」(琵琶湖でよく目にするカイツブリ、そして秀吉瓢箪)


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近江の橋で〜
わかる?
「舟と米俵・・」そして上下にあるのが分かるかな?


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多分「算」。近江商人からかな、と思わず遊び心が楽しくて笑っちゃったよ。



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折角近江まで来たのだから・・と、近江八景のうち「堅田落雁」と「唐崎の夜雨」へ寄ってきた。

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着物学を勉強する方には外せない所。

堅田落雁

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唐崎の夜雨」

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近いので三井寺も・・と思うが朝早くから動いていたこの日はこれで力尽きてしまった。
ご容赦を。



翌日は比叡山に、琵琶湖側から登る。


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勝龍寺城
嘗ての城は焼けてしまっているので、今はその場所に市民の憩いの場所として復元されている。
前の通りは「ガラシャ通り」

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単なる小さな寺かと思っていたのだが、何とかつて光秀の三女玉(ガラシャ)が細川忠興に嫁いだ城であった。
光秀が山崎の合戦で敗れ一時身を寄せた小城だが、既にこの城では身を守れないと坂本城に即座に落ちのびようとする。
主だった13名だけでの逃避行。
その途中の小栗栖村の竹藪で刺されて光秀は落命するのだが・・・この辺の写真は以前の「小栗栖」のブログに書いてあるので省く。


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細川家の九陽紋の瓦の上でカワウが「こんにちわ」と私に挨拶してくれる。
どんな時も自分だけのために世界は動いていると勘違い・・・勘違い街道まっしぐら〜・・・
生来めでたく生まれついているのもこれはこれで頗るありがたい。(笑)

6月の「小栗栖」の琵琶曲の為少しでも見ておきたかった。
2年前の時は時間の都合で「比叡山」と「勝龍寺城」は訪ねることができなかったので。

ここまで来たのなら・・と「宝積寺」まで足を延ばす。
秀吉が光秀打倒のため一夜にして城を築き光秀打倒の足場とした寺。

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移動途中にある場所で期せずして日本の絣織12点の展示会場に遭遇。
案内してくれる方の「えっ?寄るのですか?」
一瞬ちょっと見せる迷惑そうな顔に気も付かぬ振りをして、そこでも更に時間を費やしてしまった。
時間が押しているのは十分承知していたのだが、絣加工を見た後にはスルーできるはずもなく。
その絣織は今ではほとんど見ることのできない貴重なものなのだが、写真撮影禁止ながら特別に許可を頂いた。
人間国宝級のもの、今では幻となったようなもの、重要文化財級のもの・・・何時か機会があればお見せしたい。
今回はそれまで入れるとあまりに長くなりすぎるし、多分今月の容量が危ない。
そんなわけでそれでなくてもかなりハードな日程なのに更に無理をしてしまった。
しかも、体調は出かける時から少しずつ下り坂だったのがこの日で一挙に加速。
比叡山で長い階段や坂道を歩いているうちに体は熱を帯び少し意識くらくら〜
比叡山は工事をしていてその為迂回歩行がはなはだしくそれもかなり老体にはきつかったのだろう。

食が進まぬのでホテルの方に丁寧にお断りしおかゆにしていただく。
頼りない体で辛うじて・・・・ホテルの方が向けるカメラに微笑む。
力のない頼りない笑顔〜・・・(笑)
バックの琵琶湖が写っていると良かったのに、残念。

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この夜半にはついに38度5分の熱が出る。
自分のうめき声で何度も目を覚ます。


金沢に帰ってきて一週間・・・
やっと普通の状態に戻ったよ。良かった。
若い時のように一晩で回復〜とはいかず。
年を取るというのは思い通りにならぬ自分の体調や体と如何に折り合いを付けながら日々生きるか、ということかも。
いやいや・・私の場合は折り合い不要。
自分に似つかぬことなどしない方が良い。
日ごと夜ごと、辛うじて頭の隅に存在する観念を、我が情念が組み伏せねじ伏せている感有。
情念の力技〜☆
5日間不在にしていた我が家、帰ってから更にそのまま一週間寝込む日々。
行くべき所には行った。
見るべきものは見た。
逢うべき人にも会った。
悔いはない。
それで気持ちは満たされていた。
やっと普通の生活に戻ったかな〜(笑)

長くなってしまった。
多分もう今月の空き容量がない位に使った感。
行けるだけ「行け〜っ!!!!」で書いた感。

ではでは・・・今回はこの辺で。
次は5月に

                〜ADIOS〜♪


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2017-04-17

名工に学ぶ3 〜絣加工・徳永弘氏に学ぶ〜

やっと・・・というべきか、ついに・・というべきか・・
行ってきました、京都西陣

       名工に学ぶ1〜和泉博山氏に学ぶ〜

http://d.hatena.ne.jp/umryuyanagi104/20131130/1385793977

       名工に学ぶ2〜片岡行雄氏に学ぶ〜

http://d.hatena.ne.jp/umryuyanagi104/20140404/1396587422


に続き第3弾。


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     名工に学ぶ 3  
              〜絣加工・徳永弘氏に学ぶ〜


昨年秋、京都の名工展でお会いしてより半年ぶり。
今回直接先生のアトリエに・・・
仲介の労を取ってくださった和泉先生とも工房で落ち合う事に。

確かこのあたり・・というおうちの扉を開けると

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自転車のチューブの切り取られたゴム山積み。
「ひゃあ〜これって何?」
挨拶もそこそこに思わず叫ぶ。
玄関にドーンとおいてあるのでびっくり。
これは糸をくくる時に防染に使う。

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糸をナイロンで巻き、その上から・・・こんな風に・・と直ぐその場で実践してくださる。

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余りの早さにカメラが付いていけない。(笑)
先生・・ちょっと止まって・・「ストップ!!ストップ!!!」

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こういう風に使うのだそう。成程。な〜ぁるほど・・・〜・
染料で染めた後・・

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この防染した部分が綺麗になっていればいいのだが、境目の中に染料がうまく中に入らず白い部分がくっきり出ない場合もあるとか。
特に草木染の場合。で、どうするか。染める時に糸を手に持ちコンクリや木の部分に打ち付けているのを何かでご覧になったことがあるのではないか。特に沖縄などの染の紹介などで。
それがこの作業。染料を糸の中にまで入っていくようにとの目的もさることながら、本来染まりにくい防染の特に境部分にきちんと色を入れることもその目的。何度も何度も糸を打ち付けることによって境目ギリギリまで糸を綺麗に染めるのである。

染められた糸ができると次はそれを機に掛ける。
勿論手作業。これだけで話を聞いているだけで気が遠くなる。

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普通の機織と違うのはこの「梯子」(はしご)と言われている機械が取り付けられるのが絣の特徴。

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梯子(はしご)は上下119段ある。
上つ119段、下つ119段、そこに20本づつの糸を順番に通していく。
上つ、下つは呼び名で上の段、下の段とでも思っていただいた方が分かり易いかも。
20本の糸が上下交互になり畦(あぜ)をくむ。(荒畦という)
最終的には一本ずつの糸の畦(本畦という)に組むのだが。
梯子の高さが高いほど絣のずれ巾は大きくなる仕組みである。

今回の場合は経糸4760本で構成されているとのこと。
(119×2×20となる。織物は算数なのだ)
長さは1反分の14倍、つまり14反・・
一反13メートルとすれば182メートルの経糸である。

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この糸が梯子の装置を通ると

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こういう柄になるのだ。雨コート地らしい。
何から何まで手作業である。
この梯子なる装置に糸を通すのも勿論全て手作業
一方糸が梯子の取り付けてある男巻(おまき)に行く前は


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太鼓という装置に通っている。

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中々長い。
全体を見ていない方には分かりづらい。
何か分かり易い撮影方法はないか・・と思案している私に
徳永先生が「いいものがある。」とミニチュアの装置を出してくださる。

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上から見たら・・

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通された配置の糸は

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梯子を通る

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梯子を通ったら

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色目も鮮やかな矢絣となるのだ。


そして最後の処理まで実際に見せていただいた。
これは多分・・見られた方はそんなにいないはず。

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糸の端を腰に巻いた縄に結わえる。
ここで20本づつになっていた糸を1本づつの畦に組みなおしていく。
余りに早くてよく目が付いていけていない。

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4760本全ての糸を1本ずつの交差(本畦)する。
加減しながら調整して梯子の針金を抜いていく。
119本あるのだが5本ずつ実に慎重に抜いていく。

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糸を綺麗に調整しこれを何度も何度も繰り返す。

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梯子の針金がドンドン外され低くなっている ↓

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ローラーを時々巻きながら糸のたるみ加減をなくす。

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最期に無駄な糸を切り落とす。

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梯子全て撤去

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最期の糸まできちんと処理して織の職人さんの所へ・・・・次の緯糸を織る作業が待っている。

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一方この機には次にかける糸が待機している。

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ひょっとして・・・私がこの最終段階を見られるように最後の処理を待っていてくださった?
どう考えても私の行く日に丁度終わるようになる、なんてあまりにタイミングよすぎる。
「最後の処理なんてそうそう見られるもんやないからなあ〜私も初めて見た。」と和泉先生。
本当にありがとうございます。
次の仕事に早く取りかかりたかったでしょうに。
心より感謝申し上げます。

単純な方が分かり易いかと思い書いてみた。

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左のような染の経糸であっても
経糸に梯子をつけて経糸によって引っ張り加減をすることにより糸は右のようになる。
これが多分一番単純な絣だろう。これらを複雑にすることにより色々な柄が出来上がるのである。
因みにその時に若干できる絣柄の上と下の不揃い部分を「絣足」(かすりあし)という。
絣足の加減がこれまた美しい雰囲気をもたらしてくれるのだ。
今回見学させていただいたのは経糸絣というもので経糸にのみ絣で構成されたものである。
それ以外には緯糸絣もあれば経緯絣もある。
これは色々お見せできる準備もあるのでいつか機会があれば・・・
できなければ教室の方だけでもお見せしたいと考えている。


さて・・色々な絣があるのだがいくつか皆さんにも楽しんでいただこう。
私の見せていただいたのは数えきれないほどあったのだが、このブログの容量もあるのでそのうちのいくつかを紹介しよう。

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絣足そのものがデザインに組み込まれているグラデーションの美しさである。
日本人って凄いね。

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こういう絣には当然ながら設計図ともいうべき絣のデザイン構成図が存在する。

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新聞紙を束ねる位ある・・(笑)

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最後はお酒を頂きました。
徳永先生の一番の大好物の銘柄のお酒を封を切ったすぐのを・・・
奥さまの手作りの卵焼き、どこのどんな料亭にも負けぬ美味しいお味でしたよ。
これ本当。一枚一枚実に丁寧に焼かれ綺麗に仕上がった品の良いお味で、この奥さまのお客をもてなす心を感じて一層感激。
料理というものは不思議なものでその方の性格やその時の心情が実によく出ると思うのです。
ああ・・ご夫婦で私を歓迎してくださったのだと思わず胸が熱くなりました。
外国の方や芸大を出られた職人希望の方に何年間も技術を教えられ育てられて来た徳永先生と、それを陰で食事でサポートなされていた奥さまのおもてなしの心に触れて暖かい気持ちで帰りの途についた。

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世間話にジョークを入れながら穏やかに和やかに話していらっしゃるかと思うと、こと仕事の話になったり、機の前に座られたりすると、目の光の強さが突然変化し、顔つきまで厳しく真剣に変貌する先生である。一生懸命説明してどうもこの人はわかっていないな・・と思ったら、とことん説明し付き合ってくださる。「ええか、これをこう持って一本一本こうして上、下といく・・ここまではわかるか?」あの切れそうな細い糸を一本一本「上〜下」と目にも止まらず本畦に組む姿はこの道何十年やっていることに対する正に職人の集中力の何物でもない姿。一本でも間違えたらこの反物は全て失敗となるのである。そしてそれは自分の仕事に対する誇りが許さないのではなかろうか。「まあ、こんなところかな?」「まあ、いいっかあ〜」そんなレベルの自分の仕事が恥ずかしくなる。最高の仕事を、しかも完璧にこなす・・・日々当たり前のようにそうやって何十年、現在八十半ばで元気に仕事をして来ていらっしゃる、実に頭が下がる姿ではないか。 
まだまだ先生のおっしゃることを十分理解できていない私ですが、自分の知りえたことを何とか一人でも多くの方に発信し、着物への理解と慈しみに繋げられたらどんなに素敵だろう。やはり織や染めの着物の現場は素晴らしい。長い歴史の厚みと重みと濃さを感じずにはいられない。こういう一人一人のたゆまぬ陰の力があるから日本の伝統衣装は今日まで存在できたのである。やはりこれからも工房見学はやめられそうもない。一流の職人魂に触れることはどれだけの研究書や解説書を読んでも決して得られるものではないから。

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今回も和泉博山先生のお骨折りで実現した工房見学でした。
和泉先生、遥々徳永先生の工房まで足をお運び頂きありがとうございました。
徳永先生、仕事お忙しいでしょうに手をとめて貴重な時間をかけて説明くださり本当にありがとうございました。

最後になりましたが、このブログにアップすることを快くご承知いただきましたことを改めて御礼申し上げます。
この日だけで実に500枚以上の写真を撮らせていただきましたが、このブログの容量もありまして分かる範囲の写真にとどめおきました。
自分では当たり前に思う事でも現場を見ていない初めての方は中々分かりづらいこともあると思いますので、もしご質問や不明なことなどありましたら遠慮なく聞いてください。
私もまだまだややこしく、十分な観察、理解はできていないのですが、これもまたこれからの勉強の一環として取り組みたいと思っているのです。


最後に仕事場の壁に貼ってあったこの紙をご紹介〜・・・


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          自戒

       つらいことが多いのは
       感謝をしらないからだ

       苦しいことが多いのは
       自分に甘えがあるからだ

       悲しいことが多いのは
       自分のことしか分からないからだ

       心配することが多いのは
       今をけんめいに生きていないからだ

       行きづまりが多いのは
       自分が裸になれないからだ   

2017-04-11

久方の〜・・・・

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        ためらひて問ひしに鋭き目を返し
               君は無言で背を見せゆき




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        絵のごとき幸に果して住みゐるや
               幾万幾千の家々の窓



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                奥深く心に闇を持ちゐるや
                   かすかな光も眩しと思(も)ふは
 


       
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               病みたるは体か心か寝返れば
               月光柔らにこの身を照らす




 
         

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桜は今日の雨で色あせ散っていくだろう。
新しい年度が始まっている。

さあ・・・私も次に向かって進むべし。
次への成就を願って。
中村天風さんの言葉を思い出そう。


         ・・・ひたむきにただ思え。 気高く、強く、一筋に。・・・



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2017-04-05

免許皆伝

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千葉周作北辰一刀流
佐々木小次郎は巌流、
宮本武蔵二刀流

  ・・・・これは剣豪。(笑)


免許皆伝・・・
平成の今でもこの言葉が使われている世界がある。

この度の免許皆伝は私こと、長谷川凍水・・・
錦心流薩摩琵琶全国一水会より
三月の審査で本部から「免許皆伝」が許された。

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長年の目標であった。
今日手元に免許状が届く。


辞めようと真剣に考えていた時もあり。
何としても・・とすがる思いの時もあり。
優先すべき数々の事が多すぎた。
しかし着物検定一級と琵琶免許皆伝は私の悲願でもあった。

頂いた時は思わず胸に抱きしめた。

      あ・あ・〜・・

万感の思いが沸き起こる。
迷いに眠れぬ夜が幾たびあったろう。
流した涙は無駄ではなかった。
堪えた辛さは無駄ではなかった。

これまで支えてくださった方に感謝。
まずはご報告を、そして更なる精進を誓う。

私には「着物」も「琵琶」も死ぬまで続くであろう「けもの道


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2017-04-01

最近読んだ本

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いつも行く本屋さんは車で15分くらいの所。
今回は往復歩いてみよう、と思いたつ。
片道歩いて45分位かぁ…

面白そうな本があったら買ってこよう。
で、行って買ったのがこの三冊。

超老人の壁

超老人の壁





養老孟司さんの本は意外と好きでチョクチョク買っては読んでいる。
大外れはなく、ちょっと天邪鬼っぽい物言いに笑いながら、又博学に舌を巻きながら読ませていただいている。
この人の頭の中はどうなっているのだろう・・何処までもいろんな知識が詰まっているに違いない。
詰まっているくせにいつでもどこからでも突然「つい!!」・・と出てくるから不思議である。
この「超老人の壁」の前の「老人の壁」も読んではいるのだが、南伸坊さんとの対談形式。
「超・・」とつくのは頂けない。「超・・」とするのは「俗」で養老さんらしくない。同じするなら「続・・」とすべき。その方が品が良い。
多分編集者が勝手にやったのだろう。こういう勝手は許してはいけない。
今回の方がとても自然な雰囲気で違和感は少なかった。
「老人の壁」の時の対談の方がどことなくぎくしゃくして互いに妙な遠慮があり互いの良さが半減していた感あり。
今回は自然な雰囲気で面白く感じた。多分南さんにちょっと事前準備がなされたのかもしれぬ。そして読む私自身も対談という形になれたのかもしれぬ。

考え方~人生・仕事の結果が変わる

考え方~人生・仕事の結果が変わる





稲盛さんの本はいつもながら勉強させていただいて本当にごもっともでそんな風に生きられたらどれほどいいだろう、と反省もさせてもらった。
人として生きるお手本のような本でもあり、いつもながら自己反省、至って濃く深し。
チャランポランと生きている身には時々こういう風な書物を読んでわが身を正し、深く反省すること必至。感謝しありがたく拝読&読了。
「なんまん、なんまん、ありがと」は薩摩風である。私は「なんまんだぶ、なんまんだぶ、あんやと」である。


蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷






今回、期せずして面白かったのがこの「蜜蜂と遠雷
いゃあ〜ここまで面白いとは思わなかった。
元々直木賞とか芥川賞とか受賞したものは本屋にドーンと積まれている。
「さあ、読むべし!!!」
とでもいうように。
あれがいけない。
圧迫感&威圧感満載。
即、興味喪失。本屋の思惑が形になっている。
「その手に乗るか!!」反発心もくもく〜。
読む本は自分で探すもの。人から指図されるべきものにあらず。
絶対買わぬ、と意固地に思ってしまう。

書架の隅にじっと埃を冠って自分を見つけてくれる人を静かに待っている本を見つける楽しみがないではないか。
だから、今まで余程のことがないと山積みの本は手に取らなかったのだが、今回は違った。

新聞で北方謙三氏が書いていた。
「水とパンのみで10時間で一気に読んだ」と。
真に迫った書評おざなりな感じが全くなかった。
嘘ではなかろう・・・と。でもパンは食べたんだあ〜・・。
で買う気満々で本屋へ行った私である。
そもそも書評というのは若干大げさに書いてあるものが多いのでいつも余り期待をしていない。
適当な事をここまでいい加減に書くのか…金さえもらえば・・という書評もあるにはある。
ただ今回は北方謙三氏を信じた。信じるに足る・・と思った。思わせる一文でもあった。
至って素直で従順な私である。そんな時もある。

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↑鳥さんはジョウビタキ

いゃあ〜物凄く面白かった。
皆さんも是非読むべし。
書架の隅に眠る本は又の機会に・・(笑)


ざっと荒筋を述べると…

国際的なピアノコンクールが日本で開かれる。
世界の天才の名前をほしいままにしているピアニストたちが100人近く集まってくる。
一次予選、二次予選、三次予選と進み本選と進むのだが、強豪たちを破って本選に進むのは誰か・・・いろんな方たちの思いが錯綜する。

  ☆ 嘗ては天才ピアニストと言われその名声をほしいままにした栄伝亜夜
    彼女は母親の死から立ち直れずピアノを弾くことすらできなくなっていたのだがこのコンクールで復活をかける

  ☆ 一時は夢見たピアニストの夢を諦め会社員として家庭を持ち静かに暮らす高島明石
    並み居る若手の中で年齢制限ギリギリでの応募。人生最後の大挑戦を期して挑む決心をする。

  ☆ 舞台映えする容貌に加えピアノはまさに格闘技とばかり、体の訓練も怠らない天才ピアニスト、カルロス・アナトール
    どんな曲も彼の手にかかれば完璧に再現され一部の隙も無く表現される優勝候補一位

  そんな彼らに加え毎回真っ赤なドレスで出場する激しい女性。
  無欲のピアニストながら徐々に本選に残ることによって周りに翻弄され、我を失っていく若者そしてその指導者。
  様々な脇役なども加わるのだが、何といっても圧巻はこの人

  ☆ 風間塵
    養蜂家の父と共に蜜蜂を追って各地を移動する。だから勿論ピアノを持たない。
    このコンクールで本選まで進めば父にピアノを買ってもらえる・・という。
    参加者がタキシードやドレス姿で臨む中、彼は白いシャツにサイズの合わないコットンパンツで臨む。
    直前まで父の仕事を手伝っていたため彼の手は泥だらけで会場入りする、そして神経集中する間もなく即座にピアノに臨む。


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世界各国のピアニストが輝かしい経歴や素晴らしい指導者の推薦状をもって参加するのだが、この風間塵だけはキチンとした音楽教育を受けてはいない。音楽教育どころか学校さえろくに行っていない。しかし、彼は誰も手にしていないようなある人の推薦状を手にしている。しかも素晴らしいそして恐るべき推薦状を。

    
     < 推薦状 >

     皆さんにカザマ・ジンをお贈りする。文字通り、彼は「ギフト」である。
     恐らくは、天から我々への。だが勘違いしてはいけない。
     試されているのは彼ではなく、私であり、審査員の皆さんである。
     ・・・・彼は決して甘い恩寵などではない。彼は劇薬なのだ。
     中には彼を嫌悪し、憎悪し、拒絶するものもいるだろう。
     それも又彼の真実なのである。
     彼を本物の「ギフト」にするか、それとも「災厄」にしてしまうのかは我々にかかっている。



音楽の最高指導者ともいうべきホフマン博士からの意味ありげな推薦状から物語は始まるのだ。
世界中の天才たちが師事したがったのに誰一人として弟子にはしなかった、あのホフマン氏が五歳から指導したというカザマ・ジンという少年・・・数々の人を巻き込みながら参加者や審査員の嫉妬、妬み、嫌悪、好奇、期待・・・様々な思惑が交錯していく。


北方謙三氏が「パンと水」で読み切った10時間なら、私は「ワインチョコレート」で読み切った10時間であった。
クラシックに造詣が深い方はより深く楽しめるだろうが、私のようにクラシック素養ゼロでも何の障害もなく楽しめるから何の心配もしなくてよい。
   ↑
私がプロを養成する有名声楽家の方に発声練習を願った時の事を皆さんは覚えているだろうか。
音域を見たいので、何か一曲最後まで歌える曲を・・・と所望されて何も知らない私は「むすんでひらいて」を先生の前で歌った人間である。つい二年前の事である。
嘘も隠しもしないれっきとした(れっきとした…こんなことに使っていい言葉かわからないのだが)素養ゼロのお婆である。


本選に進むのは誰か。そして本選で最高のオーケストラをバックにオーケストラに負けぬ素晴らしい演奏をするのは果たして誰か・・本を途中にして寝ることはできなかった。読み切って寝たのは次の日であった。

久しぶりに満ち足りた読書の時間だった。

      「蜜蜂と遠雷」・・・・おすすめ〜♪、後味すこぶる良し〜☆



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    和装組曲の生徒さんに関しては、
         二階のロビーの書架にありますのでご自由に読んでください〜♪