和装組曲♪

2017-11-11

報恩講

最近何となく元気がない私を友人が気遣ってくれる。
本当にありがたいことだ。
そのうちの一人がお伊勢さんに行ってきたからと土産にお酒を二本くれた。
酒の味など全く分からない私だが、飲むと何となくほんわかとするところが好きだ。

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お酒を大勢で飲む、というのは私の中ではない。
外で飲むとしても、せいぜい気心の知れた人と二人で飲むのが限度である。
好きなものをほんの少し注文し、好きなペースで少しだけ頂く。
その時は何より会話が楽しい、だから楽しいと思える相手とでないと飲まない。

しかし、本質的には酒は一人で飲むのに限る・・と言うのが持論。
ぼ〜っとして何を考えるでもなく黙々と飲むのがいい。
音楽もテレビもビデオも何もいらない。
そもそも酒を注ぎあう相手もいらぬ。
空にぼんやり浮かぶ月を見ながら・・・
虫の集く音を聞きながら…
しんしん降る雪の重さを感じながら…
私にはそれで充分である。

もし贅沢を言うなら面白い本があれば更に良い。
本が上質の内容なら更に更に良い。
今はこの本を少しづつ。


一期初心―能役者森羅万象

一期初心―能役者森羅万象



 (↑何度もアップしなおさないとすぐに消えていくのでひょっとしたらうまく表示しないかも。)


以前触れた観世宗家内田樹さんとの対談の書も良かった。
内容にのめり込むなら北方謙三氏の「水滸伝」などのハードボイルド歴史書もいい。
現実から離れて壮大な歴史の中でどこまでも遊べるから。
といいつつ、私はまだ読んではいない。失礼。(笑)
この方の書は読みだしたら止まらなくなるので、読むときには相当覚悟がいるのだ。
長編ならなおさらの事・・

水滸伝 文庫版 全19巻+読本 完結BOXセット (集英社文庫)

水滸伝 文庫版 全19巻+読本 完結BOXセット (集英社文庫)






今回年配の友人が薦めてくれたのが内村鑑三氏の書二冊であった。
含蓄があり悪くは無かろうが古い本なので、なにせ字が細かすぎて眉間に皺が寄り顔の相に悪い。
これは老眼鏡を買ってからにしよう。(笑)

夜も更け行けば、何となく字を読むのにどっと疲れが来る。
そういう時は写真集を見ながら一献

それがこれ・・・

能面を打つ―打ち方の基本と型紙

能面を打つ―打ち方の基本と型紙




これは以前このブログですでに紹介した。





能面打ち―堀安右衛門の作品と技〈下〉

能面打ち―堀安右衛門の作品と技〈下〉





プレミアのついている今は絶版の本をブログ友が安く探し出してくれた。

今はワイン日本酒をちびりちびりとやりながら夜2〜3時間、一人静かに就寝時間まで過ごしている。
飲む時はほとんど食べない私である。
大して沢山の友達はいないのだけれど、少ないながら何とも心安らぎ心優しい友人たちではないか。
皆、ありがとう。



     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♪・・・・・・


今日、家の報恩講が済んだ。
お経の上がっている時は「六字名号」の掛け軸を。


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掛け軸の書は蓮如上人である。


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花押は通常の蓮如上人の物とはちょっと違う。
これは蓮如上人の49歳から53歳の時に使ったとても珍しい花押。お墓の拓本した方から頂いたもの。
拓本は一般人には普通許されないのだが、委託されたその方が自分用に何枚か拓本を許されたそのうちの一つ。表装は私の好みではなくその方の趣味。(笑)
金と赤のコントラストが強すぎちょっと品がないように見えるのだが、ご本人曰く「こういうものはこういう感じなのだ」とか。
金は24金とのことで妙に光る。門外漢は黙って静かに頂くのみ。


お経の後は掛け軸を変えた。
観音様。

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これは全て自分の好みで表装したもの。

この観音様は実は物凄くいわくつきなのだ。
家を新築した時に観音様の掛け軸がどうしても一本欲しかった。
色々探すのだが好きなものがなかった。
観音様の顔がどうも気に入らず何か月も探したものだ。

ある画廊
こんな感じのものを・・という私にオーナーが、
「ちょっと待って・・」
と物置の奥の奥の奥から
「随分前に・・・」
と、出してくださったのが三枚。
勿論表装などされていない。
三枚丸めて古い埃の被った包装紙に包まれていた。
右向き、真正面、左向き・・の三枚。
三枚の中でもこの左向きが一目で気に入った。
うちの仏壇の位置から言うと観音様は左に向いていないと仏間は締まらない。
値段を聞くと何ともはっきりしない。
と、言うのは持ち主が亡くなられてご遺族が持ち込まれたようだが、どうも物凄く安く買い取ったようで画廊の主もその存在さえ忘れていたようである。

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畳みかけるようにそそくさと値段を決めて早速表具に出す。
いちいち細かく裂の色や柄を指図する私。
ひっそりとしたものが私好みである。
「普通は・・」
と難色を示す表具店の主を
「普通は知らないし、私は普通ではないから」
と押し通す。

ところがそれを手に入れて何か月か後の話。
その画廊から電話があった。
表装の料金込みで私の言い値で買うので返してもらえないか・・・というもの。
どうしても右向き、左向き、真ん中の三作を欲しいという客が現れたらしい。
言い値で買う、とのこと。
「手放しても良い値を言ってください。」
「損な話ではないでしょう。」
と。

知るか…〜・・!!!
人は損得だけで動くものではない。

これはもう取引の済んだものである。
嫌なものは嫌である。
もう我が家のものである。
そして、私のものである。
粘りに粘られる。
私には魂を手放す位の心の抵抗があり、あくまで却下。


今ならじゃあ・・と高い値で手放すかもしれぬ。
今は節操はまるでない。
でも当時は鼻息が荒くどこまでも勇ましく凛々しい女だった。

で・・結局は相手は諦めた。

そういう曰く付きの掛け軸であった。

今でもすこぶる気に入っている。
必ず報恩講のお経の後に、六字名号の後に登場する。


   
      報恩講の為に吊るしし掛け軸より

            出でます観音像としばし目の会ふ


掛け軸を出す時にいつも観音様と暫し目が会ふ私である。

きっと吉兆〜♪

何でも自分の都合の良いように受け止めよう。
目出度い女は何処までも目出度い・・・それを貫こうではないか〜♪

因みに観音様の像でとても有名な方の絵であった。
後にその作家さんの老齢な奥様からご主人の名前での箱書きを頂いた。
いつも奥さまが箱書きの名前を書かれていたとのこと。
「主人の絵に間違いございません。」と。

いつも報恩講の時に思い出す。

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今年も更けていく・・・
私も益々老けていく。。。

それもそれでいいではないか〜・・今はそんな心境。

2017-11-04

来年のいろは会のお知らせ

     


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♪・・・・・


        ◇◆◇来年の「いろは会」のお知らせ◇◆◇


         
            
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      来年1月から新メンバーにて開催。
      月1〜2回、毎月土曜日午後1時半〜3時頃まで。
      初回は1月20日(土)1時半〜
     
      2月以降の開催週は参加者そろってから皆で決めます。
      定員は駐車場の関係で4〜5名。
      参加費は和装組曲関係者は1年間全15回で30,000円(1回2,000円)。
      和装組曲関係者以外、アトランダムでの参加の方は1回3,000円。
      必ず申し込み予約必要。
      簡単なお茶とお菓子ご用意。
      ご希望の方は申し出ください。
      なお参加は必ず着物を自分で着てくること。


      
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「いろは会」はあくまで自分で着物を着ることができる方を対象にしています。
又かつて着ることができたのに今はちょっと怪しい方もOKです。
自分で着ることで更に着物に慣れ、所作に慣れます。
しかも各季節ごとにコーディネートも自分で考え、他の方々の合わせ方も見られるのが利点です。
着物を着てお菓子を頂きながら、和気藹々とした中で着物の基本的な知識を少しずつ覚えていきましょう。
着ようと思っても機会がないと中々着られないものです。
どうしても着物を着ないといけない一つの機会だととらえ挑戦してください。
雲龍柳のちょっと辛口のアドバイスには耐えないといけないけれど。(笑)


皆さんの参加をお待ちしています。
応募者が多い場合は先着順とさせていただきます。

いろは会やゆめみ会を終了した方でも時々の参加OKです。
又養成コース卒業された方もオブザーバーとして無料で参加頂けます。
(但しアトランダム&オブザーバー参加者に関しては各自でパーキング確保してください。)
どうぞ着物の復習を兼ねてご参加下さい。
遠方の方でもこの機会に和装組曲を覗いてみたい方はいつでもどうぞ。
また、質問などありましたらメールや私の携帯にお問い合わせください。

また、楽しみましょうね〜♪


         ◇◆◇  お礼  ◇◆◇

       
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先月の「北陸能面展」にお越しくださりありがとうございました。
又協賛頂きました企業の皆さま、本当にありがとうございました。
会場でお会いできなかった方々にここでご挨拶をさせていただきますね。
又来年の発表会に向けて精進していきたいと思います。
来年は美少年の面「十六」の予定です。
どうぞ来年の発表会もよろしくお願いいたします。(拝)

2017-10-29

何という月だ!!


切れ味の良い刀で
心のその部分を一刀両断切って捨てた。
そんな十月だった。

傷口はまだジクジクと疼き
赤い身を晒している。
立ち直れるだろうか。

大して強くもない癖に
気力だけで生きていた。
そんな十月だった。

「恰好付けんじゃあねえよ」
心の中で冷たく言い放つ声。
恰好付けないと崩れ落ちそうな自分がいる。


辛い十月も後二日・・・








 ◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◆◇◇◇






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         「二河白道

造園師 京庭司 作庭家 小野陽太郎氏の作品。
先日の京都の「名工展」で。
小野先生の許可を受けての掲載。

二河白道」とは・・
極楽浄土を願う浄土経の仏教説話を寸庭に見立てて表現したもの。
此岸から往生しようとする人を宝塔の釈迦が行けと励ますと、
白道の両側には「水の河」(貪欲)と「火の河」(怒りや憎しみ)が渦巻いている。
一心不乱に念仏を唱えて白道を渡れば彼岸からこちらに来いと阿弥陀が迎える西方浄土に渡れる。




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    小野陽太郎氏はこんな方・・・

単なる美しいだけの庭というのではなく造園の背景にある作り手の思想や人生哲学を知るというのは物凄い勉強になる。
小野先生は会場で10時間という制約の中で作られた。
紅葉を実際の枝に一枚一枚付けながらの作品。
造園研究所の所長というだけでなく、古武道の師範であり、尺八の大師範でもある。
庭の中は真剣に対する正に道場でもある、と熱く語られてもいる。

本来は写真撮影禁止であるのだが、快く許可をくださりブログに載せる許可もくださった。
小野先生、ありがとうございました。

2017-10-18

京都の寺「祇王寺」&「滝口寺」

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京都へ行ってきた。
朝一に家を出てまずは京都の文化博物館
京都の名工展へ行くのが第一目的。
来年の和装組曲アカデミーでの「名工に学ぶ4」の名工にお会いするため。
素晴らしい方々の作品は会場での写真撮影禁止などの制約もあるので今回はブログには出さないでおこうと決めていた。
来年その方と時期などを調整しながら取材できたら詳細はその時に。
今の予定としたら四月にと思っている。
一番混む花見シーズンは避ける予定。

であるからして、今日のブログは午後訪ねたお寺について。

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最初は「名工展」を見たらすぐ帰ってくるつもりでいた。
だから宿は取ってなかった。
京都は一か月前からでも中々こんな時期に取れるものではない。
しかし、先日日帰りで群馬へ行ってとても疲れたのでその後の京都、体力的に厳しいかも・・と
心配したこともあった。2〜3件、日ごろ使わせていただいているホテルに電話しどうしてもだめなら大津に泊まろう…と。
琵琶湖畔なら眺めも良かろう・・・空もあろう・・と。

それが何と・・最初に電話を掛けたホテル・・空いているとのこと。
私の電話の前にキャンセルがあったとのこと。

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日ごろの行い、それしかない。私って素晴らしい〜♪ (笑)
神様はきっといつも私を見ていてくださるのだ。
どんな時も勘違いの中で生きているめでたい雲龍柳である。

で、急遽泊りとなった。
で何を言いたいかというと、「名工展」のあと、午後お寺に行くことにしたのだ。
何と・・・ここまでが前置き。
急ぐ方スルーしていってくだされ〜。
どんな時も急がず、ゆっくり、楽しみながら自分のために書いているブログである。
皆さんは雲龍柳に律儀に付き合う事はない。


琵琶は「横笛」を弾き語りしている事は以前ブログに書いた。
で、折角なので「横笛」の舞台である往生院へ行こうと決めたのである。

「往生院」は嵯峨野で山上、山下に広大な敷地を占めていたらしいが後年荒廃しささやかな尼寺として残ったようである。
それが「祇王寺」である。その「祇王寺」も明治初年に廃寺となり大覚寺によって墓や仏像など保管され明治28年、元京都知事が別荘を提供し、現在の祇王寺となったのだと手渡されたパンフレットに書いてあった。祇王寺は現在真言宗大覚寺派の塔頭寺院となっているとのことである。


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竹林と楓に囲まれた草庵。


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平家物語」にも「祇王」の話は出てくる。
平清盛の寵愛を一身に受けていた美しい白拍子祇王
しかし「仏御前」という美しい女性の出現で妹・祇女や母・刀自(とじ)と共に追われるように都からこの奥嵯峨野に移り住み尼となり過ごしていたとのこと。
もっとも後年、その清盛の寵愛を受けた「仏御前」も又この祇王寺に落ちのび4人の女性が尼として過ごしていたようである。

今では縁結びの寺として有名とかで若い女性でとてもにぎわっていた。
この日は雨が降っていて落ち葉の上は滑るので、実に歩くのが恐い。
雨があるので苔はなお一層美しいのだが、こちらは滑って踏ん張って膝が「ぐにゃり」といきそう。


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光が見える窓は控えの間の窓で「吉野窓」というらしい。
影が虹色にも見える所から「虹の窓」といわれているとか。
残念ながら雨降りの日は無理。
寺に入って外を見るとこんな感じ。


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若い女性たちの黄色い声がこだましていた。
「縁結びの寺」とな?
むしろ「縁切寺」なら納得するのだが。


      萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草
           いづれか秋に あはではつべき
                  

祇王が心変わりした清盛の許を去る時に障子に書き残していったとされる歌である。
いじらしくもの悲しいと取るか、あてつけがましく嫌味ととるか・・(笑)
そして、いつか清盛の寵愛が自分からも去るであろう世の無常を感じ自らも又尼になって祇王の寺に身を寄せた仏御前はこの時17歳であったとか。
瀧口との別れをした横笛も期せずして17歳であったっけ。
多くの女たちの涙を吸ってきた苔は雨に濡れて今も益々美しい。


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向かって左が「祇王、祇女、刀自の墓」そして右が「清盛公の供養塔」



さてさて・・・滝口と横笛のお寺は一体どこに・・・
そして見つけた「滝口寺」。このすぐ近く。小さな脇道へと続くのだが、誰も訪ねる気配もなし。
嘗ての往生院の敷地はとても広く元々は「往生院三宝寺」と言われていたようである。

瀧口寺のパンフレットによれば、往生院は広大な敷地の中に多くの念仏道場として栄えていたのだが、応仁の乱などの様々な戦乱の後、祇王寺三宝寺のみが残ったようである。明治維新の後、廃寺となりその後祇王寺の再建に伴い三宝寺も再建されたようである。佐々木信綱氏が小説「滝口入道」にちなみ「滝口寺」と名付けて以降そう呼ばれるようになったようである。

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     そるまでは恨みしかとも梓弓
              まことの道に入るぞ嬉しき


と滝口入道。

     そるとても何か恨みむ梓弓
              引きとどむべき心あらねば

横笛

パンフレットにはそのように。

琵琶弾き語りでは横笛桂川に入水と謡われている。
この歌も琵琶では入水する時衣を掛けた小枝に結びつけたと謡われているのだが、滝口寺のパンフレットには寺の外の石に指で血文字で書いたとか。
そして奈良法華寺にて自ら尼となり短い生涯を過ごしたとのこと。このうす暗い奥嵯峨野竹林を仏御前同様に17歳の横笛はどれほど心細く寂しい思いで歩いたのだろうか。

多くの人たちは観光バスから降りたち、祇王寺へ行く。
私以外は誰一人滝口寺への興味がないようで、どなたもいない。
拝観料もろくに入らぬ寺は寂れ果て・・・・

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胸のつぶれるような痛ましさを感じながらのひと時。
ただこの寺を管理する方の思いが何となく伝わる。
草一つない手入れされた庭園。
なのに屋根の修復の費用が捻出できないようである。
裸電球はあるにはあるのだが、電気が来ていない様子。勿論スイッチも見当たらない。

   諸事情で屋根の修理はできませぬが
      どうぞゆっくり拝観していってください・・と。


晴れていたならもう少し周りの庭園を楽しめたであろうに、この雨。
「どうぞゆっくりと・・」といわれても動くに動けぬ。
既に足袋は指先と踵は汚れているし湿ってもいる。

案内の所にいる担当者に「頑張ってくださいね」と心で言う。
と、言うのはその方どうもお寺の関係者かどうかは分からぬのだが、聾唖の方のようである。
「ありがとうございます。」伝わったかのように実に深々と頭を下げられた。
気持というのは言葉にしなくても伝わるのだ、そんなことを思いながら帰ってきた。
寄進しようにも賽銭箱一つない。
せめてお土産を買って少しお金を落としていこうにもおみやげ物すら一つとして置いてない。
緊迫している内政事情が余りに痛ましい。
何ができる、一観光客に。
頑張って踏ん張ってこの小さな燈火を消さないで頂きたいと願うのみである。

車に乗っても・・心は鬱々と晴れなかった。
何ということだ・・
京都の市やどこかの有志がこんな惨状を放っておくのだ、と。
あの天井、あの雨漏り、電気すら付けられぬそんな状態ではないか。
畳もふすまもじっとりと湿り、置いてある座布団にも湿っていて座れぬ。
それよりも畳もたわんでいるではないか。
ここ一年の窮状ではない。
何という事…何という痛ましさ・・
車に乗り汚れた白足袋を新しいものに変えた。



後部座席でほとんど言葉を発しない私、
ずっと黙って外を見ていた。
気持が物凄く疲れてもいた。
私を気遣って案内の方が「大覚寺」に連れて行ってくださった。
「気分を変えましょう〜」と。
大きなそれは立派なお寺だった。
嵯峨天皇の別荘だったとのこと、沢山の方達が行列をついて雨の中を入館しようと列をなしていた。
立札があった。
集英社ワンピース」かなにかとのコラボらしい。
まだ他にも何かやっているとかで人の列が凄く案内の人も沢山出ていた。
現在の社会の中で上手くわたっていける方はいい。

大きなお寺だから直ぐ中にはいれますよ、という案内の方の言葉を振り切り私は戻った。
世の中何か間違っている。

で、その案内の方に言った。
「心が和むようなお寺はないかしら?」と。
このまま私はホテルに帰ったら、今日は余りに寂しくて寝られない。
何処か、ほっこりするような小さな優しいお寺は京都にはないの?
観光する寺ではなくお参りする寺に行きたい。
一つもそんなお寺がないの?
心が落ち着き何とも生きていることに感謝できるようなそんなお寺はないのか?
手を合わせ心静かにお参りできる、そんな場所が無性に欲しかった。


あの雨漏りし、修理する費用もない、電気も付けられない滝口寺の重い暗い雰囲気が私の心を鬱々とさせていた。
あの痛み切った屋根を修繕する費用もないお寺。
沢山の観光客がいても見向きもしないお寺。
瀧口と横笛・・・あの若すぎる二人が出家していく心情を今では時代遅れで人々が見向きもしないというのか。
あ・あ・・自分は何という非力なことか。

あたりどころのないイライラをその方に知らず知らずにぶつけてしまった。


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そして・・・あったのだ。
物凄く暖かくぬくもりがあり、ほとんどの人が知らないお寺が。
ひっそりとお経を唱え細々と檀家の方々と静かに過ごすお寺が。
お寺は観光する場所ではなくお参りする所だと言い切る住職が。
「お寺はお参りする場所です。」
仏様の前にそう書かれていた。
「まずはお参りをしてください。」と。
実に気持ちの良いお寺だ。


長くなった。
この続きは又いつの日か。
いや約束はしないでおこう。
書けぬかもしれぬから。
私も少し疲れている。
いつか書けたらとしておこう〜♪
今の私は来年もう一度その寺に行って住職の説法を聴こうと決めている。
2月に2週間ほど一般公開するとのこと。
ブログにアップするのはその後にしよう。
人の好い寺守の老夫婦は惜しげもなくどこでも写真を撮らせてくださった。
「どうぞ〜」「どうぞ〜」と。
しかしネットに載せることがどういう事かは実際は知らぬはず。
住職にきちんと断ってからでないとあの老夫婦が叱責をかうやもしれぬ。
私の行った日には住職は檀家の葬儀の日で不在だったから。
遠くからでも住職の説法を聞きに来る方がいるとのこと・・・まずはそれを次回聴かせて頂いてからでも遅くは無かろう。
仏様の写真は許可を受けてからでないと心苦しい。
ちなみにそのお寺で取らせていただいた木魚の写真。
これは許していただけるであろう。


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檀家の方々の「マイ木魚」が綺麗に整頓されていた。



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         第24回祐門会主催
             
         ◇◆◇ 【北陸能面展】のご案内〜♪ ◇◆◇



        平成29年10月19日(木)〜23日(月)
        午前10時〜午後6時(最終日午後5時30分終了
        石川四高記念文化交流館1F
        入場無料 

 



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★特別講演
    10月22日午後2時より宝生流若手能楽師新発見講座
    として半能「羽衣」が香林坊アトリオ1Fで開かれます。

★特別出展
    10月18日〜24日大和百貨店6Fアートサロンで後藤祐自能面展が開催されます。


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和装組曲関係者は来られるようならどうぞ私にご一報ください。
私が会場に行ける場合は行きたいと思いますので時間調整いたします。
現段階では日曜日にはなるべく顔を出したいと思います。
勿論、ドレスコードはなるべく着物〜♪。  


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      ☆★☆  最後まで読んでくださりありがとう〜♪  ☆★☆
     

          

2017-10-11

美徳

いつもいつも私事で申し訳ない。
尤も私のブログは今に始まったことではない・・・(笑)


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「打てば響く」という言葉がある。
私は随分長い間、そういう方が非常に好きだった。
どうかすると打つ前から響くような方は、その響き方が自分の思いと多少違っていても好きだった。
打っても打っても何の反応もない方より数段好きであった。

もう一つ好き勝手に言わせてもらえば
全てにバランスの良い方も好きであった。
何故なら自分が物凄くバランスの悪い人間だからだ。
ブログを読んでいてお分かりのように、私は非常に偏っている。
一つの物を見ると周りが全く見えなくなる所がある。
しかも思い込みが激しいから中々周りの意見や批評を受け付けないのである。

しかし・・・最近これが少し変わってきた。


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私に違うのではないかと、そう思わせる方と遭遇したから。
いや、遭遇という言葉は正しくはない。
以前から何となく知ってはいた人なのだが、ある瞬間閃いて自分はあの人を正しく見ていなかった、と悟ったのだ。

今日はそのことについて是非書いておきたい。


その方は見た目も雰囲気もとてもあか抜けているとは言えない。
あか抜けて・・というより、寧ろ野暮ったい雰囲気すらある。
自分を差し置いて実に失礼な私である。
しかし、しかし、カムフラージュした所で何の意味もないではないか。

話していても感の良さも反応も決して良いとは言えない。
寧ろ悪い方に属すると思ってさえいた。
こちらをイライラさせるくらいに返答が遅すぎることは一度や二度ではなかった。
ほとんど私の記憶には残らない位の存在でもあった。
ここは何処までも正直に書くことにした。
更に無礼千万な雲龍柳である事を平に謝っておこう。

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関わりは物凄く薄いのだが、知り合ってもう長い。
印象としては兎に角すぐに謝る人であった。
「自分が本当に悪いと思う時ならいざ知らず、悪くない時までいつもいつも謝る必要はないのよ。」
と言ったことがあった。
自分の意見や感想をはっきりと誰の前でも言えることは必要だし、その場を収めるためとはいえ不要な謝意は真剣に取り組んでいる周りにとても失礼でもあると固く信じてもいた。
だからむやみに「すいません」とか「ごめんなさい」というその方にちょっとイライラもしていた。
今の時代を生きている人?
信じられない思いでもあった。
私よりも随分若い方である。
自分の意見や考えが決して間違っていないと信じてもいたし、違う考え方もあるかもしれないと露ほども考えぬ傲慢極致の私だった。
「相手に謝らせるのは後味が悪いから」
とおどおどしながらポツリと答えていたのが妙に印象に残った。


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どうした訳か、ふっと夜思い出した。
で、知り合ってからの色々の会話や事柄を次から次へと思い出していた。
本当に不思議な事なのだが、その瞬間のことである。
「あの人が人の事をこれっぼっちも悪く言うのを聞いたことがない」と。
確かに人の事を悪く言わない人は少ないけどいるにはいる。
意図してそうあろうとしている方はイライラするほど沢山いる。
何か言い始めて途中で言葉を飲み込む、そして「なんでもないです。気にしないで」と。
だったら初めから言うな、と思う。
でもその方はちょっとの批判がましさすら匂わした事もないのである。
多分あの人はそういう事を考えることすらないのではないか。

私はあの人のどこを、何を、一体見ていたのだろうか、と。
仕事を優先し、仕事にかかわる一切の時間を優先し、人を判断していたのではなかろうか。
てきぱきと仕事を処理し、徹底的に無駄を排し、ここぞと人を批判し、不要だと思う人を容赦なく切り捨ててきた私ではないか。
仕事の効率や有能さという事がいつの間にか自分の中での人の大切な判断基準になっていたように思う。
私は多分に人の本質、素養という事に頗る鈍感になっていたに違いない。

あ・・ぁ・・私は本当に馬鹿だったなあ、と。

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話は変わるが、亡くなった母がよく言っていた言葉にこういう言葉があった。
「自分を律するために周りの煙たい人達がいる」のだと。
煙たい人たちが居ないと駄目である、と。
舅、姑、小姑、親戚、ご近所さん・・そういう人たちの中で身動き取れず息切れしていた私に言った言葉である。
「舅、姑、小姑・・そういう人がいなくなると今度は夫や子供が自分の重石になっていく」とも。
夫や子供がいるから人は道を踏み外さない、とも。
お金のないのも、思う仕事に就けないのも、上手くいかぬ人間関係も、それはそれで自分を鍛える一つであると。
いわば自分自身が浮ついて人を人とも思わなくなっていくのを避ける為の「重石」なのだと。様々な角度から自分を熟考するための布石でもあるのだと。
誰に気を遣う相手もいなくて、気兼ねすることもなく、お金にも余り不自由しなくなったり、社会的な地位なども少し手に入れた時は人は傲慢になる、と。
バランスの良いと思っていた方がその環境が変わっていったために物凄くバランスの悪い偏った考え方に向かうなど、世間によくある話である。
お金や社会的な地位や名誉を手にした瞬間から人は変わっていくのだ。今まで山ほどそういう方々を見て来たではないか。

でも・・・・・でも・・である。
「私には重石が多すぎ〜!!! このままだと私はタクアンになる。」と母に訴えた。
「この世は浮き世、あなたのような人は重石も沢山ないと浮いて何処までも流れて行くのよ。神様は良く分かっていらっしゃる。」と。
いつの間にか仕事をするようになってから、仕事ばかりを優先して、人の表に出ているインパクトに目が眩み、私は人の本質を見誤るような人間になっていったようである。

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その夜以来、彼女は本当に美しい徳を備えた方である・・・そういう認識を持つようになった。

外に強烈にアピールできるものがなくても、ひっそりと自分の思いを抱えて実に静かに生きている方、人に自分を認めてもらう為に腐心するのではなく、何時でも躊躇いもなく周りのために自分を捨て石の一つにすらできる・・・これを美しいと言わずして何という?
本当に美しいものは人の目にそう簡単には「美しい」と見えないに違いない。
砂浜の数多ある砂の中で、気付かないような静かにひっそり鈍く光る石、でも手に取れば柔らかで暖かな石を見分けられる自分になりたい。
遠くからでもキラリと美しく光るガラスは触るたびに自分が傷付くだけなのも知ってしまった自分でもある。

そして人の美徳を分かる自分にならねば…と修業の足りぬ自分を省みた夜であった。
年だけは人並み以上に取っていても、私の目はずっと節穴だった。
キリキリと自分の体を縛っていた傲慢さがふっと緩んで、あるべき道に少し修正してくれたようなそんなちょっと静かな秋の夜だった。



   青虫が葉を喰らふ音さくさくと
            聞こゆるごとし秋の夜の闇



   何処より入り来たりしやコオロギ
            観葉の鉢の陰に果てゐる 




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明日は早朝から群馬
帰ってきたら京都
時間を見つけて「能面展」の協賛企業七社にお礼行脚。
かなり疲れてはいるのだが…何とか体力持ってくれ〜と祈る。